授乳中でも使える薬と避けるべき薬

Posted on 2025年 9月 18日 親子

はじめに:授乳中の薬の服用、不安を抱えるお母さんへ

赤ちゃんに母乳をあげているお母さんにとって、体調不良で薬を飲まなければならない状況は、大きな不安を伴うものです。「薬を飲んだら、母乳に成分が移行して赤ちゃんに悪い影響が出るのではないか?」そう考えて、つらい症状を我慢してしまう方は少なくありません。

しかし、病気を我慢して悪化させてしまうことは、お母さんの身体に大きな負担をかけ、かえって育児に支障をきたす可能性もあります。すべての薬が母乳を介して赤ちゃんに有害な影響を及ぼすわけではありません。重要なのは、自己判断で服用しないこと、そして正しい知識を持って専門医や薬剤師に相談することです。

この記事では、薬が母乳に移行する科学的なメカニズムから、比較的安全に使用できる薬、そして避けるべき薬の種類まで、専門的な観点から詳しく解説します。この記事を通じて、授乳中の薬に対する漠然とした不安を解消し、お母さん自身の健康と、赤ちゃんの健やかな成長を守るための知識を身につけてください。

1. 授乳中の薬の基本原則:なぜ薬が母乳に移行するのか?

薬の成分は、母体の血液から乳腺に移行し、母乳の中に入り込む可能性があります。その移行の程度は、薬の持つ様々な性質によって異なります。

【薬の母乳移行メカニズムを左右する物理化学的性質】

薬が母乳へ移行する量は、主に以下の物理化学的な性質に影響されます。

  • 分子量: 分子量が小さい薬ほど、乳腺の細胞を通り抜けやすく、母乳に移行しやすい傾向があります。
  • 脂溶性: 脂溶性(脂肪に溶けやすい性質)が高い薬は、母乳に含まれる脂肪分に溶け込みやすく、母乳中に高濃度で移行することがあります。
  • 血漿タンパク質結合率: 血液中のタンパク質と結合している薬は、結合していない遊離型に比べて母乳へ移行しにくくなります。
  • 半減期: 薬の血中濃度が半分になるまでの時間を半減期と呼びます。半減期が長い薬は、体内に留まる時間が長いため、母乳への移行が持続し、乳児への影響が大きくなる可能性があります。
  • pHの違い(イオン化捕捉): 母乳のpH(約7.0-7.1)は、血液のpH(約7.4)よりもわずかに酸性です。このpHの違いにより、弱塩基性の薬物はイオン化し、母乳中に閉じ込められやすくなります(イオン化捕捉)。

【薬の安全性を評価する指標:相対乳児投与量(RID)】

専門家は、薬の安全性を評価するために「相対乳児投与量(Relative Infant Dose: RID)」という指標を用いることがあります。RIDは、母親が服用した薬のうち、母乳を通じて乳児が摂取する薬の量を、母親の体重あたりの投与量に対する割合で示したものです。

RID(%)=母親の1日あたりの体重あたり薬物摂取量乳児の1日あたりの薬物摂取量​×100

一般的に、RIDが10%以下であれば、授乳中の服用は比較的安全と判断されることが多いです。しかし、RIDはあくまで一つの目安であり、乳児の月齢や体重、薬の半減期、そして乳児の代謝能力などを総合的に考慮して判断する必要があります。

2. 授乳中に「比較的安全」と判断される薬の種類

多くの風邪薬や一般的な疾患の薬には、比較的安全に使用できるものがあります。ただし、これらはあくまで「比較的」であり、服用前に必ず医師や薬剤師に相談することが大前提です。

【解熱鎮痛剤】

  • アセトアミノフェン: 最も安全性が高いとされ、授乳中の解熱・鎮痛に第一選択薬として推奨されています。母乳への移行はごくわずかで、乳児への影響はほとんどないとされています。
  • イブプロフェン: アセトアミノフェンに次いで安全性が高いとされています。母乳への移行率は非常に低く、乳児への有害事象の報告も少ないです。
  • 避けるべき薬: アスピリンは、乳児にライ症候群(脳や肝臓に重篤な影響を及ぼす病気)を引き起こす可能性があるため、授乳中は避けるべきです。

【抗生物質(抗菌薬)】

細菌感染症の治療に用いられる抗生物質も、種類を選べば安全に使用できます。

  • ペニシリン系、セフェム系: これらの抗生物質は、母乳への移行が少なく、乳児への影響も限定的であるため、授乳中の細菌感染症治療で頻繁に使用されます。
  • 避けるべき薬: テトラサイクリン系の抗生物質は、乳児の歯のエナメル質形成に影響を及ぼし、歯が変色するリスクがあるため避けるべきです。また、ニューキノロン系も乳児の関節軟骨に影響を与える可能性があるため、原則として使用を控えます。

【抗アレルギー薬(抗ヒスタミン薬)】

花粉症やアレルギー性鼻炎の治療薬も、安全性の高いものが選べます。

  • 第二世代抗ヒスタミン薬: ロラタジンセチリジンなどが代表的です。これらは母乳への移行が少ないとされ、第一世代の薬に比べて乳児への眠気や母乳分泌抑制のリスクが少ないため推奨されます。
  • 避けるべき薬: 第一世代抗ヒスタミン薬(ジフェンヒドラミン、クロルフェニラミンなど)は、母乳に移行しやすく、乳児を眠くさせたり、母乳分泌を抑制したりする可能性があるため、慎重な使用が必要です。

