この記事の概要
「薄毛治療の薬で性欲がなくなるって聞いたけど、ホントなの?」そんな不安を抱えている方へ。男性型脱毛症(AGA)治療薬フィナステリドと性的機能障害との関係について、762人の男性を対象に行われた最新の医学調査から、誤解と真実をわかりやすく解説します!
「髪の薬で性の悩み」は本当か?──AGA治療薬フィナステリドにまつわる誤解を解く

ある日、鏡の前に立った男性が気づきます。「あれ? 生え際、後退してる?」
これは、多くの男性にとって人生で一度は経験する“気づき”かもしれません。実は、成人男性の約7割が生涯のうちに「男性型脱毛症(AGA:Androgenetic Alopecia)」を経験するといわれています。
AGAは、頭頂部やおでこの生え際から髪が薄くなっていく症状で、体内の男性ホルモン「ジヒドロテストステロン(DHT)」が関係していると考えられています。DHTは髪の毛の根っこにある「毛包(もうほう)」をどんどん小さくしてしまい、最終的には髪が生えなくなってしまうのです。
このAGAの治療薬として、世界中で多くの男性に使用されているのが「フィナステリド(Finasteride)」という飲み薬です。これはDHTを作り出す酵素(5α還元酵素)の働きをブロックする薬で、髪の毛の成長を助ける働きがあります。
ところが近年、「この薬を飲むと性欲がなくなる」「勃起しづらくなる」などの声がインターネットや一部の論文から聞こえてくるようになりました。中には、「薬をやめたあとも、ずっと性の悩みが続いている」という深刻な報告も……。
果たしてこれは本当なのでしょうか? それとも誤解なのでしょうか?
この記事では、762人の男性を対象とした大規模な調査結果をもとに、この疑問に科学的に迫っていきます。
フィナステリドってどんな薬?

まずは、フィナステリドという薬の仕組みをわかりやすく説明しましょう。
私たちの体の中には「テストステロン」という男性ホルモンがあります。このホルモンの一部が、酵素の働きで「DHT(ジヒドロテストステロン)」に変わります。DHTは、声変わりや体毛の発達といった男性らしさを作る大切な役割を持つ一方で、髪の毛の毛根を攻撃してしまうという“困った作用”もあります。
フィナステリドはこのDHTの生成を抑えることで、髪が抜けるスピードをゆるめたり、毛が細くなるのを防いだりします。つまり「薄毛の進行を止める盾のような薬」なのです。
1997年には米国FDA(食品医薬品局)によりAGAの治療薬として認可され、日本でも1999年以降、医療機関で広く使われています。
ネットでよく聞く「副作用」、本当に危険?
しかし、ある頃から「性欲がなくなる」「勃起しない」「精液の量が減った」などといった声がネット掲示板などで目立つようになりました。さらには「薬をやめたのに、症状が治らない」といった“ポスト・フィナステリド症候群(PFS:Post-Finasteride Syndrome)”という言葉も広がり始めます。
このPFSとは、性的な問題だけでなく、うつっぽさ、集中力の低下、筋力の衰え、慢性的な疲労感なども含む、一連のつらい症状を指します。
「こんなに怖い薬、飲んで大丈夫なの?」と心配になるのも無理はありません。
でも、ちょっと待ってください。
これらの情報は「実際に薬を飲んだ人の数百人に1人」のような、非常に限られたケースから発信されたものが多く、科学的な裏付けや比較データに乏しいのが現状です。
それに、ネットの書き込みというのは「問題が起きた人」が声を上げやすく、「何も問題がなかった人」はわざわざ報告しないものですよね。
では、実際に多くの男性に聞いてみたら、どうなのでしょう?
大規模調査スタート! 762人に聞いてみた
今回ご紹介する研究は、アメリカ・オハイオ州にある皮膚科クリニックで行われたものです。対象となったのは、18歳から82歳までの男性、合計762人。
- フィナステリドを使用している人:663人
- 使用していない人(比較対象):99人
彼らに配られたのは「アリゾナ性的体験尺度(ASEX)」という信頼性の高いアンケート調査票です。
このASEXは、次の5つの項目を評価します:
- 性欲(リビドー)はありますか?
- 性的に興奮できますか?
