前立腺がんとフィナステリド:5mg製剤の予防効果と1mgプロペシア®への影響とは?

この記事の概要

前立腺がんは多くの中高年男性が直面するリスクのひとつですが、治療薬として知られるフィナステリドに「予防効果」があるかもしれないという研究結果が話題になっています。本記事では、米国で実施された7年間にわたる大規模臨床試験の結果をもとに、フィナステリド5mg(プロスカー®)が前立腺がんの発症リスクを約25%減少させた医学的根拠や、安全性への懸念が取り沙汰された「高悪性度がんの発生率増加」についても丁寧に解説します。さらに、薄毛治療薬として日本でも使用されている1mg製剤(プロペシア®)への影響や誤解についても明確に整理しました。

フィナステリドと前立腺がん:5mg投与の医学的意義とは?

スーツ姿の男性が下腹部を押さえ、強い痛みに顔をゆがめながら前かがみに。前立腺がんと診断されたが、その原因がまさか薄毛治療薬だったとは――頭髪と前立腺、無関係に思えるこのふたつの領域に、思いがけない関連があるのかもしれません。

2003年7月17日、米国の名門医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(The New England Journal of Medicine)』に掲載された「前立腺がん予防試験(Prostate Cancer Prevention Trial)」は、フィナステリド5mg(商品名:プロスカー®、Proscar®)が前立腺がんの発症に与える影響を検証した大規模臨床研究です。

この研究では、前立腺肥大症の治療薬として広く使用されているフィナステリド5mgが、前立腺がんの予防にも有効かどうかが検討されました。これにより、同じ有効成分を含む低用量の1mg製剤(商品名:プロペシア®、Propecia®)の安全性や効果についても、一般の方々の間で疑問が持たれるようになりました。

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試験の概要:誰が、どのように参加したか?

この臨床試験は、無作為割り付け・プラセボ対照の「前向き介入研究」という形式で、前立腺がんの発症率を客観的に評価するための最も信頼性の高い方法で行われました。期間は7年間、全米10か所の医療センターで実施され、最終的に18,882人の55歳以上の男性が参加しました。全員、前立腺の触診と前立腺特異抗原(PSA)値が正常範囲(≦3.0 ng/ml)で、がんの兆候は見られませんでした。

片手は頭に、もう一方の手は血管が浮き出るほど力強く股間を押さえる男性。言葉は発せられなくとも、その苦痛の深さは一目で伝わってきます――前立腺の異常や疾患の可能性を、身体は沈黙のうちに訴えているのかもしれません。

被験者は毎日フィナステリド5mg(プロスカー®)を服用する群と、プラセボ(偽薬)を服用する群に分けられ、定期的に医学的・生化学的検査を受けました。研究終了時には、全員に前立腺生検(がんの有無を確認する組織検査)が推奨されました。

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結果①:前立腺がんのリスクが約25%減少

研究終了時、最終的に分析対象となったのは9,060人(プロスカー群4,368人、プラセボ群4,692人)でした。結果として、プロスカー群の前立腺がん罹患率は18.4%、プラセボ群は24.4%であり、フィナステリド5mgは前立腺がんの発症を24.8%減少させたことになります。

ただの「男性用トイレ」の標識――しかし、前立腺がんという遠く感じられる病が、実は日常の何気ない行動、たとえば排尿すらも困難にしてしまう現実を静かに物語っています。

これは、米国における男性の生涯前立腺がんリスク(約16.7%)を大幅に下回る結果であり、55歳以上の健康な男性にとって、発症の予防または遅延に有効な可能性があることを示しています。

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結果②:一部で高悪性度がん(高グリーソンスコア)の発生率が上昇

一方で注目されたのは、「高悪性度の前立腺がん」の割合です。プロスカー群では6.4%、プラセボ群では5.1%と、わずかに(+1.3%)プロスカー群で多く発生していました。この「グリーソンスコア(Gleason score)」とは、前立腺がんの悪性度を評価する国際的指標で、スコアが高いほど予後が悪いとされます。

淡いブルーのリボン――これは前立腺がんの啓発を象徴するシンボルです。目に見えにくい病と向き合うために、今こそ知識と関心を深める第一歩を。

この現象の解釈について、研究者は以下の3つの可能性を示しました:

  1. アンドロゲン遮断による前立腺組織の構造変化が、実際より高悪性に見える場合がある。
  2. フィナステリドが、高悪性度がんの発現を誘発する可能性がある。
  3. フィナステリドが低悪性度がんの発生を抑制することで、結果的に高悪性度がんが相対的に多く見える可能性。

ただし、18年にわたる追跡研究では、生存率に統計的な有意差は認められず、フィナステリドによって命が縮むことはないという結果が示されています。

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フィナステリド1mg(プロペシア®)への影響は?

本研究では、あくまで5mg製剤のプロスカー®のみが使用されており、1mg製剤のプロペシア®(男性型脱毛症治療薬)は一切対象外でした。

プロペシア®は、男性型脱毛症(AGA:Androgenetic Alopecia)におけるDHT(ジヒドロテストステロン)の生成を抑える目的で使用されており、前立腺がん予防を目的とした研究は存在しません。FDA(米国食品医薬品局)も、1mg製剤については安全性に問題がないとして認可しています。

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医師との相談が推奨されるケース

ずらりと並ぶ男性用小便器――排尿がスムーズにできることのありがたさを、私たちは普段あまり意識しません。しかし、前立腺の病気が進行すれば、この何気ない日常も大きな困難に変わるのです。

現在、前立腺肥大症の治療でプロスカー®を使用している患者や、前立腺がんのリスクに対して不安を感じている方には、以下のような対応が推奨されています:

  • フィナステリド5mgを使用するかどうかは、医師と相談し、がん予防のメリットと性機能・泌尿機能の副作用リスクを天秤にかけて、個別に判断すること。
  • プロペシア®を使用中の方で、安全性について懸念がある場合は、専門医(毛髪治療の専門医または泌尿器科医)との相談が望ましい。
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結論:フィナステリド使用に関する現時点の科学的知見

  • フィナステリド5mg(プロスカー®)は、前立腺がんの発症を有意に減少させる可能性があるが、高悪性度がんの発生については更なる研究が必要。
  • フィナステリド1mg(プロペシア®)は、本研究の対象外であり、安全性・有効性はAGA治療の文脈で評価されており、前立腺がんリスクに直結する証拠はない。
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引用文献(一部邦訳付き)

  • Thompson, IM et al.(2013)「前立腺がん予防試験参加者の長期生存」N Engl J Med 369(7):603–610.
  • Finelli A et al.(2021)「5α還元酵素阻害薬の長期使用と前立腺がんのアクティブサーベイランス」Prostate Cancer Prostatic Dis 24(1):69–76.
  • Thompson IM et al.(2003)「フィナステリドが前立腺がん発症に及ぼす影響」N Engl J Med 349:215–224.
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記事の監修者


監修医師

岡 博史 先生

CAPラボディレクター

慶應義塾大学 医学部 卒業

医学博士

皮膚科専門医

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