性感染症(STD/STI)は、性行為やそれに類する行為を通じて感染する病気の総称です。かつては特定の年齢層や生活習慣を持つ人に限られた問題と考えられがちでしたが、現代では10代後半から高齢世代まで、性別や年齢を問わず誰にでも感染の可能性がある社会的課題となっています。
クラミジアや淋菌感染症、梅毒、HIV感染症、尖圭コンジローマ、性器ヘルペスなど、その種類は多岐にわたり、感染経路や症状もさまざまです。特に厄介なのは、多くの性感染症が感染してもすぐには症状が出ない、もしくは軽微な症状で見過ごされやすいという特徴を持っていることです。この「無症状の期間」にも感染力は存在し、知らず知らずのうちにパートナーや他者へ広げてしまう可能性があります。
さらに、放置すれば不妊症や慢性疾患、重篤な全身症状、さらには命に関わる状態に進行するリスクもあります。その一方で、性感染症の多くは適切な予防策と定期的な検査、そして早期治療によって健康被害を最小限に抑えることが可能です。
本記事では、性感染症の主な種類と特徴、初期症状や無症状のリスク、そして日常生活で実践できる予防法を専門家視点でわかりやすく解説します。「自分は大丈夫」と思い込まず、正しい知識を持ち、行動に移すことが、自分と大切な人を守る第一歩です。
1. 性感染症の主な種類と特徴
クラミジア感染症
・感染経路:性行為(膣・肛門・口腔)による粘膜接触
・初期症状:男性は排尿時の軽い痛みや尿道分泌物、女性は帯下(おりもの)の増加や軽い下腹部痛
・特徴:無症状率が非常に高く、女性では卵管炎や不妊の原因になることがあります。
淋菌感染症(淋病)
・感染経路:主に性行為による粘膜接触
・初期症状:男性は激しい排尿痛と黄色い膿の排出、女性は軽い症状や無症状の場合が多い
・特徴:抗菌薬耐性菌の増加が世界的に問題化しています。
梅毒
・感染経路:性行為、母子感染、血液接触
・初期症状:感染部位のしこりや潰瘍、数週間後には全身の発疹や発熱
・特徴:放置すると神経や心臓、視覚に障害を残すことがあります。
HIV感染症(エイズ)
・感染経路:血液、精液、膣分泌液などを介して感染
・初期症状:発熱・倦怠感・発疹(急性期)、その後長い無症状期を経て免疫不全が進行
・特徴:適切な治療により発症や重症化を抑えることが可能になっています。
尖圭コンジローマ
・感染経路:ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染
・初期症状:性器や肛門周囲に小さなイボが多発
・特徴:一部のHPVは子宮頸がんや陰茎がんの原因になります。
性器ヘルペス
・感染経路:単純ヘルペスウイルス(HSV)の感染
・初期症状:水ぶくれやただれ、痛みを伴う発疹
・特徴:再発を繰り返すことがあり、免疫力低下時に悪化しやすいです。
2. 初期症状と無症状のリスク
性感染症の厄介な点のひとつは、症状が出ない、または非常に軽いケースが多いことです。
例えばクラミジア感染症は、男性で約半数、女性では実に7〜8割が無症状とされています。無症状であっても感染力は保持されており、この期間にパートナーや複数の相手へ感染が拡大する可能性があります。
さらに、性感染症は潜伏期間が病原体によって異なります。淋菌感染症のように感染から数日で排尿痛や膿が出るタイプもあれば、梅毒やHIV感染症のように数週間から数カ月、時には数年を経てから症状が現れるものもあります。こうした「潜伏期」の存在が、感染の発見と治療開始を遅らせる大きな原因になっています。
無症状でも身体の内部では病気が進行し、女性では卵管炎や骨盤内炎症性疾患(PID)によって不妊や子宮外妊娠のリスクが上昇します。男性でも慢性前立腺炎や精管炎を発症し、精子の通過障害や生殖機能の低下を招くことがあります。さらに梅毒のように、神経や心臓、視覚など生命に関わる重大な臓器に影響を与える性感染症も存在します。
