「髪はよみがえる?」脱毛の原因と再生医療の最前線をやさしく解説

こめかみ部分の髪を手ぐしで分け、露出した頭皮の薄毛状態を示す様子。SMP(スカルプ・マイクロピグメンテーション)で自然にカバー可能な範囲の例。

この記事の概要

「最近、抜け毛が増えてきたかも…」「家族も薄毛だから将来が心配」そんな髪の悩みを抱える方へ。 この記事では、イギリスの最先端研究者が挑む「髪の再生」の秘密を、わかりやすく解説します。男性型脱毛症(AGA)の遺伝との関係や、毛包のミニチュア化、そして再生医療の最新研究まで。科学の視点から、髪の未来を探ります。

それは「髪の毛を取り戻す」という夢から始まった

髪の毛は、見た目の印象を大きく左右するだけでなく、自分らしさや自信にも深く関わっています。朝、鏡の前で髪を整えながら「もう少しボリュームがあればなぁ」と思ったことのある方も多いのではないでしょうか。あるいは抜け毛が気になりはじめて、「これってもしかして…?」と不安になることも。

そんな「髪の悩み」に真正面から挑んでいるのが、イギリス・ロンドンにある名門、インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)のクレア・ヒギンズ博士(Dr. Claire Higgins)です。

博士は「皮膚再生研究室(Skin Regeneration Laboratory)」という名前の研究チームを率い、病気や外傷で失われた皮膚や毛包(もうほう、英語:hair follicle)を、まるで魔法のように元通りに「再生」させる研究に取り組んでいます。

しかし、これは単なる「見た目を良くするための研究」ではありません。ヒギンズ博士が追い求めているのは、人間の自然治癒力を最大限に引き出し、傷や老化に負けない「本物の再生」を実現すること。髪の毛の再生は、その大きな可能性の象徴なのです。

では、その最前線の研究から見えてきた「髪の未来」とはどんなものなのでしょうか? わかりやすく、ちょっとワクワクしながら読み進めてみてください。

自信を取り戻す、最適な植毛

傷跡ではなく「再生」を目指して

私たちの皮膚や毛穴がけがをしたとき、体は自動的にそれを修復しようとします。でも、その修復は「元どおり」とはいきません。多くの場合、瘢痕(はんこん)組織、つまり“傷跡”のようなものができてしまいます。

この瘢痕組織は、普通の皮膚と違って毛が生えてこなかったり、感覚が鈍くなったり、汗腺(汗を出す部分)が機能しなかったりするのです。いわば「応急処置」はしてくれても、「完全な回復」には至らない。

ヒギンズ博士の研究チームが目指しているのは、この「応急処置」ではなく、完全な再生(true regeneration)。つまり、まるで何もなかったかのように皮膚や毛包をよみがえらせること。

特に毛包というのは、髪の毛を生やす小さな「工場」のような存在で、いったん壊れてしまうと、なかなか再生しにくいのが現実でした。しかし、博士たちはここにこそ、再生医療の突破口があると信じて、日夜研究を続けているのです。

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「脱毛症の特効薬」は存在するのか?

多くの人が一度は考えたことがあるはずです。

「脱毛症って、ちゃんと治せる病気なの?」

答えは「将来的には治せるようになる可能性が高い」というもの。ただし、今のところは「魔法の薬」はまだ存在していません。

現在、髪に関する研究の多くは、毛の生え変わるリズム、いわゆる毛周期(もうしゅうき/英語:hair follicle cycle)に着目しています。この毛周期には、主に以下の3つの時期があります:

  • 成長期(anagen):髪がぐんぐん伸びていく期間。数年間続きます。
  • 退行期(catagen):成長が止まり、毛包が縮小し始める期間。数週間。
  • 休止期(telogen):髪が抜け落ち、新しい毛の準備をする期間。数か月。

この周期がうまく回らなくなると、抜け毛が増えたり、細く弱い毛しか生えなくなったりします。

今使われている育毛剤やサプリなどは、すでに起きてしまった問題に対処する対症療法(reactive treatment)が多く、まだ問題が起きていない毛包を守るような予防的治療(proactive treatment)は少ないのが現状です。

ヒギンズ博士は、将来的には細胞治療(cell therapy)や、遺伝子・ホルモンの働きをうまくコントロールするような治療法が登場すると考えています。そのためには、「なぜ脱毛が起きるのか?」という根本原因をもっと詳しく知る必要があるのです。

