この記事の概要
髪の毛はなぜ抜けて、また自然に生えてくるのでしょうか?その答えは「毛周期」という人体の神秘的なサイクルにあります。本記事では、専門用語をわかりやすく解説しながら、髪の成長・脱毛・再生を繰り返すメカニズム、そして幹細胞の重要な役割について詳しく紹介します。
髪の毛のサイクル―その神秘を解き明かす

朝、鏡の前で髪をとかしたり、寝ぐせを直したり、ヘアスタイルを整えたり、あるいは髪のボリュームが減ってきたことを少し気にしたりする時間は、私たちの日常に溶け込んでいます。そして、櫛やブラシ、洗面台の周辺、衣服などに落ちている抜け毛に気づくこともあるでしょう。
こうした抜け毛について、あまり深く考えることはないかもしれません。しかし、実はこの「抜け毛」のほとんどは「死んだ髪の毛」であり、それらは毛周期(hair cycle)と呼ばれる生理的なサイクルの一環で自然に抜け落ちたものです。
この毛周期は、髪の成長(成長期:anagen phase)、髪の寿命を終える過程(退行期:catagen phase)、そして一時的な休止状態(休止期:telogen phase)という3つの段階からなり、それぞれを経て再び成長期へと移行します。
そして、「死んだ髪の毛」は、毛包(hair follicle:毛根を包む器官)で新しい髪の成長が始まったことにより、押し出されるかたちで抜け落ちていきます。
毛包という小さな器官の大いなる謎

人間の毛包は、生涯を通じて10〜20回ほど、成長期→退行期→休止期→再び成長期という一連のサイクルを繰り返します。
- 成長期(Anagen phase):3〜10年間続く、髪が伸びる期間
- 退行期(Catagen phase):2〜3週間続く、毛包の活動が停止する準備期間
- 休止期(Telogen phase):3〜4か月続く、髪が自然に抜けるのを待つ期間
通常、頭髪の約1%が退行期にあり、15%ほどが休止期にあります。
では、そもそもなぜ毛包はこのようなサイクルを繰り返すのでしょうか?これは現在の科学でも未解明の重要な問いです。
実は、毛包は人体のなかでも珍しく、一生のあいだに周期的な退化と再生を繰り返す器官です。多くの動物が季節によって毛の生え変わりや色の変化を示すのとは異なり、人間の毛周期は季節に左右されません。では、何がこのサイクルを引き起こし、人間にとってどのような利点があるのでしょうか?
毛包サイクルの起源は胎児期にまでさかのぼる
毛包は皮膚の付属器官であり、その起源は人間の胎児期の極めて早い段階にあります。胎児の発生過程で「原腸形成(gastrulation)」という段階を経ると、外胚葉(ectoderm)と呼ばれる細胞層が形成されます。これは後に神経系や皮膚(上皮:epithelium)へと分化していく層です。
この後、様々な遺伝子由来のシグナル分子(gene-derived molecular signaling molecules)が働き、複雑な構造を持つ毛包が皮膚内に形成されていきます。こうした分子の一部は、毛の発生や成長にも深く関与しています。
生まれたばかりの新生児は、すでに成熟した毛包を持っています。では、その毛包が生涯を通じてサイクルを繰り返すようになるのはなぜなのでしょうか?この毛周期を制御する分子群は多数同定されていますが、これらの分子がどのように協調して各段階の開始と終了を調整しているのかについては、まだ詳しく解明されていません。
幹細胞(Stem Cells)と毛周期の深い関係
過去10年間で、毛周期の制御において幹細胞(stem cells)が中心的な役割を果たしていることが明らかになってきました。
各毛包の内部には、多能性(multipotent)幹細胞の貯蔵庫が存在しています。これらの幹細胞は、毛包の再生、組織の修復、さらには髪の新たな成長に貢献できる能力を持っています。
退行期を経て成長期が再開すると、この幹細胞の働きによって、毛包の髪を作る能力が再び活性化されます。つまり、新しい髪が作られるたびに、幹細胞がその再生を担っているのです。
ただし、この過程には幹細胞の消耗が伴い、その補充メカニズムについてはまだ十分に理解されていません。将来的にこの幹細胞補充の仕組みが解明されれば、髪を作らなくなった毛包を再び活性化させる分子レベルでの治療法の開発につながる可能性があります。
毛包の再生能力はなぜ存在するのか?
ここまで見てきたように、毛包にはサイクルを通じて自らを破壊し、再生するという極めて珍しい能力があります。しかし、なぜ人間の毛包にこのような能力が備わっているのかについては、いまだに明確な答えは見つかっていません。
今のところ科学が出している最も率直な答えは──「わからない」ということです。
それでも、毛周期のメカニズムを分子レベルで理解する研究は日々進歩しています。毛髪再生医療や脱毛症の治療にとっても、この分野の知見は今後ますます重要性を増していくでしょう。







