子宮筋腫と診断されたものの、手術には抵抗がある、あるいは閉経が近いので手術を避けたいと考えている方も多いのではないでしょうか。子宮筋腫の治療法は、手術だけではありません。症状をコントロールし、日常生活の質(QOL)を改善するために、多様な薬物療法が選択肢として存在します。本記事では、子宮筋腫の治療に用いられる主な薬の種類、その作用メカニズム、効果、そして副作用について、専門的な視点から詳しく解説します。ご自身の症状やライフプランに合った最適な治療法を医師とともに見つけるための一助として、ぜひ最後までお読みください。
1. 子宮筋腫治療における薬物療法の位置づけと目的
子宮筋腫は、子宮の筋肉にできる良性の腫瘍で、成人女性の約20〜30%にみられるとされています。必ずしもすべての筋腫が治療の対象となるわけではなく、無症状であれば経過観察が選択されます。しかし、筋腫の存在が月経量の増加(過多月経)、生理痛(月経困難症)、不正出血、貧血、頻尿、便秘といった症状を引き起こし、日常生活に支障をきたす場合には治療が必要です。
子宮筋腫に対する治療の主な選択肢は、経過観察、薬物療法、そして手術療法の3つに大きく分けられます。このうち薬物療法は、筋腫そのものを消失させることを目的とするのではなく、筋腫によって引き起こされる症状を緩和し、QOLを改善することを主眼とします。したがって、薬物療法の主な目的は、月経量や月経痛のコントロール、貧血の改善です。
薬物療法が選択される主なケースとしては、以下のようなものがあります。
- 手術を希望しない、あるいは手術が困難な場合
- 閉経までの期間が比較的短いと予想される場合
- 手術までの期間、症状を一時的に緩和させたい場合(貧血の改善など)
- 妊娠を強く希望しており、手術を避けたい場合
子宮筋腫は、女性ホルモンであるエストロゲンの影響を受けて増大すると考えられています。そのため、多くの薬物療法は、このエストロゲンの作用を抑えることで症状の緩和を図ります。次に、具体的な薬物療法の種類について解説します。
2. 子宮筋腫に用いられる主な薬物療法の種類と詳細
現在、子宮筋腫の治療に用いられている薬剤には、それぞれ異なる作用機序、効果、そして副作用があります。以下に代表的な薬剤を詳しく見ていきましょう。
GnRHアゴニスト製剤(GnRHアナログ)
GnRH(Gonadotropin-releasing Hormone:ゴナドトロピン放出ホルモン)は、脳の視床下部から分泌され、下垂体に作用して性腺刺激ホルモン(FSH、LH)の分泌を促します。これにより卵巣からエストロゲンが分泌されます。GnRHアゴニストは、GnRHと同じ作用を持つ合成ペプチドです。
この薬剤は、当初はGnRHと同様に性腺刺激ホルモンを分泌させますが、継続的に投与することで下垂体の GnRH受容体が過剰に刺激され、その後の応答性が低下します。この現象をダウンレギュレーションと呼びます。結果として、卵巣からのエストロゲン分泌がほぼ停止し、閉経後のような低エストロゲン状態となります。この作用を利用した治療法は偽閉経療法と呼ばれ、筋腫を縮小させ、過多月経や貧血を改善する高い効果が期待できます。
- 代表的な薬剤: リュープロレリン酢酸塩(商品名:リュープリン)、ゴセレリン酢酸塩(商品名:ゾラデックス)、ナファレリン酢酸塩(商品名:スプレキュア)など。
- 投与方法: 主に4週に1回、皮下注射を行います。一部、点鼻薬もあります。
- 効果: 月経が停止し、貧血や生理痛が劇的に改善します。筋腫のサイズも約30~50%縮小することが報告されています。
- 副作用: 低エストロゲン状態となるため、更年期障害と似た症状(ほてり、発汗、頭痛、不眠、肩こりなど)が出現します。また、長期投与により骨密度の低下を引き起こすリスクがあるため、原則として投与期間は6ヶ月以内と定められています。治療終了後は、月経と筋腫が元の状態に戻ることが一般的です。
GnRHアンタゴニスト製剤
GnRHアンタゴニストは、 GnRH受容体への GnRHの結合を直接阻害することで、速やかに性腺刺激ホルモンとエストロゲンの分泌を抑制します。アゴニスト製剤のような初期のGnRH受容体刺激(フレアアップ)がないのが特徴です。
- 代表的な薬剤: レルゴリクス(商品名:レルミナ)
- 投与方法: 1日1回の経口投与(錠剤)です。
- 効果: GnRHアゴニストと同様に、月経を停止させ、過多月経、生理痛、貧血を改善します。経口薬であるため、注射に抵抗がある方にも適しています。
- 副作用: GnRHアゴニストと同様に、更年期障害様の症状が出現します。ただし、レルゴリクスは投与量によってエストロゲンを完全に抑制するのではなく、ある程度残存させることで、副作用を軽減することが可能です(アディティブバック療法)。このため、24週間(6ヶ月)を超える長期投与も可能とされています。骨密度の低下リスクもGnRHアゴニストより低いと報告されています。
ジエノゲスト製剤
ジエノゲストは、子宮内膜症の治療薬として広く使われていますが、子宮筋腫による過多月経や生理痛に対しても有効です。これは、ジエノゲストが子宮内膜の増殖を強力に抑制し、月経量を減少させる作用によるものです。
- 代表的な薬剤: ジエノゲスト(商品名:ディナゲスト)
- 投与方法: 1日2回の経口投与です。
