「百日咳」と聞くと、多くの人は乳幼児がかかる感染症というイメージを持つかもしれません。しかし実際には、思春期や大人にも感染する可能性があり、特に乳児の周囲の大人が“感染源”となるケースも少なくありません。近年ではワクチンの効果が時間とともに薄れることや、症状が風邪に似ていて見逃されやすいことも重なり、家庭内感染のリスクが高まっています。この記事では、百日咳の基礎知識から大人への感染、家庭内での予防対策までを小児科専門の視点で詳しく解説します。
1. 百日咳とは?症状と感染の特徴
百日咳(pertussis)は、ボルデテラ・パータシス(Bordetella pertussis)という細菌によって引き起こされる、急性の呼吸器感染症です。感染力が非常に強く、飛沫感染によって人から人へと広がります。
主な症状は以下の3期に分かれます:
- カタル期(1週目):風邪に似た症状。くしゃみ、鼻水、微熱、軽い咳など。もっとも感染力が強い時期です。
- 痙咳期(2~6週):激しい発作性の咳が続き、「ヒュー」という吸気音や、嘔吐を伴うこともあります。
- 回復期(6~12週):咳の頻度が減少していきますが、疲れたり刺激があると再発することも。
乳児にとっては非常に危険な疾患であり、重症化すると呼吸困難や肺炎、けいれん、脳症などを起こす可能性があります。
2. 大人の百日咳:見逃されやすい症状に注意
大人や思春期以降の人が百日咳にかかった場合、咳以外の症状がほとんどなく、風邪との区別が難しくなります。
典型的な大人の症状:
- 咳が3週間以上長引く
- 夜間に激しい咳が出て眠れない
- 咳で肋骨に痛みを感じることがある
- 吸気時の「ヒュー」という音は出ないことも多い
このような症状が続いても、「風邪が長引いているだけ」と自己判断してしまい、受診せずに過ごしてしまうケースが多く見られます。大人にとっては軽症でも、家庭に免疫のない赤ちゃんがいる場合、感染源になってしまうリスクが非常に高いのです。
3. 家庭内感染が危険な理由と予防対策
百日咳は非常に感染力の強い疾患であり、特に家庭内では密接な接触機会が多いため、一人が感染すると家族全員に広がる可能性が高いのが特徴です。乳幼児の重症例の多くは「家庭内感染」が原因とされており、実際に感染源となるのは、親・祖父母・兄姉といった同居家族がほとんどです。
■ なぜ家庭内で感染が広がりやすいのか?
- 大人の症状が軽く、見逃されやすい
成人や思春期の子どもが百日咳に感染しても、咳が続く程度で発熱などの強い症状が出ないことが多く、風邪と見分けがつきにくいため、感染に気づかないまま生活を共にしてしまいます。 - 乳児との接触頻度が高い
親はもちろん、兄弟姉妹や祖父母も、赤ちゃんの世話や抱っこ、キス、添い寝など密接な接触が多く、感染リスクが高くなります。 - 免疫が未成熟な乳児は重症化リスクが高い
生後3か月未満では百日咳ワクチンが未接種、あるいは初回接種を終えたばかりの時期であり、免疫が不十分で重症化しやすい状態です。死亡例も報告されています。
■ 家庭内での感染予防策
日常生活で実践できる具体的な対策は以下の通りです:
- 咳が出る家族はマスク着用を徹底する
乳児のそばに行く際や授乳時にもマスクを装着しましょう。 - 手洗い・うがい・鼻かみの徹底
外出後、食事前、赤ちゃんに触れる前に必ず行います。手指消毒も有効です。 - 部屋の換気と湿度管理
こまめな換気と適切な湿度(50〜60%)の維持で感染しづらい環境を整えます。 - 乳児へのキス・顔接触を控える
口や鼻の周りは粘膜が近いため、感染のリスクが非常に高くなります。 - 家族でのワクチン接種歴の確認
特に父母・祖父母・きょうだいが免疫を失っていないか確認し、必要であれば追加接種(Tdapワクチン)を検討しましょう。
4. 予防接種の役割とリキャッチアップ接種
日本では、「5種混合ワクチン(DPT-IPV-Hib)」の中に百日咳の成分が含まれており、生後3か月から接種が始まります。定期接種は合計4回+1回の追加接種で完了しますが、その後の追加接種は行われていません。
ポイント:
- 幼児期で接種を終えた後、免疫は数年で減弱
- 思春期や成人では再感染のリスクがある
- 海外では11〜12歳でTdapワクチン(3種混合)の追加接種が推奨されている
妊婦へのTdap接種(妊娠27週以降)によって、胎盤を通じて新生児へ移行抗体を届ける「受動免疫」も海外では広く行われています。
5. 百日咳の検査と診断方法
百日咳は風邪との区別が難しく、診断には医師の経験と適切な検査が必要です。
主な検査方法:
- PCR法:鼻咽頭ぬぐい液を用いて遺伝子を検出(迅速で高感度)
- 培養法:細菌を分離培養(感度は低く時間もかかる)
- 血清抗体検査:IgA抗体価の上昇を確認(急性期と回復期の比較が必要)
PCRがもっとも確実ですが、咳が始まってから時間が経つと検出率が下がるため、早期の検査が重要です。

