百日咳(ひゃくにちぜき)は、強い咳が長期間続く細菌感染症で、特に免疫の未発達な乳幼児にとっては命に関わる深刻な病気です。感染力が非常に強いため、保育園や家庭内での集団感染が起こりやすく、重症化すると呼吸困難や肺炎、脳症などを引き起こす可能性があります。本記事では、百日咳の症状や重症化リスク、治療法、そして最も効果的な予防手段であるワクチン接種について、小児科の専門的視点から詳しく解説します。
1.百日咳とはどんな病気?
百日咳(ひゃくにちぜき)は、ボルデテラ・パータシス(Bordetella pertussis)という細菌によって引き起こされる呼吸器感染症です。
名前の「百日」は、強い咳の発作が長く続き、ときに数週間から数か月に及ぶことからつけられています。
特徴
- 主な症状:連続する激しい咳、咳の後に「ヒュー」という笛のような音(吸気性笛声)が出ることが多いです。
- 乳児に危険:特に免疫が未発達な生後間もない赤ちゃんは、咳き込みによる呼吸困難や無呼吸、肺炎、けいれんなどを起こしやすく、命に関わることがあります。
- 長引く咳:大人や年長児では重症化しにくいですが、咳だけが長引くケースがあり、風邪と間違えられることも少なくありません。
感染経路
- 飛沫感染:咳やくしゃみで飛び散るしぶきを吸い込むことで感染します。
- 家庭や保育園、学校など、人が密集する場所で広がりやすいのが特徴です。
- 特に 乳児への感染源は、両親やきょうだい、大人であることが多いです。
なぜ怖いのか
- 生後数か月の乳児はまだワクチン接種が完了していないため、重症化や死亡リスクが高いです。
- 咳で呼吸が止まってしまい、酸素不足から脳に影響を与えることもあります。
- 日本でも乳児の命を守るために、百日咳は定期予防接種の対象疾患とされています。
予防
- **四種混合ワクチン(DPT-IPV)**や五種混合ワクチンに百日咳の成分が含まれており、赤ちゃんの定期接種として導入されています。
- 妊婦さんが妊娠後期にワクチンを接種することで、母体から赤ちゃんに抗体が移り、出生直後の感染リスクを下げられる「母子免疫」も注目されています。
- 家族全員がワクチン接種を受け、**赤ちゃんを守る“コクーン(繭)戦略”**を取ることも推奨されています。
2. 百日咳の主な症状と重症化のリスク
主な症状
- 発熱は軽度またはほとんどなし
- 連続する激しい咳発作
- 咳の後に「ヒューッ」と吸い込む特有の呼吸音
- 嘔吐や顔色の変化
重症化リスク
乳児が感染すると以下の合併症を起こす可能性があります。
- 呼吸停止や低酸素症
- 肺炎
- 脳症や痙攣
- 死亡例も報告あり
特に 生後6か月未満の乳児は入院管理が必要になるケースが多く、早期対応が重要です。
3.百日咳の感染経路と広がり方
主な感染経路:飛沫感染
- 百日咳は 飛沫感染 によって広がります。
- 患者が せきやくしゃみをしたときに飛び散る細菌を含んだ小さな飛沫(しぶき) を、近くにいる人が吸い込むことで感染します。
- 飛沫は空気中を長く漂うことはありませんが、1〜2メートル程度の距離でうつる可能性が高く、特に近い距離での接触が多い場所で広がりやすいです。
集団生活での広がり
- 保育園や幼稚園、学校などの 集団生活の場 では、子ども同士が近距離で遊んだり食事をしたりするため、感染が短期間で広がりやすくなります。
- 小さな子どもは咳やくしゃみを手で押さえられないことも多く、咳をした手でおもちゃや机に触れる → それを別の子どもが触れる → 口や鼻に触れる という間接的な広がりも起こります。
- そのため、ひとりが感染するとクラスや家庭内に一気に広がることがあります。
家庭内感染の特徴
- 百日咳の感染源で多いのは 家族内 です。
