小児科医に聞くマイコプラズマの正しい知識

2025.09.08

「子どもの咳が長引いている」「発熱が続いているのに風邪薬が効かない」――そんなときに疑われるのがマイコプラズマ感染症です。特に学童期の子どもに多く見られるこの病気は、普通の風邪やインフルエンザと症状が似ているため、保護者が見分けにくいのが特徴です。この記事では、小児科医の視点からマイコプラズマ感染症の基礎知識を整理し、症状・検査・治療法・家庭での注意点までを詳しく解説します。正しい知識を身につけて、お子さんの健康を守るための参考にしてください。

1. マイコプラズマ感染症とは

マイコプラズマ感染症は、Mycoplasma pneumoniae(マイコプラズマ・ニューモニエ)という細菌に似た微生物によって起こる呼吸器感染症です。細菌とウイルスの中間のような存在で、細胞壁を持たないため通常の抗菌薬(ペニシリン系やセフェム系)では効果がありません。

主に小児から若年成人に多く見られ、特に 5〜14歳の学童期 に集中して発症する傾向があります。「歩く肺炎(walking pneumonia)」と呼ばれるほど、重症化せずに学校生活を続けながら感染が広がるケースも多く、集団生活の場で流行することがあります。

2. 子どもに多い症状と特徴

マイコプラズマ感染症は、風邪やインフルエンザと症状が似ているため、見逃されがちです。しかし、症状にはいくつか特徴があります。特にが長引くのが特徴であり、これが他の呼吸器疾患との違いを示します。

主な症状

  1. 長引く咳
    • マイコプラズマ感染症では、咳が非常に長引くことがあります。風邪による咳は通常1週間程度で治まりますが、マイコプラズマの場合、2〜3週間以上続くこともあります。特に夜間に悪化することが多く、寝ている間に咳がひどくなり、夜間に何度も目が覚めることがあります。
  2. 軽度から中等度の発熱
    • 発熱は38℃前後のことが多いです。高熱が出ることは少なく、むしろ微熱から中程度の熱が数日間続きます。急激に熱が上がることはなく、風邪よりも長期間にわたって症状が続く傾向があります。
  3. 喉の痛みや声のかすれ
    • 喉の痛みや乾燥感を伴うことがあります。喉がイガイガしたり、声がかすれてしまうことも特徴的です。これにより、飲み込むのが痛くなり、食欲が落ちる場合もあります。
  4. 頭痛や倦怠感
    • 頭が重く感じたり、全身がだるく感じることがよくあります。倦怠感が強く、普段の活動ができないほど疲れることがあります。
  5. 胸痛や息苦しさ
    • マイコプラズマが肺に広がると、胸痛呼吸困難を引き起こすことがあります。これは肺炎に進展した場合に見られ、呼吸が浅くなったり、息をするのが辛くなることがあります。
  6. 腹痛や下痢
    • 一部の子どもでは、腹痛や下痢を訴えることがあります。これらの症状は、マイコプラズマが消化器に影響を与えるためと考えられています。

特徴的な症状

  • 発熱があまり高くならず、代わりに咳が長引く
  • 咳が悪化する夜間や朝方
  • 声がかすれたり、喉の痛みが強い
  • 倦怠感が強く、体力を奪う

これらの症状が続く場合、早期に小児科を受診することが重要です。特に咳が2週間以上続く場合呼吸が辛そうに見える場合は、専門的な診断を受けるべきです。

3. 感染経路と流行の傾向

マイコプラズマ感染症は、主に飛沫感染接触感染で広がります。特に学校や保育園、幼稚園などの集団生活の場では、感染が広がりやすいです。

感染経路

  1. 飛沫感染
    • 咳やくしゃみによって、マイコプラズマが含まれる飛沫が空気中に放出されます。この飛沫を吸い込むことで感染します。感染者が周囲にいる環境では、長時間密閉空間で過ごすと感染リスクが高くなります。
  2. 接触感染
    • 感染者が咳やくしゃみをした手で物を触り、その後、他の人がその物を触ることによって感染します。マイコプラズマは、物の表面にしばらく残ることがあり、手洗いを怠ると感染する可能性が高くなります。

