手足口病は、毎年夏になるとニュースでも話題になる代表的な子どもの感染症です。
手や足、口の中に水ぶくれのような発疹が出て、発熱を伴うこともあります。多くは軽症で自然に治りますが、感染力が強いため、保育園や幼稚園などで集団感染を引き起こすこともあります。
日本では長らく「夏の感染症」として知られてきましたが、近年は春や秋、さらには冬にも流行するケースが増えています。
背景には、ウイルス型の変化や新型コロナ流行による免疫の空白期間など、複数の要因が関係しています。
この記事では、厚生労働省感染症研究所の最新データをもとに、
- 手足口病の典型的な流行時期
- 近年の感染傾向(2019〜2025年)
- 季節外れ流行の理由
- 家庭や保育園での予防法
を詳しく解説します。
特に2025年は春先から流行の兆しが見られており、保護者や医療関係者にとって重要なシーズンです。
この記事を読むことで、流行の仕組みを理解し、家庭でできる現実的な予防策を学ぶことができます。
1. 手足口病とは?原因ウイルスと感染経路
手足口病(Hand, Foot and Mouth Disease:HFMD)は、エンテロウイルス属による感染症で、主に以下のウイルスが原因となります。
- コクサッキーウイルスA16型
- エンテロウイルス71型(重症化のリスクがある)
- コクサッキーウイルスA6型(近年流行型)
感染経路は「飛沫感染」「接触感染」「糞口感染」の3つ。
ウイルスは患者の唾液、鼻水、便などに含まれ、感染力が非常に強いのが特徴です。
発症後、手のひらや足の裏、口内に水疱性の発疹が現れ、口の痛みや発熱を伴います。
ほとんどは7日〜10日ほどで自然に回復しますが、エンテロウイルス71型の場合は髄膜炎や脳炎を合併する例もあります。
2. 流行時期の傾向と理由
日本では、6月ごろから感染者が増え、7〜8月にピークを迎えるのが一般的です。
この時期に流行しやすい理由には以下のような環境要因があります。
- 高温多湿でウイルスが活性化しやすい
- 水遊びやプールなどで接触機会が増える
- 夏休み前後で人の移動が活発になる
ただし、気候やウイルス型の違いにより、地域によっては5月から流行が始まることもあります。
例年の傾向として、南日本(九州・沖縄)で早く、北海道や東北はやや遅い傾向にあります。
3. 近年の流行状況(2019〜2025年)
近年の流行傾向を厚労省のデータをもとに整理すると、以下のようになります。
| 年 | 主なウイルス型 | 流行ピーク | 特徴 |
| 2019 | コクサッキーA16型 | 7月 | 全国的流行、88万人超 |
| 2020 | ― | 流行ほぼなし | コロナ対策で激減 |
| 2021 | コクサッキーA6型 | 8月 | 局地的流行、皮膚症状強め |
| 2022 | エンテロウイルス71型 | 9月 | 秋口まで続く、重症例も |
| 2023 | A6型 | 7月 | 全国的流行、再燃 |
| 2024 | A16・A6混合 | 6〜8月 | 関東・九州中心に拡大 |
| 2025 | A6型(予測) | 5〜7月 | 早期流行、春先報告あり |
2020〜2021年に感染が激減した反動で、免疫を持たない子どもたちが増えたことが、
2023年以降の再流行の一因と考えられます。
また、A6型は皮膚症状が強く、全身に発疹が広がるケースも多いため、従来より診断が容易になっています。
4. 秋・冬にも流行が増える理由
本来、手足口病は「夏に流行する感染症」として知られてきましたが、近年では秋や冬にも発生報告が相次いでいます。
厚生労働省の感染症発生動向調査によると、2022年以降は9月以降も報告数が減少せず、11月〜12月にも散発的な感染例が見られました。
こうした季節外れの流行には、いくつかの要因が関係しています。
① 地球温暖化によるウイルスの活動期間の延長
手足口病の原因となるエンテロウイルスは、高温多湿を好むウイルスですが、気温上昇により活動期間が長引いていることが指摘されています。
過去には5〜8月が主な流行期でしたが、近年では平均気温が上昇し、9〜10月でもウイルスが活性化しやすい環境が続いています。
また、冬でも室内が暖房で20℃前後に保たれるため、保育園や家庭内では通年で感染可能な環境が維持されている点も要因の一つです。
つまり、温暖化と生活環境の変化によって、ウイルスの“シーズン”が事実上延長されているのです。
② コロナ禍による「免疫の空白世代」
2020〜2021年にかけては、新型コロナウイルス対策(マスク着用・登園制限・手指衛生強化)によって、手足口病を含む小児感染症全体の流行が大きく抑えられました。
その結果、2〜3年間感染機会を持たなかった子どもたちが増え、自然感染による免疫を獲得できないまま成長しました。
2023年以降、この「免疫の空白世代」が集団生活を再開したことで、感染が一気に拡大したと考えられています。
特に保育園や幼稚園などでは、同年齢層で免疫を持たない子どもが多く、小規模でも一気に広がる傾向が見られます。
このような免疫の空白が生じた結果、流行時期のズレや拡大期間の延長が発生していると考えられます。
③ A6型ウイルスの特性による影響
近年、流行の中心となっている「コクサッキーウイルスA6型」は、従来のA16型やエンテロウイルス71型と比較して、
- 低温環境でも感染力を維持しやすい
- 皮膚への症状が強く出やすい
- 全身に発疹が広がるケースが多い
といった特徴があります。
このA6型は、10℃前後の環境でも一定の安定性を保つことが研究で確認されており、冬季でも感染が成立することが報告されています。
