血圧を決めるのは肝臓?それとも腎臓?―遺伝子が語る「高血圧」の意外なしくみ

Posted on 2025年 4月 7日 ハート

この記事の概要

「血圧が高いのは体質だから仕方ない」と思っていませんか?実は、体質=遺伝にははっきりとした仕組みがあります。本記事では、高血圧に関わる2つの遺伝子変異(rs699とrs5051)に注目し、肝臓だけでなく腎臓での遺伝子発現が血圧にどう影響するのかを最新の研究結果からやさしく解説します。治療や予防の未来が変わるかもしれません。

背景|Background

高血圧(Hypertension, HTN)は、動脈血圧の持続的な上昇を特徴とする慢性的な疾患であり、心血管疾患、腎不全、脳卒中などの重大な健康問題の主要なリスク因子とされています。世界的に罹患率・死亡率の高い疾患のひとつであり、その発症には環境要因と遺伝要因の両方が関与しています。

Angiotensinogen

血圧の調節に深く関与する生体システムのひとつが、レニン・アンジオテンシン系(Renin–Angiotensin System, RAS)です。これは、血管の緊張(血管収縮)、ナトリウムの再吸収、体液量の調整などに関与するホルモンカスケードで構成されています。

このRASの中心に位置するのがアンジオテンシノーゲン(Angiotensinogen, AGT)です。AGTは主に肝臓で合成・分泌される糖タンパク質であり、腎臓から分泌される酵素レニンによって切断されることで、まずアンジオテンシンI(Angiotensin I)に変換されます。このアンジオテンシンIは生理活性のない10個のアミノ酸からなるペプチド(デカペプチド)ですが、アンジオテンシン変換酵素(Angiotensin-Converting Enzyme, ACE)によってアンジオテンシンII(Angiotensin II)という強力な血管収縮物質へと変換されます。アンジオテンシンIIはまた、腎臓でのナトリウムおよび水の再吸収を促進し、循環血液量および全身血圧の上昇に寄与します。

ちゅぱ

重要な点として、AGTの発現量がわずかに増加しただけでも血圧の上昇が観察されることが、これまでの研究から示されており、AGTの制御が血圧調節において非常に重要であることが明らかになっています。

AGT遺伝子内の2つの一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphisms, SNPs)、すなわちrs699(A > G)およびrs5051(C > T)は、高血圧との関連において広く研究されてきました。rs699はミスセンス変異であり、AGTタンパク質の259番目のアミノ酸がメチオニン(Methionine, M)からスレオニン(Threonine, T)へ置換される変異です。この変異は「M235T」とも呼ばれてきました。一方、rs5051はAGT遺伝子のプロモーター領域に位置しており、遺伝子の転写活性を制御する配列を変化させます。

これまでの研究により、rs699 A > Gは肝特異的なマイクロRNA(microRNA, miRNA)のひとつであるmiR-122-5pの結合が強まり、その結果としてAGTの発現が低下する可能性が示唆されています。miRNAsはmRNAの特定配列に結合し、遺伝子の発現を抑制する短い非コードRNAです。一方で、rs5051 C > Tは、転写因子(transcription factors)の結合様式に影響を与えることで、AGTの転写(遺伝子発現)を促進すると報告されています。

NIAID Visual & Medical Arts. (08/10/2024). DNA. NIAID NIH BIOART Source. bioart.niaid.nih.gov/bioart/124

rs699とrs5051は非常に強い連鎖不平衡(Linkage Disequilibrium, LD)にあり、すなわち染色体上で互いに非常に近い位置にあるため、同時に遺伝されやすいという特徴を持ちます。このため、それぞれの変異が単独で血圧やAGT発現に及ぼす影響を明確に区別して調べることが難しい状況にあります。