- 特に ワクチンを打っていない大人や、免疫が弱まった年長児・思春期の子ども が「うつす側」になることが多いです。
- 赤ちゃん自身はワクチンをまだ接種していない、または接種途中で十分な免疫がついていないため、最も感染しやすく、重症化しやすい立場にあります。
感染を防ぐためにできること
- 家族や周囲の大人も含めて、ワクチン接種を済ませることが最も効果的です。
- せきやくしゃみの症状があるときは、マスク着用・手洗い・換気を徹底することが大切です。
- 特に乳児がいる家庭では、「コクーン(繭)戦略」 と呼ばれる、赤ちゃんの周囲の大人がワクチンを受けて守る方法が推奨されています。
4.百日咳の診断と治療法
診断方法
百日咳は「長く続く咳」が特徴ですが、風邪や気管支炎、喘息などと症状が似ているため、症状だけでは判断が難しいことがあります。そこで、以下のような検査が行われます。
- 症状の特徴からの診断
- 数週間以上続く強い咳
- 咳の後に「ヒュー」と音を伴う吸い込み(笛声様呼吸)
- 咳き込みで嘔吐したり、乳児では無呼吸になることもあります。
- 数週間以上続く強い咳
- 鼻咽頭ぬぐい液による検査
- 鼻の奥から綿棒でぬぐい液を採取し、
- PCR検査:遺伝子レベルで百日咳菌を検出する方法。感度が高く、現在の主流。
- 細菌培養:菌を直接培養して調べる方法。ただし結果が出るまで数日かかります。
- PCR検査:遺伝子レベルで百日咳菌を検出する方法。感度が高く、現在の主流。
- 鼻の奥から綿棒でぬぐい液を採取し、
- 血清抗体検査
- 血液中の抗体を調べることで、過去や現在の感染を判断できます。
- 発症してから時間が経った場合に有用です。
- 血液中の抗体を調べることで、過去や現在の感染を判断できます。
治療方法
百日咳の治療は、抗菌薬による治療と症状に応じた支持療法に分けられます。
- 抗菌薬(マクロライド系)
- 第一選択は マクロライド系抗菌薬(クラリスロマイシン、エリスロマイシン、アジスロマイシンなど)。
- 特に 発症初期(咳が出始めて2週間以内) に投与すると、菌の増殖を抑え、他人への感染拡大を防ぐ効果があります。
- ただし、発作性の咳が始まってしまった後は、咳そのものを止める効果はあまり期待できません。
- 第一選択は マクロライド系抗菌薬(クラリスロマイシン、エリスロマイシン、アジスロマイシンなど)。
- 乳児の管理(入院が必要な場合)
- 生後6か月未満の赤ちゃんは重症化しやすいため、入院管理されることがあります。
- 治療には以下が行われます:
- 酸素投与:咳き込みによる低酸素状態を防ぐ
- 点滴:咳や嘔吐で水分が取れない場合に脱水を防ぐ
- 吸引:痰や分泌物を取り除き呼吸を楽にする
- 酸素投与:咳き込みによる低酸素状態を防ぐ
- 生後6か月未満の赤ちゃんは重症化しやすいため、入院管理されることがあります。
- その他の対症療法
- 咳止めの薬はあまり効果がなく、逆に症状を悪化させる場合もあるため、通常は使われません。
- 安静と十分な休養、室内の加湿などがサポートになります。
- 咳止めの薬はあまり効果がなく、逆に症状を悪化させる場合もあるため、通常は使われません。
ポイントまとめ
- 早期診断・早期治療が重要:初期に抗菌薬を使えば、感染を広げにくくできる。
- 咳は長く残る:抗菌薬を飲んでも咳そのものは数週間続くことがある。
- 乳児は特に注意:呼吸困難や合併症を起こしやすいため、入院治療が必要になることも多い。

5.百日咳予防とワクチンの重要性
なぜワクチンが必要か
- 百日咳は乳児が重症化しやすい病気で、命に関わることもあります。
- 特に生後数か月の赤ちゃんはまだ免疫がなく、感染すると入院や合併症のリスクが高いです。
- そのため、ワクチン接種が最も有効な予防方法とされています。
五種混合ワクチンとは?
