婦人科では、月経過多や妊娠・出産、更年期など、女性特有のライフステージにおいて鉄不足が問題となることが少なくありません。鉄不足は、貧血や疲労感、めまい、集中力低下などを引き起こし、生活の質を大きく損なう可能性があります。こうした症状に対して、婦人科では鉄剤が処方されますが、鉄剤にはいくつかの種類があり、特徴や効果、副作用が異なります。本記事では、婦人科で処方される代表的な鉄剤の種類とその違いについて、専門的な視点から詳しく解説します。
1. 鉄不足と婦人科の関わり
鉄は血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンの構成要素であり、酸素を全身に運ぶために欠かせない栄養素です。鉄が不足すると酸素運搬能力が低下し、体のあらゆる臓器や組織で酸素不足が生じ、だるさ、頭痛、動悸、集中力低下といった症状が現れます。特に女性は、ライフステージに応じて鉄不足になりやすい特徴があります。
月経による慢性的な出血
- 成人女性の月経血量は平均30〜50ml程度とされていますが、**月経過多(80ml以上)**に該当する女性は10〜20%にのぼると報告されています。
- 月経で失われる鉄量は1周期で約15〜20mgとされ、月経過多の女性ではその2倍以上に及ぶこともあります。
- その結果、貧血だけでなく「立ちくらみ」「冷え」「寝ても疲れが取れない」といった慢性的な不調の原因となります。
妊娠期の鉄需要増加
- 妊娠中は胎児や胎盤の発育に伴い、母体の鉄需要が急激に高まります。
- 妊娠後期には1日7〜8mgの鉄が必要とされ、通常の食事からの吸収(約1mg/日)だけでは補えません。
- 妊娠中の鉄欠乏は、母体の疲労感や動悸・息切れだけでなく、早産・低出生体重児・胎児発育不全のリスクを高めることが知られています。
授乳期の鉄消耗
- 出産時の出血で体内の鉄は大きく失われます。自然分娩で平均500ml、帝王切開では1000ml以上の出血があるとされ、急激な鉄不足に陥ることがあります。
- さらに授乳期は母乳を通して鉄が消費されるため、産後の母体が強い疲労や立ちくらみ、抜け毛を訴える背景に鉄不足が隠れているケースも少なくありません。
更年期以降の体調変化
- 更年期は女性ホルモン(エストロゲン)の減少により、月経が不規則になったり、不正出血や過多月経が増えることがあります。
- この時期の鉄不足は、更年期特有の「倦怠感」「気分の落ち込み」「集中力の低下」と重なり、症状が見過ごされやすいのが特徴です。
- また、鉄不足は骨代謝や心血管リスクにも関与するとされ、更年期女性の健康管理において重要なテーマです。
婦人科でのアプローチ
婦人科では、これらの背景をふまえて定期的な血液検査を行い、ヘモグロビン(Hb)や血清フェリチン値をチェックします。
- Hb値 12g/dl未満 → 貧血を疑う
- フェリチン値 30ng/ml未満 → 体内の鉄不足(貯蔵鉄欠乏)を示す
このように、鉄不足は女性のライフサイクル全体に影響するため、婦人科診療において鉄剤の処方は非常に重要な位置づけを持ちます。
2. 鉄剤の主な種類と特徴
婦人科で処方される鉄剤には、大きく分けて 経口鉄剤 と 注射用鉄剤 の2つのカテゴリーがあります。それぞれの特徴を理解することで、患者さん自身も「なぜこの鉄剤が処方されたのか」を納得しやすくなります。
2-1. 経口鉄剤
経口鉄剤は最も一般的な処方方法であり、初期治療や軽度〜中等度の鉄欠乏性貧血に広く用いられます。種類ごとに吸収率や副作用が異なります。
硫酸鉄(Ferrous Sulfate)
- 特徴:もっとも古くから使われている代表的な鉄剤。鉄含有量が多く、コストが安い。
- メリット:吸収率が高く、短期間で効果が期待できる。
- デメリット:吐き気、便秘、胃もたれなどの消化器症状が起こりやすい。特に空腹時の服用で症状が強まる傾向がある。
