婦人科での診断を基にした多嚢胞性卵巣症候群治療の詳細

Posted on 2025年 9月 1日 医療

多嚢胞性卵巣症候群(Polycystic Ovary Syndrome:PCOS)は、月経不順や不妊、ホルモンバランスの乱れを引き起こす代表的な婦人科疾患のひとつです。近年は生活習慣や環境要因の影響も指摘され、20〜30代の女性を中心に増加傾向にあります。しかし、婦人科での適切な診断と治療により、多くの場合は症状の改善や妊娠の可能性を高めることが可能です。本記事では、PCOSの基本的な特徴から、婦人科における診断プロセス、そして治療の選択肢や今後の展望までを専門的かつ分かりやすく解説します。

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とは何か

多嚢胞性卵巣症候群(Polycystic Ovary Syndrome:PCOS)は、卵巣の排卵機能やホルモン分泌のバランスが乱れることで、月経異常や不妊、代謝障害などを引き起こす代表的な婦人科疾患のひとつです。世界的に生殖年齢女性の5〜10%に認められるとされ、日本でも不妊外来や婦人科外来を受診する女性の中で頻度が高い疾患です。

PCOSは単に「卵巣に小さな嚢胞(卵胞)が多数ある状態」を指すのではなく、内分泌異常(ホルモンの乱れ)と代謝異常を基盤にした慢性的な症候群と捉える必要があります。そのため、婦人科領域だけでなく、糖尿病・代謝内科など全身管理の観点も重要となります。

PCOSの特徴的な症状

PCOSは個々の患者によって症状の現れ方が異なりますが、以下のような共通点がみられます。

  1. 月経異常
     無月経や稀発月経(周期が35日以上)、周期の大幅な乱れが特徴的です。これは排卵がスムーズに行われないために起こります。
  2. 排卵障害と不妊
     排卵がない、または不規則であるため、妊娠を希望してもなかなか授かりにくい大きな原因となります。
  3. 男性ホルモン過剰症状
     血中のアンドロゲン(男性ホルモン)が高くなる傾向があり、にきびや多毛、頭髪の薄毛(男性型脱毛症に似た症状)が出やすくなります。
  4. 肥満・体重増加
     インスリン抵抗性を伴うケースが多く、特に内臓脂肪型肥満(お腹まわりの肥満)が目立ちます。
  5. 将来的な健康リスク
     長期的には糖尿病、高血圧、脂質異常症、子宮体がんなどのリスクが高まることが知られています。

発症の背景と原因

PCOSの正確な原因は未解明ですが、複数の要因が絡み合って発症すると考えられています。

  • ホルモンバランスの乱れ
    下垂体から分泌される黄体形成ホルモン(LH)が過剰になり、卵胞刺激ホルモン(FSH)とのバランスが崩れることで卵胞が成熟しにくくなります。
  • インスリン抵抗性
    インスリンが効きにくい体質を持つことで、体内に余分なインスリンが分泌され、これが男性ホルモンの分泌を促進し排卵障害を悪化させます。
  • 遺伝的素因
    家族内にPCOSの人がいると発症しやすい傾向があることが報告されています。
  • 生活習慣や環境要因
    食生活の乱れ、運動不足、ストレスなども発症や悪化に関与していると考えられます。

心身への影響と社会的側

PCOSは単なる婦人科疾患にとどまらず、女性のライフスタイル全般に影響を及ぼします。

  • 思春期から月経不順やにきび、多毛が続くと、外見へのコンプレックスや精神的ストレスにつながります。
  • 妊娠を望むライフステージでは、不妊の原因となり、心理的負担や社会的な悩みを抱えるケースも多く見られます。
  • 更年期以降には、生活習慣病や子宮体がんなどのリスクが上昇し、長期的な健康管理が必要となります。

PCOSの国際的診断基

世界的には「ロッテルダム基準(2003年)」が広く用いられています。この基準では以下の3項目のうち2つ以上を満たすとPCOSと診断されます。

  1. 月経異常(排卵障害)
  2. 男性ホルモン過剰(臨床的または生化学的)
  3. 多嚢胞性卵巣(超音波検査で卵巣内に多数の卵胞を確認)

ただし、症状の程度や組み合わせには個人差が大きいため、診断には総合的な評価が不可欠です。

婦人科におけるPCOSの診断プロセス

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の診断は、単一の検査だけで決まるものではありません。婦人科では、症状の聞き取り・身体診察・画像検査・血液検査などを総合的に評価し、他の疾患を除外した上で診断します。診断は患者のライフステージや妊娠希望の有無にも関わるため、非常に重要なステップです。

1. 問診と生活背景の確認

診断の第一歩は丁寧な問診です。

  • 月経周期の状態:無月経や稀発月経の有無、月経周期がどのくらい不規則かを確認します。
  • 初経からの経過:思春期から月経不順が続いているか、あるいは途中から変化したのかを把握します。
  • 妊娠歴と不妊の有無:妊娠を希望してどのくらいの期間が経過しているかを確認します。
  • 症状の有無:にきび、多毛、体重増加など男性ホルモン過剰を示唆する症状があるかを聴取します。
  • 生活習慣:食生活、運動習慣、ストレス、家族歴(糖尿病・高血圧・PCOS)なども重要です。

