体のどこかに、やわらかい「しこり」を感じた経験はありませんか?そのしこりが脂肪腫(リポーマ)である可能性は少なくありません。脂肪腫は一般には良性とされ、すぐに取り除かなければならないものではありません。しかし、サイズの拡大、痛み、部位の制限、さらには悪性腫瘍(脂肪肉腫など)との鑑別の必要性から、切除すべきケースが存在します。本稿では、「切除が必要な脂肪腫を見極める視点」を、臨床・研究の知見を交えながら丁寧に解説します。
1. 脂肪腫の基礎知識 — もう一度確認しておきたいこと
1‑1. 定義・性質・頻度
脂肪腫(lipoma)は、脂肪組織から発生する良性腫瘍で、皮下組織、筋間、筋内など様々な深さに発生し得ます。通常、柔らかく、触ると可動性があり、痛みを伴わないことが多いという性状を持ちます。ゆっくりと成長し、自然に消失することは基本的にはありません。
発生頻度としては、成人中年層(40〜60代あたり)で見つかることが比較的多く、性差について明確な傾向は定まっていないとされます。
良性腫瘍であるため、通常は緊急性を要しません。ただし、急速な変化や痛みを伴うようなもの、また典型的でない部位にあるものなどは注意すべきです。
1‑2. 典型的な部位・亜型
よく見られる発生部位には、首後部、背部、肩、体幹部、上腕、臀部・大腿部などが挙げられます。顔面、頭皮、下肢(足)などは比較的稀であり、見つかった際には他疾患との鑑別が重要です。深在性(筋内・筋間性)の脂肪腫は、外からの触診では見つかりにくく、診断が遅れる傾向があります。
また、脂肪腫にはいくつか亜型があり、それぞれ挙動や治療方針で違いがあります:
- 単純脂肪腫:最も一般的。成熟脂肪細胞で構成され、被膜(偽被膜)があることが多い
- 血管脂肪腫(Angiolipoma):脂肪成分に血管構成成分を含み、痛みを伴うことがある
- 筋内脂肪腫(Intramuscular lipoma):筋組織内・筋線維間に発生し、境界不明瞭となりやすい
- 紡錘細胞型脂肪腫、異形脂肪腫(Pleomorphic lipoma)など:組織像で線維成分・細胞形質の異型性を示すことも
これら亜型を知っておくことは、切除適応や再発リスク、診断の難易度を考えるうえで役立ちます。
2. 切除を検討すべき「警告サイン」 — 切除適応の判断軸
脂肪腫はすべてを切除すべきではありません。「いつ切除すべきか」を見極めるための指標(警告サイン)を理解することが極めて重要です。以下は、一般的に医学文献などで“切除を検討すべき”とされる特徴を整理したものです。
2‑1. 急速な増大・変化
通常の脂肪腫は緩徐に成長しますが、短期間で急激に大きくなるものは注意を要します。急速増大は、悪性腫瘍(脂肪肉腫など)を疑うシグナルとされるからです。
多くのガイドラインでは、「脂肪性腫瘍(lipomatous mass)が直径 3〜5 cm を超える場合は、コア生検(core needle biopsy)を検討すべき」との意見もあります。
また、たとえば上肢において 5 cm を超えるものは、悪性腫瘍のリスクを念頭に置いて切除すべきという報告もあります。
2‑2. 痛み・圧迫症状・機能障害
脂肪腫が神経・血管・筋肉などを圧迫する位置にあると、痛み、しびれ、運動制限、感覚異常などを引き起こすことがあります。こうした症状を伴う脂肪腫は、切除対象となることが多いです。
深在性脂肪腫が関節可動域を制限したり、手掌・前腕・足底など限られた部位で圧迫を起こしたりする場合も、機能的観点から除去を検討すべきです。
2‑3. 境界不明瞭・硬さ・非可動性