- 臨床での使い分け:急ぎで鉄を補いたい若年女性や、コストを重視する場合に処方されることが多い。
クエン酸第一鉄ナトリウム(Ferrous Citrate)
- 特徴:胃腸への刺激が少なく、服薬コンプライアンスが高い。
- メリット:食事の影響を受けにくく、長期服用にも向いている。
- デメリット:硫酸鉄に比べ鉄含有量が少ないため、改善にやや時間がかかる。
- 臨床での使い分け:妊婦さんや高齢女性など、胃腸が弱い方に処方されやすい。
フマル酸鉄(Ferrous Fumarate)
- 特徴:硫酸鉄と同程度の吸収率を持ち、鉄含有量が多い。
- メリット:効率的に鉄を補給できるため、効果が実感しやすい。
- デメリット:硫酸鉄同様に便秘や胃もたれなど副作用が出やすい。
- 臨床での使い分け:鉄不足が強く、かつ比較的副作用に耐えられる患者に適している。
フェリチン製剤(Ferric Hydroxide Polymaltose Complex など)
- 特徴:体内での鉄貯蔵形態である「フェリチン」に近い形で吸収される。
- メリット:副作用が少なく、妊娠中や長期治療に安全性が高い。
- デメリット:薬価が高めで、即効性はやや劣る。
- 臨床での使い分け:妊婦や授乳中の女性、副作用で他の鉄剤が続けられない場合に推奨される。
2-2. 注射用鉄剤
経口薬で十分な効果が得られない場合、あるいは副作用で服薬が困難な場合に用いられます。短期間で鉄を補給する必要がある患者にとって非常に有効です。
鉄剤静注(カルボキシマルトース鉄、フェリチン静注製剤など)
- 特徴:点滴静注で鉄を直接血中に補充するため、即効性が高い。
- メリット:短期間でヘモグロビン値を改善できる。手術前や重度の妊娠貧血に有効。
- デメリット:アレルギー反応、血圧低下、注射部位の痛みなどリスクがある。医療機関での管理が必須。
- 臨床での使い分け:
- 妊娠後期の重度貧血で出産が近い場合
- 出血量が多い婦人科手術の前処置
- 経口薬の副作用が強く続けられない患者
- 妊娠後期の重度貧血で出産が近い場合
経口鉄剤と注射用鉄剤の比較表
| 項目 | 経口鉄剤 | 注射用鉄剤 |
| 投与方法 | 内服 | 点滴静注 |
| 効果発現まで | 数週間〜数か月 | 数日〜1週間 |
| 副作用 | 胃腸障害、便秘 | アレルギー、低血圧 |
| 費用 | 比較的安価 | 高め |
| 使用シーン | 軽度〜中等度貧血 | 重度貧血、手術前、経口不可時 |
婦人科における実際の使い分け
- 月経過多の若年女性 → 吸収率が高い硫酸鉄やフマル酸鉄で短期的に改善を狙う。
- 妊婦さん → 副作用が少なく安全性の高いクエン酸第一鉄やフェリチン製剤を優先。
- 重度の妊娠貧血や術前患者 → 注射製剤で短期的に鉄を補充。
3. 鉄剤の吸収率と副作用の違い
鉄剤の治療効果は「どれだけ体内に吸収されるか」と「副作用をどの程度抑えられるか」に左右されます。同じ鉄剤でも体質や生活習慣によって吸収効率が変わるため、婦人科では患者ごとに適切な処方が検討されます。
3-1. 鉄の吸収メカニズム
- 吸収部位:小腸上部(十二指腸や空腸)で吸収される。
- 二価鉄(Fe²⁺)と三価鉄(Fe³⁺)の違い:
- 二価鉄(硫酸鉄など)は吸収率が高い。
- 三価鉄(フェリチン製剤など)は吸収は穏やかだが副作用が少ない。
- 二価鉄(硫酸鉄など)は吸収率が高い。
- フェリチンとの関係:吸収された鉄はフェリチンとして貯蔵され、必要に応じて赤血球合成に使われる。
3-2. 吸収率の違い
- 無機鉄(硫酸鉄・フマル酸鉄)
- 吸収率は10〜20%程度。
- 食事の影響を強く受けやすく、服用のタイミングが重要。
- 吸収率は10〜20%程度。
- 有機鉄(クエン酸第一鉄・フェリチン製剤)
- 吸収率はやや低め(5〜15%)だが、安定して吸収されやすい。
