この記事の概要
黒人女性にとって、髪はただのファッションではありません。それは自己表現であり、文化の象徴でもあります。けれども、ブレイズやウィーブなど魅力的なスタイルの裏で、深刻な脱毛症に悩む人が増えているのをご存知ですか?本記事では、髪型と頭皮の健康との関係や「中心性遠心性瘢痕性脱毛症(CCCA)」のリスク、早期発見の重要性まで、わかりやすく解説します。
美しさの裏に潜む、知られざる髪のトラブル

朝、鏡の前でヘアスタイルを整えるひととき。それは、まるで心のスイッチを入れるような、女性にとっての大切なルーティンです。髪をとかしながら、その日の気分や装いに合わせてスタイルを考える時間は、ただの身だしなみ以上の意味を持っています。「今日はきれいにまとめ髪にしよう」「少し遊び心を出してみようかな」――そんな小さな選択が、一日の始まりを明るくしてくれます。
けれども、もしその鏡の中に、日に日に薄くなっていく自分の髪が映っていたら……。朝の時間は、憂鬱と不安の始まりに変わってしまうかもしれません。
近年、特にアフリカ系アメリカ人女性(Black women)の間で、「髪が抜けてしまう」「地肌が透けて見える」といった脱毛の悩みが増加していることが、皮膚科医たちから報告されています。その脱毛は一時的な抜け毛とは異なり、進行性で、場合によっては毛根そのものが壊れてしまい、髪が二度と生えてこなくなるという、非常に深刻なものです。
この問題の背景には、単なる体質や加齢といった一般的な理由だけではなく、黒人女性ならではの「髪との付き合い方」や「文化的スタイル」が深く関係していることが分かってきました。
この記事では、なぜ黒人女性に特有の脱毛が多く見られるのか、その原因はどこにあるのか、そして髪を守るためにできることは何か――を丁寧に解説していきます。
魅力あふれるヘアスタイルと、その代償

黒人女性の髪は、他の人種とは異なる特性を持っています。たとえば、天然のカールは「tight curls(タイトカール)」と呼ばれ、髪一本一本がらせん状にしっかりと巻かれており、乾燥しやすく、絡まりやすいという性質があります。これにより、髪型の自由度が高い一方で、日常的なメンテナンスやスタイリングに手間がかかるという側面もあります。
しかし、それがまた黒人女性の髪を特別なものにしているのです。彼女たちは、髪を通じて自分らしさや美しさ、さらには文化的なアイデンティティを表現してきました。
ブレイズ(Braids)
ブレイズとは、髪を細かく分けて1本ずつ三つ編みにするスタイルです。ときには100本以上もの編み目が頭部全体を彩り、幾何学模様のように美しく整えられる様子は、まさにアートと言っても過言ではありません。さらに、色とりどりの人工毛を編み込むことで、個性的なデザインに仕上げることもできます。
このスタイルは何世紀にもわたって西アフリカの伝統文化の中で育まれてきたもので、かつては部族の身分や年齢、家族構成までを表す「社会的なシンボル」としても機能していました。
現代では、ファッションとしての側面が強くなってきましたが、施術には数時間、時には丸一日を要することもあり、手間をかけるだけの価値があると考えられています。ただし、髪を強く引っ張るスタイルであるため、毛根に継続的な負荷がかかりやすく、頭皮の健康に長期的な悪影響を与える可能性もあるのです。
ウィーブ(Weave)
ウィーブは、自毛を編み込んだ土台の上に人工毛や人毛を縫い付けることで、長さやボリュームを増やすスタイルです。たとえば、ショートヘアから一気にロングストレートに変身できたり、カールヘアをボブスタイルにしたりと、自由自在にイメージチェンジができます。
特に舞台やメディアで活躍する女性たちには重宝されており、見た目の印象を劇的に変えることができる点が大きな魅力です。しかし、その縫い付けによって頭皮や毛根に加わるテンションが、長期的に見ると毛包にダメージを与え、脱毛の原因となることもあります。
エクステンション(Extensions)
エクステンションは、地毛に直接毛束を装着して髪の長さやボリュームを増やす方法で、接着剤やクリップ、編み込みなど様々な技法が使われます。ウィーブよりも手軽に装着でき、比較的短時間で施術が完了する点が人気の理由です。
しかし、接着剤の化学成分や、地毛に絡ませるときの物理的な刺激が毛根に負担をかけ、頭皮トラブルや脱毛につながるケースも報告されています。
縮毛矯正(Chemical Hair Straightening)
縮毛矯正は、髪の内部構造を化学的に変化させて、天然の縮れ毛をストレートに整える施術です。ツヤのあるなめらかな仕上がりが得られ、髪型のバリエーションも広がるため、特に思春期の若い女性やビジネスパーソンに人気があります。
しかし、強いアルカリ性の薬剤が頭皮に触れることで、皮膚に炎症を起こしたり、毛髪自体を脆くしてしまうことも。さらに、繰り返すことで毛包への蓄積ダメージとなり、長期的には脱毛を引き起こすリスクがあるのです。
頭のてっぺんから始まる「静かな炎症」:CCCAとは?
