この記事の概要
髪の毛は人によってまっすぐだったり、くるくるカールしていたり、太さや質感もさまざまです。では、この“違い”はどこで決まるのでしょうか? 本記事では、最新の毛髪科学に基づいて、アジア系・アフリカ系・白人系の髪の構造の違いや、それが植毛治療にどう関係するのかを、専門用語をやさしく解説しながらご紹介します。髪の内部を電子顕微鏡で見て初めてわかる、髪の奥深い世界にご案内します。
顕微鏡で見る髪の世界:毛髪科学が拓く植毛の未来

毛髪移植(hair restoration)は、その導入から約50年の間に急速に進化してきました。特に美容的な完成度を重視した外科的技術の洗練は、革新的な医師たちの尽力によって大きく前進してきました。
こうした進展の背景には、毛髪の物理的・化学的特性に関する科学的研究の貢献があります。たとえば、ホルモンや分子レベルのシグナルがどのように髪の成長や脱毛に関与するかを解明する生化学的研究と並行して、髪の構造そのものに焦点を当てた研究も進められてきました。
髪の構造に関する科学的探求
最新の化学分析や高倍率の電子顕微鏡を用いることで、研究者たちは毛髪の複雑な多層構造を詳細に明らかにし、それぞれの髪が属する「人種的カテゴリー(ethnic hair types)」の違いについても理解を深めてきました。

研究の中で重要な指摘として、「髪質の違いはあくまで相対的であり、すべての髪は何らかの意味で“エスニック”である」という観点があります。一般的に分類される主要な3つの人種的髪質タイプとは、アフリカ系(African)、アジア系(Asian)、そして白人系(Caucasian)です。ただし、この違いは、人類全体の毛髪という枠組みで見ると非常に小さな差異であり、他の哺乳類との比較においては共通点が多く存在します。
しかしながら、毛髪移植の審美的観点においては、このような小さな違いが手術結果に影響を及ぼすため重要となります(詳細は「アフリカ系アメリカ人における毛髪移植」および「東アジア人における毛髪移植」を参照ください)。
毛髪の層構造と損傷リスク
人間の頭髪を低倍率の顕微鏡で観察すると、根元から毛先に向かって外向きに重なった薄いウロコ状の層が見られます。これがキューティクル(cuticle)と呼ばれる部分で、皮膚や爪と同様にケラチン(keratin)という強靭なたんぱく質からできています。

キューティクルは、内側のコルテックス(cortex)という柔らかい組織を保護する役割を担っています。コルテックスは、髪の成長や形状、ハリ、ツヤといった見た目に直接関与する重要な構造です。
しかし、硬いブラッシングやブリーチなどの強い化学処理を繰り返すと、キューティクルは損傷し、最終的にはコルテックスまでダメージが及ぶことになります。
人種による毛髪の構造的違い
横断面(Cross Section View)

毛髪を断面で観察すると、以下のような人種特有の形状が見られます:
- アジア系の髪:断面はほぼ円形で、他の人種に比べて直径が大きく、太くしっかりしています。
- アフリカ系の髪:断面は楕円形(oval)またはそれ以上に変則的で、形状のばらつきが大きいのが特徴です。
- 白人系の髪:断面の形はアジア系とアフリカ系の中間であり、比較的滑らかな楕円形です。
縦断面(Longitudinal View)

髪の長さ方向の観察でも違いが見られます:
- アジア系の髪:まっすぐで、ねじれやうねりがほとんどありません。
- アフリカ系の髪:不規則なカールやねじれが顕著です。
- 白人系の髪:比較的まっすぐですが、多少の波状や不規則性が見られます。
この縦方向の不規則性は、アフリカ系の髪が切れやすい傾向の一因であり、また毛髪移植においては「利点と課題の両面」があります。具体的には、採取時に髪の生え方の角度が多様であるためドナー毛の収集が難しい一方で、カールによって少ない本数でも頭皮を効果的にカバーできるため、移植に必要な毛包の数を減らすことが可能です。
毛髪形状はどこで決まるのか?

髪の断面形状や縦のうねりは、毛包(hair follicle)の中でも特に下半分の構造によって形成されることが、近年の研究で明らかになっています。この知見は、毛髪移植手術において「ドナー部位の髪質は、移植先でも変わらない」という臨床的な経験則を裏付けるものです。
つまり、例えばアジア系のドナー部位から採取した髪は、移植先でもストレートな髪質を維持するということになります。これは、髪質が一時的な環境要因ではなく、毛包内部で遺伝的・分子的にプログラムされていることを示唆しています。
髪の中の世界を電子顕微鏡で見る
毛髪の外層にあるキューティクルは、ちょうど木の樹皮のように、内層のコルテックスに強固に付着しています。このキューティクルの下にあるコルテックスこそが、髪の質感・強度・形状を決定する中核的な組織です。

電子顕微鏡で毛髪の縦方向(longitudinal)に拡大して観察すると、髪の内部には根元から毛先に向かって縦に走るコルテックス細胞と繊維がぎっしり詰まっています。横断面で見ると、そこには細かなマクロフィブリルとミクロフィブリル(macro- and microfibrils)が密集しており、まるで細い電線が束になったケーブルのようです。
このフィブリルの配列や密度が、髪の弾力性や破断強度、さらには「人種的な髪の形状」を決定する重要因子となっています。そしてその形状決定には、ホルモンや分子シグナルが関与しており、現在も多くの研究がその仕組みを解明しつつあります。
参考文献
- Wolfram LJ. (2003). Human hair: a unique physicochemical composite. Journal of the American Academy of Dermatology, 48(Supplement): S106–S114.
- Franbourg A, Hallegot P, Baltenneck F, et al. (2003). Current research on ethnic hair. Journal of the American Academy of Dermatology, 48(Supplement): S115–S119.
- Lavker RM, Bertolini AP, Freedberg IM, et al. (1999). Biology of hair follicles. In: Freedberg IM, et al. (Eds.), Fitzpatrick’s Dermatology in General Medicine, 5th ed. New York: McGraw-Hill, pp. 230–238.







