この記事の概要
事故や火傷、手術のあとにできた頭皮の傷跡。そこから髪が二度と生えてこなくなる――それが「瘢痕性脱毛症」です。育毛剤が効かず、「もう髪は戻らない」と悩む方も少なくありません。この記事では、傷跡による脱毛の仕組みから、自毛植毛をはじめとする再生医療の最新情報、さらには日常的にできるカバー法や心のケアまで、医療現場で注目される対処法をわかりやすく解説します。
瘢痕性脱毛症における毛髪再生と自毛植毛

瘢痕性脱毛症(scarring alopecia)とは、けがや火傷(やけど)、手術などによって頭皮(とうひ)に傷跡(scar:医療用語では「瘢痕=cicatrix」)ができ、その部分から髪の毛が生えてこなくなる状態のことです。
これは、頭皮の中にある毛包(もうほう、hair follicle)という髪の毛の根元を作る器官が破壊されてしまい、新しい髪の毛を作れなくなってしまうからです。通常の薄毛や抜け毛とは違って、育毛剤(いくもうざい)などでは回復しにくく、何もしなければずっと髪が生えない「永久脱毛」になります。
この記事では、このような頭皮の傷跡による脱毛の原因や、最新の医療技術を使って髪を取り戻す「自毛植毛(じもうしょくもう、hair transplantation)」について、専門用語もわかりやすく解説していきます。
瘢痕性脱毛症の原因とは?—なぜ髪が生えなくなるのか

瘢痕性脱毛症は、大きく次の2つのタイプに分けられます。
続発性瘢痕性脱毛症(Secondary Scarring Alopecia)
事故や火傷、手術、放射線治療など、外からの明らかな原因によって頭皮に傷ができた場合に起こる脱毛です。
たとえば以下のようなケースが該当します:
- 交通事故で頭にけがをした
- 熱湯や火でやけどした
- 手術で頭皮を縫ったあとに髪が生えない
- 白癬菌(はくせんきん、tinea capitis)などによる頭皮の感染症
こうした傷が治っても、毛根(毛包)が破壊されているため、その部分だけ髪が生えてこないという状態になります。
原発性瘢痕性脱毛症(Primary Scarring Alopecia)
こちらは頭皮に外傷がなくても、体の免疫が毛包を攻撃してしまう病気(自己免疫疾患)や、強い炎症(えんしょう、inflammation)によって毛包が壊されてしまうタイプです。
よくある病気には次のようなものがあります:
- 扁平苔癬(へんぺいたいせん、lichen planopilaris)
- 紅斑性狼瘡(こうはんせいろうそう、discoid lupus erythematosus)
- 中心性瘢痕性脱毛症(central centrifugal cicatricial alopecia)
これらの病気では、頭皮の毛穴(毛包)が自分の免疫で壊され、炎症のあとに硬い皮膚(瘢痕)ができて髪が生えてこなくなります。
まずは原因となる病気の治療が最優先!