- 勃起(または膣の潤い)に問題はありますか?
- オーガズム(絶頂)に達することができますか?
- 性的な満足感はありますか?
これらの質問に対して、それぞれ1(非常に良好)~6(まったくできない)のスコアをつけます。全部で5問なので、合計点は5点から30点。
点数が高ければ高いほど、「性的な不満がある=性的機能障害の傾向がある」ということになります。
- 14点以下:問題なし
- 15〜18点:軽度の不満あり
- 19点以上:明確な性的機能障害
この調査では、フィナステリドを飲んでいる人と、飲んでいない人のスコアを比較しました。
驚きの結果:「性の悩み」と薬は無関係だった!
結果は意外なものでした。
まず、フィナステリドを飲んでいる人と、飲んでいない人のあいだに「性欲の低下」や「性的能力の低下」の割合に差はありませんでした。
さらに詳しく見てみると、年齢が上がるとASEXのスコアも上がりやすい(つまり性的満足度が下がる)という傾向が見られました。また、「最近性欲が減ったかも…」「昔より元気がないかも」と自覚している人ほど、スコアが高い傾向にありました。
でも、ここがポイントです。
そうした自覚があっても、フィナステリドを使っている人のほうが、同じ条件下で比較したときに、実はスコアがわずかに“良好”だったのです!
つまり、「薬を飲んでいるから性の調子が悪くなった」というよりは、もともと年齢や心理的な理由で性機能が落ちている人が、たまたまフィナステリドも使っていただけという可能性が高いのです。
薄毛と性の悩みには“心のつながり”がある?
ここで、もう少し深掘りしてみましょう。
薄毛の男性が感じる「自信のなさ」や「自分は魅力的ではないのではないか」という思いが、性的な自信にもつながってしまうことがあります。実際、薄毛によってうつ症状や自己肯定感の低下が起こると、それが性的満足感の減少につながるという研究報告もあります。
ある研究では、18〜40歳の若年男性で中程度から重度のAGAを抱える人ほど、性の悩みを抱える傾向が強かったという結果が出ています。ただしこれは、フィナステリドを使っていたかどうかとは関係ありません。
むしろ、「脱毛症による心のストレス」が性に影響しているという、まさに“心と体のつながり”の話なのです。
ノセボ効果の可能性にも注意
さらに面白い話として、「ノセボ効果(nocebo effect)」という現象があります。
これは、「この薬は副作用が出るかもしれませんよ」と伝えられたことで、本来は薬のせいではないのに、実際に症状が出てしまうという心理的な反応のことです。
「フィナステリドは危ない」「性欲がなくなるかも」と聞かされると、本当にそう感じてしまう人もいる、というわけです。医学の世界でもこの効果はしばしば見られるもので、研究者たちは「説明の仕方にも慎重さが必要」と指摘しています。
性的機能障害は珍しいことではない
ここまでの話を聞いて、「性の悩みって、AGAの人や薬を使った人に限ったことなの?」と思った方もいるかもしれません。
実は違います。世界中の研究で、年齢や生活習慣に関係なく、一般の人でも性的な悩みを抱える人は5〜50%にのぼるという結果が出ています。
ですから、「フィナステリドを飲んでいたから性機能障害が起きた」と考える前に、「もともと人間にはこうした悩みが起こりやすい」という事実も、忘れてはいけません。
まとめ:フィナステリドは、正しく使えば安全な薬
今回の大規模調査では、「フィナステリドを使っているからといって、性的機能が落ちるという証拠はない」という結果が出ました。むしろ、薄毛や年齢、心のストレスの方が大きな要因になっている可能性が高いのです。
現在、フィナステリドはAGA治療において最も効果的で安全性の高い薬のひとつとされており、日本でも世界でも広く使用されています。
もちろん、すべての薬には副作用の可能性がゼロとは言えません。だからこそ、「信頼できる医師のもとで、正しく情報を得ながら使うこと」が何よりも大切です。
薄毛は、多くの人にとって見た目の悩みだけではなく、心の問題にもつながるデリケートなテーマ。でも、だからこそ適切な治療を受けることで、髪も、そして心も、取り戻せるのです。
髪の健康は、人生の自信につながる。
あなたの選択が、未来の笑顔を作ります。