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遺伝が関係しているの?AGAの本当の正体

「父親もハゲてるから、自分もいずれ…」という話を耳にしたことはありませんか? 実際、遺伝と脱毛には密接な関係があります。

とくに有名なのが、男性型脱毛症(AGA/Androgenetic Alopecia)と呼ばれるタイプの脱毛です。これは日本人男性の約3人に1人が経験するとされるほど一般的で、女性にも加齢とともに見られることがあります(これを女性型脱毛症と呼びます)。

AGAの原因として注目されているのが、アンドロゲン受容体(androgen receptor, AR)という体内のホルモン受け皿です。これは、男性ホルモン(アンドロゲン)と結びつくことで、体にさまざまな反応を起こす「スイッチ」のようなもの。このARが特定の遺伝子の変化(多型/polymorphism)によって、通常より敏感に反応してしまうことが、脱毛を引き起こすと考えられています。

ただし、話はそう単純ではありません。ヒギンズ博士によると、「この遺伝子だけが原因!」という特定の遺伝子はまだ見つかっておらず、実際には複数の遺伝子が少しずつ影響し合って、最終的に脱毛が進行するという“複雑なパズル”のような構造になっているそうです。

さらに女性の場合は、同じアンドロゲン受容体が関係しているかどうかもまだはっきりしていません。つまり、男女で異なるメカニズムが働いている可能性もあるのです。

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髪の毛が消えるのではなく、「縮む」?意外な脱毛の仕組み

ここで、少し驚くべきお話をしましょう。

私たちは「髪が抜けてしまったら、もう毛根が死んでしまって、二度と生えない」と思いがちです。でも、実はそうとは限りません。

ヒギンズ博士の研究によると、AGAによる脱毛は「毛包の消失」ではなく、「ミニチュア化(miniaturization)」という現象によって引き起こされている可能性があるのです。

ミニチュア化とは、毛包そのものが小さくなり、そこから生える毛もどんどん細く、短くなっていく状態を指します。まるで、工場が小さくなって、生産力が落ちてしまうようなイメージです。

つまり、毛包はまだ存在している——ただ、うまく働けなくなっているだけ。これは逆に言えば、「再生」や「活性化」の可能性が残されているということでもあります。

しかも、最近の研究では「男性ホルモンだけが原因」という従来の説を見直す動きもあります。ヒギンズ博士のチームは、「頭皮の特定部位で“保護する因子(protective factors)”が失われていることが、脱毛のもう一つの原因ではないか」と提案しています。

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髪が守られている場所と、失われていく場所

この「保護因子」の存在を調べるため、ヒギンズ博士の研究チームは、イギリスにある毛髪専門クリニック「ファルジョ・クリニック(Farjo Clinic)」と共同で研究を進めています。

彼らは、頭皮の前側(前頭部)と後ろ側(後頭部)から毛包を採取して、それぞれの違いを分析しました。その結果、前頭部では脱毛が進みやすい一方、後頭部には脱毛を防ぐような「保護の力」が働いている可能性があることが分かってきたのです。

この発見は非常に興味深く、なぜ人によって脱毛の進行パターンが異なるのか、なぜ同じ頭なのに場所によって毛が残るのか、という疑問に対する手がかりとなります。そして、将来的にはこの“保護因子”を人工的に補うことで、脱毛を防いだり、改善したりすることができるかもしれません。

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髪の未来を変える研究にかける情熱

クレア・ヒギンズ博士がこのような研究に取り組むようになった背景には、皮膚の再生に対する強い興味と、素晴らしいメンターたちとの出会いがありました。

彼女は、「髪の毛」という見た目の問題を超えて、毛包がもつ再生力、そしてそれが傷や病気からの回復にどう応用できるかという大きな視点から研究を進めています。毛包は、皮膚の中でも特に再生能力が高く、幹細胞(stem cells)やシグナル伝達物質(signaling molecules)が豊富に含まれています。

そのため、毛包再生の研究は、脱毛だけでなく、火傷、ケガ、皮膚疾患、さらには再生医療全体にとっても大きな意味を持っているのです。

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まとめ:脱毛は未来に克服されるかもしれない

これまで「年齢のせい」「遺伝だから仕方ない」とあきらめられてきた脱毛症。けれど、最新の科学が少しずつその謎を解き明かしつつあります。

ヒギンズ博士のような研究者たちが日夜努力を重ねることで、私たちはいつの日か、「髪を失うことを怖れなくていい世界」に近づけるかもしれません。

髪の毛は、単なる飾りではありません。自信をくれるもの。心の支えになるもの。そんな大切な髪を守り、取り戻すための研究は、これからも続いていきます。科学の力が、あなたの未来の髪を変えてくれる日も、そう遠くないかもしれません。

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記事の監修者


監修医師

岡 博史 先生

CAPラボディレクター

慶應義塾大学 医学部 卒業

医学博士

皮膚科専門医

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