体重を減らすのは簡単ではありません。しかし、多くの人にとって本当の難関は、その体重を維持することです。たとえ努力と規律によって体重を落としたとしても、ほとんどの人は数年以内に再び体重を増やしてしまいます。
この現象は、単なる意志の弱さや習慣の問題として片付けられがちですが、最新の科学的知見はそうではないことを示しています。私たちの身体は、体重減少に対して強力に抵抗するように進化しており、それが今日の「リバウンド」の根本的な原因となっています。
なぜほとんどの人は体重を維持できないのか?
研究によれば、体重の10%を減らした人のうち、1年以上その状態を維持できるのは20%未満です。5年以内には、ほとんどの人が元の体重に戻り、場合によってはさらに増加してしまうことが報告されています。
この現象は、「努力が足りない」から起こるのではありません。実際には、生理学的に体重を元に戻そうとするメカニズムが、多方面から作用しているのです。
減量後、体の中では何が起きているのか?
1. ホルモンによる“エネルギー危機”のシグナル
脂肪量が減ると、レプチンとインスリンという重要なホルモンのレベルが著しく低下します。これらは体内のエネルギー貯蔵量を脳に伝える“燃料計”のような役割を果たしています。
- レプチンは脂肪細胞から分泌され、体脂肪の蓄積量を脳に伝えます。減量によってレプチンが減ると、脳は「エネルギー不足」と判断し、摂食行動を促進します。
- インスリンも、血糖値調節だけでなく、脂肪貯蔵の指標としての役割を持っています。これも減量後に大きく減少します。
一部体重が戻っても、これらのホルモンのレベルは新しい体重に対して不自然に低いままになりがちです。そのため、脳は「まだ飢えている」と判断し、食欲を高め、エネルギー消費を抑えようとします。
2. 脳の“空腹モード”が強化される
脳の視床下部(ししょうかぶ)という部位は、食欲とエネルギーバランスの調整センターです。減量によってここに以下のような変化が起こります:
- 食欲を増進させる神経細胞(NPYおよびAgRPニューロン)が活性化されます。
- 満腹を促す神経回路(POMCニューロン)は活動を低下させます。
これにより、脳はエネルギーを節約し、食物を探すように指令を出す“飢餓モード”に切り替わります。
加えて、報酬系(快楽を司る脳領域)も食べ物に対して過敏になります。減量後は、食べ物の匂いや見た目がより魅力的に感じられるのです。
脳のfMRI(機能的MRI)では、減量後に食べ物の画像を見ると、報酬系の活動が強くなることが確認されています。多くの人ではこの過敏性が持続し、食欲をさらに強めます。
3. “エネルギーギャップ”とは?
“エネルギーギャップ”とは、身体が欲するカロリー量と実際に消費するカロリー量の差のことです。
- 減量後、食欲はむしろ増大します。
- 一方で、基礎代謝(安静時のエネルギー消費量)は予想以上に低下します。
つまり、以前と同じ量を食べていても、体はそれを“余分なエネルギー”として蓄積してしまう状態になっているのです。
これは代謝適応(metabolic adaptation)と呼ばれ、研究では1日あたり300〜700kcalも少なく消費されることが報告されています。
4. 筋肉・肝臓・脂肪細胞の変化
減量によって単に脂肪が減るだけでなく、エネルギーの使い方や貯め方そのものが変化します。
筋肉
- インスリン感受性が高まり、糖の取り込みは良くなります。
- しかし、エネルギー消費量は低下します。
- ミトコンドリア(細胞内の“発電所”)の活動も鈍化し、消費エネルギーが減ります。
肝臓
- 食事量が増えると、12〜24時間以内に中性脂肪(トリグリセリド)の合成を再開します。
- この反応の速さは、減量後の体がエネルギーを蓄える準備ができていることを示しています。
これは体が常に脂肪を合成する能力を持っているという意味ではなく、減量後の状態では特に素早く・優先的に脂肪を蓄えるようになるということです。
脂肪細胞
- 減量によりサイズは小さくなりますが、数は減りません。
- より効率的に栄養を取り込むようになります。
- 一部では新たな脂肪細胞(脂肪細胞の過形成)が作られ、将来的な脂肪の蓄積能力が高まる可能性があります。
その他の体内システムの関与
1. 腸内ホルモンが空腹感を持続させる
腸は消化だけでなく、ホルモンを分泌して脳と通信する重要な器官です。
減量後には以下の満腹ホルモンが減少します:
- PYY(ペプチドYY)
- GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)
- CCK(コレシストキニン)
- アミリン
そして、グレリン(空腹ホルモン)は増加します。
これらの変化は数ヶ月から数年にわたって続くこともあり、満腹感が得られにくく、空腹を感じやすくなります。
