百日咳(Pertussis)は、強い咳が数週間から数か月続く感染症であり、特に免疫が未熟な乳幼児にとっては重症化のリスクが高い病気です。発作的な咳や呼吸困難を引き起こすため、早期診断と治療が非常に重要です。小児科では、百日咳を確定診断するために複数の検査方法が用いられています。本記事では、百日咳検査の種類と特徴を詳しく解説し、保護者が知っておくべき検査の流れや注意点をわかりやすく紹介します。
1. 百日咳とは?基礎知識とリスク
百日咳は、ボルデテラ・パータシス(Bordetella pertussis)という細菌によって引き起こされる感染症です。激しい咳が長期間続くのが特徴で、特に生後6か月未満の乳児では呼吸困難や肺炎、けいれんを合併し、重篤な経過をたどることがあります。
かつては「子どもの病気」とされていましたが、思春期や成人でも発症することがあり、そこから乳児へ感染が広がるケースが少なくありません。ワクチン接種により患者数は減少しましたが、ワクチン効果の減弱や追加接種不足により再流行することもあり、現在も油断できない感染症です。
2. 小児科で百日咳が疑われるケース
小児科では以下のような症状が見られる場合、百日咳を疑って検査が行われます。
- 発作的に続く強い咳
- 咳の後に「ヒュー」という笛のような吸気音
- 嘔吐を伴う咳
- 咳が1週間以上続く
- ワクチン未接種または接種直後の乳児での咳症状
特に生後3か月未満の赤ちゃんで咳が続く場合、百日咳の可能性を考慮して検査・入院管理が必要になることがあります。
3. 百日咳検査の基本的な流れ
百日咳が疑われた場合、小児科での検査は以下の流れで進められます。
- 問診:咳の期間、発作の有無、ワクチン接種歴を確認
- 身体診察:呼吸音や咳の特徴を観察
- 検査の実施:鼻咽頭ぬぐい液採取、血液検査など
- 結果判定:検査法により数時間〜数日で結果が判明
検査は症状の出現時期や年齢によって使い分けられ、より確実な診断を得るために複数の検査が組み合わされることもあります。

4. 細菌培養検査の特徴と限界
細菌培養検査は、百日咳の診断において「ゴールドスタンダード」と呼ばれる最も信頼性の高い検査です。鼻咽頭ぬぐい液や吸引液を専用の培地に接種し、百日咳菌(Bordetella pertussis)が実際に増殖するかどうかを確認します。
特徴
- 確定診断に直結:百日咳菌が培養で同定されれば、診断はほぼ確実です。
- 薬剤感受性試験が可能:菌を分離できるため、抗菌薬に対する感受性を調べることができ、治療方針の選択に役立ちます。
- 他の菌との鑑別:同じ Bordetella 属の菌(パラ百日咳菌など)との違いを確認できます。
限界
- 検出率が低下しやすい:発症後2週間を過ぎると菌量が減少し、培養が陰性になることが多いです。
- 抗菌薬投与後は感度低下:すでに治療を開始している場合、菌の増殖が抑えられ検出困難となります。
- 時間がかかる:結果が出るまで5〜7日程度を要するため、急を要する臨床判断には不向きです。
小児科医はこれらの特徴を踏まえ、「確定診断の裏付け」として培養を行いながら、臨床上はPCRや症状と組み合わせて総合的に判断します。
5. PCR検査の精度と利点
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査は、百日咳菌の遺伝子を増幅して検出する方法です。近年、小児科で最も普及している検査であり、早期診断に大きく貢献しています。
利点
- 高感度・高特異度:少量の菌でも検出可能で、発症初期から有効。
- 迅速性:施設によっては数時間〜翌日には結果が判明するため、治療開始の判断を早められます。
- 非侵襲的:鼻咽頭ぬぐい液での採取で済み、乳幼児にも負担が少ない。
課題
- 死菌も検出する:生きた菌でなくてもDNAが残っていれば陽性となるため、必ずしも感染性を反映しない。
- 偽陽性の可能性:検査過程でのコンタミネーション(混入)によって誤判定するリスクがあります。
- 標準化の課題:施設によって感度や精度に差が生じることがあり、解釈には経験が求められます。
PCR検査は「迅速で感度が高い」という点で臨床的に最も有用ですが、結果の解釈は症状や他の検査結果と併せて行う必要があります。
6. 抗体検査(血清学的検査)の役割
抗体検査は、血液中の百日咳菌に対する抗体(IgG、IgAなど)を測定する方法です。特に、発症から時間が経過した例や成人の診断に有用とされます。
