髪が悲鳴をあげる前に──ブリーチの本当のダメージと植物オイルの修復力を科学で読み解く

屋外で微笑みながら立つ女性。明るい茶色に染められた髪が、通り過ぎる風にそよぎ、自然な美しさを引き立てている。風になびく髪は、その人の柔らかい印象や健康的な雰囲気を演出し、髪型が見た目や自信に与える影響の大きさを感じさせる一瞬。

この記事の概要

「ブリーチを繰り返すと髪が傷む」とよく聞きますが、それは一体どれほど深刻なことなのでしょうか?本記事では、電子顕微鏡によって明らかになった髪の内部構造の変化を解説し、アルガンオイルや椿オイルといった植物性コンディショナーが、どのように傷んだ髪を科学的に修復するかを詳しくお伝えします。美しさを保ちたいすべての方へ、ヘアケアの本質をやさしく、深く、わかりやすくお届けします。

見えないダメージの始まり──ブリーチが髪にもたらす静かな崩壊

ブリーチやカラーリングによる髪の損傷リスクを象徴する、ブラウンのヘアブラシで染料を塗布する施術中の様子。毛髪内部に薬剤が浸透する工程をイメージしたイラスト。

髪は、静かに語る。人はそれに気づかない。美容室の鏡の前で「この色、すごく似合ってるね」と笑い合うその瞬間、髪の奥深くでは、微細な損傷が静かに積み重なっている。その美しさが、髪にとってどれほどの代償を伴うものかを、多くの人は知らない。

髪をブリーチするという行為は、単なるカラーリングではない。髪の内部にある色素を化学的に破壊し、その構造の一部を削ぎ落とす行為である。とりわけ、白やシルバー、パステル系の発色を求める際には、何度も繰り返しブリーチを施す必要があるが、それはまるで、美しさという名の引き換えに、髪の健康を少しずつ差し出すようなものだ。

この物語は、そうした目に見えない髪の損傷を、科学の眼差しで詳細に観察した研究から始まる。最先端の電子顕微鏡を使って、ブリーチ処理された髪がどのように変化するのかを解析し、さらに、損傷した髪を修復する可能性を秘めた植物由来オイル—アルガンオイル(argan oil)と椿オイル(camellia oil)—の効果を検証する実験へと続く。これは、化粧品科学、毛髪生理学、そして日常の美意識が交差する、静かで雄弁な科学的探求の物語である。



髪という構造体の神秘と、その精緻なバランス

ブリーチとヘアカラーの繰り返しによりダメージを受け、色が退色し乾燥したワイヤー状の髪。タンパク質の流出やキューティクル損傷によるパサつきと脆さを示す髪の質感イメージ。

髪は、見た目の単純さとは裏腹に、極めて精巧な構造をもつ生体素材である。最も外側には、キューティクル(cuticle)と呼ばれる魚の鱗状に重なった硬質細胞の層が存在し、髪を外的ダメージから保護している。このキューティクルは、まるで防具のように働き、摩擦や熱、紫外線などの刺激から髪の内部を守っている。

その内側には、コルテックス(cortex)と呼ばれる繊維状タンパク質の密集した層が広がっており、ここが髪の色、弾力、強度を司る重要な部位である。コルテックスの中には、色素であるメラニン(melanin)が分布しており、このメラニンの量と種類によって、黒髪、茶髪、金髪といった色調が決まる。さらにコルテックスには、マクロフィブリル(macrofibrils)という巨大なタンパク質の束が走っており、その内部にはさらに微細なミクロフィブリル(microfibrils)が存在している。これらが髪にしなやかさと耐久性を与えている。

また、これらの細胞同士をつなぐ接着剤のような存在が、セルメンブレンコンプレックス(CMC: Cell Membrane Complex)と呼ばれる脂質構造であり、水分保持や内部構造の一体化を支えている。髪は、このように複数の層と要素が緻密に連携することで、美しさと機能性を両立しているのである。



ブリーチという科学的侵略:色素を奪う代償としての構造崩壊

髪を明るくするためのブリーチ剤には、過酸化水素(hydrogen peroxide)や過硫酸アンモニウム(ammonium persulfate)といった強力な酸化剤が用いられている。これらはアルカリ性の環境下で髪のキューティクルを開き、内部に浸透してメラニンを酸化分解する。

酸化されたメラニンは化学的に不活性化され、髪から色が抜ける。このプロセスでは、メラニンの分解が段階的に進行するため、ブリーチ中の髪は赤み→黄色→淡黄色へと色を変えていく。しかし、この化学反応は、メラニンだけでなく、ケラチンを構成するジスルフィド結合(disulfide bonds)—とりわけシステイン(cysteine)由来のもの—にも作用し、それらを切断してしまう。結果として、髪の強度と弾力は著しく低下し、髪は折れやすくなり、絡まりやすく、日常の手入れでも傷つきやすくなる。

