性感染症(STD/STI)は、性行為やそれに類する粘膜・皮膚接触を通じて感染する病気の総称で、細菌・ウイルス・原虫など様々な病原体が原因となります。代表的なものには、クラミジア感染症、淋菌感染症、梅毒、HIV感染症、尖圭コンジローマ、性器ヘルペスなどがあり、それぞれの症状・感染経路・潜伏期間は異なります。
近年、日本でも性感染症の患者数は増加傾向にあり、特に梅毒やクラミジアは若年層を中心に拡大しています。背景には、性的パートナーの多様化、マッチングアプリやSNSを通じた出会いの増加、コンドーム使用率の低下などが挙げられます。また、中高年層やシニア層の感染も無視できないレベルになっており、「若い人だけの病気」という考えは誤りです。
性感染症の厄介な点は、無症状でも感染力を持ち、知らない間にパートナーや他者へ感染を広げてしまうことです。発症しても軽い違和感やかゆみ程度で、日常生活に支障がない場合も多いため、受診が遅れ、気づいたときには不妊や慢性炎症、全身の臓器障害など深刻な合併症に進行していることもあります。
本記事では、代表的な性感染症の種類とそれぞれの特徴、感染経路、主な症状、放置した場合のリスク、そして予防策について詳しく解説します。症状の有無に関わらず、自分やパートナーの健康を守るために正しい知識を持つことが、感染予防の第一歩です。
1. クラミジア感染症
原因菌:クラミジア・トラコマティス
感染経路:膣性交・肛門性交・オーラルセックスでの粘膜接触
潜伏期間:1〜3週間
主な症状
男性
・排尿時の軽い痛みや熱感(朝方に強くなる傾向)
・尿道からの透明〜乳白色の分泌物(量は少なめ)
・軽度のかゆみや違和感
・放置すると精巣上体炎(副睾丸炎)による陰嚢の腫れ・痛み
女性
・おりものの量増加や色の変化(黄緑色・茶色っぽい)
・臭いの強いおりもの
・軽度の下腹部痛や腰痛
・性交痛、出血を伴うことも
・男女ともに咽頭感染で喉の違和感、軽い痛みが出ることもあり
特徴とリスク
・無症状率が高く、男性で約半数、女性で7割以上が無症状のまま進行
・女性は卵管炎や骨盤内炎症性疾患(PID)を起こし、不妊や子宮外妊娠の原因になる
・男性は精管炎や副睾丸炎により精子通路が障害され、生殖機能が低下
・新生児に母子感染すると結膜炎や肺炎を引き起こす危険あり
2. 淋菌感染症(淋病)
原因菌:ナイセリア・ゴノレエ(淋菌)
感染経路:膣・肛門・口腔での粘膜接触
潜伏期間:2〜7日
主な症状
男性
・激しい排尿痛(排尿のたびに焼けるような痛み)
・尿道からの黄色〜緑色の膿
・尿道口の腫れと赤み
女性
・軽度の排尿痛や頻尿
・おりものの増加(膿性、悪臭あり)
・下腹部の鈍痛、性行為時の痛み
・多くは軽症または無症状
咽頭感染
・喉の痛みや腫れ、白い斑点(無症状のことも多い)
直腸感染
・痛み、出血、膿性分泌物
特徴とリスク
・感染力が非常に強く、1回の性行為で高確率で感染
・放置すると女性はPID、不妊、子宮外妊娠の原因に
・男性は前立腺炎や精管炎を起こす
・近年、抗菌薬耐性菌の増加が深刻化し、治療が難しい症例が増えている
3. 梅毒
原因菌:トレポネーマ・パリダム
感染経路:性行為による粘膜接触、血液、母子感染
潜伏期間:平均3週間(10〜90日)
主な症状
第1期(感染〜3か月)
・感染部位(性器・肛門・口唇など)にしこり(硬性下疳)ができ、中央が潰瘍化
・痛みはほぼなし
第2期(感染3か月〜3年)
・全身に赤色〜赤褐色の発疹(手のひら・足裏にも出やすい)
・発熱、倦怠感、リンパ節腫脹
第3期以降
・心臓・血管・神経に障害
・視覚障害、麻痺、認知症様症状
特徴とリスク
・近年、日本で患者数が急増(特に20〜40代女性)
・放置すると不可逆的な臓器障害や死に至ることがある
・妊婦が感染すると胎児に先天梅毒が発生し、流産や重度障害の原因に
4. HIV感染症(エイズ)
原因ウイルス:ヒト免疫不全ウイルス(HIV)
感染経路:血液・精液・膣分泌液・母乳
潜伏期間:数週間の急性期症状後、数年〜十数年の無症状期
主な症状
急性期(感染直後)
・発熱、全身の発疹、喉の痛み
・倦怠感、リンパ節の腫れ
無症状期
・数年〜十数年続くが、免疫は徐々に低下
後期(エイズ発症期)
・日和見感染症(肺炎、カンジダ症、結核など)
・がん(カポジ肉腫、悪性リンパ腫など)
特徴とリスク
・発症前に治療開始すれば、ほぼ正常な寿命が期待できる
・完治は難しく、一生治療の継続が必要
・感染初期はウイルス量が高く、他者への感染リスクが非常に高い