- 食事の影響を受けにくい。
- 吸収率はやや低め(5〜15%)だが、安定して吸収されやすい。
3-3. 吸収を妨げる要因
鉄剤の効果が出にくい場合、以下のような要因が関与していることがあります。
- 食事の影響
- お茶やコーヒーに含まれるタンニン → 鉄と結合し吸収を阻害。
- 牛乳や乳製品のカルシウム → 鉄の吸収を妨げる。
- 食物繊維が多い食品(穀類、野菜の一部) → 腸管で鉄を吸着してしまう。
- お茶やコーヒーに含まれるタンニン → 鉄と結合し吸収を阻害。
- 腸内環境
- 腸炎や消化管の手術歴があると吸収が低下。
- 便秘がちの人は鉄剤がさらに腸に停滞しやすく、副作用が強まることもある。
- 腸炎や消化管の手術歴があると吸収が低下。
- 服用タイミング
- 空腹時は吸収が最大になるが、副作用も強く出やすい。
- 食後は副作用は軽減されるが、吸収率は低下。
- 空腹時は吸収が最大になるが、副作用も強く出やすい。
3-4. 副作用の主な内容と発生メカニズム
- 吐き気・胃もたれ:鉄が胃粘膜を刺激するため。
- 便秘:腸管で鉄が滞留し、水分吸収を妨げることが原因。
- 下痢:吸収されなかった鉄が腸内で刺激となる場合。
- 便の黒色化:吸収されなかった鉄が酸化し、便の色が変わる。無害だが患者の不安要因となる。
3-5. 副作用を減らす工夫
- 分割投与:一度に多く飲むより、1日2〜3回に分けて服用すると副作用が軽減。
- ビタミンCと併用:鉄を二価鉄に還元し、吸収率を上げる。
- 服用タイミングの工夫:
- 副作用が強い場合 → 食後に服用
- 吸収を優先したい場合 → 空腹時に服用
- 副作用が強い場合 → 食後に服用
- 製剤の選択:副作用が強い場合は、クエン酸第一鉄やフェリチン製剤への切り替えを検討。
3-6. 婦人科での判断ポイント
婦人科医は以下のような点を考慮して鉄剤を選びます。
- 吸収率を重視するか、副作用を抑えるか
- 妊娠中・授乳中かどうか(安全性の高い製剤が優先)
- 重症度(軽度なら経口、中〜重度なら注射)
- 患者のライフスタイル(仕事が忙しく内服が続けられない場合、注射を検討)

4. 妊娠・授乳期と鉄剤の使い分け
妊娠中は特に鉄の需要が高まり、鉄欠乏性貧血がよく見られます。
- 妊娠初期:つわりで経口薬が飲みにくい場合は、吸収の穏やかな製剤や注射が検討される。
- 妊娠中期~後期:胎児の成長に伴い鉄需要が急増。鉄剤を積極的に補給する必要がある。
- 授乳期:母乳を通じて鉄が失われるため、産後の鉄補給も重要。
婦人科では母体と胎児の安全性を考慮し、副作用の少ない鉄剤が優先されます。
5. 更年期女性における鉄剤の活用
更年期では月経が不規則になり、過多月経による鉄不足が発生するケースも少なくありません。鉄不足は更年期症状(倦怠感や集中力低下)を悪化させるため、鉄剤の補充が有効です。
さらに、骨粗鬆症や心血管リスクとの関連も指摘されており、鉄不足の放置は全身的な健康リスクにつながります。
6. 鉄剤の正しい服用方法と注意点
鉄剤を効果的に摂取するためのポイントは以下の通りです。
- ビタミンCと一緒に摂取すると吸収率が高まる。
- お茶やコーヒー、牛乳と同時に摂取すると吸収が妨げられるため注意が必要。
- 自己判断で中止しない:血液検査でのフォローが重要。
まとめ
婦人科で処方される鉄剤には、硫酸鉄やクエン酸第一鉄ナトリウム、フマル酸鉄、フェリチン製剤など多様な種類があります。それぞれ吸収率や副作用の出方に違いがあり、患者のライフステージや体質に応じて適切な製剤が選択されます。
妊娠中や更年期といった女性特有の時期には鉄不足が起こりやすいため、婦人科での定期的な診察や血液検査とあわせて、正しい鉄剤の活用が欠かせません。
鉄不足を放置せず、適切な治療を受けることが、女性の健康維持に直結します。







