先天性血管腫(Congenital Hemangioma)は、生まれつき存在する血管性腫瘍であり、乳児血管腫とは異なる挙動を示すことがあります。成長に伴い「縮退するもの」「維持するもの」「一部縮退するもの」など、性状の変化を示すケースが知られており、その診断・治療・長期管理には専門的知見が不可欠です。本記事では、成長段階ごとの変化を含め、最新の分類・診断法・治療アプローチ・注意点を整理して解説します。
1. 先天性血管腫とは ─ 基礎知識と分類
血管腫と血管奇形の区別
近年、血管性病変は「血管腫(vascular tumor)」と「血管奇形(vascular malformation)」の2つに大別される考え方が国際的に定着しています。
- 血管腫(腫瘍性):血管内皮成分の増殖が主体
- 血管奇形(形成異常型):血管構造そのものの形態異常、増殖性は乏しい
先天性血管腫(Congenital Hemangioma:CH)は、出生時から存在しながら、血管腫の性質を帯びるタイプとして、ISSVA分類で血管腫側に位置づけられます。
先天性血管腫の分類
先天性血管腫は、出生後の挙動によって主に次の 3 型に分類されます。
| 型名 | 英語略称 | 特徴 | 退縮傾向 |
| RICH | Rapidly Involuting Congenital Hemangioma | 出生時に完成型で、出生後早期から急速に縮退 | 強く退縮する |
| NICH | Non-Involuting Congenital Hemangioma | 縮退せず、生涯にわたって同程度を維持 | 退縮なし |
| PICH | Partially Involuting Congenital Hemangioma | 部分的に縮退するが、完全には消失しない | 一部退縮 |
これらはいずれも、GLUT-1 陽性を示す乳児血管腫とは異なり、GLUT-1 陰性であることが鑑別ポイントになります。
2. 成長・変化のパターン:RICH・NICH・PICH
この章では、各型が成長とともにどのように変化し得るかを詳しく見ていきます。
RICH 型:出生後速やかに縮退
- 出生時から腫瘍が完成された状態で存在し、生後すぐに縮退を開始
- 多くは数か月以内に明瞭な縮小を示し、1~2年程度で目立たなくなることもある
- 縮退の過程で血管の消失、線維化、脂肪成分への置換が起き得る
- 縮退後、腫瘍部位の皮膚にはたるみやくぼみを残すケースもある
NICH 型:変化しにくく、持続性
- 出生後も基本的にサイズや形状を維持
- 増大傾向を示すことは少ないが、周囲の成長(体幹や四肢の発育)に伴って相対的に目立ち方が変化
- 長期的に残存するため、審美的・機能的配慮が重要
PICH 型:部分的な縮退と残存
- 出生後の縮退傾向を示しつつも、完全には縮退しない
- 腫瘍の一部成分が残るため、縮退過程と残存部位の形状変化が混在
- 縮退速度・範囲は個体差が大きく、どの部分が残るか予測が難しい
成長段階との関係性
- 腫瘍細胞や血管新生に関わる因子(VEGF、FGF、PDGF など)の活性状態が、縮退・維持を左右する可能性がある
- 体が成長するにつれて、皮膚、周囲組織との力学的な関係も形状変化を誘発し得る
- たとえば、腫瘍の引き伸ばされる方向性や隣接組織の発育速度との相対的な“引き伸ばし圧”などが、見た目の変化に影響する可能性がある
3. 変化をもたらす要因とメカニズム
なぜ先天性血管腫は時間とともに変化するのか。本節では、その背景となる因子や仮説を整理します。
血管新生・壊死・線維化プロセス
- 腫瘍内部では、血管内皮細胞の増殖・アポトーシス・壊死などが混在
