幹細胞と毛包再生でよみがえる髪の未来──ヘア・クローニング最前線

幹細胞による最先端の薄毛治療に希望を抱く中年の日本人女性が、長い髪を手ぐしで整えながら未来を見つめている様子。毛包再生やヘアクローニングの進歩により、女性の薄毛対策が新たな段階へと進んでいることを象徴するイメージ。

この記事の概要

薄毛治療はここまで進化している!毛包細胞移植(ヘア・クローニング)や幹細胞による発毛治療の最新研究をやさしく解説。専門用語にも丁寧な補足を加え、将来的に「無限の髪」が可能になるかもしれない最先端医療の可能性に迫ります。

毛髪科学の最前線:毛包細胞移植と幹細胞による発毛治療の最新レビュー

毛包再生による発毛治療の効果を実感するように、あごのラインをなぞる女性。ゆるやかにカールした長い髪が肩にかかり、健康的な髪の美しさと再生医療による薄毛対策の可能性を表現しているイメージ。

本記事では、近年注目されている毛包細胞移植(いわゆる「ヘア・クローニング」)および幹細胞による発毛治療に関する最新研究を紹介します。特に、Cotsarelis(コツァレリス)博士の研究グループによる画期的な報告(Yangらによる論文)を中心に解説します。この分野の研究は日々複雑化していますが、同時に将来の細胞治療への大きな希望も与えてくれています。

自信を取り戻す、最適な植毛

毛包細胞を用いた発毛治療:基本的なアプローチ

自毛植毛手術を控えた女性が市販薬の服用をためらう様子を表すイメージ写真。服薬の自己判断が手術リスクを高める可能性があることを示唆

薄毛治療において、移植される細胞がどのように機能するかは多岐にわたります。理解を助けるために、主なアプローチを4つのパターンに分類できます(図1参照):

  1. 新しい毛包の再生(follicular neogenesis)を目的とした方法では、患者自身の毛包から採取した細胞(たとえば真皮乳頭細胞:dermal papilla cells)を体外で培養・増殖させ、分散状態で皮膚へ注入します(図1A)。これは理論的には新たな毛包を作り出す可能性がありますが、過去10年間の試みでは成功例は報告されていません。
  2. 既存の毛包に細胞を移植し、供与細胞の特性を萎縮した毛包に伝えることで発毛を促す方法もあります(図1B)。これはカナダのRepliCel社が進めているアプローチで、真皮鞘カップ細胞(dermal sheath cup cells)を用いています。
  3. 毛包を体外(培養皿)で再構築したり(図1C)、あるいは動物の体内(免疫不全マウスなど)を中間宿主として毛包を形成させた上で、それを外科的に移植する方法もあります(図1D)。この方法では従来の自毛植毛と同様の手技が可能です。
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幹細胞の可能性と限界:無限に増やせる毛包幹細胞は実現するのか?

これまで、細胞の供給源は患者自身の毛包に限られており、特に上皮幹細胞(epithelial stem cells)の獲得が大きな制限となっていました。幹細胞はその性質上、体内にごく少量しか存在せず、採取にも限界があります。

しかし、人工多能性幹細胞(iPSC:induced pluripotent stem cells)の技術により、この壁を打ち破る可能性が出てきました。iPSCとは、通常の体細胞(例:皮膚の線維芽細胞など)に特定の因子(c-MYC、SOX2、KLF4、OCT4)を導入することで、胚性幹細胞のような多能性を持たせた細胞のことです。これにより、理論上はどんな細胞にも変化させることが可能になります。

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とはいえ、これまでiPSCから毛包形成能(folliculogenic capacity)を持つ上皮幹細胞を誘導することは困難でした。そんな中、CotsarelisとXuの研究グループは、iPSCからヒトの毛包全体の上皮層を再構成できる上皮幹細胞の作成に成功しました。

この誘導には、以下のような厳密な手順が用いられました:

  1. レチノイン酸(RA:retinoic acid)で初期誘導を行い、
  2. 表皮成長因子(EGF:epidermal growth factor)と骨形成因子(BMP4:bone morphogenetic protein 4)を組み合わせて培養、
  3. 最後にEGF単独で成熟させる。

得られた幹細胞は、ケラチン15(cytokeratin 15)、CD200、ITGA6といった上皮幹細胞特有のマーカーでその性質が確認されました。さらに、これらの細胞を真皮細胞と一緒に免疫不全マウスに注射、またはシリコンチャンバー内に移植すると、正常な毛包構造を持つ毛が再生されました。

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安全性への課題:腫瘍形成のリスクと今後の展望

iPSC技術は革命的ではありますが、体細胞に遺伝子発現の変化を誘導する因子を加えるという手法であるため、腫瘍化のリスクが常に懸念されます。このような細胞を人に投与するには、安全性を確認するために長期間にわたる臨床試験や検証が必要です。

一方で、毛包再生には上皮幹細胞だけでなく、毛包を誘導する真皮細胞(hair-inducing dermal cells)の存在も不可欠です。これに関連する最後の重要な研究としては、2010年にParkらが報告したものがあります。彼らは、骨髄または臍帯(umbilical cord)由来の間葉系幹細胞(mesenchymal stem cells)を真皮乳頭細胞に変換することに成功しました。このプロセスには、ヒドロコルチゾン(hydrocortisone)と肝細胞増殖因子(HGF:hepatocyte growth factor)を含む血清不使用の専用培地が使われました。

幹細胞生物学の進歩により、今後はこの方法を改良した安定的な真皮細胞の供給方法が確立されると予想されます。

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幹細胞誘導の新概念:物理的ストレスによる多能性獲得

幹細胞への再プログラムには必ずしも遺伝子因子が必要とは限らない可能性も出てきました。Vacantiらの研究によると、pHの低い酸性液に30分間漬けるといった単純な物理的ストレスで、体細胞が幹細胞様に変化することが示唆されました。この「刺激誘導型多能性(stimulus-triggered acquisition of pluripotency)」という新概念は、あらゆる細胞が再び幹細胞へと戻る潜在能力を持っていることを示しています。

この方法で得られた幹細胞は、従来のiPSCのように遺伝子を外部から導入しないため、腫瘍形成リスクが低い可能性もあります。まだ臨床応用には至っていませんが、安全性の観点からも期待されています。

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まとめ:ヘア・クローニングの夢が現実に近づいている

図1で整理したように、毛髪再生における「ヘア・クローニング」の前提条件は大きく変わりつつあります。患者自身の毛包由来細胞だけに依存せず、他の細胞から誘導された「毛包形成能を持つ幹細胞」を使用する可能性が見えてきました。

これらの技術はまだ臨床応用には時間を要しますが、「無限の毛髪供給」が夢物語ではなく、現実的な可能性として視野に入ってきたことは間違いありません。

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引用文献

  1. Cooley, J. (2013). Cell-based treatments for hair loss: research update on “hair cloning.” Hair Transplant Forum International, 23(2):47-49.
  2. Yang, R., et al. (2014). Generation of folliculogenic human epithelial stem cells from induced pluripotent stem cells. Nature Communications, 5:3071.
  3. Yoo, B.Y., et al. (2010). Application of mesenchymal stem cells derived from bone marrow and umbilical cord in human hair multiplication. Journal of Dermatological Science, 60(2):74-83.
  4. Obokata, H., et al. (2014). Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency. Nature, 505(7485):641-647.
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記事の監修者


監修医師

岡 博史 先生

CAPラボディレクター

慶應義塾大学 医学部 卒業

医学博士

皮膚科専門医

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