

「なんとなく下腹部が張る」「痛みが数日続いている」――そんな症状を感じたことはありませんか?
一時的な生理痛や便秘である場合もありますが、長引く場合や繰り返す場合には、子宮・卵巣などの婦人科系疾患、消化器系のトラブル、泌尿器の問題などが隠れている可能性があります。下腹部の症状は原因が多岐にわたるため、自己判断で放置すると病気の発見が遅れるリスクがあります。本記事では、婦人科を中心に「下腹部の張りや痛み」に関連する可能性のある病気や注意点、受診の目安を専門的に解説します。
1. 下腹部の張りや痛みの仕組みを理解する
下腹部に存在する臓器の特徴
下腹部には 子宮・卵巣・卵管・膀胱・直腸・小腸の一部 が集中しています。これらの臓器は骨盤という限られた空間に収まっているため、ひとつの臓器の不調が他の臓器へ容易に影響を及ぼします。たとえば、卵巣の腫れが膀胱を圧迫して頻尿を引き起こすように、臓器同士が密接に関わり合っています。
痛みが生じるメカニズム
痛みの多くは「炎症」や「圧迫」「血流障害」によって発生します。
- 炎症による痛み:子宮内膜症や骨盤内炎症性疾患では、組織が炎症を起こして神経を刺激し、鈍痛や鋭い痛みを感じさせます。
- 圧迫による痛み:子宮筋腫や卵巣嚢腫が大きくなると、周囲の臓器を押し広げることで張り感や重苦しさが出ます。
- 血流障害による痛み:卵巣茎捻転や血栓による循環障害では、急激な激痛が起こります。
痛みの性質から見えるサイン
痛みにはいくつかの「特徴」があり、原因を推測する重要なヒントになります。
- 周期性の痛み:月経前後や排卵時に出現する痛みは、ホルモン変動に関わる可能性が高いです。
- 持続的な鈍痛:数週間から数か月にわたって続く鈍い痛みは、子宮筋腫や慢性骨盤痛症候群を示唆する場合があります。
- 突発的な激痛:卵巣茎捻転や破裂などの緊急疾患のサインであり、放置すると生命に関わる危険があります。
神経と心理的要因の関わり
骨盤内は自律神経が密集しているため、軽度の異常でも強く感じやすい部位です。また、ストレスや不安が交感神経を優位にし、筋肉の緊張や血流障害を起こして「痛みの増幅」につながることがあります。特に慢性的な痛みでは、心理的ストレスとの悪循環が形成されやすいため、心身両面からのアプローチが必要です。
張り感の正体
「張り」と表現される不快感の多くは、臓器の膨張やガス・便の貯留、血流障害によるむくみなどが原因です。婦人科疾患では卵巣嚢腫や子宮筋腫の増大が代表例ですが、消化器疾患(便秘や過敏性腸症候群)や泌尿器疾患(膀胱炎)でも類似の症状が出るため、自己判断は困難です。
2. 婦人科疾患による下腹部の張り・痛み
下腹部の張りや痛みの原因として、婦人科疾患は最も頻度が高い重要な要素です。女性特有の臓器である子宮・卵巣・卵管はホルモンの影響を受けやすく、月経周期や妊娠と関連して症状が現れることがあります。以下に代表的な疾患を詳しく解説します。
子宮筋腫
原因・背景
子宮平滑筋から発生する良性腫瘍で、30代以降の女性に多く見られます。エストロゲン依存性のため、閉経後は縮小する傾向があります。
主な症状
- 下腹部の張り感・圧迫感
- 月経過多や貧血
- 頻尿・便秘(筋腫による圧迫症状)
- 不妊や流産のリスク増加
診断
- 経膣超音波検査
- MRI(大きさ・位置の確認に有用)
治療法
- 薬物療法(GnRHアゴニスト、LEP製剤などで縮小)
- 子宮動脈塞栓術(UAE)
- 筋腫核出術または子宮全摘術
子宮内膜症
原因・背景
子宮内膜組織が卵巣や腹腔内に異所性に存在し、周期的に出血・炎症を繰り返す病気です。20〜40代の女性に多く、進行すると癒着や不妊の原因となります。
主な症状
- 強い月経痛(鎮痛薬が効きにくい)
- 慢性的な下腹部痛・腰痛
- 性交時の痛み
- 不妊(卵管癒着や卵巣機能低下による)
診断
- 超音波検査(チョコレート嚢胞の有無)
- MRI(病変の広がり確認)
- 腹腔鏡検査(確定診断)
治療法