また、A6型の感染では発疹が顔や腕、脚など広範囲に出現するため、従来よりも診断・報告されやすくなったことも流行増加の一因と考えられます。
④ 社会生活の回復と接触機会の増加
コロナ禍が落ち着き、2023年以降はマスク着用の緩和・イベント再開・保育園行事の復活などにより、
子ども同士や家庭間の接触機会が大幅に増えました。
これにより、従来なら流行が終息していた秋以降にも、人の移動と交流を介して感染が拡大するケースが多く見られます。
また、冬場は室内で過ごす時間が長く、換気不足や密な空間が感染拡大を助長する要素となっています。
⑤ 医療・保育現場での注意点
これらの要因を背景に、保育園・幼稚園・小児科では年間を通して警戒体制が必要です。
特に冬季は他の感染症(インフルエンザ、RSウイルス、溶連菌など)との鑑別が難しいため、
「発疹が出たが季節外れだから違うだろう」と油断せず、
手足口病の可能性を常に考慮することが大切です。
園では、発症児の早期隔離・玩具やタオル類の共有防止・定期的な消毒が有効です。
また、冬でもこまめな換気を行い、乾燥を防ぐことが感染予防に役立ちます。

5. 家庭・園でできる予防と対応策
手足口病には特効薬やワクチンが存在しないため、予防が最大の防御です。
以下の基本的対策を徹底しましょう。
- 手洗いを習慣化する
石けんと流水で20秒以上。おむつ交換後や食事前は特に丁寧に。 - タオル・食器の共有を避ける
個人専用にし、家族間感染を防ぐ。 - おもちゃや取っ手を定期的に消毒
次亜塩素酸ナトリウム(0.05%)で拭き取り。 - 発症後は登園を控える
発疹が乾き、全身状態が落ち着くまで休む。医師の許可があると安心。 - 栄養・水分補給を意識する
口の痛みで食事が難しい場合はゼリーやスープなどを。
ウイルスは発症後2〜4週間、便中に排出され続けるため、
「治った後」もトイレ後の手洗いは欠かさないようにしましょう。
6. 重症化リスクと受診の目安
多くは自然回復しますが、以下のような場合はすぐに小児科受診が必要です。
- 38.5℃以上の高熱が3日以上続く
- 水分がとれず脱水症状(唇の乾き・尿減少)がある
- ぐったりして反応が鈍い
- 手足の発疹に加え、意識の低下や嘔吐が見られる
重症化はまれですが、エンテロウイルス71型感染では**神経症状(髄膜炎・脳炎)**に注意が必要です。
7. Q&A:手足口病のよくある質問
Q1. 大人も感染しますか?
A. はい。免疫がない場合は大人でも感染します。特に看病中の親は注意が必要です。
Q2. 潜伏期間は?
A. 通常3〜5日。発症前から感染力があります。
Q3. 兄弟にうつる確率は?
A. 非常に高く、家庭内感染率は約50%といわれています。
Q4. 入浴しても大丈夫?
A. 発熱がなければ入浴可能。ただしタオルの共用は避けましょう。
Q5. 口の中の痛みが強いときは?
A. 冷たい飲み物やアイスで痛みを和らげ、水分補給を優先します。
Q6. 再感染することはありますか?
A. ウイルス型が異なるため、再感染はあり得ます。
Q7. 感染しても無症状のことは?
A. あります。無症候性キャリアが感染源になる場合も。
Q8. 病院での治療は?
A. 対症療法(解熱剤・痛み止め・水分補給)が中心です。
Q9. 感染後に爪がはがれるのはなぜ?
A. A6型感染で起こる一時的な現象。自然に再生します。
8. まとめ:年間を通じて注意が必要な感染症に
手足口病はかつて「夏に流行する子どもの病気」とされていましたが、近年ではその常識が通用しなくなっています。
厚生労働省の感染症発生動向調査によると、春から秋にかけての長期的な流行や、冬季の散発的発生が全国各地で報告されており、年間を通して警戒が必要な感染症となっています。
特に2025年は、例年よりも早い春先からの流行が予想されており、3月頃から感染報告が増え始めています。
これは、コロナ禍で流行が一時的に減少した影響で、免疫を持たない子どもが増えた「免疫ギャップ」が要因の一つと考えられています。
さらに、A6型ウイルスのように低温下でも感染力を維持できるタイプが主流化しており、もはや「夏限定」とは言えません。
家庭や保育園での感染拡大を防ぐためには、日常的な衛生管理の徹底が最も重要です。
具体的には、石けんでの丁寧な手洗いを習慣づけること、ドアノブやおもちゃなどの消毒を定期的に行うこと、そして発症時には無理をせず登園・登校を控えることが大切です。
感染者の多くは軽症で済みますが、ウイルスは便などを介して長期間排出されるため、「治った後」も感染源となる可能性がある点を忘れてはいけません。
また、保護者としては「正しい知識を持ち、早めに行動すること」が何よりも大切です。
手足口病は初期症状が風邪に似ており、発熱や喉の痛みから始まるため、発疹が出る前に見逃してしまうこともあります。
「口の中が痛い」「食事を嫌がる」「手や足にポツポツが出た」といったサインが見られたら、早めに小児科を受診し、感染拡大を防ぐための指導を受けることが望ましいでしょう。
さらに、園や学校では感染状況を共有し、発症児の早期隔離や消毒体制の強化を行うことが、集団感染防止の鍵となります。
こうした地道な衛生習慣と情報共有の積み重ねが、手足口病の長期的な流行を抑える上で最も効果的です。
季節に関係なく注意を怠らないこと――それが子どもの健康を守る最大のポイントです。
日常の中で少しの変化に気づき、適切に対応することで、家庭内・園内の感染拡大を防ぎ、安心して過ごせる環境を維持することができます。
