この記事の概要
髭(ひげ)の毛が、頭髪のドナー不足を解消する新たな希望になるかもしれません。アメリカの毛髪再生専門医が発表した研究によれば、髭の毛根を活かして頭皮に移植することで、髭の毛を「減らさず」に何度も使える“自己クローン”移植が可能になるとのこと。特に頭髪が大きく失われた男性や、頭皮に傷跡のある人にも朗報となり得るこの技術。最新の移植結果や今後の可能性について、やさしく解説します。
髭の毛を使った「自己クローン」移植で頭髪のドナー不足を克服
ニューヨーク(2003年10月16日)発 — 髭(ひげ)の毛を丁寧に抜き取り、頭皮へと移植することで、将来的に枯渇しない「無尽蔵のドナー毛源」を確保できる可能性があります。この方法では、適切な抜毛技術を用いることで、髭が再び生えてくる能力を損なうことはありません。

この髭の毛を用いた“自己クローン(auto-cloning)”という技術は、特に頭髪のドナー部位(移植用に毛を採取できる場所)がほとんど残っていない重度の脱毛症の男性や、火傷や外傷により頭皮に傷跡がある人々にとって、有望な選択肢となる可能性があります。これは、ニューヨークの毛髪再生専門医であるゲイリー・ヒッツィグ医師(Gary Hitzig, MD)による報告です。
ヒッツィグ医師は、第11回国際毛髪移植外科学会年次総会(International Society of Hair Restoration Surgery: ISHRS)において、この新しい手法の成果を発表しました。この学会は2003年10月15日から19日まで、ニューヨーク市のマリオット・マーキスホテルで開催されました。
一本の毛根から二本の毛が再生?韓国の研究をヒントに実現
ヒッツィグ医師の試みは、韓国の朴(Pook)大学のキム・ジェーシー医師(Dr. J.C. Kim)の研究に着想を得たものです。キム医師の研究では、「1本の毛を理論的に2つに分割し、それぞれが再び毛根(hair follicle)として機能する可能性がある」と報告されました。この再生には、幹細胞(stem cells)が分割後の両方に十分に残っていることが条件となります。

ヒッツィグ医師はこの理論を応用し、5人の男性ボランティアを対象にした小規模研究を設計しました。独自に開発した特殊な「毛抜き」器具を使用し、髭の毛根の一部を丁寧に抜き取ることで、髭の成長を維持したまま、新しい移植毛として使用可能な毛根を採取することに成功しました。
この方法により、髭の毛は「減ることのないドナー源」として再利用可能であることが示唆されました。つまり、ドナー用の頭髪が極端に少ない男性にとっても、新たな移植毛を提供できる技術となる可能性があります。
髭の太さが生存率に関係:80%以上の定着率を確認
ヒッツィグ医師は、あごやもみあげなどから採取した太くてしっかりした髭の毛を移植対象に選びました。これは、過去の研究で「細く柔らかい毛は移植後に生着しにくい」とされていたからです。加えて、あごやもみあげから毛を抜く際、患者の不快感が比較的少ないことも利点です。
この研究に参加した5人の男性は、いずれも40〜57歳で、過去に頭髪移植を受けており、進行性の脱毛により頭髪のドナー部位が不足しているという共通点がありました。
その結果、移植された髭の毛のうち80%以上が頭皮で定着(“take”)し、移植から6か月後の毛髪密度の計測では、30本の移植に対し平均25本が発毛していることが確認されました。
また、髭のドナー部位(髭を抜いた箇所)では、毛の密度に減少が見られず、再び新しい髭が生えてきていることが観察されました。これは、毛根の一部を残すことで、髭としての成長機能が保たれた証拠といえます。
髭の移植毛は太さを保ち、頭皮で高いカバー力を発揮
興味深いことに、移植された髭の毛は元の髭の太さや質感(チンウィスカー:chin whisker)を保ったまま頭皮で生着し、カバー力の高い毛髪として機能しました。これは、移植先の頭皮で「髭の特徴が再現された」ということを意味し、見た目の改善にも大きく貢献します。
さらにヒッツィグ医師は、これらの成功事例をもとに、頭皮の傷跡(瘢痕:scar)への応用研究にも着手しました。かつてドナー毛を採取した部分にできた瘢痕へ少数の髭の毛を移植したところ、有望な結果が得られ、今後の発展が期待されています。
「自己クローン」とは?実際のクローン技術との違い
ここで言う「自己クローン(auto-cloning)」とは、毛根の一部を残しながら別の部位に移植し、どちらでも毛が再生するという意味で用いられています。実際にはクローン技術(cloning)による細胞操作は行われていません。
一般に「クローン」と呼ばれる技術は、体外(in vitro)での毛包細胞の培養・再生(組織工学:tissue engineering)を指します。しかし、この方法はまだ研究段階にあり、安定した成果には至っていません。
また、本来の意味でのクローン(母細胞の遺伝情報を他の細胞に移して完全複製を作る技術)は、毛髪再生の分野では今のところ成功例は報告されていません。
今後の展望:脱毛治療の救世主となるか

この「髭の毛を用いた自己クローン移植技術」は、これまで頭髪のドナーが不足していたために治療を諦めていた多くの男性にとって、大きな可能性を示しています。ドナー部位を減らすことなく、繰り返し利用可能な移植元が存在するというのは、まさに画期的な発見です。
髭の毛という、これまで見過ごされがちだった資源が、頭髪再生医療の新たな柱となる日も近いかもしれません。
参考文献
Hitzig GS. Auto-cloning using beard hair. Cosmetic Dermatology. 2003;16:63–69.(第11回国際毛髪移植外科学会に提出された発表原稿に基づく)