本研究では、これら2つのSNPが独立して遺伝された場合、それぞれがAGTの発現および高血圧のリスクにどのような影響を及ぼすかを明らかにすることを目的としました。すなわち、片方の変異がもう一方による影響を「打ち消さない」ような非対称的な遺伝型(unbalanced genotype)を持つ個体では、血圧や高血圧リスクに明確な変化が見られるのではないかという仮説のもとに研究が行われました。

関連遺伝子&SNP(Single Nucleotide Polymorphism; 一塩基多型)|Associated genes & SNPs

AGT遺伝子は、RASカスケードにおいて中心的な役割を果たす前駆体タンパク質であるアンジオテンシノーゲン(Angiotensinogen)をコードしています。AGTの遺伝的多型により、転写されるmRNAや合成されるタンパク質の量が変化し、それが全身の血圧調節に影響を与えることが知られています。特に注目されているのが、rs699およびrs5051という2つのSNPであり、これらはAGTの発現調節に関与している可能性があります。

rs699
rs5051

rs699(A > G)はミスセンス変異であり、DNA配列中のアデニン(A)がグアニン(G)に置き換わることで、AGTタンパク質の259番目のアミノ酸がメチオニン(M)からスレオニン(T)へと変化します。この変異はレニン(Renin)の結合部位には影響を与えないため、AGTの切断には直接関与しません。しかし、miRNA、特に肝臓細胞(肝細胞)に特異的に発現するmiR-122-5pとの結合により、mRNAの安定性や分解速度に影響を与える可能性があります。

一方、rs5051(C > T)はAGT遺伝子のコード領域より上流にあるプロモーター領域に位置しています。この領域には、DNAからmRNAへの転写を開始・調節する転写因子が結合する部位が多数存在します。C > T変異は、特定の転写活性化因子に対する結合親和性を高めることで、AGT遺伝子の転写量を増加させることが報告されています。

chromo1

これら2つのSNPは強い連鎖不平衡(LD)にあり、LDの指標であるr²は0.94と非常に高い値を示します。つまり、90%以上の確率で同時に遺伝されるということを意味します。しかしながら、全体の約2〜3%の個人においては、これらの変異が「非対称型(unbalanced)」、すなわち一方の変異を持ち、他方を持たない状態で存在していることがあります。このような稀な遺伝型を持つ個体は、それぞれのSNPがAGTの発現および高血圧表現型に与える独立した影響を評価する上で貴重な研究対象となります。

Strong Linkage Disequilibrium ずっと一緒にいよう

考察:この研究から何が分かったのか?|Discussion

遺伝変異

本研究は、AGT遺伝子内のrs699(A > G)およびrs5051(C > T)がAGTの発現に対して拮抗的な影響を持ち、これらが独立して遺伝される場合に血圧や高血圧感受性に影響を及ぼすかどうかを検証することを目的としました。仮説としては、rs699 A > GはmiR-122-5pとの結合を強化することでAGT mRNAの発現を抑制する一方で、rs5051 C > Tはプロモーター活性を高めることで転写量を増加させると考えられました。したがって、片方の影響が他方によって打ち消されないような「非対称型」遺伝型を持つ個体では、血圧に対する有意な変化が現れることが予想されました。

計算解析(in silico)では、rs699のGアレルはmiR-122-5pとの結合親和性を約3%(自由エネルギーΔGの1 kcal/mol低下)増加させることが示されました。また、miRNAと標的mRNAとの結合部位を特定する実験技術であるMir-eCLIP(enhanced crosslinking and immunoprecipitation)により、rs699がAGT mRNA内の最も強いmiRNA結合ピークから40~45ヌクレオチド離れた位置に存在することが確認されました。この位置関係は、miRNAによる間接的な制御の可能性を示唆します。

ピペット

予想に反して、HepG2(肝臓細胞株)を用いたin vitro(試験管内)実験では、rs699 A > GはAGT mRNAの発現を増加させました。一方、HT29(結腸細胞株)ではAGTの発現を減少させ、HEK293(腎臓細胞株)では有意な変化が認められませんでした。これらの結果は、rs699 A > Gの効果が組織依存的であり、細胞型によって大きく異なることを示唆しています。

