事故や病気による脱毛に、無償の植毛手術という希望を——国際毛髪外科学会の「オペレーション・リストア」プログラムとは?

スーツ姿の男性が頭に包帯を巻き、脱毛や外傷による痛みに苦しむ様子。やけどや事故による脱毛に悩む人々が無償植毛手術で希望を見出す「オペレーション・リストア」プログラムの文脈を示すイメージ。

この記事の概要

やけどや外傷、病気による脱毛に悩む人々に、「もう一度髪を取り戻すチャンス」を提供している国際毛髪外科学会(ISHRS)の社会貢献プログラム「オペレーション・リストア」。本記事では、無償で植毛手術を受けた一人の男性の感動の実体験を紹介しながら、この支援制度の仕組みや申請方法について、わかりやすく解説します。

無償の植毛手術で人生が変わる:国際毛髪外科学会(ISHRS)の社会貢献プログラム「Operation Restore」

おもちゃの消防車がマッチの山に向かって並ぶイメージ。火災事故による外傷や重度熱傷が原因で頭皮に瘢痕が残り、脱毛に悩む人々の存在を象徴的に表現。無償植毛支援プログラム「オペレーション・リストア」に関連するビジュアル。

2010年11月16日、アメリカ・イリノイ州ジュネーブ発
2005年、アメリカ・バージニア州フレデリックスバーグに住む当時49歳のグレッグ・ヘドリックさんは、ホテル火災で人生が一変しました。救助活動中に「フラッシュオーバー(flash-over)」という現象が発生し、彼が捜索していた部屋全体が一瞬で炎に包まれたのです。

その結果、ヘドリックさんは上半身に広範囲の重度のやけど(2度〜3度)を負い、頭皮の広い範囲――とくに後頭部――に永久的な脱毛を残す深い瘢痕(はんこん=傷あと)が残ってしまいました。



長いリハビリの末に残った「隠せない傷あと」

黒いドレスを着た女性が顔を手で隠すように体を傾けて座る姿。事故や外傷による目立つ瘢痕や脱毛は、外見だけでなく心理的にも深い影響を与えることを象徴。無償植毛支援「オペレーション・リストア」により自信を取り戻す希望の文脈を表現。

複数回にわたる皮膚移植手術や、手の可動域を回復させるための数年におよぶリハビリ治療を経て、彼の身体機能は徐々に回復しました。しかし、唯一変わらなかったのが頭部の脱毛でした。

「当初は、やけどの治療が最優先でしたから、髪の毛のことはあまり気になりませんでした。でも、体の他の部分が治っていくにつれ、髪の毛だけが戻らないことが気になりはじめたんです」とヘドリックさんは語ります。「顔や腕の傷は服や帽子で隠せるけど、頭の傷は常に人目につきました。遠くからでもすぐにわかるんです。」



植毛手術という希望、しかし費用の壁

ヘドリックさんは頭部の脱毛を治療できる方法を探し始め、植毛専門医と面談することで、初めて前向きな希望を抱きました。しかし、彼の労災保険では、植毛手術が「美容目的(cosmetic procedure)」とされ、医療上の必要性(medically necessary procedure)とは認められませんでした。そのため、自己負担では費用的に手が届かなかったのです。

転機となったのは、バージニア州バージニアビーチの植毛専門医であり、国際毛髪外科学会(International Society of Hair Restoration Surgery:ISHRS)が運営する社会貢献プログラム「Operation Restore(オペレーション・リストア)」にボランティア医師として参加しているエドウィン・S・エプスタイン医師と出会ったことでした。



ISHRSの社会貢献活動「Operation Restore」とは

「オペレーション・リストア」は、事故や外傷、病気によって脱毛した患者に対し、無償で植毛手術を提供する国際的な社会貢献プログラムです。ISHRSが2004年に創設し、同会に所属する医師たちがボランティアとして手術や経費を負担するかたちで支援を行っています。

「これまでに約34万ドル(約5,000万円)相当の無償植毛手術が提供され、年齢を問わず約30名以上の患者がこの恩恵を受けています」と語るのは、ISHRS社会貢献委員会(Pro Bono Committee)の委員長、デビッド・ペレス=メザ医師です。



奇跡のような受け入れ通知と無償植毛の実現

エプスタイン医師の勧めで、ヘドリックさんはこのプログラムに申請しました。数週間後、彼は受け入れが決定し、手術費用が全額支援されることが通知されました。

「まるで夢のようでした。本当に自分が無償で植毛手術を受けられるなんて」とヘドリックさんは当時の感動を振り返ります。

2010年4月、彼は実際にエプスタイン医師による植毛手術を受け、2,632株の毛包移植(hair grafts)が火傷による脱毛部位に施されました。

「彼は非常に意欲的で、過去に提案されていた組織拡張法(tissue expansion procedure)よりも、はるかに負担の少ない選択肢として植毛が適していました」とエプスタイン医師は説明します。「ドナー部(自毛の提供部位)が限られていたものの、髪質が良好で、移植に理想的でした。」



時間とともに現れる自然な効果

植毛後の最終的な効果が現れるまでにはおよそ1年を要しますが、術後数か月の時点でも、髪の厚みと密度は徐々に増し続けているといいます。

「以前は常に帽子をかぶっていないと、日差しで頭皮が痛みました。でも今は、ふつうの人のように髪がある状態で過ごせるんです」とヘドリックさんは笑顔で話します。



支援を必要とする人々へ:誰でも応募可能なプログラム

事故や病気などにより脱毛し、経済的理由で治療を受けられない方は、「Operation Restore」への申請が可能です。ISHRSの公式サイトに申込書が掲載されており、社会貢献委員会が書類を審査した後、地理的に近いISHRS所属の医師とマッチングされます。

万が一、通院のために遠方への移動が必要な場合でも、交通費や滞在費などの必要経費はプログラム側が負担するため、経済的に困難な方でも安心して申請できます。



寄付による持続可能な支援の仕組み

このプログラムは、ISHRSだけでなく、Hair Foundation(ヘア・ファウンデーション)という非営利団体との協力によっても支えられています。ヘア・ファウンデーションは、2008年にISHRSと提携し、企業からの寄付を募ることで、より多くの患者に支援を届けるための資金を確保しています。



最後に:治療以上の価値を持つ「見た目の回復」

外傷や病気による脱毛は、単なる見た目の問題にとどまらず、その人の自己肯定感や社会的なつながりにも大きな影響を与えます。ISHRSの「Operation Restore」は、医療的なサポートだけでなく、「人としての尊厳」を取り戻す力強い支援を、世界中の人々に届けています。

ご自身またはご家族で対象となりうる方がいらっしゃる場合は、ISHRS公式ウェブサイトをご覧のうえ、ぜひご検討ください。



記事の監修者


監修医師

岡 博史 先生

CAPラボディレクター

慶應義塾大学 医学部 卒業

医学博士

皮膚科専門医

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