- ホルモン療法(LEP、ジエノゲストなど)
- 腹腔鏡手術による病変切除
- 生殖補助医療(ART)による妊娠サポート
卵巣嚢腫・卵巣腫瘍
原因・背景
卵巣に液体や腫瘍が形成される疾患で、多くは良性ですが、まれに悪性(卵巣がん)の可能性もあります。
主な症状
- 下腹部の張りやしこり感
- 腰痛や頻尿(圧迫症状)
- 茎捻転や破裂による急激な激痛
診断
- 経膣超音波検査
- CT・MRI
- 腫瘍マーカー(CA125など)
治療法
- 小さい良性嚢腫は経過観察
- 腫瘍が大きい・悪性疑い → 外科的切除
- 緊急の場合(破裂・捻転)は救急手術
骨盤内炎症性疾患(PID)
原因・背景
クラミジアや淋菌など性感染症によって子宮内膜・卵管・骨盤腹膜に炎症が波及する病気。放置すると卵管閉塞や不妊のリスクが高まります。
主な症状
- 発熱と下腹部痛
- 不正出血・帯下の増加
- 性交時の痛み
診断
- 内診での圧痛確認
- 血液検査(炎症反応)
- 超音波検査(膿瘍の有無)
治療法
- 抗菌薬の投与(クラミジア・淋菌に対応)
- 重症例は入院・点滴抗菌薬投与
- 膿瘍形成時はドレナージや手術
卵巣茎捻転
原因・背景
卵巣嚢腫や腫瘍があると、卵巣が自らの血管茎ごとねじれて血流が遮断されることがあります。若年女性にも起こります。
主な症状
- 突然の激しい下腹部痛
- 吐き気・嘔吐を伴うことが多い
診断
- 超音波検査(血流確認)
- CT/MRI
治療法
- 緊急手術での捻転解除・卵巣温存
- 壊死している場合は卵巣摘出
3. 婦人科以外に考えられる原因
下腹部の張りや痛みは必ずしも婦人科疾患だけが原因ではありません。消化器や泌尿器、さらには整形外科的な要因や心身のストレスが関与する場合もあります。原因を見極めるためには幅広い視点が必要です。
消化器系のトラブル
便秘
腸内に便が滞留すると腸管が膨張し、下腹部に張り感や痛みを生じます。慢性的な便秘は女性に多く、食生活・運動不足・ホルモン変動が影響します。
過敏性腸症候群(IBS)
ストレスや自律神経の乱れで腸の運動が不安定になり、下腹部痛やガスによる膨満感が繰り返されます。特に「緊張するとお腹が痛くなる」という特徴があります。
炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎・クローン病)
下痢や血便を伴う慢性疾患で、若年女性にも発症します。放置すると腸管の障害が進み、長期的な健康リスクにつながります。
虫垂炎(盲腸炎)
突然の下腹部痛で、最初はみぞおち周辺から始まり、次第に右下腹部に限局していきます。発熱や嘔吐を伴い、緊急手術が必要になることがあります。
泌尿器系の異常
膀胱炎
女性に多い病気で、細菌が膀胱に感染して炎症を起こします。下腹部痛、頻尿、排尿時のしみるような痛み、血尿が特徴です。繰り返す場合は腎盂腎炎へ進展する恐れがあります。
尿路結石
尿管に石が詰まると、下腹部から腰にかけて激痛が走ります。血尿や嘔吐を伴うこともあり、痛みの強さは「七転八倒」と表現されるほどです。
妊娠関連の原因
妊娠初期の生理的変化
妊娠に伴い子宮が大きくなり始めると、下腹部に張りや軽い痛みを感じることがあります。通常は一過性ですが、強い痛みや出血を伴う場合は異常の可能性があります。
子宮外妊娠
受精卵が子宮内ではなく卵管などに着床する状態です。進行すると卵管破裂による大出血を引き起こし、命に関わるため、妊娠反応があるのに強い下腹部痛がある場合はすぐに受診が必要です。
切迫流産・流産
妊娠中に下腹部痛や出血が見られる場合、流産の兆候であることがあります。安静や適切な管理が必要で、早めの医師の診察が不可欠です。


その他の原因
整形外科的要因(腰痛・坐骨神経痛)
腰椎や骨盤周囲の筋肉・神経障害が下腹部痛として感じられることがあります。特に慢性腰痛を持つ方や、長時間のデスクワークをする人に多いです。
心因性・心身症