この段階で、PCOSの可能性が高いかどうかの初期評価がなされます。

女医

2. 身体診察

婦人科では以下の観察や測定を行います。

  • BMI・腹囲測定:肥満、特に内臓脂肪型肥満がないかを確認します。
  • 皮膚・毛髪の状態:にきび、脂性肌、多毛、脱毛など男性ホルモン過剰を示す所見を確認します。
  • 血圧測定:高血圧の有無を調べ、将来的な代謝異常リスクを把握します。

3. 超音波検査(経膣エコー/経腹エコー)

PCOS診断に欠かせない検査のひとつです。

  • 卵巣の形態を評価:卵巣内に直径2〜9mmの小卵胞が10個以上並んでいる(「ネックレスサイン」と呼ばれる像)場合、多嚢胞性卵巣と判断されます。
  • 卵巣の容積:10ml以上である場合もPCOSの基準に含まれます。
  • 他疾患との鑑別:卵巣腫瘍や子宮疾患との区別も同時に行います。

4. ホルモン検査(血液検査)

血液検査はPCOSの診断を裏付ける重要なデータを提供します。

  • LH(黄体形成ホルモン)・FSH(卵胞刺激ホルモン)
    PCOSではLHが相対的に高値になり、LH/FSH比が2以上となることが多いです。
  • テストステロン・DHEA-S
    男性ホルモンの上昇を確認します。
  • プロラクチン
    高プロラクチン血症との鑑別に必要です。
  • 甲状腺ホルモン(TSH・FT4)
    甲状腺機能異常が月経異常の原因となることがあるため必須です。

5. 代謝評価

PCOSは代謝異常を伴うことが多いため、婦人科診療でも以下の検査が行われます。

  • 血糖値・HbA1c:糖尿病リスクを評価
  • インスリン抵抗性の評価(HOMA-IRなど)
  • 脂質検査:中性脂肪やLDLコレステロールの上昇がないかを確認

これらにより、長期的な生活習慣病リスクを早期に把握することができます。

6. 診断基準の適用

国際的に用いられているロッテルダム基準(2003年)が診断の主流です。以下の3項目のうち2つ以上を満たすとPCOSと診断されます。

  1. 排卵障害(稀発月経または無排卵)
  2. 男性ホルモン過剰(臨床症状または血中ホルモン上昇)
  3. 多嚢胞性卵巣像(超音波検査で確認)

ただし、10代女性では月経不順や多嚢胞像が正常範囲でみられることもあるため、年齢や背景を考慮して慎重に診断されます。

7. 他疾患との鑑別

PCOSは症状が他の病気と似ているため、除外診断が必要です。

  • 高プロラクチン血症
  • 甲状腺機能異常
  • クッシング症候群
  • 卵巣腫瘍、副腎腫瘍

これらを適切に除外することで、PCOSの確定診断に至ります。

PCOS治療の基本方針

治療は「妊娠を希望するかどうか」で大きく分かれます。

1. 妊娠を希望しない場合

  • 低用量ピル(経口避妊薬):月経周期を整えるとともに、男性ホルモン過剰症状(にきび・多毛症)を改善。
  • 生活習慣改善:食事療法や有酸素運動により体重管理を行うことで、ホルモンバランスの改善につながります。

2. 妊娠を希望する場合

  • 排卵誘発剤(クロミフェンやレトロゾール):排卵を促し、妊娠の可能性を高めます。
  • 注射製剤による排卵誘発:効果が得られない場合はゴナドトロピン注射を使用。
  • 腹腔鏡下卵巣多孔術(LOD):薬物療法に抵抗する場合に実施される外科的治療です。

インスリン抵抗性とメトホルミン療法

PCOSの患者の多くにインスリン抵抗性が認められます。この場合、糖尿病治療薬であるメトホルミンを併用することで、排卵機能の改善が期待できます。妊娠希望の有無にかかわらず、代謝異常を合併している患者には有効な選択肢となります。

PCOSと不妊治療の最新動向

近年は、生殖補助医療(ART)の進歩により、PCOS患者でも高い妊娠率を得られるようになってきました。特に体外受精や顕微授精は、排卵障害が強い症例に有効です。また、凍結胚移植の普及により、OHSS(卵巣過剰刺激症候群)のリスクを回避しながら安全に治療を進められるようになっています。

生活習慣改善の重要性

薬物治療と並行して、生活習慣の改善は不可欠です。

適正体重の維持:5〜10%の減量で排卵が回復するケースもあります。

バランスの取れた食事:低GI食品を意識し、血糖値の急上昇を防ぐ。

定期的な運動:週150分以上の中等度運動が推奨されています。

今後の展望:個別化医療と再生医療の可能性

PCOSは一人ひとりの症状や背景が異なるため、今後は個別化医療がますます重視されると考えられます。また、研究段階ではありますが、幹細胞を用いた卵巣機能改善の試みなど、再生医療による治療の可能性も報告されています。

まとめ

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、女性のライフステージに深く関わる疾患です。しかし、婦人科での正確な診断と適切な治療により、症状の改善や妊娠の可能性を大きく高めることができます。薬物療法・生活習慣改善・不妊治療を組み合わせ、一人ひとりに合った治療を進めることが重要です。今後の研究によって、さらに新しい治療法が登場することも期待されています。