GTEx(Genotype-Tissue Expression)データによると、AGTの発現量は肝臓ではSNPの影響をほとんど受けていない一方で、腎皮質(kidney cortex)ではrs699 Gアレルが有意な発現上昇と関連していました。腎臓は、レニン(REN)、ACE、アンジオテンシンII受容体(AGTR1)といったRASの全構成要素を局所的に発現しており、AGTの局所的(パラクリン型)発現が血圧調節に直接関与している可能性が示されます。

Type-1 angiotensin II receptor

UK Biobankの大規模データ解析では、rs699 A > Gおよびrs5051 C > Tの各アレルが、収縮期血圧(systolic blood pressure)をそれぞれ約0.36 mmHg上昇させる有意な関連が確認されました。効果量は小さいものの、黒人参加者では白人の4倍近い効果が観察されました。これは、黒人におけるrs5051 Tアレルの頻度が88%と高いのに対し、白人では40%であるというアレル頻度の違いおよびLD構造の違いにより説明される可能性があります。

これらの知見は、AGTによる血圧調節が従来考えられていた肝臓中心のメカニズムに加えて、腎臓における局所的な制御も重要であることを示唆しており、特にアフリカ系集団における臨床的意義が高いことを示しています。この結果は、従来の「人種に基づく治療」から、遺伝子型(genotype)に基づいた個別化治療(personalized therapy)への移行の必要性を支持しています。

研究方法|Methods

本研究では、以下の4つのアプローチを組み合わせた多角的な解析手法(マルチモーダル・スタディデザイン)が用いられました。

データ解析
  • イン・シリコ解析(in silico)
    RNAの二次構造予測および結合親和性評価に特化したViennaRNAパッケージの一部であるRNAduplexを用いて、miR-122-5pがAGT mRNAに結合する際の自由エネルギー変化(ΔG)を算出しました。rs699のAアレルおよびGアレルの両方について、ΔGの低下量を比較することで結合の強さ(親和性)を推定しました。ΔGが小さいほど、miRNAとmRNAの結合は強いことを意味します。
  • イン・ビトロ実験(in vitro)
    AGT遺伝子をコードするcDNA構築体(rs699 A型=野生型およびG型=変異型)を3種類のヒト細胞株に導入(トランスフェクション)しました。使用された細胞株は、HepG2(肝細胞株)、HT29(結腸上皮細胞株)、HEK293(腎由来細胞株)です。AGT mRNAの発現量は定量的リアルタイムPCR(qPCR)により測定され、ハウスキーピング遺伝子GAPDHに対して正規化されました。
  • イン・ビボデータ解析(in vivo)
    GTExプロジェクト(Genotype-Tissue Expression, 第8版)のRNAシーケンシングデータを用いて、rs699およびrs5051の遺伝子型ごとのAGT発現量および発現定量的遺伝子座(expression Quantitative Trait Loci, eQTL)効果を解析しました。肝臓、腎臓、動脈など複数の組織において、遺伝子型と発現量の相関が評価されました。
  • 臨床およびバイオバンク解析
    臨床データは、インディアナ大学高度精密ゲノミクスコホート(Advanced Precision Genomics, APG)および英国バイオバンク(UK Biobank)から取得されました。APGコホートでは、高血圧の重症度の代替指標として降圧薬の処方記録が使用されました。UK Biobankでは、約46万2千人の参加者から得られたデータをもとに、遺伝子型と血圧の関係が年齢、性別、BMI(体格指数)、生活習慣、各種生化学指標などの交絡因子を補正したうえで統計解析されました。
実験管

統計解析には、線形回帰、ロジスティック回帰、Zスコア正規化などが用いられました。また、解析は年齢、薬剤使用、人種・民族(自己申告)によって層別化されました。rs5051に関しては、インピューテーション(欠損補完)された遺伝子型データが「最尤推定型(best-guess)」に変換され、カテゴリ変数としてモデル化されました。