【胃腸薬】

胃もたれや便秘など、胃腸の不調に用いる薬にも比較的安全なものがあります。

  • 制酸剤、H2ブロッカー、プロトンポンプ阻害剤(PPI): これらの成分は、母乳への移行がごくわずかであるか、乳児への影響がほとんどないとされており、安全に使用できることが多いです。
  • 避けるべき薬: 刺激性下剤(大黄など)は、母乳に移行し乳児の下痢を引き起こす可能性があるため、避けるべきです。
薬

3. 授乳中に「原則として避けるべき」薬の種類と対処法

一部の薬は、母乳を介して乳児に深刻な影響を与える可能性があるため、授乳中の服用は原則として避けるべきです。

【向精神薬】

抗うつ薬、抗不安薬、睡眠導入剤などの精神科の薬は、その成分が乳児の神経系に影響を与え、眠気や活気の低下などの副作用を引き起こす可能性があります。

  • 対処法: 授乳を中断するか、または母乳への移行が少ない薬に変更することを、医師と慎重に相談する必要があります。母体の精神疾患が未治療のまま放置されると、育児にも悪影響を及ぼすため、医師はリスクとベネフィットを総合的に判断します。

【ホルモン剤】

  • 経口避妊薬(ピル): エストロゲンを含む経口避妊薬は、母乳分泌を抑制する可能性があるため、授乳中は避けるべきとされています。

【特定の鎮痛剤】

  • コデイン: 麻薬性鎮痛剤であるコデインは、体内でモルヒネに代謝され、母乳に移行します。これにより、乳児に呼吸抑制などの重篤な副作用を引き起こす可能性があるため、絶対に避けるべき薬です。

4. 薬を服用する際の具体的な注意点と対策

授乳中の薬の服用は、決して自己判断で行ってはいけません。以下の具体的なポイントを必ず守り、安全に治療を進めましょう。

【必ず専門家に相談する】

  • 医師や薬剤師に相談することの絶対的な重要性: どんな些細な薬でも、必ずかかりつけの医師や薬局の薬剤師に相談してください。ご自身の症状、授乳回数、赤ちゃんの月齢や体重を正確に伝えることが重要です。
  • 「授乳中であること」を明確に伝える: 産婦人科だけでなく、内科や歯科など他の診療科を受診する際も、必ず授乳中であることを伝え、母乳育児に配慮した薬を処方してもらいましょう。
  • お薬手帳の活用: 複数の医療機関から薬を処方される可能性を考慮し、服用中のすべての薬をお薬手帳に記録し、常に医師や薬剤師に見せる習慣をつけましょう。

【服用タイミングの工夫】

薬の母乳への移行量を最小限に抑えるために、服用タイミングを工夫することができます。

  • 薬の血中濃度がピークに達する前に授乳を済ませる: 多くの薬は服用後1〜3時間で血液中の濃度がピークに達します。この時間帯を避けて授乳を行うことで、赤ちゃんが摂取する薬の量を減らすことができます。
  • 授乳直後に薬を服用する: 授乳直後に薬を服用し、次の授乳までの時間をできるだけ長く空けることで、母乳中の薬の濃度を下げることができます。
  • 薬の半減期を考慮する: 半減期の短い薬を選んでもらうことで、薬が体内に留まる時間を短くし、授乳への影響を最小限に抑えることができます。

5. 授乳中の薬との向き合い方とまとめ

安心で安全な育児のために

授乳中の薬の服用は、多くの母親にとって大きな不安材料です。しかし、適切な知識を持ち、専門家の助言を得れば、多くの病気を安全に治療し、つらい症状を緩和することができます。

重要なのは、一人で悩まず、自己判断で市販薬を服用しないことです。風邪をひいたり、頭痛がしたり、何か不調を感じた際は、かかりつけの医師や薬剤師に「授乳中でも服用できる薬を教えてください」と遠慮なく相談してください。

お母さんの健康は、赤ちゃんの健康に直結します。ご自身の身体を大切にすることが、結果として赤ちゃんの健やかな成長に繋がります。この記事が、授乳中の薬に対する漠然とした不安を解消し、より安心して、心穏やかな育児を送るための一助となることを心から願っています。

【授乳中の母親を支える専門家との連携】

母乳育児は、母親と赤ちゃんにとって特別な時間ですが、体調を崩した時に適切なサポートが得られないと、その喜びが薄れてしまうこともあります。薬局の薬剤師は、薬の専門家として、どのような薬が母乳に移行しやすいか、またその際の適切な服用タイミングや授乳スケジュールについて、専門的な知識とデータに基づいてアドバイスを提供できます。医療機関や薬局は、授乳中の母親を支えるパートナーです。

服用すべき薬について疑問や不安がある場合は、薬をもらう前に薬剤師に相談する習慣をつけましょう。たとえ夜間や休日であっても、救急外来や休日診療所を受診した際には、必ず「授乳中である」ことを伝えてください。安全な薬の選択肢は常に存在します。