この記事の概要
「旅行ついでに、トルコで安く植毛を受けられるらしい」——そんな甘い誘い文句に惹かれて海外で手術を受けた結果、髪だけでなく健康や人生までも失ってしまう人が増えています。この記事では、国際毛髪外科学会(ISHRS)の警告をもとに、無資格者による違法植毛の実態と、後悔しないための正しい医師選びのポイントをわかりやすく解説します。
海外で安く植毛するつもりが、命に関わることも?―“メディカルツーリズム”の落とし穴とは

ここ数年、「メディカルツーリズム(medical tourism)」という言葉を耳にする機会が増えてきました。これは、医療サービスを目的に外国へ渡航することを指し、日本でも美容整形や歯科治療、さらに不妊治療などを目的に海外に行く人が増えつつあります。その中でも特に注目されているのが、「植毛(しょくもう)手術」のための海外渡航です。
たとえば、「トルコで植毛が安くできる」「旅行ついでに治療できる」といった広告に惹かれ、飛行機のチケットを取ってしまう人もいるかもしれません。しかし、ちょっと待ってください。その植毛、本当に安全ですか? 実は今、こうした海外での安価な植毛手術にまつわるトラブルが世界的に急増しており、命の危険さえ指摘されているのです。
この記事では、国際毛髪外科学会(ISHRS: International Society of Hair Restoration Surgery)が発表した警告内容をもとに、なぜ海外植毛にリスクがあるのか、どんな危険が潜んでいるのか、そして安全に治療を受けるために何を確認すべきかを、わかりやすく、そしてじっくりと解説していきます。
植毛手術とは?まずは基本をおさらい

植毛手術とは、脱毛が気になる部位に、自分自身の毛髪を移植する医療行為です。特に男性型脱毛症(AGA: Androgenetic Alopecia)の治療として人気があります。
この手術では、通常、後頭部などの「髪の毛が抜けにくい部分」から毛包(毛根を含む組織)を採取し、それを薄くなっている部分に移植します。きちんと医師が行えば、自然で見た目にほとんど気づかれない効果が得られ、しかも一度定着すれば半永久的に髪が生え続けると言われています。
しかし、問題はこの「きちんと医師が行えば」という部分です。最近では、「医師のふりをした無資格の技術者」が、こうした高度な手術を勝手に行う例が後を絶ちません。
なぜ無資格者による手術が行われてしまうのか?
ISHRSによれば、植毛手術を希望する患者の多くは、「医師の資格を持つ人がすべての工程を担当する」と思い込んでいます。ところが現実には、「最初に説明するのは医師」でも、いざ手術になると「実際に頭皮を切開し、毛を植えるのは資格を持たない技術者」だった――というケースが報告されています。これがいわゆる「おとり商法(bait and switch)」です。
アメリカ・アリゾナ州の植毛専門医で、ISHRSの理事でもあるDr. Sharon A. Keeneは、この問題についてこう警告しています。
「どんなに小さな美容手術でも、れっきとした“医療行為”です。手術中には、麻酔の管理や出血の対応など、医学的な判断が常に求められます。それを無資格の人がやってしまえば、感染症、神経損傷、麻酔事故など、命に関わる事態になる可能性もあります。」
トルコの現状:「安さの裏側」に潜む黒い市場
特に注目すべきはトルコです。トルコは、観光地としても魅力があり、しかも植毛費用が他国に比べて圧倒的に安いため、ヨーロッパや中東、アジアからも多くの患者が訪れています。実際、トルコ旅行代理店協会(TURSAB)によると、2015年の医療観光収益は約45億ドル(約5,700億円)にも上ったと言われています。
ところがこのブームの裏で、深刻な問題が起きています。
トルコの保健省は、手術は「病院内でのみ」実施可能と法律で定めました。これは一見、安全性を確保するための良策に見えます。しかしその結果、「病院ではなく、無許可の個人クリニックやホテルの一室で手術が行われる」という闇市場が生まれてしまったのです。しかも手術を行うのは、医師ではなく、なんと美容師やアルバイトレベルの“技術者”なのです。
