子どもの咳が長引くと「ただの風邪?」それとも「何か別の病気?」と心配になる保護者は少なくありません。特に学童期を中心に流行する「マイコプラズマ肺炎」は、発熱やしつこい咳を伴うため注意が必要です。この記事では、小児科診療の現場でよく見られるマイコプラズマ感染症について、原因から治療、家庭でのケアまでを専門的に解説します。
1. 子どもの咳が長引くときに考えられる病気
子どもの咳は、風邪や軽い呼吸器感染症によって起こることが多く、多くの場合は1〜2週間程度で自然に軽快します。ところが、2週間以上続く咳や、夜間・運動時に悪化する咳は注意が必要です。咳が長引く背景には、複数の病気が隠れている可能性があります。以下に代表的な病気を挙げ、それぞれの特徴を詳しく解説します。
① マイコプラズマ肺炎
- 特徴:頑固な乾いた咳が長期間続く。発熱と全身の倦怠感を伴うことが多い。
- 経過:通常の風邪よりも長く、熱は数日続き、咳は解熱後も数週間残る場合がある。
- リスク:集団生活の場で感染が広がりやすく、学校や園で流行を起こしやすい。
② 百日咳
- 特徴:夜間に激しい咳き込みが続き、「ヒューッ」と息を吸い込む独特の音を伴う。
- 合併症:咳き込みで嘔吐することがあり、特に乳児では無呼吸やけいれんを起こす危険がある。
- ポイント:ワクチンで予防できるが、免疫が弱まった年長児や大人から感染するケースもある。
③ 気管支炎・気管支喘息
- 急性気管支炎:風邪の延長で発症し、痰のからんだ咳が長く続く。
- 気管支喘息:季節の変わり目やアレルギー因子で悪化しやすく、「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という呼吸音が特徴。夜間・早朝に咳が強く出る傾向がある。
- 注意点:繰り返す長引く咳や発作は、喘息の可能性を示すサイン。早期の診断と治療で症状をコントロールできる。
④ 副鼻腔炎(蓄膿症)
- 特徴:鼻水や鼻づまりとともに咳が長引く。特に夜間や朝方に咳が出やすい。
- 原因:鼻水が喉へ流れ込む「後鼻漏(こうびろう)」によって咳反射が起こる。
- 見分け方:透明〜黄色の鼻水が長く続いている場合は副鼻腔炎を疑う。
⑤ 胃食道逆流症(GERD)による咳
- 特徴:寝ているときや食後に咳が出る。
- 原因:胃酸が逆流して気道を刺激し、慢性的な咳を引き起こす。
- チェックポイント:吐き戻しや胃の不快感を伴うことがある。
⑥ アレルギー性咳嗽(せきそう)
- 特徴:鼻炎やアトピー性皮膚炎を持つ子どもに多く、痰が出ない乾いた咳が続く。
- 経過:風邪と違って熱が出ず、長期間改善しない。
- 関連性:ダニ・ハウスダスト・花粉などが原因となることが多い。
⑦ その他の病気
- RSウイルス感染症:乳幼児に多く、強い咳やゼーゼーが続く。重症化すると細気管支炎に。
- 新型コロナウイルス感染症:咳・発熱のほか、嗅覚・味覚異常や全身倦怠感を伴うこともある。
- 肺結核(まれだが重要):家族や周囲に結核患者がいる場合は要注意。
咳が長引いたときの受診の目安
以下のような場合には、早めに小児科を受診しましょう。
- 2週間以上咳が続いている
- 夜間に咳で眠れない、呼吸が苦しそう
- 発熱が3日以上続く、または再び熱が出た
- 嘔吐・胸痛・ゼーゼーした呼吸を伴う
- 食欲が落ち、元気がない
2. マイコプラズマ肺炎とは?