- 日本では以前は「四種混合ワクチン(DPT-IPV)」で百日咳・ジフテリア・破傷風・ポリオを予防していました。
- 近年は「五種混合ワクチン」となり、さらに ヒブ感染症(髄膜炎や喉頭蓋炎などを起こす)も同時に予防できるようになっています。
- これにより、注射の回数が減り、赤ちゃんの負担が軽くなるメリットもあります。
接種スケジュール(標準的な流れ)
- 開始時期:生後2か月から
- 初回接種:3回(生後2・3・4か月)
- 追加接種:1回(1歳~1歳半頃)
- できるだけ早く免疫をつけるため、生後2か月になったらすぐに接種を始めることが推奨されています。
- 接種が遅れると、その間に感染リスクが高まってしまいます。
家族や周囲の大人の予防も大切
- 赤ちゃんは接種が始まっても、十分な免疫がつくまでに時間がかかります。
- そのため、両親やきょうだい、大人がワクチンを接種して赤ちゃんを守る(コクーン戦略) も重要です。
6. 家庭でできる百日咳の感染対策
1. マスクの着用と咳エチケット
百日咳は 飛沫感染 で広がるため、咳やくしゃみがある人は必ずマスクを着用することが大切です。
小さな子どもはマスクが難しい場合もあるので、周囲の大人が 咳エチケット(ティッシュや肘で口を覆う) を徹底しましょう。
2. 家庭内での手洗い・消毒
帰宅後や食事前、トイレの後は 石けんでの手洗い を習慣にします。
ドアノブ・スイッチ・おもちゃなど、みんなが触れる場所は定期的に アルコールや次亜塩素酸ナトリウムで消毒 することが効果的です。
赤ちゃんが触れる哺乳瓶や食器は、常に清潔に保ちましょう。
3. 人ごみをさける
百日咳は 密閉された場所や人が多く集まる環境で広がりやすいため、特に乳児を連れての外出では人ごみを避けることが推奨されます。
流行時期や感染者が多い地域では、ショッピングモール・イベント会場・混雑した公共交通機関の利用をできるだけ控えることが大切です。
7. 最新の研究と今後の課題
① ワクチン効果が長く続かない
- 今使われている「無細胞百日咳ワクチン」(DTaPやTdap)は、接種から数年で免疫が弱まることがわかっています。
- そのため、思春期や大人で再び患者が増える原因となっています。
- 最近の研究では、新しく設計された組換えワクチンで「5年後も抗体が持続する」という報告があり、改良が進んでいます。
② 思春期・大人への追加接種
- **海外(アメリカCDCなど)**では、
- 11〜12歳での追加接種
- 妊婦は妊娠のたびに接種
- 必要に応じて成人にもブースター接種
が推奨されています。
- 11〜12歳での追加接種
- WHOも同様に「思春期・大人への追加接種」を認めています。
- 日本ではまだ定期化されていませんが、今後議論が進む可能性があります。
③ 妊婦へのワクチン(母子免疫)
- 妊娠後期に母親がワクチンを接種すると、母体から赤ちゃんに抗体が移行し、生まれてすぐの赤ちゃんを守ることができます。
- 海外の研究では、乳児の百日咳リスクが50〜90%減少することが示されています。
- 一方で、赤ちゃんが生後に受ける定期ワクチンとの「干渉(ブランキング)」については、まだ研究が続けられています。
④ 原因菌の変化(ワクチン効果への影響)
- 百日咳菌の中には、ワクチンの主要成分であるパータクチン(PRN)を欠く菌株が増えています。
- また、遺伝子変異(抗原ドリフト)が起こっていて、ワクチンが効きにくくなる可能性も指摘されています。
- そのため、抗原設計の見直しや新しいワクチンの開発が課題です。
⑤ 次世代ワクチンの開発
- 現在研究が進んでいるのは、「長く効いて、うつさない」タイプのワクチンです。
- 特に注目されているのが、経鼻の生ワクチン(BPZE1)。
- 鼻から接種して、菌の「すみつき(定着)」を防ぐ
- 粘膜で働くIgA抗体を誘導し、人から人へうつしにくくする
- 鼻から接種して、菌の「すみつき(定着)」を防ぐ
- そのほか、外膜小胞(OMV)型や新しいアジュバント(免疫を強める物質)を使った研究も進んでいます。
⑥ 公衆衛生上の課題
- 百日咳流行は「ワクチン効果の減弱」「菌の変化」「診断技術の向上」など複数の要因が絡んでいます。
- 今後は、定期接種+思春期・妊婦・成人の追加接種をどう組み合わせるか、各国のデータを参考に見直す必要があります。
- 特に 母親の妊娠中接種と、家族・保育関係者の接種(コクーン戦略)を組み合わせることが、乳児を守る最も効果的な方法とされています。
8. Q&A:よくある疑問とその回答
Q1. ワクチンを接種しても感染しますか?
A. 感染する可能性はありますが、重症化を防ぐ効果が高いです。
Q2. 大人がかかると軽症ですか?
A. 咳が長引くだけと思われがちですが、大人も激しい咳に苦しみ、周囲への感染源となります。
Q3. 兄姉が百日咳にかかった場合、赤ちゃんはどうする?
A. 医師の指示に従い、必要に応じて抗菌薬で予防投与が行われることもあります。
9. まとめ:重症化を防ぐためにできること
百日咳は乳幼児にとって命に関わる危険な感染症ですが、ワクチン接種を適切に行い、家庭や保育園での感染対策を徹底することで予防が可能です。特に 妊婦や家族の追加接種による赤ちゃんの防御 は大切な取り組みです。
保護者は「うちの子はまだ小さいから大丈夫」と思わず、家族全体での予防策を考える必要があります。百日咳から子どもを守るために、正しい知識と早めの行動を心がけましょう。
