「百日咳の検査って痛いの?」——保護者が最も気になるのはここではないでしょうか。百日咳(Pertussis)の一次診断には鼻咽頭ぬぐい(スワブ)によるPCRや抗原検査が用いられ、検査そのものは数十秒程度で終わります。ただし、鼻の奥に綿棒を入れる独特の違和感があり、幼いお子さまほど不安や恐怖から抵抗しやすいのも事実です。
本記事では、検査の仕組みと痛みの実際、年齢別の声かけ例・練習方法、当日の流れと準備、検査後のケアや結果の見方までを、小児科外来の現場感を交えて丁寧に解説します。保護者が事前に知っておくほど、お子さまの負担は軽くなります。
1. 百日咳とは:なぜ早期診断が大切?
百日咳はボルデテラ・パータシスによる急性呼吸器感染症で、長引く発作的な咳を特徴とします。乳児では無呼吸・低酸素・肺炎など重症化リスクが高く、早期診断・早期治療が鍵になります。感染初期(カタル期)は風邪に酷似するため見逃されやすく、この段階で確定し抗菌薬(主にマクロライド)を開始できると、周囲への感染拡大の抑制にもつながります。
2. 百日咳の検査法:種類・正確性・所要時間
百日咳を疑ったとき、小児科では状況に応じて以下を組み合わせます。
2-1 PCR(核酸増幅検査)
- 材料:鼻咽頭ぬぐい液(綿棒を鼻の奥まで入れて採取)
- 長所:感度が高く、発症初期から検出可能。確定診断に有用。
- 短所:結果に数時間~翌日以降を要することがある。
- 痛み:鋭い痛みというよりツーンとした強い違和感/涙が出る感覚。
2-2 抗原検査(迅速)
- 材料:鼻咽頭ぬぐい液
- 長所:院内で短時間(15–30分程度)で結果。登園・登校判断の初期目安に。
- 短所:PCRに比べ感度がやや劣るため、陰性でも臨床的に強く疑う場合はPCR追加。
2-3 培養
- 長所:菌そのものを確認でき、疫学的価値が高い。
- 短所:感度・速度の面で日常診療では限定的。結果まで日数。
2-4 抗体検査(血液)
- 位置づけ:発症から時間が経った症例の補助。急性期には第一選択ではない。
- 痛み:採血のチクッとする一瞬の痛み。
ポイント:初期はPCR±迅速抗原が中心。臨床像(発作性咳・咳後嘔吐・夜間増悪・曝露歴)と合わせて総合判断します。
3. 「痛い?」に答える:鼻咽頭スワブの体感と工夫
3-1 子どもが感じる「痛み」とは?
鼻咽頭スワブは「鼻の奥まで綿棒を入れて粘液を採取する検査」で、時間は10〜20秒程度。
- 痛みの実際:鋭い「刺すような痛み」ではなく、鼻の奥を強く刺激されるツーン感が主体。
- 伴う反応:涙が自然に出る、くしゃみ、むずむず感。年齢が低いほど「怖い・嫌だ」という心理反応が強く出やすい。
- 個人差:鼻腔の形や粘膜の敏感さによって「ほとんど気にならなかった」という子もいれば「とても痛い」と感じる子もいる。
3-2 医療者側の工夫
- 適切なスワブ選択:子どもの鼻腔サイズに合った柔らかい細めの綿棒を使用。
- 角度と深さ:上方ではなく鼻の奥へ水平に進めると違和感が少ない。
- 短時間で確実に:もたつくと苦痛が増えるため、一気にスムーズに採取。
- 体位保持:保護者の膝の上で抱っこし、看護師が頭を軽く固定。安全で安心感も得られる。
3-3 保護者のサポート方法
- 事前説明:「ちょっとツンとするけど、すぐ終わるよ」と正直に伝えることが大切。
- カウントダウン法:「3・2・1でおしまい!」と区切りをつける。
- 深呼吸誘導:吸う・吐くを一緒に行うと集中がそちらに向きやすい。
- 気持ちの切り替え:検査後すぐに抱きしめ、よく頑張ったと褒める。小さなごほうび(シールやジュース)も有効。
3-4 年齢に合わせた工夫例
- 乳児:抱っこで安心感、終了後すぐ授乳やミルクで落ち着く。
- 幼児(2〜3歳):検査をゲームに見立てる(「お鼻の中にちょっと探検するよ!」)。
- 学童:理屈で納得させる(「バイキンを探す検査。10秒だけ我慢」)。
- 思春期:プライバシーへの配慮と「すぐ終わるから大丈夫」という信頼関係が大切。
3-5 よくある保護者の不安への回答
- 「泣いてもできる?」 → はい。泣いても採取は可能です。泣くことでむしろ鼻水が前に出やすくなることもあります。
- 「鼻血が出る?」 → 少量の鼻血はまれにありますが自然に止まることが多く、心配はいりません。
4. 年齢別の声かけと練習
0–1歳(乳児)
- 保護者の抱っこ固定が最優先。
- 声かけ例:「いまお鼻をちょっとツンとするよ。ママ(パパ)ここにいるよ。すぐ終わるからね」
- 事前に鼻をやさしく拭く、終了後すぐ抱っこ・授乳で安心を回復。

2–3歳(イヤイヤ期)
- 短い言葉+選択肢:「右からする?左からする?」
- リハーサル:綿棒を見せ「お鼻の奥にチョン、3数えたらおしまい」
- 声かけ例:「3・2・1で終わるよ。いっしょにフーって息、上手だね!」
4–6歳(就学前)
- 見通し×役割付与:「先生のお手伝いできる?」
- 声かけ例:「少し涙が出るかも。鼻の中をコチョコチョしたら終わりだよ」
- ごほうび予告(シール・ぬりえ)で協力度アップ。