瘢痕性脱毛症と診断された場合、まず最初にすべきことは「なぜ脱毛が起きているのか?」を専門医と一緒に調べ、その病気を治療することです。
たとえば:
- 免疫の異常が原因 → ステロイド薬(steroids)や免疫抑制剤(immunosuppressants)で炎症を抑える
- 細菌感染が原因 → 抗生物質(antibiotics)で治療する
- 白癬(はくせん)などの真菌感染 → 抗真菌薬(antifungals)を使う
病気が進行中のままでは、せっかく髪を移植してもまた抜けてしまうので、「病気が完全に落ち着いてから」(医療用語では「burned out」状態といいます)次の治療に進むのが基本です。
傷跡の頭皮では髪は自然に再生しない
傷跡ができた頭皮では、毛を作るための毛包がもう存在しません。そのため、育毛剤(minoxidil など)やサプリメントを使っても効果はほとんどありません。
つまり、瘢痕性脱毛症は「髪が生えてくる場所そのものがなくなっている」という状態なので、放っておいても回復することはありません。
自毛植毛(Hair Transplantation)という選択肢
このような場合に活用されるのが、「自毛植毛(hair transplantation)」という外科的な方法です。これは、健康な頭皮(たとえば後頭部)から髪の毛と毛根を含む組織(グラフト、graft)を採取し、それを脱毛している部分に移植する治療法です。
自毛植毛の方法には主に2種類あります:
- FUT法(Follicular Unit Transplantation):後頭部の皮膚を細長く切り取って、そこから毛根をまとめて採る方法。効率は良いですが、線状の傷跡が残ります。
- FUE法(Follicular Unit Extraction):毛穴をひとつずつくり抜いて毛根を採る方法。皮膚を切らないので、傷跡が点状で目立ちにくく、回復も早いです。
瘢痕性脱毛症では、頭皮がすでに傷ついているため、新たな大きな傷を作らないFUE法が多く使われます。
ドナー毛が足りない場合は「体毛移植(Body Hair Transplant)」も可能
後頭部の髪が少なく、植毛に必要な毛根が足りない場合は、髭(ひげ、beard hair)や胸毛(body hair)を頭皮に移植することもできます。
髭や体毛は髪の毛とは少し質感が違いますが、カバー目的で活用されることもあり、特に男性では効果的です。
傷跡の皮膚は「血流」が少なく、生着率(Survival Rate)に影響
瘢痕組織は正常な皮膚に比べて血流(blood supply)が悪く、固くなっているため、移植した毛根がうまく根付かない(生着しにくい)ことがあります。
この「生着率(せいちゃくりつ、graft survival rate)」は、通常の頭皮では90%以上ですが、瘢痕部分では50〜80%程度とやや下がる傾向があります。
そこで、最近では以下のような工夫がされています:
- テスト植毛(test grafting):まず少量の毛を移植して様子を見る
- PRP療法(Platelet-Rich Plasma Therapy):自分の血液から血小板を抽出し、成長因子を注入することで、移植部位の回復を促進
- ミノキシジル(minoxidil)の外用:局所の血流を増やして毛根に栄養を届けやすくする
植毛手術だけじゃない:侵襲的でない対処法や日常的な工夫も視野に入れて
瘢痕性脱毛症(scarring alopecia)と診断されたとき、多くの方がまず気になるのは「治療できるのか?」「髪は取り戻せるのか?」という点でしょう。確かに、自毛植毛(hair transplantation)は、失われた毛を取り戻すための根本的な治療法として非常に有効です。
しかし一方で、すべての人がすぐに手術を受けられるわけではありません。たとえば、
- 傷跡ができて間もなく、皮膚の状態がまだ不安定
- 持病があり手術が難しい
- ドナー毛(後頭部などの移植元の毛髪)が不足している
- 経済的・心理的な理由で手術に踏み切れない
- そもそも手術に抵抗がある、なるべく自然な形で対処したい
といった理由から、「非手術的な方法でどうにかしたい」と考える方も多いはずです。
以下では、手術に頼らずに瘢痕部をカバーしたり、目立たなくしたり、気持ちの面でも前向きに付き合うための工夫について、実践的に解説していきます。
① ウィッグやヘアピースの活用:頭皮を守りながら自然にカバー
もっとも一般的な方法のひとつが、ウィッグ(wig)やヘアピース(部分かつら)の使用です。頭頂部や生え際など、脱毛している箇所に合わせてカスタマイズされた製品を使用すれば、非常に自然に見せることが可能です。
