かつて多くの命を奪った「ジフテリア」。
現在ではワクチンの普及により日本での発症はほとんど見られなくなりましたが、世界的には依然として警戒が必要な感染症です。
この記事では、ジフテリアの原因や症状、重症化のリスク、そしてワクチンの重要性について、小児科専門医の視点からわかりやすく解説します。
1. ジフテリアとは?原因と感染経路
ジフテリアとはどんな病気?
ジフテリアは、コリネバクテリウム・ジフテリア(Corynebacterium diphtheriae)という細菌が原因で起こる急性の上気道感染症です。
この細菌は喉(咽頭や扁桃)や鼻の粘膜、まれに皮膚に感染し、ジフテリア毒素(diphtheria toxin)と呼ばれる強い毒素を産生します。
この毒素が体内に吸収されることで、局所の炎症だけでなく、心臓・神経・腎臓など全身の臓器に障害を引き起こすのが特徴です。
ジフテリア毒素は、非常に少量でも細胞を破壊する強力な働きを持っています。毒素が細胞のたんぱく質合成を阻害し、組織が壊死することで「灰白色の膜(偽膜)」が喉に形成されます。この膜が気道をふさぐと、呼吸困難や窒息を引き起こすことがあります。
歴史と現在の発生状況
ワクチンが普及する以前(20世紀前半)は、ジフテリアは子どもたちの間で非常に恐れられていた病気でした。
感染力が強く、重症化すると死亡率が高かったため、「のどの悪魔病」と呼ばれることもありました。
日本では、1950年代以降にワクチン接種が始まり、現在では国内での発症はほとんどありません。
しかし、世界的には依然として流行が続いています。
特に、ワクチン接種率が低い国や紛争地域、医療体制が不十分な地域(東南アジア・アフリカ・中東など)では、毎年数千人規模の患者が報告されています。
世界保健機関(WHO)の報告によると、接種率が下がると数年以内に再流行するリスクが高く、予防接種の継続が非常に重要です。
感染経路
ジフテリアは、主に飛沫感染と接触感染によって広がります。
感染している人が咳やくしゃみをしたときに飛び散る飛沫(つばの粒)を吸い込んだり、感染者の鼻水・唾液・傷口に触れたりすることでうつります。
- 飛沫感染:
最も一般的な感染経路です。患者の咳やくしゃみに含まれる細菌が空気中に拡散し、周囲の人の鼻やのどの粘膜に付着します。
家庭内や学校、保育園などの密閉空間での集団感染が起こりやすい傾向があります。 - 接触感染:
感染者の分泌物(鼻水・唾液・皮膚病変からの滲出液など)に直接触れることで感染する場合もあります。
まれに「皮膚ジフテリア」といって、傷口に菌が入り込み、皮膚のただれや潰瘍を起こすこともあります。
潜伏期間と感染力
ジフテリアの潜伏期間は通常2〜5日間(最長10日程度)です。
発症後は症状が軽くても菌を排出しており、発症から2〜3週間ほどは他人に感染させる可能性があります。
抗菌薬による治療を受けることで感染力は速やかに低下しますが、未治療の場合は長期にわたって菌を保有し続ける「保菌者」になることがあります。
このため、医療機関ではジフテリアが疑われる患者に対して隔離措置を取ることが義務付けられています。
どんな人が感染しやすいの?