典型的脂肪腫は“可動性があり、境界明瞭で柔らかい”という所見を示します。しかし、境界が不明瞭、硬さを呈する、可動性が乏しいものは、悪性腫瘍との鑑別を要するため、切除や組織検査が強く推奨されます。
2‑4. 皮膚変化・炎症・潰瘍化
脂肪腫表面に皮膚の色調変化(赤み、青黒化など)、表面の潰瘍化、出血、感染傾向がみられる場合も、良性腫瘍とは異なる性格を疑うべきです。こうした変化を伴うものは、切除して病理診断をつける必要があります。
2‑5. 審美上の要因・心理的負担
とくに体表部位で目立ちやすいもの、衣服との干渉があるもの、外見に強く気になるものについては、患者の希望に応じて切除を行うことがあります(美容的理由)
2‑6. 再発・残存リスクを考慮したケース
以前切除した脂肪腫の再発例、または不完全切除が予想される部位・手技では、初回から完全切除を行ったほうが望ましいと判断されることがあります。
2‑7. 高リスク部位(内部臓器・消化管・呼吸器など)
脂肪腫が腸管・食道・気道・胸部内臓など深部構造で発見された場合、閉塞・出血・機能障害のリスクがあるため、むしろ早期切除あるいは適切な局所除去が推奨されることがあります。
3. 切除・検査の実際的アプローチ
切除を判断した後、どのような準備・手順がなされるかを知っておくことは大切です。

3‑1. 画像診断・組織診断の活用
切除前には、腫瘍の深さ、隣接組織との関係、形状・構造を可視化するために、超音波(エコー)、MRI、CT などの画像診断が行われることがあります。特に深部・大きなものでは前もって画像診断を行い、手術計画を立てることが一般的です。
また、腫瘍性脂肪性腫瘍(lipomatous tumor)が直径 3~5 cm を超える場合には、コア生検(core needle biopsy, CNB) による組織診断を行うべきという視点が最近の文献で提案されています。
3‑2. 手術手技・切除戦略
切除時の基本戦術としては、以下のような手順・工夫が知られています:
- 患側をマーキングし、正確な位置を確認
- 局所麻酔または深部例では全身麻酔を使用
- 皮膚・皮下組織を切開し、偽被膜(カプセル)に達する
- 腫瘍を周囲組織から剥離(鈍性剥離を併用する技法が一般的)
- 腫瘍と偽被膜を含めてできるだけ完全摘出
- 出血制御・縫合・ドレーン設置(必要ならば)
「スキューズ技法(squeeze technique)」と呼ばれる、小さな切開から腫瘍を外に押し出すように摘出する手法も報告されています。これにより切開創を最小化できることがあります。
切除後、摘出組織は病理検査(標本作成・病理診断)に回され、良性脂肪腫かどうか、また異型性や悪性所見がないかを確認します。
3‑3. 術後管理と回復
手術後の管理・回復プロセスには、以下の点が重要です:
- 多くの場合、日帰り手術として行われます。
- 創部には圧迫包帯やドレーン(必要時)を設置
- 痛みは市販鎮痛薬で管理可能なことが多い
- 通常、激しい運動は術後数日〜1週間程度制限することが多い
- 縫合が自己吸収性か抜糸を要するかは術式による
- 完全摘出できていれば再発率は低く、多くの症例で再発しません
- ただし“非典型的脂肪性腫瘍(atypical lipomatous tumor/well-differentiated liposarcoma相当)”では再発監視が必要な場合があります
3‑4. リスク・合併症と対策
切除手術には、一般に安全性は高いものの、以下のようなリスクがあります:
- 出血、血腫
- 感染
- 傷跡(瘢痕)
- 神経損傷(近傍神経がある部位では注意)
- 再発(不完全摘出例など)
- 周囲軟部組織への損傷
これらを抑えるためには、術前評価(画像・血液検査など)、慎重な剥離操作、適切な縫合・止血、術後管理が不可欠です。