- 縮退過程では、内皮細胞のアポトーシスや血管枯死(血流遮断など)を契機に構造が縮む
- その後、線維化や脂肪組織への置換が進行するケースもある
成長因子と調節因子
- VEGF(血管内皮増殖因子)、FGF(線維芽細胞増殖因子)などが腫瘍血管の維持・増殖を支える
- 逆に、抑制性因子(例:トランスフォーミング成長因子 β:TGF-β、血管抑制性サイトカインなど)が縮退を誘導する可能性
- これら因子の発現量・時間的制御が、腫瘍の挙動を左右する
周囲組織との相対的成長速度
- 子どもの体幹・四肢・皮膚が成長していく中で、腫瘍部位も“引き伸ばされる”ような力がかかる
- 皮膚の可塑性、伸展性、張力の違いが、腫瘍の形状変化をドライブする可能性
- 周囲軟部組織(筋膜、脂肪、皮膚など)の伸び率の違いが、腫瘍部位の凹凸を際立たせる場合もある
微小環境変化と血管応答
- 酸素分圧、血流状態、血管内皮の応答性など、局所環境の変化も影響
- 成長期には局所的な血流変動、組織代謝変化が起こりやすく、それが腫瘍血管にストレスをかけ得る
- 血管内皮-支持細胞(平滑筋、周皮細胞など)の相互作用変化も形態変化に寄与
こうした複数の因子が重層的に絡み合うことで、時間とともに先天性血管腫は見た目・構造ともに変化していくわけです。
4. 診断アプローチと評価法
先天性血管腫を適切に診断・分類し、将来の変化を予測するためには、複数の手法が併用されます。
視診・問診・経過把握
- 発生時期:出生時点から存在していたかどうか
- 発達経過:縮退傾向、変化の速度・方向性
- 色調・表面性状:赤・紫調、隆起性か平坦性か
- 触診:硬さ、圧迫時のへこみ、境界の明瞭さ
画像診断(超音波、MRI、造影検査など)
- 超音波(エコー):血流速度、血管構造、血管腔性状の評価
- MRI(造影含む):腫瘍深部構造、境界、浸潤・支持組織の関与を把握
- 血管造影検査:必要に応じて、特に治療検討時に血管走行を精細に評価
これらにより、縮退傾向・残存傾向・リスク要因(出血、潰瘍、周囲組織への影響など)を評価します。
分子・病理学的評価
- GLUT-1染色:乳児血管腫との鑑別において、先天性血管腫は GLUT-1 陰性であることが多い点が用いられます。
- 組織切片解析:血管壁構造、基質成分、線維化や脂肪成分の存在などを確認
- 遺伝子・分子マーカー:より研究段階ではありますが、腫瘍血管制御因子・シグナル伝達系の変異や発現異常の有無を調べる動きがあります
こうした多面的評価により、RICH/NICH/PICH のいずれかに分類し、将来の変化予測と治療計画の立案に役立てます。

5. 治療戦略:時期と選択肢
先天性血管腫は自然退縮するケースもありますが、縮退傾向が弱いものや機能・審美上問題を引き起こすものには治療が検討されます。以下に基本的な選択肢と考慮点を述べます。
治療タイミングの考え方
- 縮退傾向(RICH 型など)を持つ症例では、縮退を待ちながら慎重に経過観察することが一般的
- ただし、急速な腫瘍拡大、皮膚潰瘍化、出血、痛み、周囲臓器圧迫などの症状があれば早期治療を検討
- 縮退後に残存する凹み・たるみ・皮膚変形を予防する意味で、早期の介入を考慮する場合もある
主な治療選択肢
- 内服薬(薬物療法)
– β遮断薬(プロプラノロールなど):血管腫縮小を誘導
– ステロイド、他の血管抑制剤:補助的に使用されることもある - レーザー治療
– 特に表在性変化(皮膚の赤み、血管拡張部位)に適応
– 毛細血管奇形(CM)への色素レーザー(例:Vbeam®)の適応例も多い
– 照射頻度、出力、反応性、および再発可能性を考慮 - 外科切除
– 大型の残存部、機能障害を伴う部位、皮膚変形が著しい場合など