ジフテリアは、ワクチンを受けていない人や、接種から長期間が経過して免疫が低下している人が感染しやすい病気です。
特に次のような人は注意が必要です。
- 定期予防接種を受けていない子ども
- 海外渡航前に追加接種をしていない成人
- 免疫力が低下している人(慢性疾患・高齢者など)
また、感染者の多くは症状が軽い「不顕性感染」である場合もあり、自覚がないまま周囲に感染を広げてしまうこともあります。
そのため、集団免疫(herd immunity)を維持するためにも、社会全体でのワクチン接種率を高く保つことが重要です。
このように、ジフテリアは細菌そのものよりも、その毒素が引き起こす全身障害が問題となる感染症です。
日本ではほぼ見られなくなったとはいえ、海外では今も発生しており、ワクチンの重要性を再認識する必要があります。

2. ジフテリアの主な症状と重症化のリスク
感染の初期には、風邪のような軽い症状から始まりますが、進行すると命に関わる合併症を引き起こすことがあります。
初期症状
- のどの痛み
- 発熱(38〜39℃程度)
- 倦怠感
- 食欲不振
- 首の腫れ
この段階では一見風邪と似ているため、見逃されることもあります。
特徴的な症状
ジフテリアの特徴は、のどの奥に灰白色の膜(偽膜)ができることです。
この膜が厚くなると呼吸が妨げられ、窒息状態になることがあります。
重症例では、首のリンパ節が大きく腫れて「牛の首(bull neck)」と呼ばれる特徴的な腫れ方を示します。
重症化のリスク
ジフテリア毒素は血液を介して全身に広がり、以下のような合併症を起こします。
- 心筋障害(不整脈・心不全)
- 神経障害(麻痺や嚥下障害)
- 腎障害
特に心筋炎は発症後1〜2週間で起こることが多く、致死率を高める要因です。
ワクチンを接種していない子どもや免疫が低下している人では、重症化する可能性が高くなります。
3. 診断と治療の流れ
診断
ジフテリアが疑われる場合、医師は喉の視診で偽膜の有無を確認し、咽頭ぬぐい液から細菌培養検査を行います。
毒素を産生する菌かどうかを調べることが確定診断につながります。
治療
治療は早期対応が最も重要です。主な治療法は以下の通りです。
- 抗毒素血清(DAT:Diphtheria Antitoxin)の投与
ジフテリア毒素を中和するための治療で、発症後できるだけ早く投与する必要があります。 - 抗菌薬(ペニシリン系・エリスロマイシンなど)の投与
細菌そのものを排除する目的で使用されます。 - 呼吸管理や心機能のモニタリング
偽膜による窒息や心筋炎に対応するため、入院・集中治療が必要なこともあります。
適切な治療を受ければ回復が見込めますが、対応が遅れると致命的になる可能性があります。
4. ジフテリアワクチンの効果と接種スケジュール
現在、日本では定期予防接種として「DPTワクチン(ジフテリア・百日せき・破傷風)」または「DPT-IPV(ポリオを含む4種混合)」が使用されています。
接種スケジュール(日本)
- 初回接種:生後3〜12か月の間に3回(20〜56日間隔)
- 追加接種:初回終了後、12〜18か月後に1回
- 就学前・中学生での追加接種:抗体価の維持を目的に再接種が推奨されています
ワクチンの効果は非常に高く、90%以上の予防効果があるとされています。
接種を受けていれば、たとえ感染しても重症化を防ぐことができます。
ワクチンの安全性
DPTワクチンは長年の実績があり、安全性も確立されています。
接種後に一時的な発熱や局所の腫れが見られることがありますが、ほとんどが軽度で自然に回復します。
重い副反応はまれであり、感染によるリスクの方がはるかに大きいため、接種のメリットが圧倒的に上回ります。
5. 海外渡航や大人の再接種について
日本では流行がほとんど見られませんが、東南アジアやアフリカなどでは依然としてジフテリアの発症が報告されています。
海外渡航や長期滞在を予定している方は、**成人も再接種(ブースター接種)**を検討しましょう。
成人の再接種
- 最後の接種から10年以上経過している場合は、抗体が低下している可能性があります。
- 海外渡航時や医療従事者など、感染リスクのある人は**DTワクチン(ジフテリア・破傷風)**を再接種することが推奨されています。
成人のジフテリア感染はまれですが、免疫が十分でない場合には重症化することがあるため、自己防衛の一環として再接種を検討する価値があります。
6. まとめ
ジフテリアは、かつて多くの子どもたちを苦しめた感染症です。
現在ではワクチンによってほぼ制圧されていますが、油断は禁物です。
海外では依然として流行があり、ワクチンの接種率が下がると再流行のリスクが高まります。
覚えておきたいポイント
- ジフテリアは細菌が産生する毒素によって重篤な症状を起こす
- のどの偽膜・呼吸困難・心筋障害などが重症化のサイン
- 早期治療とワクチン接種が最も重要
- 定期接種をしっかり受けることで高い予防効果が得られる
小さな子どもを守るためには、家庭での衛生管理だけでなく、ワクチンで防げる病気(VPD)を確実に予防することが何よりも大切です。
予防接種のスケジュールについて不安がある場合は、小児科医に相談し、適切な時期に接種を済ませましょう。
医師・医学博士 / ヒロクリニック岡山駅前院 院長
資格・所属
- 日本小児科学会 小児科専門医
- 日本小児科学会認定 出生前コンサルト小児科医
この記事は、ヒロクリニック小児科の編集・監修体制にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。
医師 / ヒロクリニック札幌駅前院 院長
資格・所属
- 日本小児科学会 小児科専門医
- 日本アレルギー学会 所属
この記事は、ヒロクリニック小児科の編集・監修体制にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。