こうした無資格者による手術は、当然ながらリスクが非常に高く、
- 傷跡が残る
- 髪がまばらに生える
- 感染症や頭皮壊死(皮膚が死んでしまう)を起こす
といった深刻なトラブルを引き起こします。それでも患者が集まってしまうのは、価格が安く、観光とセットで宣伝されているからです。
ISHRSのトルコ会員であるDr. Tayfun Oguzogluも、「特にアラブ諸国からの患者は、事前の調査をせずに来てしまう傾向が強い」と警告しています。
この問題はトルコだけではない―ヨーロッパやアメリカにも拡大中
驚くべきことに、このような「闇植毛」の問題は、もはやトルコだけの話ではありません。ISHRSには、ドイツ、オランダ、ベルギーなどでも、トルコから派遣された無資格の技術者グループが、名ばかりの“監督医師”の下で手術を行っているという報告が寄せられています。
このような手法は、患者にとって極めて危険です。なぜなら、現地の法律をうまくすり抜けつつ、患者には「合法的に医師の監督下で行われている」と誤解させる構造になっているからです。
植毛手術の需要は急増中―だからこそ冷静な判断が必要
ISHRSが発表した2015年の調査(Practice Census)によれば、2014年には世界中で約40万件(397,048件)の植毛手術が行われており、これは2006年と比較して76%も増加した驚異的な伸びです。
需要が高まれば、それに乗じた「安くて早いけど危険な施術」も増えるのが世の常。だからこそ、今後植毛を考えている人は、自分の身を守るためにもしっかりと情報収集し、医師の資格や施術環境を確認することが必要です。
安全に植毛を受けるために―ISHRSが推奨する4つの質問
では、どうすれば「安心して受けられる植毛手術」を選べるのでしょうか? ISHRSは、以下のような4つの質問を医療機関に対して行うことを推奨しています。
1. 誰が自分の脱毛状態を評価し、治療方針を決めてくれるのか?
- その人は医師か?何の資格を持っているか?どのくらいの経験があるか?
2. 手術に関わる全員の役割と資格は?
- 施術に関わるチーム全員が、どの工程を担当し、どのような教育・訓練を受けているのかを確認する。
3. 無資格者がメスを使ったり、毛包採取をすることはあるか?
- もしあるなら、その人は誰か?なぜそれが認められているのか?を明確にする。
4. 施術に関わる全員が医療過誤保険に加入しているか?
- トラブル時に備えて保険が適用されるのかは、極めて重要なポイントです。
これらに誠実に答えてくれるクリニックであれば、信頼できる可能性が高いと言えるでしょう。
植毛は「人生の再出発」―だからこそ慎重に
薄毛に悩んでいた人が、自然に髪が生えてくる喜びを手に入れられる。これは人生の転機にもなり得る、素晴らしい治療法です。しかしそれを安全に実現するには、医師の技術と信頼、そして患者自身の慎重な選択が不可欠です。
もしもあなたが今、「海外で安く植毛できるらしい」と思っているのなら、この記事が一度立ち止まって考えるきっかけになれば幸いです。
正しい情報を得るには?
植毛や脱毛に関する正しい知識、そして信頼できる医師のリストは、ISHRS(国際毛髪外科学会)の公式ウェブサイトで公開されています。英語ですが、Google翻訳などを活用すれば、日本語でもある程度の情報は得られます。
データについての補足
本記事に使用された統計情報は、アメリカ・シカゴの調査会社Relevant Research, Inc.が実施した「ISHRS 2015 Practice Census」に基づいています。これは、実際の植毛医師から提供された実績データをもとにしており、推定値や予測値は含まれていません。信頼水準は95%、誤差は±4.9%とされています。
詳細な統計や過去の推移を見たい方は、ISHRS公式サイト内の「Hair Restoration Statistics」をチェックしてみてください。
あなたの髪は、あなたの未来の一部です。安さや広告に流されず、しっかりと調べて、信頼できる医師とともに、安心・安全な再出発を目指しましょう。