研究結果|Results

Type-1 angiotensin II receptor

計算モデルによるin silico解析では、rs699 A > GによってmiR-122-5pとAGT mRNAの結合親和性がやや強まることが示されました(自由エネルギーΔGが約1 kcal/mol減少)。これは、Gアレルの存在によってmiRNAによる制御が強まる可能性を示唆します。Mir-eCLIP実験では、rs699がAGT mRNA内の主要なmiRNA結合ピークのすぐ近傍(約40〜45ヌクレオチド離れた位置)に存在していることが確認され、機能的関連性の可能性が支持されました。

in vitro実験では、rs699 A > Gの効果は組織依存的であることが明らかとなりました。HepG2(肝細胞)ではAGT mRNA発現が約1.8倍に増加した一方で、HT29(結腸細胞)では約2倍の発現低下が観察されました。HEK293(腎細胞)では有意な変化は見られませんでした。これらの結果は、遺伝子変異の機能が細胞型特異的(cell-type specific)であることを強調しています。

顕微鏡でチラッと

GTExデータの解析では、肝臓ではいずれのSNPもAGT発現に有意な影響を示さなかった一方、腎皮質においてはrs699 Gアレルを有する個体でAGT発現が有意に増加していました(p = 0.049)。この所見は、腎臓における局所的なAGT発現がrs699によって調節される可能性を示唆しています。

UK Biobankデータでは、rs699 A > Gおよびrs5051 C > Tのそれぞれが、収縮期血圧をわずかに(約0.36 mmHg/アレル)上昇させることが統計的に有意に示されました(p < 0.001)。効果量は小さいものの、サブグループ解析により、rs5051 C > Tの効果は黒人参加者では1.17 mmHgと、白人参加者の4倍以上(0.25 mmHg)であることが明らかになりました。さらに、rs5051 Tアレルの頻度は黒人では88%、白人では40%と、集団間で大きな差があることがわかりました。

結論|Conclusion

本研究は、AGT遺伝子内のSNP、rs699(A > G)およびrs5051(C > T)がAGTの発現および収縮期血圧の上昇と統計的に有意な関連を示すことを明らかにしました。特に、rs699 A > Gについては、当初の仮説に反してAGTの発現を一貫して抑制するわけではなく、細胞型に依存した多様な効果を持つことが示されました。肝細胞では発現を増加させ、結腸細胞では減少させるなど、その機能は組織によって異なることが明確になりました。

Type-1 angiotensin II receptor

腎皮質は血圧調節において重要な解剖学的部位であり、本研究ではこの部位においてrs699 GアレルによるAGT発現上昇が最も一貫して観察されました。これは、従来の「AGTは主に肝臓由来で全身に作用する」という定説を再考させるものであり、腎臓における局所的なRAS活性(パラクリン制御)の臨床的重要性を強調するものです。

また、これらの遺伝的変異は黒人集団においてより高頻度かつ高い表現型効果を示したことから、人種に基づく画一的な治療方針ではなく、遺伝子型に基づいた個別化治療(genotype-guided precision therapy)の必要性が改めて浮き彫りとなりました。

キーワード|Keywords

アンジオテンシノーゲン(angiotensinogen)、一塩基多型rs699(rs699)、一塩基多型rs5051(rs5051)、高血圧(hypertension)、レニン・アンジオテンシン系(renin–angiotensin system)、マイクロRNA(microRNA)、miR-122-5p、AGT発現(AGT expression)、連鎖不平衡(linkage disequilibrium)、腎皮質(kidney cortex)、細胞型特異性(cell-type specificity)、英国バイオバンク(UK Biobank)、遺伝子組織発現プロジェクト(GTEx)、血圧(blood pressure)、人種に基づく医療(race-based medicine)、個別化治療(personalized therapy)

黒人女性

引用文献|References