アトピー性皮膚炎(以下「アトピー」)は、かゆみや皮膚の乾燥・炎症を伴い、生活の質に大きな影響を与える慢性疾患です。本記事では、皮膚科で行われる治療法と、日常生活で取り入れやすい保湿法の両面から、科学的根拠を踏まえて解説します。正しい知識を持つことで、症状のコントロールを目指しましょう。
1. アトピー性皮膚炎とは何か
アトピー性皮膚炎は、皮膚のバリア機能が低下し、水分保持力が落ちた肌に、様々な内的・外的刺激が作用して炎症を起こす慢性疾患です。典型的な症状は、
- かゆみ
- 皮膚の乾燥、ざらつき
- 紅斑、浮腫、滲出液(ひどい場合)
- 慢性化により皮膚が厚く硬くなる(苔癬化)
などです。日本では、子どもから成人まで幅広く発症例があり、再発と寛解を繰り返すケースも少なくありません。
アトピーの管理には、「炎症を抑えること」と「皮膚バリアを修復・維持すること」の両方が不可欠です。皮膚内の炎症を抑えつつ、潤いやバリア機能を取り戻すことが治療の柱となります。
また、患者さんそれぞれに誘因(ハウスダスト、ダニ、ストレス、温湿度変化、食物アレルギーなど)が異なるため、トリガー(悪化因子)の把握と対策も非常に重要です。
2. 皮膚科での治療アプローチ
アトピーの治療は段階的かつ包括的に行われます。以下、主要な治療法を紹介します。
2‑1. 外用療法(局所治療)
最も基本的かつ第一選択となる治療です。
- ステロイド外用薬
軽症から重症まで幅広く用いられます。ステロイドは炎症を強力に抑えますが、顔や皮膚薄部位、長期使用などでは副作用(皮膚萎縮、色素変化、毛細血管拡張など)への注意が必要です。適切な強さと用量で、医師の指導下で使用します。 - 非ステロイド外用薬(タクロリムス、塩化カルシニューリン阻害薬など)
ステロイドが使いにくい部位(顔、首、皮膚ひだ部など)には、タクロリムス軟膏やピメクロリムス軟膏が使われることがあります。ステロイドに比べて皮膚萎縮リスクが低いとされます。 - デルゴシチニブ(外用 JAK 阻害薬)
日本においても、新しい外用 JAK 阻害薬(デルゴシチニブなど)が進展中で、ステロイド・非ステロイド薬で十分な改善を得られない場合に用いられています。
臨床研究でも、「炎症抑制薬と保湿剤をラメラ構造に基づく組成で併用すること」がバリア改善効果を高めると報告されています。
2‑2. 全身療法・生物学的製剤・JAK 阻害薬
中等度から重症例では、外用療法だけではコントロールが不十分なことがあります。
- シクロスポリンなどの免疫抑制剤
短期間用いられることがありますが、長期使用には注意が必要です。 - デュピルマブ(Dupilumab)などの生物学的製剤
インターロイキン‑4/13経路をターゲットとした治療で、重症アトピー例でも効果が認められています。比較的安全性も高く、日本でも汎用されています。 - JAK 阻害薬(内服)
バリシチニブ、アップダシチニブ、アブロシチニブなどが、炎症シグナル伝達を制御する薬剤として用いられるケースもあります。これらは、免疫応答を調整することで治療効果を示します。
これらの治療は、主治医とリスク・ベネフィットを十分検討しながら導入されます。
2‑3. 紫外線療法・その他補助療法
- 紫外線療法(ナローバンドUVB など)
皮膚科で専門機器を用いて行う治療法です。炎症を抑える効果があり、重症例や難治例で補助的に用いられることがあります。副作用として皮膚の乾燥・光老化・発がんリスクなどを考慮する必要があります。 - ラップ療法(湿潤療法)
ステロイド外用後に湿布や包帯で覆うことで、薬剤の浸透性を高め、水分蒸散を抑える手法です。重症例で用いられることがあります。 - 漂白浴(低濃度次亜塩素酸ナトリウム浴)
皮膚に付着した細菌(特に黄色ブドウ球菌)の増殖を抑制する目的で、希釈した次亜塩素酸ナトリウム(漂白剤)を浴槽水に加える方法があります。濃度を十分に希釈することが重要で、安全な濃度であれば有用とされます。
3. 保湿・スキンケア戦略
治療薬による炎症制御と並行して、適切な保湿・スキンケアを続けることが、再燃抑制とバリア機能改善には不可欠です。
3‑1. 入浴・洗浄法のポイント
- 適温・適度な入浴
お湯の温度はぬるめ(38~40℃程度)が望ましく、長時間の入浴は避けます。熱すぎるお湯は皮脂を過剰に除去し、乾燥を促します。 - 石鹸の使い方
泡をよく立てて、手でやさしく洗うこと。強い洗浄力のある界面活性剤や香料入り石鹸は避けた方がよいとされます。洗顔・入浴後は、残留石鹸を十分にすすぐことが重要です。 - 拭き取り・乾燥
入浴後はゴシゴシこすらず、柔らかいタオルで水分をそっと押さえるように拭き取ります。皮膚表面にまだ湿り気が残っている状態で保湿剤を塗ると、水分保持効果が高まります。 - 入浴頻度
多くのガイドラインや論文では、1日1回程度の入浴・シャワーが適切とされ、石鹸の使用頻度や場所を限定することも議論されています。
3‑2. 保湿剤の種類と選び方
保湿剤は「油性成分」「セラミド・脂質」「保水成分(尿素・グリセリンなど)」などをバランスよく含むものが望ましいとされています。以下のような点を検討するとよいでしょう。
- セラミド含有・ラメラ構造対応型保湿剤