学童期(小学校~)
- 理屈で説明:「百日咳のばい菌がいるかを機械で調べる検査だよ。10秒で終わり」
- 自己効力感:「君ならできる。10秒のヒーロー作戦いこう」
- 集中法:「上を見て、壁の点を見つめて深呼吸3回」。
5. 検査当日の流れと準備チェックリスト
5-1 外来の流れ(例)
- 受付・問診票(咳の期間/夜間の増悪/咳後嘔吐/曝露)
- 診察(聴診、咽頭観察、SpO₂)
- 検査の説明→同意
- 採取(鼻咽頭スワブ) → 迅速抗原実施/PCR依頼
- 結果の説明と隔離・登園登校目安、処方、家庭ケア指導
5-2 持ち物
- 保険証・医療証・おくすり手帳
- 体温・咳の回数・嘔吐の有無をメモ
- 替えマスク、ティッシュ、飲み物(咳で喉が渇く)
- 低年齢:お気に入りの絵本・おもちゃ
5-3 準備チェック
- 鼻水が多い場合は事前に軽くかむ/拭く
- 空腹・満腹は避け、少量こまめに水分
- 兄弟同伴時は別スペースまたは短時間で完了できる準備を
6. 検査結果の見方:陽性・陰性・判定保留
陽性
- 臨床診断確定。原則**抗菌薬(マクロライド)**開始。
- 目安として内服開始後5日で感染力は大きく低下。登園・登校は医師の許可に従う。
- 乳児や低酸素・無呼吸を伴う場合は入院評価。
陰性
- 初期や採取タイミングで偽陰性はあり得る。
- 臨床的に強く疑えば再検や**別病原体(RSV、マイコプラズマ、アデノ、COVID-19)**の検査。
- 咳が持続し、夜間増悪・咳後嘔吐が残る場合は経過観察と再受診。
判定保留/不適
- 採取量・タイミング・輸送条件の影響。再採取で対応。
7. 家庭でできるケアと感染対策
- 安静・睡眠:咳は体力を奪う。昼寝を確保。
- 水分:一口ずつ頻回に。乳児は分割授乳。
- 室内環境:加湿50–60%、換気、受動喫煙ゼロ。
- 咳発作時:上体を起こし、前かがみ~横向きで嘔吐に備える。
- 家族内感染対策:マスク・手洗い・タオル共有回避・同室時間短縮。
- 登園登校:医師の指示に従う。集団生活は感染拡大の主因になりやすい。
8. よくある質問(Q&A)
Q1. 百日咳の鼻スワブはどれくらい痛い?
A. 鋭い痛みというより強いツーン感。採取は10–20秒で終了します。
Q2. どちらの鼻からでも同じ?
A. 通りの良い側を優先。診察で医師が判断します。
Q3. 泣いたり動いたらどうする?
A. 膝上抱っこ+頭部ホールドで安全に短時間で済ませます。泣いても検査は可能です。
Q4. 抗原陰性でも百日咳の可能性はある?
A. あります。臨床所見が強ければPCRや再検を行います。
Q5. 検査前に鼻をかんでもいい?
A. 軽くならOK。過度にかむと採取量に影響することがあるため指示に従いましょう。
Q6. 検査後に鼻血が出る?
A. まれに少量の出血。数分で止まることが多い。続く場合は受診を。
Q7. 兄弟にうつさないコツは?
A. マスク・手洗い・タオル別。同室時間を短くし、換気を保つ。
Q8. 検査は何歳から可能?
A. 乳児でも可能。体位固定と熟練があれば安全に実施できます。
Q9. 採血でわかる?
A. 急性期の確定は鼻咽頭検体が基本。採血は補助的です。
Q10. いつ登園・登校できる?
A. 抗菌薬開始後5日が一つの目安。主治医の許可が必要です。
Q11. ワクチンを打っていれば検査不要?
A. いいえ。ブレイクスルー感染もあるため、症状があれば評価します。
Q12. どんな咳なら受診すべき?
A. 1週間以上の咳、夜間増悪、咳後嘔吐、無呼吸・チアノーゼは受診を。
Q13. 自宅でできる痛み対策は?
A. 予告とカウント、深呼吸練習、視線誘導。終了後のハグと称賛が効果的。
Q14. 妊婦や高齢者が家庭にいる場合は?
A. 早期診断とマスク・手洗い徹底。医療者に同居家族の状況を必ず伝える。
Q15. 陰性でも咳が続くときは?
A. 再診し、再検や他病原体の検査、喘息・百日咳以外の長引く咳も鑑別。
9. まとめ
百日咳は早期診断が重症化予防のカギとなる疾患です。鼻咽頭スワブ検査は短時間で済み、強い痛みではなく一時的な違和感が主体です。
本記事の要点を整理すると:
- 検査は短時間(10〜20秒)で終了。
- 痛みというより鼻の奥がツーンとする刺激。涙が出たりむずむずするのは正常反応。
- 医療者はスワブ選択・角度・スピードを工夫して苦痛を最小化。
- 保護者の事前説明・声かけ・抱っこ・カウントダウンが子どもの安心に直結する。
- 年齢に応じた声かけや工夫で「怖い記憶」を減らすことが可能。
- 検査が確定診断につながることで、適切な抗菌薬治療の開始、登園登校判断、家庭内感染防止が可能になる。
- ワクチンによる予防と、症状が出た際の早期受診が子どもを守る最善策。
保護者へのメッセージ
検査を嫌がる子どもを見ると「かわいそう」と感じるのは自然なことです。しかし、その一瞬の検査が命を守る第一歩となります。子どもの不安を和らげる声かけと、検査後の大きなねぎらいこそ、保護者にしかできない大切な役割です。
