百日咳(ひゃくにちぜき)は乳幼児にとって命に関わる可能性のある感染症です。特に保育園などの集団生活の場では、一人が発症すると短期間で感染が広がる危険性があります。激しい咳込みや長引く咳が特徴で、重症化すると呼吸困難や合併症を引き起こすこともあります。家庭では、保護者が感染経路や予防法を正しく理解し、適切に対策を講じることが大切です。本記事では小児科医の視点から、百日咳の症状や診断、治療法、保育園での感染拡大防止策、そして家庭で注意すべきポイントについて詳しく解説します。
1. 百日咳とは?その特徴と危険性
百日咳(ひゃくにちぜき)は、ボルデテラ・パータシス(Bordetella pertussis) という細菌によって引き起こされる急性呼吸器感染症です。
特に 0歳児や乳幼児にとって重症化しやすく、命に関わることもある感染症 として小児科診療で非常に重要視されています。
百日咳の主な特徴
- 強い感染力
飛沫感染で広がり、同じ家庭や保育園で一人が感染すると、短期間で多くの子どもや大人に広がるリスクがあります。
感染力は麻しん(はしか)に次いで強いといわれ、ワクチン未接種児では9割以上が発症する とされています。 - 長期間続く咳
名前の通り、数週間から100日近く咳が続く こともあります。咳の発作は激しく、乳児では呼吸が止まってしまうこともあります。 - 乳児が重症化しやすい
生後6か月未満の赤ちゃんでは、呼吸困難・無呼吸発作・肺炎・けいれん・脳症などの重篤な合併症が起こる危険性があります。
日本でも毎年、百日咳による入院例や乳児死亡例が報告されています。 - 全年齢で発症する
百日咳は子どもだけでなく、大人でも発症します。
大人では「長引くしつこい咳」として現れることが多く、知らないうちに 乳児への感染源 になるケースが増えています。
危険性のポイント
- 生後3か月未満の乳児はワクチン接種がまだ始まっていないため、防御力がなく最も危険。
- 咳発作による低酸素や脳への影響で、発達に後遺症を残す可能性 もある。
- 免疫が数年で低下するため、学童期・思春期・成人も再感染する。
2. 保育園で百日咳が流行する理由
百日咳は特に 保育園や幼稚園などの集団生活の場で感染が拡大しやすい感染症 です。その背景にはいくつかの要因があります。
① 乳幼児の免疫が不完全
百日咳ワクチン(四種混合ワクチン)は、生後3か月から数回に分けて接種します。しかし、接種スケジュールが完了していない0〜1歳児は十分な免疫がついていないため、感染リスクが非常に高くなります。
② 園児同士の密接な接触
保育園では子どもたちが一緒に遊び、食事をとり、午睡をします。咳やくしゃみで飛散した飛沫は短時間で園内に広がり、免疫の弱い子どもへ次々と感染が拡大します。
③ 初期症状が風邪に似ている
百日咳は発症初期に 鼻水や軽い咳、微熱 など風邪と区別しづらい症状を示します。そのため「ただの風邪」と思って登園を続けてしまい、園全体に感染を広げてしまうケースが多発します。
④ 保護者や大人からの持ち込み
百日咳は 大人にも感染 し得ます。軽症の咳として見過ごされやすく、保護者や職員から園児に感染が広がることも珍しくありません。

3. 百日咳の症状と経過
百日咳の症状は非常に特徴的で、進行段階に応じて以下のように変化します。
① カタル期(1〜2週間)
- 鼻水、咳、微熱など一般的な風邪症状
- 感染力が最も強い時期
- この段階で診断がつかないと、園や家庭で広がってしまう
② 痙咳期(2〜6週間)
- 激しい連続性の咳発作 が繰り返し起こる
- 咳の後に「ヒュー」という吸気音(whoop sound)が特徴的
- 咳き込みで嘔吐や顔面の赤み・紫色化がみられる
- 夜間に咳が悪化し、睡眠不足を招く
③ 回復期(2〜3週間)
- 徐々に咳の頻度は減少
- しかし、ほかの風邪にかかると症状が再燃することがある
特に 乳児は呼吸困難や無呼吸発作 を起こす危険があり、場合によっては入院治療が必要です。
4. 小児科での診断と治療方法
診断
- 問診と症状の確認:特徴的な咳の経過、家族や園での感染状況。
- 検査:咽頭ぬぐい液によるPCR検査や培養検査。
治療
- 抗菌薬:マクロライド系抗菌薬(クラリスロマイシン、エリスロマイシンなど)が第一選択。早期投与で症状の軽減と感染拡大防止に有効です。
- 支持療法:咳止めは効果が限定的。水分補給や安静が中心。
- 入院管理:乳児や重症例では呼吸管理のため入院が必要になることもあります。
5. 家庭でできる予防策と注意点
百日咳が保育園で発生した際、家庭で注意すべきポイントは次の通りです。
① 家庭内感染を防ぐ
- 感染児は可能であれば 別室で安静に させる
- 看病する保護者は必ずマスクを着用し、手洗いを徹底
- タオルや食器を共有しない
② 園への正確な報告
- 医師の診断を受けたら、速やかに園に報告
- 登園再開は 抗菌薬内服開始から5日経過、または医師の許可が必要
③ 家族の健康管理
- 咳が長引く兄弟や保護者も 早めに小児科・内科を受診