- 効果: 月経量を大幅に減少させ、生理痛を緩和します。GnRHアゴニストのように月経を完全に止めるわけではないため、不正出血が起こりやすいという特徴があります。筋腫そのものを縮小させる効果は限定的です。
- 副作用: 投与開始後数ヶ月は、不正出血が高頻度でみられます。出血量や期間は個人差がありますが、投与を継続するにつれて落ち着くことが多いです。また、ごくまれに卵巣機能が抑制され、更年期障害様の症状が出ることがあります。長期投与が可能で、骨密度への影響も少ないとされています。
ミレーナ(レボノルゲストレル放出子宮内システム)
ミレーナは、子宮内に挿入する小さなT字型の器具で、黄体ホルモンであるレボノルゲストレルを持続的に放出します。主に避妊目的で使用されますが、子宮筋腫による過多月経の治療にも保険適用があります。
- 作用機序: 子宮内膜の増殖を抑制し、内膜を薄く保つことで、月経量を大幅に減少させます。
- 投与方法: 医師が子宮内に挿入します。一度挿入すると最長5年間効果が持続します。
- 効果: 月経量と月経痛の改善に非常に有効です。月経がほとんどなくなる、またはごく軽くなる方も多くいます。
- 副作用: 挿入時の痛み、挿入後の不正出血、腹痛など。子宮筋腫の位置や形によっては適応とならない場合があります。筋腫そのものを縮小させる効果は期待できません。

その他の対症療法
上述のホルモン療法以外にも、症状の緩和を目的とした薬物療法があります。
- 鎮痛剤(NSAIDs): 生理痛を緩和するために使用されます。痛みがあるときに服用する、いわゆる対症療法です。
- 止血剤: 過多月経による出血量を一時的に減らすために使用されます。
- 鉄剤: 過多月経が原因で貧血になっている場合に、鉄分を補給し貧血を改善します。
これらの薬剤は、あくまで症状を一時的に抑えるものであり、根本的な治療ではありません。
3. 薬物療法を選ぶ際のポイントと注意点
子宮筋腫に対する薬物療法は、多様な選択肢があるからこそ、ご自身の状況に最も適したものを医師と相談して選ぶことが重要です。
治療選択の考え方
- 年齢と閉経までの期間: 閉経が近ければ、症状を薬物でコントロールし、閉経によって筋腫が自然に縮小するのを待つという戦略が有効です。GnRHアゴニストやアンタゴニストは、この目的で短期的に使用されることが多いです。
- 症状の重症度: 貧血が重度で手術までの期間を短くしたい場合や、筋腫を縮小させたい場合には、 GnRHアゴニスト・アンタゴニストが有力な選択肢となります。月経痛や出血が主訴であれば、ジエノゲストやミレーナが有効な場合があります。
- 妊娠希望の有無: 妊娠を強く希望している場合、手術を避けるために薬物療法で症状を管理することがあります。ただし、GnRHアゴニストやアンタゴニストは投与期間中、月経が停止するため、計画的な妊娠はできません。ジエノゲストも避妊効果があるため、妊娠を希望する方は治療終了後に計画を立てる必要があります。ミレーナは、取り外せばすぐに妊娠できる可能性があります。
- 副作用への許容度: GnRHアゴニストやアンタゴニストの副作用である更年期症状は、日常生活に支障をきたすことがあります。また、ジエノゲストの不正出血は、慣れるまで精神的なストレスとなる可能性があります。ご自身のライフスタイルや体質に合わせて、副作用の出方や許容度を医師とよく話し合うことが大切です。
- 投与期間: GnRHアゴニストは原則6ヶ月以内と制限があります。しかし、GnRHアンタゴニストやジエノゲストは長期投与が可能であり、症状の長期的な管理に適しています。
薬物療法と手術、そして経過観察の総合的な戦略
薬物療法は、子宮筋腫の症状を和らげる有効な手段ですが、筋腫を根本的に治す治療法ではないことを理解しておく必要があります。治療を中止すると、月経が再開し、多くの場合、筋腫も再び大きくなって元の症状に戻ります。
そのため、薬物療法は以下のような治療戦略の中で位置づけられます。
- 手術前の準備: 過多月経による重度の貧血を改善させたり、大きな筋腫を縮小させて手術を安全に行うために、手術までの期間、薬物療法が用いられることがあります。
- 閉経までの症状コントロール: 閉経が近い場合、手術をせずに薬物で症状を抑え、閉経後の筋腫の自然縮小を待つという選択肢があります。
- 手術を希望しない場合の長期管理: 手術を強く希望しない場合、ジエノゲストやミレーナといった長期投与可能な薬剤で、症状と付き合っていく方法も選択できます。
- 経過観察: 症状が軽微であったり、無症状である場合は、定期的な超音波検査などで筋腫の状態を観察します。
子宮筋腫の治療は、一人ひとりの筋腫の状況(大きさ、数、位置)、症状、年齢、妊娠希望の有無、そして何よりもご本人の価値観やライフプランによって最適な選択肢が異なります。
4. まとめ:医師との対話で最適な治療法を
本記事では、子宮筋腫に対する薬物療法の主な選択肢について解説しました。 GnRHアゴニスト、GnRHアンタゴニストは筋腫を縮小させる効果がある一方、ジエノゲストやミレーナは主に症状の緩和に特化しています。それぞれの薬剤には、効果、投与方法、そして副作用が異なるため、メリットとデメリットを十分に理解した上で、ご自身の状況に合った治療法を選択することが重要です。
子宮筋腫の治療は、単に症状を取り除くことだけでなく、ご自身の人生を豊かにするための選択でもあります。ご自身の将来の計画や不安な点を隠さず、医師に相談し、納得のいく治療法を一緒に見つけてください。