5. 尖圭コンジローマ
原因ウイルス:ヒトパピローマウイルス(HPV)
感染経路:性器や肛門周囲の皮膚・粘膜接触
潜伏期間:1〜8か月
主な症状
・性器・肛門周囲に小さなイボ(乳頭状またはカリフラワー状)が多発
・痛みはほとんどなし、かゆみや軽い違和感
・性行為時の不快感
特徴とリスク
・一部のHPV型(16型・18型など)は子宮頸がん・陰茎がんの原因
・自然消失する場合もあるが、再発しやすい
・HPVワクチン接種により高リスク型を予防可能
6. 性器ヘルペス
原因ウイルス:単純ヘルペスウイルス(HSV)
感染経路:皮膚や粘膜の接触
潜伏期間:2〜10日
主な症状
・水ぶくれやただれ(小さな集簇性水疱)
・強い痛みやかゆみ、灼熱感
・発熱や倦怠感を伴うことも
・再発時は初感染より症状は軽いが繰り返す
特徴とリスク
・ウイルスは体内に潜伏し、免疫低下やストレスで再発
・妊娠中の初感染は新生児ヘルペスを引き起こす恐れ
・完治は困難だが、抗ウイルス薬で再発抑制・症状緩和が可能
予防と早期発見のために
性感染症は、正しい予防策と早期発見によって大きくリスクを減らすことができます。予防の基本は「感染経路を断つこと」と「感染しても早期に治療できる体制を整えておくこと」です。そのためには、以下の行動を日常的に取り入れることが重要です。
コンドームの正しい使用(膣・肛門・口腔すべて)
コンドームは、性感染症予防の最も基本的かつ効果的な手段です。ただし、使用は膣性交だけでなく、肛門性交やオーラルセックスでも必要です。性行為の最初から最後まで正しく装着し、使い回しや途中で外すことは避けましょう。HPVや梅毒、性器ヘルペスなど一部は皮膚接触でも感染しますが、コンドームの使用でリスクを大幅に減らせます。
定期的な検査(年1回以上、パートナー変更時にも)
多くの性感染症は無症状のまま進行します。年1回以上の定期検査を受けることで、症状が出る前に感染を発見できます。また、新しいパートナーとの関係を始める前や、パートナー変更時には必ず検査を受け、お互いの健康状態を確認することが安心と信頼につながります。
HPVやB型肝炎ワクチンの接種
HPVワクチンは子宮頸がんや陰茎がん、尖圭コンジローマなどを予防する効果があり、男女ともに接種が推奨されています。B型肝炎ワクチンは、血液や体液を介した感染を防ぎ、慢性肝炎や肝がんのリスクを減らします。どちらも一度感染すると慢性化や再発の恐れがあるため、未感染のうちに接種することが理想です。
症状がなくても不安があれば医療機関で相談
「症状がない=感染していない」とは限りません。少しでも不安な行為をした場合や、パートナーが感染の可能性を指摘された場合は、症状が出ていなくても医療機関で相談し、必要に応じて検査を受けましょう。早期に行動することで、合併症や感染拡大のリスクを最小限に抑えられます。
性感染症の予防と早期発見は、自分の健康を守るだけでなく、パートナーや将来の家族の健康を守る行為でもあります。日常生活にこれらの行動を取り入れることで、安心して人間関係を築ける環境が整います。

まとめ
性感染症は、原因となる病原体や症状、治療法は異なりますが、すべてに共通するのは「無症状でも他者に感染させる可能性がある」ということです。この特性が、感染拡大を防ぎにくくしている大きな理由です。さらに、放置すれば感染部位に限らず全身に影響を及ぼし、女性では卵管炎や子宮外妊娠、不妊症、男性では前立腺炎や精管炎、生殖機能障害といった深刻な健康被害につながります。梅毒やHIVなどの一部感染症は、進行すれば命に関わるケースもあります。
しかし、性感染症の多くは早期発見と適切な治療によって完治または長期的なコントロールが可能です。大切なのは、症状がなくても定期的に検査を受けること、そして感染の可能性がある行為をした場合は迷わず受診することです。また、予防面では、コンドームの正しい使用、必要なワクチン(HPV・B型肝炎など)の接種、パートナーとの感染症に関する情報共有が重要です。
性感染症への偏見や羞恥心は、受診や検査をためらわせ、結果的に感染を拡大させる原因となります。性感染症は誰にでも起こり得る病気であり、恥ずかしいことでも特別なことでもありません。むしろ正しい知識と予防行動を持つことこそ、責任ある大人としての行動と言えます。
自分と大切な人を守るために、性感染症について学び、予防し、必要なときは早めに行動する。この繰り返しが、健康で安心できる人間関係を築くための確かな土台になります。
