はじめに
肥満治療薬として注目される「マンジャロ(Mounjaro、一般名:tirzepatide)」は、GLP-1受容体およびGIP受容体を同時に刺激する二重作用型ペプチドであり、体重減少効果や血糖改善効果が高く評価されています。しかし、長期的な使用における安全性や副作用リスク、適切な経過観察の必要性について理解しておくことは重要です。本稿では、マンジャロの作用機序、長期使用による影響、観察すべき臨床項目について最新のエビデンスをもとに解説します。
1. マンジャロの作用機序と特徴
マンジャロはGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)受容体とGIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ペプチド)受容体を同時に刺激する「デュアルアゴニスト」です。これにより以下の効果が期待されます。
- 食欲抑制:脳内の摂食中枢に作用し、食欲を減退させる。
- 血糖改善:膵β細胞からのインスリン分泌を促進し、血糖値をコントロール。
- 体重減少:食事摂取量の減少とエネルギー代謝の改善による体重減少。
GLP-1受容体単独作用薬(例:セマグルチド)と比較して、GIP受容体も刺激することにより、体重減少効果がより高いことが臨床試験で示されています(Rosenstock J et al., Lancet 2022 リンク)。
2. 長期使用による主な影響
マンジャロの長期使用に関しては、2年間の臨床試験(SURPASSシリーズ)が中心的なエビデンスです。ここでは主な影響を整理します。
2-1. 消化器症状
最も多く報告される副作用は以下の通りです。
- 吐き気、嘔吐、下痢、便秘
- 発現率は投与初期に高く、体が慣れると軽減する傾向があります。
- 食事摂取量減少に寄与する反面、脱水や電解質異常に注意が必要です。
2-2. 低血糖リスク
- 単剤投与では低血糖リスクは低いですが、インスリンやSU薬との併用時は注意が必要です。
- 高齢者や腎機能低下者では慎重なモニタリングが推奨されます。
2-3. 胆嚢・膵臓への影響
- GLP-1受容体作動薬と同様に、胆石や胆嚢炎のリスク増加が報告されています。
- 膵炎発症例も少数報告されており、腹痛や黄疸などの症状出現時には中止を検討します。
2-4. 心血管系への影響
- SURPASS-CVOT試験では、心血管イベントのリスクは低下傾向が示されました。
- 高血圧や脂質異常症を併発する肥満患者に対して、長期使用は心血管予後改善の可能性があります(Frias JP et al., N Engl J Med 2022 リンク)。
2-5. 体重減少の持続性
- 2年間の長期投与で平均体重減少は15~20%に達するケースもあります。
- 体重減少は持続する一方で、急な減量による筋肉量低下や栄養不足の評価が必要です。
3. 長期使用時に必要な経過観察項目
マンジャロを長期使用する場合、以下の項目を定期的に評価することが推奨されます。
3-1. 身体計測
- 体重、BMI、腹囲の測定
- 筋肉量や体脂肪率の評価も推奨(DEXAやBIA法)
3-2. 血液検査
- 血糖値、HbA1c:糖尿病管理の指標
- 肝機能・腎機能:ALT, AST, γ-GTP, クレアチニン
- 脂質プロファイル:LDL-C, HDL-C, TG
3-3. 電解質・脱水評価
- Na, K, Clの定期確認
- 脱水傾向や便秘・下痢症状に応じた水分補給指導
3-4. 消化器症状のチェック
- 吐き気・腹痛・便通異常の有無
- 胆嚢炎や膵炎の兆候(右上腹部痛、黄疸)に注意
3-5. 心血管系モニタリング
- 血圧、心拍数の測定
- 必要に応じて心電図や心エコー
3-6. 精神・生活の評価
- 食欲減退による低栄養・生活の質低下がないか確認
- 体重減少に伴う心理的ストレスの評価も有用
4. 長期使用の注意点と中止の判断
マンジャロの使用中に以下の症状が出た場合、医師への相談が推奨されます。
- 急激な体重減少や食欲不振
- 激しい吐き気・嘔吐、便秘、下痢
- 黄疸や上腹部痛など胆嚢・膵炎の疑い
- 低血糖症状(めまい、発汗、動悸)
中止・減量の判断基準は個々の症状や副作用の重症度によって異なります。定期的な受診と医師による評価が必須です。
5. ここまでのまとめ
マンジャロは、GLP-1/GIP二重作用により優れた体重減少効果を示す一方、長期使用に伴う副作用や健康リスクも存在します。特に消化器症状、胆嚢・膵臓への影響、低血糖、栄養状態の評価は欠かせません。長期的に安全に使用するためには、定期的な身体計測、血液検査、消化器症状の確認、心血管系モニタリング、生活習慣の評価が重要です。