最近では通気性に優れた医療用ウィッグもあり、蒸れやかゆみも軽減されています。また、着脱式のため、仕事や外出時のみ使用するなど、ライフスタイルに合わせて自由に対応できるのも大きな魅力です。
ただし注意点もあります。ウィッグやヘアピースは定期的なメンテナンスが必要で、長期的にはコストがかさむ可能性があります。また、頭皮に密着させるタイプの製品は、長時間着用すると摩擦によって周囲の髪にダメージを与えるリスクもあるため、装着方法や使用時間に配慮が必要です。
こんな方におすすめ:
・広範囲の傷跡がある方
・今すぐ見た目を改善したい方
・将来的に植毛を考えているが今は準備段階の方
② スカルプマイクロピグメンテーション(SMP):アートメイクで錯覚を活かす
スカルプマイクロピグメンテーション(Scalp Micropigmentation, SMP)は、頭皮に極めて小さな点状の色素(インク)を注入することで、髪があるように見せるタトゥーの一種です。
たとえば、生え際や頭頂部の傷跡部分に黒やグレーの微細な点を無数に打ち込むことで、あたかも「短髪の毛根が並んでいるような」印象を与えることができます。とくに男性の坊主頭やフェードカットと組み合わせると、非常に自然で清潔感のある仕上がりになります。
ただし、SMPは実際に髪が生えるわけではありません。また、色素が時間とともに薄れたり、色味が変わったりすることもあるため、数年ごとにタッチアップ(再着色)が必要です。アートメイクに慣れた専門クリニックで行うことが重要です。
こんな方におすすめ:
・短髪スタイルを維持している方
・傷跡が点状または線状で狭い範囲にある方
・植毛ではカバーしきれない細部を補いたい方
③ 分け目・髪型・メイクの工夫:日常的な創意工夫で目立ちにくく
もっとも身近で簡単にできる方法が、ヘアスタイルの工夫です。
たとえば…
- 分け目を変える(ジグザグにする、横にずらす)
- 前髪を厚めにつくることで生え際の傷を隠す
- 後頭部や側頭部のボリュームを出すセットでカバー
- 頭皮ファンデーションやカラースプレーで傷跡の地肌の色を周囲と馴染ませる
など、毎日のヘアアレンジで目立たせにくくすることは十分に可能です。
とくに女性の場合はヘアアクセサリー(カチューシャやヘアバンド、スカーフなど)を使うことで、おしゃれを楽しみながらカバーできるのも利点です。男性でも、サイドを刈り上げるフェードカットや、全体を短く整えた「ベリーショートスタイル」で、逆に傷跡をあえて見せることで自然さが増すケースもあります。
こんな方におすすめ:
・傷跡が小さく、日常的な工夫で隠せる範囲にある方
・美容室やヘアセットが好きな方
・コストをかけずに今すぐ試したい方
④ 心理的ケアや外見への受容も大切に
外見の悩みは、単なる「見た目」の問題にとどまらず、自己肯定感や人間関係、生活の質(QOL)にも大きく影響します。とくに髪の毛に関する悩みは、性別を問わず深刻なストレスの原因となりがちです。
髪を「隠す」ことに必死になるよりも、「自分らしさ」として受け入れることができれば、精神的にも大きな負担が軽くなります。たとえば、
- 同じ悩みを持つ人の体験談やブログを読む
- 支援団体や脱毛症コミュニティに参加する
- カウンセリングや心理サポートを受ける
といった方法で、前向きに「向き合う」視点を持つこともとても大切です。
実際に、頭の傷跡をあえて見せることで「戦いの証」「生きた証」として受け入れている方も多くいます。「治す」だけが正解ではないことも、覚えておいてほしいポイントです。
手術に頼らなくても、選択肢はたくさんある
瘢痕性脱毛症は、確かに難しい脱毛症の一種です。しかし、手術がすべてではありません。自分の今の状況や気持ちに合わせて、ウィッグ、SMP、髪型、ヘアメイク、心理的サポートなど、選べる道はたくさんあります。
まずは一人で悩まず、信頼できる医師や専門カウンセラー、経験者とつながることで、新しい可能性が見えてくるかもしれません。あなたの大切な外見と、心の平穏のために、“自分に合ったアプローチ”をぜひ探してみてください。
まとめ:傷跡があっても、髪は取り戻せます
瘢痕性脱毛症は、他のタイプの脱毛と違って「毛が生える場所そのものがない」という難しさがあります。しかし、医療技術の進歩により、自毛植毛によって髪を再生することが可能になっています。
まずは原因となっている病気の治療を優先し、頭皮の状態が安定した段階で植毛を検討することが大切です。傷跡の状態や脱毛範囲は人それぞれ異なりますので、まずは毛髪治療専門のクリニックや皮膚科医に相談してみましょう。
「もう髪は生えない」とあきらめる前に、選択肢はきっとあります。