6. 治療法と登園・登校の再開基準
百日咳の治療には、マクロライド系抗菌薬(クラリスロマイシン、エリスロマイシンなど)が使用されます。早期投与によって菌の増殖を抑え、周囲への感染拡大も防ぐことができます。
再登園・登校の目安:
- 抗菌薬を開始して5日以上経過している
- 咳が軽快し、発作性の咳が治まっている
- 医師の診断で感染力がないと判断された場合
特に保育園・小学校では集団感染の予防が大切なため、医師の指示をよく守る必要があります。
7. 妊婦や乳児の家族がとるべき行動とは
百日咳は新生児・乳児にとって最も深刻な疾患のひとつです。特に生後6か月未満の赤ちゃんが感染した場合、命にかかわる重症化や合併症(肺炎、無呼吸、けいれん、脳障害)を引き起こす危険性があります。したがって、“家族全体で乳児を守る”意識と行動が極めて重要です。
■ 妊婦に必要な予防措置
- 妊娠後期(27週以降)にTdapワクチンを接種
母体の免疫が胎児に移行し、生まれてすぐの赤ちゃんに「受動免疫」を与えることができます。海外では定着しており、アメリカCDC、イギリス、オーストラリアなど多くの国で推奨されています。 - 妊婦が感染源にならないための行動
通勤・通院・買い物などで人混みに行く際はマスクを着用し、帰宅後の手洗い・うがいを欠かさず行います。 - 妊婦健診での相談
百日咳ワクチン接種について産婦人科医と事前に相談しましょう。
■ 乳児の家族がとるべき行動
- 家族全員の咳・風邪症状に敏感になる
咳が出始めたらすぐに小児科・内科を受診し、百日咳を念頭に置いた診察を受けることが大切です。 - 新生児との接触時の感染対策を徹底する
抱っこ・授乳・沐浴の際には、マスク、手指衛生を徹底し、服を着替えてから接触するのが理想です。 - 家庭内での“コクーン戦略(cocooning)”の実施
赤ちゃんの周囲の大人全員がワクチン接種を行い、「予防の壁」を築くことで赤ちゃんを守る戦略です。 - 来客制限や体調不良者の訪問制限
生後数か月の間は、来客を控えるか、体調のよい人に限定し、手洗いやマスク着用を徹底しましょう。
8. 社会全体での対策と啓発の必要性
百日咳の予防には、個人の努力だけでなく社会全体での対策が求められます。
必要な社会的取り組み:
- 成人への追加接種(Tdap)の制度化
- 思春期健診での抗体価チェック
- 学校や職場での咳エチケット・休養指導の強化
- 医療機関による情報発信と啓発
高齢者施設や妊婦教室でも、百日咳の再認識と感染予防の啓発が重要です。
9. Q&A:よくある質問と答え
Q1. 百日咳は大人にも感染しますか?
はい、特に免疫が低下した大人は感染します。軽症で気づかず、子どもにうつしてしまうことがあります。
Q2. 子どもが百日咳にかかった場合、家族も受診すべきですか?
はい。同居家族で咳が続く人は医療機関を受診し、必要に応じて検査や治療を受けましょう。
Q3. 大人が百日咳にかかった場合、ワクチンは意味がありますか?
はい。再感染予防や家族への感染拡大を防ぐために、Tdapワクチンの追加接種は有効です。
Q4. 百日咳の免疫はどのくらい続きますか?
通常、ワクチン後の免疫は4〜10年で減弱します。思春期・成人期には再感染の可能性があります。
10. まとめ:家族で守る百日咳対策の基本
百日咳は新生児・乳児にとって最も深刻な疾患のひとつです。特に生後6か月未満の赤ちゃんが感染した場合、命にかかわる重症化や合併症(肺炎、無呼吸、けいれん、脳障害)を引き起こす危険性があります。したがって、“家族全体で乳児を守る”意識と行動が極めて重要です。
■ 妊婦に必要な予防措置
- 妊娠後期(27週以降)にTdapワクチンを接種
母体の免疫が胎児に移行し、生まれてすぐの赤ちゃんに「受動免疫」を与えることができます。海外では定着しており、アメリカCDC、イギリス、オーストラリアなど多くの国で推奨されています。 - 妊婦が感染源にならないための行動
通勤・通院・買い物などで人混みに行く際はマスクを着用し、帰宅後の手洗い・うがいを欠かさず行います。 - 妊婦健診での相談
百日咳ワクチン接種について産婦人科医と事前に相談しましょう。
■ 乳児の家族がとるべき行動
- 家族全員の咳・風邪症状に敏感になる
咳が出始めたらすぐに小児科・内科を受診し、百日咳を念頭に置いた診察を受けることが大切です。 - 新生児との接触時の感染対策を徹底する
抱っこ・授乳・沐浴の際には、マスク、手指衛生を徹底し、服を着替えてから接触するのが理想です。 - 家庭内での“コクーン戦略(cocooning)”の実施
赤ちゃんの周囲の大人全員がワクチン接種を行い、「予防の壁」を築くことで赤ちゃんを守る戦略です。 - 来客制限や体調不良者の訪問制限
生後数か月の間は、来客を控えるか、体調のよい人に限定し、手洗いやマスク着用を徹底しましょう。