強いストレスや不安は自律神経を乱し、下腹部の張りや痛みを引き起こします。検査で異常が見つからない「機能性骨盤痛症候群」では、心理的ケアも重要です。
婦人科以外の原因を見分けるヒント
- 消化器系が疑われる場合 → 便秘・下痢・血便・食後の悪化
- 泌尿器系が疑われる場合 → 頻尿・排尿痛・血尿
- 妊娠関連が疑われる場合 → 生理の遅れ・妊娠検査薬陽性
- その他の要因 → 腰痛や精神的ストレスの有無
4. 受診の目安と検査方法
受診すべきサイン
- 強い痛みが急に出た
- 痛みが長期間続く(2週間以上)
- 出血や発熱を伴う
- 妊娠の可能性がある
- 市販薬で改善しない
主な検査
- 内診・経膣超音波検査
- 血液検査(炎症反応、ホルモン値)
- MRIやCTなどの画像診断
- 尿検査・便検査
5. 日常生活でできるセルフケアと予防
下腹部の張りや痛みを完全に防ぐことは難しいものの、日常生活での工夫によって症状の軽減や再発予防につなげることが可能です。特に婦人科系の症状は生活習慣やホルモンバランスと深く関係しているため、日常の小さな習慣改善が大きな効果を生みます。
① 生活習慣の見直し
- 規則正しい生活リズム
睡眠不足や夜更かしはホルモンバランスを乱し、月経痛や不調を悪化させます。毎日同じ時間に寝起きするだけでも、自律神経の安定につながります。 - 体を冷やさない
冷えは骨盤内血流を悪化させ、子宮や卵巣の機能低下につながることがあります。冷たい飲み物を控え、腹部を温める服装や入浴習慣を大切にしましょう。 - ストレス管理
強いストレスは脳下垂体-卵巣系のホルモン分泌を乱し、排卵障害や月経不順を招きます。ヨガや深呼吸、趣味の時間を取り入れ、リラックスできる環境づくりを心がけましょう。
② 食事でできるセルフケア
- 鉄分・ビタミンB群の補給
子宮筋腫や月経過多による貧血予防に有効です。赤身肉・レバー・ほうれん草などを積極的に摂りましょう。 - 大豆イソフラボン
エストロゲン様作用を持ち、ホルモンバランスの安定に役立つとされます。豆乳・納豆・豆腐は日常に取り入れやすい食材です。 - 食物繊維と水分
便秘が原因の下腹部の張りを防ぐため、野菜・果物・海藻・水分をしっかり摂ることが重要です。 - カフェイン・アルコールの過剰摂取を避ける
利尿作用や血管収縮作用があり、婦人科症状を悪化させる場合があります。
③ 運動・フィジカルケア
- 骨盤底筋トレーニング
骨盤内の血流改善と臓器支持力の強化に役立ちます。排尿を途中で止めるイメージで、1日数回意識的に行いましょう。 - 有酸素運動
ウォーキングや軽いジョギングは血流改善・ストレス解消に効果的。週3回以上、30分程度が目安です。 - ストレッチと体幹トレーニング
骨盤周囲の筋肉バランスを整えることで、生理痛や慢性骨盤痛の軽減が期待できます。
④ セルフチェックの習慣
- 月経記録アプリの活用
月経周期・痛みの強さ・出血量を記録することで、異常の早期発見につながります。 - おりものの状態を観察
色やにおいの変化、不正出血を見逃さないことが大切です。感染症や婦人科疾患のサインになることがあります。 - 体重・体温管理
基礎体温を測定することで排卵の有無が分かり、排卵障害やホルモン不調の兆候を知る手がかりになります。
⑤ 定期検診の重要性
セルフケアだけでは限界があります。年に1回は婦人科検診を受けることで、子宮頸がん・卵巣腫瘍・子宮筋腫などの疾患を早期に発見できます。特に以下の方は定期的な検診を強く推奨します。
- 月経痛が年々悪化している
- 不正出血がある
- 妊娠を希望しているがなかなか実現しない
- 家族に婦人科系疾患の既往がある
6. まとめ
下腹部の張りや痛みは、日常的な一過性の症状である場合もありますが、子宮筋腫や卵巣腫瘍、子宮内膜症など婦人科疾患のサインであることも少なくありません。自己判断で放置せず、症状が続く・強い場合は早めの婦人科受診が安心につながります。普段から自身の体調変化に敏感であること、定期的な検診を受けることが、女性の健康を守る第一歩です。