数ある脱毛症の中でも、黒人女性に特に多く見られるのが「中心性遠心性瘢痕性脱毛症(Central Centrifugal Cicatricial Alopecia:CCCA)」という病気です。
この病名は少し難しく聞こえるかもしれませんが、言葉の意味を分解すると、病気の特徴が見えてきます。
- 中心性(Central):脱毛が頭頂部(頭のてっぺん)から始まる。
- 遠心性(Centrifugal):そこから徐々に外側へ広がっていく。
- 瘢痕性(Cicatricial):炎症によって毛包が破壊され、傷跡(瘢痕)になって再生しなくなる。
つまり、頭の中心から静かに炎症が広がり、ある日ふと気がついたときには、地肌がくっきり見えるほど髪がまばらになってしまっている――そんな恐ろしい進行性の病気なのです。
髪の畑がコンクリートに変わる:毛包の死
毛包(hair follicle)は、髪を生やすための小さな袋状の構造で、まるで植物の種を植える畑のようなものです。栄養や酸素を取り込みながら、新しい髪を作り出す重要な場所です。
ところが、CCCAによってこの毛包が炎症にさらされると、その周囲に瘢痕が形成され、正常な機能が失われてしまいます。まるで肥沃な土がコンクリートで覆われてしまったかのように、そこから新しい命は生まれなくなります。これは、一度起きると基本的には不可逆的(元に戻らない)であり、医療介入がなければ回復の見込みはほとんどありません。
原因は複雑:体質×習慣の悪循環
CCCAの原因については、いまだ完全には解明されていませんが、遺伝的な体質と日常的なヘアスタイルの習慣の両方が関係していると考えられています。
- 繰り返される縮毛矯正による化学的ダメージ
- 常時強く引っ張られるブレイズやウィーブによる牽引ストレス
- 整髪料による毛穴の詰まりと頭皮環境の悪化
こうした要因が重なって毛包が弱り、炎症を起こしやすくなり、ついには瘢痕化に至る――という悪循環が起きてしまうのです。
未来の髪を守るには:気づいたらすぐ専門医へ
CCCAの厄介なところは、初期症状が非常に軽く、見過ごされやすいことです。かゆみ、軽い痛み、分け目の広がり――そのどれもが「ちょっと気になる程度」であるため、病院に行かずに放置してしまう人が多いのです。
しかし、この病気において最も大切なのは「早期発見」です。以下のような症状に気づいたら、早めに皮膚科や毛髪専門医を受診しましょう。
- 頭頂部がかゆい、赤い、ひりつく感じがある
- 髪を洗ったあと、ごっそり髪が抜けている
- 鏡を見たとき、明らかに分け目が広がっている
専門医の診察では、必要に応じて頭皮の写真を記録したり、顕微鏡検査や頭皮の一部を採取して調べる生検(biopsy)が行われることもあります。治療は、炎症を抑えるためのステロイド外用薬や抗生物質の服用、さらにはスタイリング習慣の見直しまで、多岐にわたります。
髪と文化の共生を目指して
黒人女性にとって、髪は単なる装飾ではありません。それは生まれ育った土地や家族、文化、そして自己表現の媒体であり、誇りそのものです。
だからこそ、脱毛を防ぐために「全部やめる」必要はないのです。大切なのは、髪と頭皮を守る知識を持ち、より安全で負担の少ない方法を選ぶこと。たとえば:
- ブレイズやウィーブは一定期間ごとに外して頭皮を休ませる
- 自毛を活かしたナチュラルスタイルを試してみる
- 頭皮の保湿やマッサージなど、日々のケアを丁寧に行う
髪の美しさも、頭皮の健康も、どちらも諦める必要はありません。自分の文化と向き合いながら、心地よいスタイルを見つけていく――それが、これからの新しい美のかたちかもしれません。
あなたの髪には、あなただけの物語が宿っています。その物語が、これからも健やかに、美しく紡がれていきますように。