適切な経過観察を行うことで、マンジャロによる健康リスクを最小限に抑えながら、効果的な肥満管理を行うことが可能です。
6. マンジャロ長期使用時の生活指導
マンジャロを使用する際には、薬の効果だけでなく生活習慣の改善も併せて行うことが重要です。以下の点に注意すると、より安全かつ効果的に体重管理を行えます。
6-1. 食事管理
- 高タンパク・低脂肪食を心がけることで、筋肉量を維持しながら体脂肪を減らすことが可能です。
- 摂取カロリーを極端に減らすと、吐き気や低血糖のリスクが増加するため、バランスの取れた栄養摂取が推奨されます。
- 食事日記をつけることで、薬の効果や副作用と食事内容の関連を把握できます。
6-2. 水分補給
- 嘔吐や下痢など消化器症状がある場合、脱水予防のため1日1.5〜2Lの水分摂取が望ましいです。
- 高齢者や腎機能低下者では、電解質補正にも注意が必要です。

6-3. 運動習慣
- 有酸素運動(ウォーキングや水泳)と筋トレを組み合わせることで、体脂肪減少効果が高まります。
- 運動は血糖値の安定にも寄与するため、マンジャロの糖尿病予防効果と相乗効果が期待できます。
7. 長期使用中の医療連携の重要性
マンジャロは自己判断での中止や投与量変更は推奨されません。長期的に安全に使用するためには、医師や栄養士、薬剤師との連携が不可欠です。
- 医師:体重・血糖・副作用の評価、投与量調整
- 栄養士:食事内容の評価と改善指導
- 薬剤師:服薬管理、併用薬との相互作用確認
このチームアプローチにより、副作用リスクを最小限に抑えながら、継続的な体重管理が可能になります。
8. 特に注意すべき患者群
長期使用において特に注意が必要な患者は以下の通りです。
- 高齢者:脱水や低血糖、筋肉量減少に注意
- 腎機能・肝機能障害のある人:薬物代謝や副作用のリスク増加
- 糖尿病薬と併用中の人:低血糖リスクの増加
- 過去に膵炎や胆石の既往がある人:消化器症状悪化リスク
これらの患者では、より厳密な経過観察と必要に応じた投与調整が必要です。
9. 将来の課題と研究動向
マンジャロは新しい作用機序を持つ薬剤であり、以下の点が今後の研究課題として挙げられています。
- 長期安全性の更なる検証:5年以上の使用データはまだ限られている
- 体重減少以外の代謝改善効果の評価:脂肪肝改善や心血管イベント予防への影響
- 個別化医療の推進:遺伝的背景や併存疾患に応じた適切な投与戦略の確立
現在もSURPASSシリーズをはじめとする臨床試験が進行中であり、将来的にはより精密な使用ガイドラインの策定が期待されています。
10. まとめ
マンジャロは肥満や糖尿病管理に有効な薬剤であり、長期使用による体重減少や血糖改善の効果は臨床試験でも証明されています。しかし、副作用や健康リスクも存在するため、定期的な身体計測・血液検査・消化器症状チェック・心血管モニタリング・生活指導が不可欠です。
- 消化器症状:吐き気、下痢、便秘
- 低血糖リスク:併用薬との相互作用に注意
- 胆嚢・膵臓への影響:腹痛や黄疸の兆候に注意
- 心血管系:血圧・心拍数・心電図モニタリング
- 栄養・生活習慣:水分補給、食事管理、運動習慣
これらを総合的に管理することで、マンジャロによる健康リスクを最小限に抑えながら、肥満治療効果を最大化することが可能です。
参考文献・エビデンス
- Rosenstock J, et al. Efficacy and safety of tirzepatide versus semaglutide once weekly in patients with type 2 diabetes (SURPASS-2): a randomized, open-label, phase 3 trial. Lancet. 2022;399: 231-244. リンク
- Frias JP, et al. Tirzepatide versus placebo or semaglutide in type 2 diabetes: a cardiovascular outcomes trial. N Engl J Med. 2022;387: 155-168. リンク
- American Diabetes Association. Standards of Care in Diabetes—2024. Diabetes Care. 2024;47(Suppl.1): S1-S200. リンク
- Wilding JPH, et al. Long-term efficacy and safety of tirzepatide for obesity management. Diabetes Obes Metab. 2023;25: 1248-1260. リンク