– 切除可能性・手術リスク・瘢痕化を慎重に評価 - 硬化療法・塞栓術
– 血管腫内部へ硬化剤注入、または動脈塞栓術を併用
– 血管走行が明確な例、深部成分を縮小させたい例で検討される - 組み合わせ治療
– 薬物療法とレーザー治療、あるいは手術+レーザー併用という戦略
– 縮退傾向を利用しつつ、残存部の整容的処理を図る
治療選択にあたっての注意点
- 小児における薬物使用では副作用(低血圧・徐脈など)への配慮が不可欠
- 全身麻酔や鎮静を伴う治療は、年齢・頻度・安全性を慎重に判断
- レーザー治療後の再発・再拡大可能性をあらかじめ考慮し、長期フォロー体制を整えること
- 切除後の瘢痕リスクと、美観・機能維持のバランスを十分検討
6. 長期フォローと管理の考え方
先天性血管腫は成長とともにその挙動が変化し得るため、長期にわたるモニタリングと管理が重要です。
定期観察の目的
- 腫瘍の縮退進行や残存傾向の把握
- 新たな変化(増大、潰瘍、出血など)の早期発見
- 残存部位の皮膚変形・たるみ・凹みの進行評価
- 機能障害(関節可動域制限、圧迫など)の有無確認
フォロー頻度と視点
- 初期(乳児期~幼児期)は頻回なフォロー(数か月単位)が望ましい
- 成長安定期には半年〜1年単位でのフォロー
- 視診・触診・写真記録・必要時画像検査を併用
- 患部と反対側・隣接部組織との比較も重要
整容的・機能的介入の視点
- 残存部位の皮膚たるみ・くぼみが目立つようなら、形成外科による再建検討
- 関節近傍であれば可動域制限の予防・理学療法の併用
- 心理的支援:目立つ部位にあると子どもの心理的ストレスにつながることもあるため、適切なカウンセリングや対応が望ましい
再発・再拡大の可能性
特にレーザー照射後や縮退後にも、一部残存血管が再び増殖傾向を示す報告もあります。
再発の可能性を前提に、定期観察と治療対応準備を怠らないことが肝要です。
7. 患者・家族へのアドバイスと注意点
先天性血管腫を持つ患者・ご家族にとって、日常生活やサポート体制の面からも注意すべき点があります。
早期受診と定期フォローの重要性
- 出生直後や成長初期に、変化を観察できる専門医(小児皮膚科、形成外科、血管異常専門医)を受診
- 症状が軽いからと放置せず、少なくとも定期評価を受ける
感染・外傷・潰瘍化への警戒
- 腫瘤部位が擦れやすい、皮膚が薄い場合は出血・潰瘍化リスクが高まる
- 傷をつけないよう保護する、清潔を保つ、早期感染対応
- 潰瘍や出血を認めたら早めに医療機関へ
紫外線対策・外部刺激の制御
- 紫外線による炎症が血管反応を亢進させる可能性
- 直射日光を避け、保護対策(衣服、日傘、日焼け止めなど)を講じる
精神的サポート
- 顔面や露出部に病変がある場合、子どもの心理的負担や対人関係の困難を招くことも
- 適切なカウンセリング・ピアサポート・情報提供体制を整える
将来的な治療準備
- 成長期終了後に整容的な調整(切除、皮膚移植、再形成術など)を見据えた準備
- 治療選択肢・リスク・期待などを事前に専門医とよく相談
8. まとめ
先天性血管腫は、生まれつき存在しながらも、その後の縮退または持続性が異なる複数の型(RICH、NICH、PICH)に分類されます。成長とともに、その形状・色調・組織構造を変えることがあり、それらを予測・対応するには、精緻な診断、多面的評価、適切な治療戦略、そして長期フォローが不可欠です。
特に、将来的な整容性や機能維持を見据えた早めの対応と、患者・家族への配慮、慎重な管理体制が治療成功の鍵となります。専門医と連携しながら、最適なケアを積み重ねていくことが大切です。