皮膚のバリア構造を模倣する「ラメラ構造」を意識した保湿剤が、バリア回復に対して有効性を示すとの報告もあります。 - 被覆性(オクルーシブ成分)
ワセリン、ミネラルオイルなど、皮膚表面に油膜を作る成分が添加されていると水分蒸散を防ぎやすくなります。ただしべたつきが出やすいため部分使いとするケースもあります。 - 低刺激処方
香料・着色料・アルコールなどの刺激成分を含まない「無香料/低刺激」処方の保湿剤を選ぶのが一般的です。 - 使用感の好み・部位適合性
顔と体、関節部位などで適したテクスチャー(乳液・クリーム・バームなど)を使い分けると、継続しやすくなります。 - 持続性
1回の塗布で効果が持続する保湿剤が望ましく、保湿回数を減らせるほど日常負担も軽くなります。
3‑3. 保湿のタイミングとコツ
- 入浴直後(5分以内)に保湿
肌がまだ湿っているうちに保湿剤を塗る「モイスチャーロック法」が基本。水分が蒸発する前に油分で覆うことで、角層内の水分量を保ちます。 - 1日2回以上の塗布
日本のアトピーガイドラインでも、1日1回より2回以上の保湿併用が有効であるとの記載があります。 - 必要に応じて追加塗布
手洗いや汗かき、乾燥が強い部位には、日中にも適宜追加保湿が望ましいでしょう。 - 広めに、しっかり塗る
保湿剤は薄く伸ばすより、適量を用いて皮膚表面に油膜が残るくらいの量をしっかり塗布することが大切です。 - 炎症部分との順序配慮
ステロイドなどを塗る場合、一般的には先に薬剤を塗布し、その上から保湿剤を重ねる方法が採られます。ただし混合軟膏(保湿成分と薬剤を併用)も臨床で使われることがあります。

4. 炎症制御とバリア回復を両立させる併用戦略
アトピー治療では、単に炎症を抑える「薬物療法」だけでなく、保湿を併用しながらバリア機能を修復維持することが重要です。以下のポイントを押さえましょう。
- 薬剤+保湿剤の併用
炎症がある部分にはステロイドや非ステロイド軟膏を塗り、その後保湿剤を重ねて用いることで、炎症の抑制とバリア修復を同時に目指します。 - 減量・プロアクティブ療法
炎症が落ち着いてきたら、ステロイド使用頻度を減らしつつ、保湿を中心とした維持療法(プロアクティブ療法)に切り替えることがガイドラインで推奨されています。 - ラメラ構造対応型併用製剤
炎症抑制薬と保湿成分をラメラ構造に組み込んだ併用処方が、バリア機能改善に対して有効性を示す報告があります。 - モニタリングと調整
症状の改善や逆に再燃傾向がないかを定期的に記録し、主治医と相談しながら薬剤の強さ・使用頻度・保湿剤の種類などを見直していくことが不可欠です。
5. 日常で気を付けたい誘因・再発予防
治療を継続的に成功させるには、日常生活での誘因管理や予防対策も非常に大切です。
5‑1. 環境・刺激管理
- ハウスダスト・ダニ対策
寝具をこまめに洗濯・乾燥機利用、布団・枕の防ダニカバー、掃除機のこまめな使用、湿度管理(室内湿度 40–60% 程度を目安)などが推奨されます。 - 温湿度変化のコントロール
急激な気温・湿度の変化は皮膚にストレスを与えるため、エアコン・加湿器・除湿器を適切に使って室内環境を安定させるとよいでしょう。 - 衣類・洗濯
刺激性の少ない素材(綿・ガーゼなど)を選び、柔軟剤や香料入り洗剤は避ける、すすぎ回数を増やすなどが有効です。 - 汗・摩擦・皮膚刺激
過度な発汗、衣服のこすれ、タオルや下着の縫い目刺激なども悪化因子になり得ます。
5‑2. 生活習慣・ストレス対策
- 睡眠・休息
疲労や睡眠不足は免疫バランスを乱し、アトピー悪化の因子となることがあります。 - ストレス管理
ストレスは炎症反応を誘発しやすく、アトピーの悪化・再燃に関与すると考えられます。適度な運動・趣味・リラクゼーション法などを取り入れることが望ましいです。 - 食生活・アレルギー対策
明確な食物アレルギーを持つ方では、除去食や食事記録を行うことがあります。ただし、根拠の乏しい極端な食事制限は注意が必要です。 - 禁煙・大気汚染対策
タバコ煙や強い化学臭、VOC(揮発性有機化合物)などの大気刺激も皮膚バリアに対して負荷をかけ得ます。 - 定期受診とセルフモニタリング
症状の変化や悪化のサインを見逃さず、主治医と相談できるように日誌(かゆみスコア、睡眠、使用薬剤など)をつけておくとよいでしょう。東京都のアトピー情報サイトでも、「どのような状況で悪化したか記録して医師に伝える」重要性が指摘されています。
6. まとめ:長期コントロールのために
アトピー性皮膚炎は現在のところ完治薬が確立されているわけではなく、「寛解と再燃のサイクルを可能な限り緩やかにする」という視点での管理が求められます。以下のポイントを意識しましょう。
- 皮膚科専門医による適切な治療戦略(外用・内服・生物学的製剤・光線療法など)
- 保湿・スキンケアを日常のルーティンに組み込む
- 炎症制御とバリア修復を両立させる併用戦略
- 誘因管理・環境整備・生活習慣の見直し
- 患者自身によるモニタリングと、主治医とのコミュニケーション
これらを長期にわたって継続することで、症状の再燃を抑え、QOL(生活の質)を維持することが可能です。