さらに深刻なのは、CMCの破壊によって、髪の内部からタンパク質が漏れ出す現象、いわゆるプロテインリーク(protein leakage)が起こることである。この段階になると、髪はもはや防御機能を失った“むき出しの繊維”となり、紫外線、湿気、摩擦といった日常的ストレスに極端に弱くなる。



顕微鏡の眼がとらえた髪の悲鳴:電子顕微鏡による可視化実験

このようなブリーチの影響を科学的に観察するために行われた実験では、20代の健康な女性の未処理の髪を用い、商用のブリーチ剤(Wella社製、pH9〜11)と6%濃度の過酸化水素を組み合わせ、20分間の処理を3回施した。その後、髪のサンプルは固定、脱水、金属コーティングなどの前処理を経て、走査型電子顕微鏡(SEM)と透過型電子顕微鏡(TEM)によって観察された。

その結果、肉眼では見えなかった損傷が、鮮明に浮かび上がった。SEM画像では、バージンヘアのキューティクルは滑らかでほぼ無傷だったのに対し、ブリーチされた髪では、キューティクルが裂け、めくれ、時には完全に剥がれ落ち、内部のコルテックスが露出していた。まるで、建物の屋根が吹き飛び、骨組みがむき出しになったような状態であった。

さらにTEMによって内部構造を拡大観察すると、正常な髪ではメラニン顆粒やマクロフィブリルが整然と存在していたが、ブリーチ毛ではメラニンはほぼ消失し、その痕跡として不規則な空洞が広がっていた。マクロフィブリルの形状自体は保持されていたものの、それを支えるマトリクスは崩れ、微細な破片が漂っていた。

この観察は、ブリーチが単に色を抜くだけではなく、髪そのものの構造的な存在基盤を崩しているという事実を、視覚的に証明するものだった。



自然がもたらす回復の希望:アルガンオイルと椿オイルの効果検証

では、傷ついた髪をどう修復すべきか。これに対して注目されているのが、植物由来の天然オイルを配合したコンディショナーである。中でも、モロッコ原産のアルガンオイル(argan oil)と、日本で古くから髪油として親しまれてきた椿オイル(camellia oil)は、その保湿力と保護力で評価が高い。

アルガンオイルは、リノール酸(linoleic acid)を29〜36%、オレイン酸(oleic acid)を43〜49%含んでおり、保湿性と浸透性に優れている。一方、椿オイルはその87%がオレイン酸で構成されており、柔軟性の向上には寄与するが、構造的補強にはやや効果が劣る可能性がある。

この研究では、4回のブリーチを施した髪に対して、アルガンオイル、椿オイル、そして4種類の脂肪酸(オレイン酸、リノール酸、パルミチン酸、ステアリン酸)を個別に配合したコンディショナーを21日間使用し、髪の構造、色保持力、引張強度、タンパク質漏出量を詳細に測定した。

結果として、アルガンオイル配合コンディショナーは、髪の表面をなめらかに整えるだけでなく、色の退色を最小限に抑え、髪の強度を大幅に回復させ、タンパク質漏出もバージンヘア並みに抑制することが分かった。椿オイルも一定の効果はあったものの、アルガンオイルには及ばなかった。脂肪酸単体で見た場合、リノール酸は特に優れた補強力を示し、パルミチン酸は表面保護と色保持に優れ、オレイン酸は期待された効果が得られなかった。

そして決定的だったのは、コンディショナーを使わずに毎日シャンプーした場合、タンパク質の漏出が有意に増加したことである。つまり、ブリーチ後の髪には、保湿や柔軟性だけでなく、構造的な保護を目的とした「科学的ケア」が不可欠であるということが証明されたのである。



美しさを守るために:科学が示すヘアケアの新常識

この2つの研究が導き出した結論は極めて明確である。ブリーチは髪に不可逆的な損傷を与えるが、適切なオイルコンディショナーを用いることで、その損傷は大幅に緩和できる。とりわけ、アルガンオイルのようにリノール酸を多く含む植物オイルは、髪の内部まで浸透して構造を補強し、タンパク質の漏出を防ぐ効果が高い。また、日々のシャンプー後には、コンディショナーの使用を欠かさないことが、髪を長く健康に保つための最低限の条件である。

髪は、今日も静かに語っている。見た目の美しさだけでなく、内なる構造を大切にしてほしいと。その声に、科学という耳を持って応えること。それが、真に美しいヘアケアの第一歩なのかもしれない。



引用文献



記事の監修者


監修医師

岡 博史 先生

CAPラボディレクター

慶應義塾大学 医学部 卒業

医学博士

皮膚科専門医

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