2. 免疫系が「肥満の記憶」を保持する
減量しても、脂肪組織内の炎症は完全には消えません。
- T細胞は引き続き活性化され、炎症性の環境を保ちます。
- 特定の単球(CD7+モノサイトなど)が体重維持を助ける可能性があります。
- これらの変化は、エピジェネティック(遺伝子発現の制御)なレベルで長く残ることが報告されています。
3. 腸内細菌の役割
腸内にいる数兆個の細菌(腸内マイクロバイオータ)は、カロリー吸収・食欲制御・炎症調整に深く関わっています。
- 体重を維持できている人は、多様で安定した腸内細菌を持つ傾向があります。
- 減量期に採取した自分自身の便を後に戻す自己糞便移植(aFMT)により、体重の再増加が抑制されたという研究もあります。
4. 筋肉量の減少が再増加リスクを高める
筋肉(除脂肪体重)を多く失うと、基礎代謝が下がり、食欲が増す可能性があります。
- 除脂肪体重の喪失割合(%FFML)が高いほど、体重の再増加リスクが高まります。
- チルゼパチド(tirzepatide)などの新薬は、筋肉をより良く保つ可能性があります。
- 筋トレと十分なタンパク質摂取は、減量中の筋肉維持に重要です。
治療への示唆:生物学を理解し、共に働く必要性
これらの生物学的な反応は、「弱さ」ではありません。飢餓を防ぐための進化的な防御機構です。
しかし、現代ではこれが体重の維持を極めて困難にする要因となっています。
効果的な体重維持には、次のような多面的戦略が必要です
- 食欲と代謝の両方を調整する治療
- 筋肉を保つ運動(特に筋トレ)
- 腸内環境を整える食事またはマイクロバイオーム療法
- GLP-1作動薬などの薬剤による支援
- 長期的かつ個別化されたサポート体制
結論:生物学は敵ではない、理解すべきパートナーである
体重の再増加は、努力不足や意思の弱さによるものではありません。それは、身体が“失われたエネルギー”を取り戻そうとする、予測可能な反応です。
だからこそ、治療も長期的で、複数のシステムに対応する包括的な戦略でなければなりません。今後の肥満治療は、食事や運動だけでなく、薬剤・腸内細菌・免疫系にまで広がる「全体最適」の視点が求められます。
マンジャロとは?
マンジャロ(一般名:チルゼパチド)は、GLP-1受容体とGIP受容体の両方を刺激する「デュアルアゴニスト」という新しいタイプの注射薬です。2型糖尿病や肥満症の治療を目的に開発され、週1回の投与で食欲や血糖、脂質代謝に作用します。
減量後の「リバウンド」には、脳とホルモンによる体重恒常性のメカニズムが深く関わっています。私たちの身体は、減った体重を元に戻そうとする方向に働くため、食欲ホルモン(グレリン)が増え、満腹ホルモン(レプチン)が減少します。その結果、消費エネルギーは低下し、以前より少ない食事量でも太りやすい状態になります。
マンジャロはこの体の反応に介入します。GLP-1作用で満腹感を持続させ、GIP作用で代謝効率を改善することで、減量後の過食や代謝低下を抑える可能性があります。単なる食欲抑制薬ではなく、複数の代謝経路に同時に働きかける点が特徴です。リバウンド対策として、生活習慣の改善とあわせて使うことで、体重維持をより長期的に支えられる選択肢となり得ます。
マンジャロの効果
マンジャロは臨床試験で、HbA1cの改善(平均約2%低下)とともに、体重の平均10〜20%減少を実現しています。注目すべきは、減量後の維持率の高さです。通常、薬物を中止すると食欲が戻り体重も上昇しますが、マンジャロを継続投与すると、脳の食欲中枢と代謝調節系に働きかけ続けるため、リバウンドのスピードを大幅に遅らせることが報告されています。
また、内臓脂肪や中性脂肪の減少、血圧・コレステロールの改善といった心血管リスク低下効果も期待できます。これは、体重減少による単なるカロリー消費効果だけでなく、脂肪組織からの炎症性物質の分泌を抑える働きが関与しています。
リバウンドを防ぐには、筋肉量の維持や食生活の質の向上も重要です。マンジャロは薬理的に食欲をコントロールしながら、エネルギー代謝を高めるため、こうした生活習慣の努力をより効果的にします。特に、過去に何度もリバウンドを経験した人にとっては、「減らす」だけでなく「維持する」ための強力なパートナーとなります。
引用文献
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- Van Baak, M.A., Mariman, E.C. Physiology of Weight Regain after Weight Loss: Latest Insights. Curr Obes Rep 14, 28 (2025). https://doi.org/10.1007/s13679-025-00619-x