つまり、症状の有無や軽重だけでは感染の有無を判断できません。「特に症状はないから安心」という考え方は非常に危険であり、定期的な検査と医師の診断を受けることが、自分と周囲の健康を守る唯一の方法です。
3. 性感染症の予防法
コンドームの使用
・すべての性行為(膣・肛門・口腔)で正しく使用することが予防の基本です。
・ただし皮膚接触で感染する梅毒やHPV、性器ヘルペスはコンドームだけでは完全予防できません。
定期的な検査
・無症状でもパートナーが変わったタイミングや年1回程度の定期検査を推奨します。
・検査方法は尿検査、血液検査、分泌物検査などがあります。
ワクチン接種
・HPVワクチンは子宮頸がん予防に有効で、男女とも接種が推奨されます。
・B型肝炎ワクチンも有効な予防策です。
複数のパートナーを避ける
・感染リスクはパートナーの数に比例して高まります。

4. 感染が疑われたら
性感染症は早期発見・早期治療が非常に重要です。症状があってもなくても、「もしかして感染したかもしれない」という心当たりがある場合は、できるだけ早く医療機関を受診しましょう。
受診先としては、泌尿器科・婦人科・性感染症外来が一般的ですが、自治体によっては保健所で匿名かつ無料でHIVや梅毒の検査を受けられる場合もあります。診察時には、最後に性行為を行った日やその内容、コンドームの使用有無、過去の感染歴などを正確に伝えることが診断の精度を高めます。
感染が確認された場合、自己判断で市販薬や民間療法に頼るのは避けましょう。症状が一時的に軽快しても病原体が体内に残れば再発や合併症の原因になります。必ず医師の指示に従い、治療を最後まで続け、治療後は再検査で陰性が確認されるまで性行為を控えることが必要です。
さらに、パートナーへの告知と治療も重要です。自分だけが治療を受けても相手が未治療であれば再感染(ピンポン感染)が起こります。感染の告知はデリケートな問題ですが、互いの健康を守るために必要な行動です。
感染が疑われたときの行動ポイント
・できるだけ早く医療機関を受診(泌尿器科・婦人科・性感染症外来・保健所など)
・受診時に正確な情報を提供(性行為の日付・内容、コンドーム使用の有無、過去の感染歴など)
・自己判断で薬を使用しない(症状だけを抑えても根本的な治療にはならない)
・治療は最後まで継続し、医師の指示で再検査して陰性を確認
・治療中は性行為を控える(感染拡大防止のため)
・パートナーにも検査・治療を受けてもらう(再感染防止のため)
・告知が難しい場合は医師や保健所に協力を依頼する
まとめ
性感染症は、身近でありながら軽視されがちな健康リスクです。その最大の特徴は、症状が軽かったり全く出なかったりするために感染に気づきにくく、その間にも他者に感染を広げてしまう可能性があることです。特にクラミジアや淋菌感染症、梅毒などは近年若年層で増加傾向にあり、社会全体での対策が急務とされています。
感染を防ぐためには、コンドームを正しく使うことが基本ですが、それだけで全ての性感染症を防げるわけではありません。皮膚や粘膜接触で感染する梅毒やHPV、性器ヘルペスなどのように、コンドームでは完全に予防できないケースもあります。そのため、定期的な検査の実施、必要なワクチンの接種(HPVワクチンやB型肝炎ワクチンなど)、そして感染の疑いがある場合は速やかに医療機関で診断と治療を受けることが不可欠です。
また、性感染症の予防は自分の健康を守るだけでなく、パートナーや将来の家族の健康を守ることにも直結します。たとえ症状がなくても、パートナーと一緒に検査を受けたり、感染が判明した場合は互いに治療を行うことで、再感染や感染の拡大を防ぐことができます。
性感染症への正しい理解と対策は、恥ずかしさや偏見を超えて社会全体で共有されるべき健康意識です。日常生活の中で予防行動を習慣化し、不安を感じたら早めに医療機関に相談する。この積み重ねが、将来の大きな健康被害を防ぎ、安全で安心できる人間関係を築くための確かな土台となります。