- 医師の判断で予防的に抗菌薬を処方されることもあります
④ ワクチン接種の確認
- 乳児は定期接種のスケジュールを守る
- 保護者や祖父母など同居家族も ブースター接種 を検討することが推奨されます
6. ワクチン接種の重要性
百日咳を防ぐ最も効果的な手段は ワクチン接種 です。
日本で行われている定期接種
- 四種混合ワクチン(DPT-IPV)
ジフテリア、百日咳、破傷風、ポリオを同時に予防するワクチンです。
- 初回:生後3か月から3回(4週間間隔)
- 追加:1歳〜1歳半で1回
この4回接種でいったん強い免疫がつきます。
- 初回:生後3か月から3回(4週間間隔)
- 二種混合ワクチン(DTワクチン)
小学校入学前後(11歳〜12歳)に接種。百日咳成分は含まれませんが、最近では百日咳抗原を含む Tdapワクチン(海外で主流)を導入する国もあります。
ワクチン接種の効果
- ワクチン接種によって 発症率を大幅に減らす ことが可能です。
- 接種していても感染はゼロにはなりませんが、重症化を防ぐ効果が非常に高い と証明されています。
- 接種していない乳児に感染させないために、集団免疫 を保つことが社会全体での目標となります。
成人・保護者への接種の重要性
- 親や祖父母、保育士などが 軽症の百日咳にかかり、乳児にうつす事例 が増えています。
- 海外では「妊婦へのTdap接種」が推奨され、母体から移行抗体を赤ちゃんに渡すことで、出生直後からの感染リスクを減らす取り組みが行われています。
- 日本でも任意ですが、保護者や医療従事者が追加接種を検討することは非常に有効です。
ワクチンで守れる未来
- 接種が遅れると命に関わる感染症に無防備な期間が生じる
- 保護者はスケジュールを確認し、確実に接種することが子どもの健康を守る第一歩
- 成人も「自分は軽症だから大丈夫」と考えず、感染させない責任 を持つことが大切です
7. Q&A
Q1. 百日咳と普通の風邪はどう見分ければいいですか?
A1. 初期は似ていますが、咳が2週間以上続く、夜間に悪化する、咳発作後に嘔吐や笛のような呼吸音がある場合は百日咳を疑うべきです。
Q2. 百日咳は大人にも感染しますか?
A2. はい。免疫が低下した成人も感染し、軽症であっても乳幼児へうつすリスクがあります。
Q3. 兄弟が百日咳にかかった場合、登園は可能ですか?
A3. 感染児は医師の許可があるまで登園は控える必要があります。兄弟も咳が出ている場合は早めに受診を。
Q4. 家族が百日咳にかかったらどうすればいいですか?
A4. 医師の指示に従い、抗菌薬を服用すると同時に、家庭内でのマスク着用や手洗いを徹底しましょう。
Q5. ワクチン接種を受けていれば安心ですか?
A5. 予防効果は高いですが、100%ではありません。接種していても軽症感染は起こり得ます。ただし重症化を防ぐ効果は極めて大きいです。
8. まとめ
百日咳は一見すると「ただの風邪のような咳」から始まります。しかしその実態は、乳幼児にとって重症化のリスクが高い非常に危険な感染症 です。特に保育園のように集団で生活する場では、1人の発症が数日から数週間で園全体に広がり、さらには家庭内へ持ち込まれる ことも珍しくありません。
本記事で解説したポイントを整理すると以下のようになります。
1. 百日咳の基本的理解
- 原因は ボルデテラ・パータシス菌。
- 強い感染力と長引く咳が特徴。
- 乳児は重症化・合併症のリスクが高い。
2. 保育園での感染拡大要因
- ワクチン未接種児が多い乳幼児期は特に感染しやすい。
- 子ども同士の密接な接触で飛沫が一気に広がる。
- 初期症状が風邪と似ているため「登園を続けてしまう」ことで流行が拡大。
3. 症状と経過の特徴
- 風邪様症状 → 激しい咳発作 → 徐々に回復という 三期性の経過。
- 咳の後に嘔吐や「ヒュー」という呼吸音がみられる。
- 乳児では呼吸困難・無呼吸発作を起こす危険。
4. 家庭での対応と予防
- 早期受診:咳が長引いたら「ただの風邪」と思わず小児科へ。
- 感染拡大防止:マスク、手洗い、換気、タオルの分離使用。
- 園への報告:無理な登園は控え、医師の指示に従う。
5. ワクチン接種の重要性
- 四種混合ワクチンをスケジュール通りに接種することが最大の予防策。
- 保護者・大人も軽症のまま感染源になるため、追加接種(ブースター) が有効。
- 海外では妊婦への接種により、母体から新生児へ抗体を渡す取り組みも行われている。
最終的なメッセージ
百日咳の流行は、園と家庭が連携して対策を徹底することで防ぐことができます。
- 保護者は「風邪かもしれない」と軽視せず、子どもの咳が長引くときは早めに小児科を受診する。
- ワクチン接種スケジュールを確認し、接種漏れがないようにする。
- 家庭では小さな習慣(手洗い・換気・体調チェック)を継続する。
これらを積み重ねることで、百日咳による重症化や集団感染を防ぎ、子どもたちが安心して園生活を送れる環境を守ることにつながります。