特徴
- 感染の証拠を示す:急性期と回復期の2回の血清を比較し、抗体価の上昇があれば「最近の感染」を示します。
- ワクチン効果との関係:抗体価を測定することで、接種歴に基づく免疫の持続を評価することも可能です。
課題
- 初期診断には不適:抗体が上昇するのは発症後1〜2週間以降であり、早期診断には使えません。
- ワクチン接種の影響:直近でワクチンを受けている場合、抗体上昇が感染によるものかワクチンによるものかの区別が難しくなります。
小児科においては、学童期以上や成人の診断補助として使われることが多く、乳児ではあまり第一選択とはされません。
7. 迅速検査の有効性と注意点
百日咳に対する「迅速抗原検査」も存在します。これはインフルエンザやRSウイルスの迅速検査と同様、短時間で結果が得られる利点があります。
有効性
- 数十分〜1時間程度で結果が出るため、外来診療で即座に判断材料を得られる。
- 集団生活をしている子どもにおいて、感染拡大防止のための初期対応に役立つ。
注意点
- 感度が低いため、偽陰性が多い。特に乳児では診断を誤る可能性がある。
- PCRや培養のような確定診断には及ばない。
- 単独で使用するのではなく、他の検査の補助的な役割にとどまる。
臨床的には「陽性なら百日咳を強く疑うが、陰性でも否定できない」というスタンスで使われます。
8. 年齢別にみる検査方法の選択
百日咳の検査は、患者の年齢や発症からの経過日数によって最適な方法が異なります。小児科では次のように使い分けられることが多いです。
乳児(0〜6か月)
- PCR検査+培養検査が第一選択
- 重症化リスクが高いため、迅速かつ確実な診断が求められる。
- 抗体検査はまだ免疫応答が未熟で信頼性が低いため、原則的に用いない。
幼児〜学童期(1歳〜12歳)
- PCR検査が中心
- 発症から時間が経過している場合は抗体検査を追加。
- 学校や園での集団感染を想定し、家族にも検査が行われる場合がある。
思春期・成人
- 抗体検査の役割が大きい
- ワクチン接種から時間が経過していることが多く、PCRでは陰性になりやすい。
- 抗体価の上昇によって最近の感染を推測する。
このように、年齢や免疫状態を考慮して「最も診断精度の高い検査法」を選ぶことが重要です。特に乳児では早期診断が命に直結するため、PCRや培養検査が積極的に選ばれます。
9. 検査結果が出るまでの時間と流れ
- PCR検査:数時間〜翌日
- 培養検査:5〜7日
- 抗体検査:数日〜1週間
結果を待つ間も、臨床症状が強ければ百日咳を想定して治療が開始されることがあります。
10. 家庭でできる観察と受診の目安
検査結果が出るまでの間、家庭では以下の点に注意が必要です。
- 咳の回数や強さを記録する
- 咳で嘔吐する頻度を把握する
- 睡眠中の呼吸停止がないか観察する
- 水分摂取量を確認する
受診の目安
- 生後6か月未満で咳が続く
- 呼吸困難や顔色の変化がある
- 咳き込み後に嘔吐が頻回に起こる
11. Q&A:保護者からよくある質問
Q1. 百日咳の検査は痛いですか?
A. 鼻咽頭ぬぐい液を採取する際に少し違和感がありますが、短時間で終わるため大きな負担はありません。
Q2. PCR検査だけで診断は確定しますか?
A. PCRは感度が高いですが、臨床症状と合わせて診断します。他の検査も補助的に使われます。
Q3. 百日咳検査はどのくらいの費用がかかりますか?
A. 保険診療の対象となるため、自己負担は数千円程度が一般的です。
Q4. 検査結果が出るまで子どもは登園できますか?
A. 感染拡大を防ぐため、結果が出るまでは登園・登校を控えることが推奨されます。
Q5. 家族も検査を受ける必要がありますか?
A. 乳児や基礎疾患のある家族がいる場合、濃厚接触者は検査や予防内服を行うことがあります。
12. まとめ:正確な検査で子どもの命を守る
百日咳は、見逃すと命に関わる危険がある感染症です。小児科では培養検査、PCR検査、抗体検査といった複数の検査を駆使して正確な診断を行います。検査ごとに特徴や限界があるため、医師は症状や発症時期、年齢に応じて最適な方法を選択します。
保護者は、子どもの咳の様子や経過をしっかり観察し、必要なときに速やかに受診することが大切です。正しい検査と早期の治療によって、百日咳による重症化を防ぎ、子どもの健康を守ることができます。