マイコプラズマ菌の正体
マイコプラズマ肺炎は、**Mycoplasma pneumoniae(マイコプラズマ菌)**という病原体によって引き起こされる呼吸器感染症です。
この菌は非常に小さく、細菌とウイルスの中間的な性質を持っているのが特徴です。
- 細胞壁を持たないため、ペニシリン系など一般的な抗生物質は効果がありません。
- そのため、治療にはマクロライド系抗菌薬など特殊な抗菌薬が必要となります。
- 感染してから症状が出るまでの潜伏期間は2〜3週間と比較的長く、その間に他人に感染させてしまうリスクがあります。
好発年齢と流行パターン
- 5〜15歳の学童期に多く発症しますが、乳幼児や大人でもかかることがあります。
- 学校や保育園など集団生活の場で流行しやすく、兄弟間の感染もよく見られます。
- 流行は4〜5年ごとに大きなピークを迎える傾向があり、日本でも全国的な流行がニュースになることがあります。
- 季節的には夏から秋にかけて患者数が増加する傾向がありますが、実際には一年を通して発生します。
感染経路
- 主に 飛沫感染(咳やくしゃみで飛んだしぶきを吸い込む)によって広がります。
- また、感染者が触れた手でドアノブや玩具などに触れ、それを別の人が触ってから鼻や口に触れることで 接触感染も起こります。
- マイコプラズマ菌は比較的感染力が強く、家族内感染率も高いといわれています。
病態の特徴
マイコプラズマ肺炎は、通常の細菌性肺炎と比べると症状が比較的軽く進行するため「非定型肺炎」と呼ばれます。
ただし、軽いという意味ではなく、診断が難しく見逃されやすいという特徴があります。
- 発熱・咳・倦怠感が主症状
- 咳は乾いた咳から始まり、徐々にしつこい咳に移行
- 熱は38℃前後が多いが、場合によっては高熱になることもある
- 一部の患者では気管支喘息の悪化や中耳炎・皮膚症状を伴うこともある
他の病気との違い
- 一般的な風邪:数日〜1週間で回復することが多い
- マイコプラズマ肺炎:熱が数日続き、咳は数週間残ることがある
- インフルエンザ:高熱・強い倦怠感が急激に出現するのに対し、マイコプラズマは比較的ゆっくり発症する
このため、発症初期には「ただの風邪」と思われやすく、受診が遅れるケースもあります。
社会的影響
マイコプラズマ肺炎は、重症化することはまれですが、流行すると学級閉鎖や園の集団欠席につながることがあります。
また、治療に使う抗菌薬に対して耐性菌が増えていることも問題で、抗菌薬の使い分けが小児科医にとって大きな課題となっています。
3. 主な症状と風邪との違い
マイコプラズマ肺炎の特徴は「しつこい咳」と「発熱」です。
- 発熱:38℃前後の発熱が数日間続く
- 咳:乾いた咳が強く、夜間に悪化しやすい
- 倦怠感:体力の低下、食欲不振
- 胸痛や呼吸困難:進行すると肺炎症状が強まる
一般的な風邪では数日で熱が下がりますが、マイコプラズマ肺炎では1週間以上咳が続き、解熱後もしばらく残るのが特徴です。
4. 診断方法と検査の流れ
小児科では、症状や経過に加えて以下の検査を行うことがあります。
- 胸部レントゲン:肺炎像を確認
- 迅速検査:喉や鼻のぬぐい液を用いて判定(精度はやや低め)
- 血液検査:炎症反応や抗体価の上昇を確認
臨床的には「発熱+咳が長引く+学校や園で流行中」という状況が強い診断の手がかりになります。

5. 治療法と家庭でのサポート
マイコプラズマ肺炎の治療には、**マクロライド系抗菌薬(クラリスロマイシンなど)**が第一選択とされます。耐性菌が増えているため、効果が不十分な場合にはテトラサイクリン系やニューキノロン系を検討することもあります(ただし年齢制限あり)。
家庭でのサポート
- 十分な休養:睡眠をしっかり確保する
- 水分補給:脱水を防ぐため、こまめに水分を摂る
- 室内環境の調整:加湿で咳を和らげる
- 咳エチケット:兄弟や家族への感染拡大を防止
咳止めの市販薬は効果が限定的であり、小児には推奨されません。必ず医師の指示に従いましょう。
6. 登園・登校の目安
マイコプラズマ肺炎は感染力が強いものの、インフルエンザのように明確な出席停止期間はありません。一般的には以下を目安にします。
- 解熱後2〜3日経過
- 全身状態が回復し、咳が軽快している
ただし、学校や園ごとに対応が異なるため、主治医や施設に確認することが大切です。
7. 予防のために家庭でできる工夫
ワクチンは存在しないため、日常生活での予防が重要です。
- 手洗い・うがいの習慣化
- タオルや食器の共有を避ける
- 十分な睡眠と栄養バランスの良い食事
- 換気をこまめに行う
特に兄弟がいる家庭では、感染を広げないための配慮が欠かせません。
8. まとめ:早めの受診で安心を
子どもの咳は、単なる風邪の症状であることも少なくありません。しかし、**「1週間以上咳が続く」「夜間に悪化して眠れない」「熱が何日も続く」**といった場合には、マイコプラズマ肺炎などの感染症を疑う必要があります。
特にマイコプラズマ肺炎は、学童期に多く見られ、流行すると学校や園全体に広がることもあります。治療が遅れると肺炎が進行し、長引く咳や全身のだるさが続くだけでなく、無理に登校・登園を続けた結果、体力を消耗して重症化するケースもあります。
小児科での診察では、症状の聞き取りや検査を通じて原因を特定し、抗菌薬による適切な治療が行われます。耐性菌が問題になることもあるため、処方された薬は自己判断で中止せず、必ず医師の指示通りに最後まで服用することが重要です。
また、治療に並行して家庭でのケアも欠かせません。休養と水分補給を徹底し、室内を清潔で適度な湿度に保つことが回復を早めます。咳が残っている間は無理に外出せず、兄弟や家族への二次感染にも注意を払いましょう。
さらに、予防の観点からも日常生活でできる工夫が大切です。手洗い・うがい・十分な睡眠・栄養バランスのとれた食事は、免疫力を高め、再感染や他の感染症を防ぐうえで役立ちます。
最後に強調したいのは、「少しでも不安を感じたら、早めに小児科を受診すること」です。咳や発熱が長引いても「様子を見よう」と放置せず、専門家に相談することで安心につながります。保護者が正しい判断をし、医師と協力して対応することが、子どもの健康を守る一番の近道です。