4. 典型的な切除適応シナリオ(ケース検討的視点)
以下に、具体シナリオを挙げながら「切除適応」と考えられる事例を示します。
| ケース | 特徴・状況 | 切除を検討すべきか | 補足・注意点 |
|---|---|---|---|
| A | 背中に3〜4 cm程度の柔らかい可動性のしこり、無症状 | 観察可 | 増大傾向や変化がなければ経過観察が一般的 |
| B | 上腕に6 cmを超えるしこり、徐々に拡大 | 切除検討 | 5 cm 超例は画像診断や生検を含めて慎重に評価すべきとする報告あり |
| C | 前腕でしびれ・感覚異常を伴う脂肪腫 | 切除適応 | 圧迫症状を起こす部位では早めの介入が望ましい |
| D | 表面に赤み、軽度痛みを伴う脂肪腫 | 切除検討 | 炎症や皮膚変化は異型性の可能性を否定できない |
| E | 顔面や頭部、小さい脂肪腫(1〜2 cm) | 観察または患者希望に応じて切除 | 顔面は美容的配慮を重視すべきだが、手術部位・瘢痕も考慮する必要あり |
| F | 腸内、胸膜、肺内など深部組織に発見された脂肪腫 | 切除検討 | 内部臓器圧迫・機能阻害リスクを念頭に置く必要あり |
これらケースはあくまで典型例であり、実際には患者年齢・既往歴・合併症のリスクなども考慮して総合判断されます。
5. 切除しない/様子観察の戦略
すべての脂肪腫に対して切除を行うべきではありません。むしろ、無症状で変化が見られないものは経過観察が広く受け入れられている戦略です。
5‑1. 観察対象となる脂肪腫の特徴
- サイズが比較的小さく(例:3〜5 cm 未満)、目立たない部位
- 痛み・圧迫症状を伴わない
- 成長速度が緩徐(変化がほとんどない)
- 触診上、典型的な可動性・柔らかさ・境界明瞭性を備えている
- 画像所見で良性性の可能性が高いと判断される
このようなケースでは、定期的にサイズ変化、硬さ、可動性、症状出現などをモニタリングすることが推奨されます。
5‑2. 観察時のチェックポイント
- 定期触診・自己チェック:月に 1 回程度、しこりのサイズ・硬さ・痛みの有無を確認
- 変化があれば速やか受診:急速拡大、硬化、痛み・しびれ、皮膚変化など
- 画像フォロー:大きさ変化や構造変化が懸念される場合は、定期的にエコーまたはMRIなどでチェック
- リスク因子注意:複数個ある、家族歴がある、腫瘍素因を有する病歴がある場合は慎重に扱う
5‑3. 観察の限界とリスク管理
- 観察中に急速変化を見逃す可能性
- 悪性腫瘍への進展や元々異型性を有するものを切除せずに放置するリスク
- 観察が長期に及ぶと患者の不安が増すこと
これらを避けるため、変化があれば即時評価できる体制を整え、専門医と連携することが重要です。
6. まとめと注意点
脂肪腫は一般的には良性で、無症状例では切除不要とされることが多いですが、「いつ切除すべきか」を見極める眼が不可欠です。急速増大、痛み・神経症状、境界不明瞭・硬さ、皮膚変化、機能制限、審美的要因といった特徴を有するものは、切除・組織診断の適応となる可能性が高いです。
切除を行う場合は、画像診断による術前評価、慎重な手術手技、病理診断、術後管理によってリスクを最小化することが肝要です。逆に、無症状で変化がない脂肪腫は、定期観察を基調としつつ、変化が生じた際には即時評価する体制を取るのが現実的な戦略です。
重要な注意点として、あくまで本稿は一般解説であり、実際にしこりを感じた場合には自己判断せず、必ず皮膚科、整形外科、形成外科、腫瘍外科などの専門医を受診してください。病理診断が最終的な判断を左右することがあります。