流行の傾向

  • 流行の時期
    マイコプラズマ感染症は、通常秋から冬にかけて流行することが多いですが、一年を通じて発生することもあります。特に学校が始まるタイミング(秋)や、集団生活が活発になる時期に流行が増える傾向があります。
  • 流行の周期
    マイコプラズマは3〜7年周期で流行の波が現れることがあります。これは、感染者の免疫が一定の期間で減少し、再び流行するためです。
  • 集団生活の場での感染拡大
    学校や保育園などの集団生活の場では、感染が広がりやすく、特に同じ教室や施設内で感染が広がることが多いです。また、部活動や遊びの中での密接な接触が感染を助長することもあります。

4. 検査方法と診断の流れ

診断には以下の方法があります。

  • 迅速抗原検査:咽頭ぬぐい液を用いて判定(ただし感度が低い場合あり)
  • 血液検査:抗体価の測定(結果判明に時間がかかる)
  • 胸部X線:肺炎が疑われる場合に有用

小児科では症状や流行状況を総合的に判断して診断を行い、必要に応じて抗菌薬治療を開始します。

5. 治療法と抗菌薬の選び方

マイコプラズマにはペニシリンやセフェム系は効かないため、マクロライド系抗菌薬(クラリスロマイシン、アジスロマイシンなど)が第一選択となります。

しかし近年では マクロライド耐性株 が増加しており、効果が乏しい場合は テトラサイクリン系(ドキシサイクリン)ニューキノロン系(レボフロキサシンなど) が検討されます。ただし小児への投与には年齢制限があるため、医師の判断が不可欠です。

6. 自宅でのケアと生活上の注意点

マイコプラズマ感染症は、通常は家庭内でのケアを中心に治療が行われますが、適切なサポートを行うことで、子どもが早期に回復しやすくなります。自宅でできるケアは、症状の軽減だけでなく、感染の拡大を防ぐためにも重要です。

1. 十分な水分補給

  • 水分補給が最も重要です。発熱や咳が続くと、体が水分を失いやすくなるため、十分に水分を摂取することが大切です。
  • お茶やスポーツドリンクイオン飲料などが効果的です。食欲が落ちることもあるため、無理に食べ物を摂取させるのではなく、こまめに水分を補うことを心がけましょう。
  • また、温かい飲み物(例えば温かいスープやお湯)を摂取することで、喉の痛みを和らげる効果もあります。

2. 休息と安静

  • 十分な休息と睡眠が回復を促進します。マイコプラズマ感染症は、体力を消耗する病気ですので、無理に活動させず、安静に過ごさせることが大切です。
  • 学校や保育園を休むことが、早期回復に繋がります。早期に寝かせることで、免疫力が高まり、回復を早めることができます。
  • 静かな環境を整えることも大切です。大きな音や明るい照明は疲れを増す原因となるため、リラックスできる環境作りを心がけましょう。

3. 加湿と空気の管理

  • 乾燥した空気は咳を悪化させるため、部屋の湿度を保つことが重要です。加湿器を使って、適切な湿度(50%程度)を保つようにしましょう。
  • 乾燥した空気が原因で喉の痛みや咳がひどくなることがあるため、加湿器やぬれタオルを部屋に吊るすことも効果的です。
加湿器

4. 咳やくしゃみのエチケット

  • マイコプラズマ感染症は飛沫感染によって広がるため、咳やくしゃみをする際には、ティッシュハンカチで口と鼻を覆うように教えましょう。
  • 使用したティッシュやハンカチはすぐに捨て、手を洗うことが感染拡大を防ぐために重要です。
  • マスクを着用させることも有効です。特に家族内で他のメンバーへの感染を防ぐために、咳をする際はマスクを着用させることをお勧めします。

5. 食事の工夫

  • 病気のときは食欲が落ちやすいですが、無理に食べさせるのではなく、消化の良い食事を提供しましょう。
  • スープやお粥などの軽い食事がオススメです。食べやすく、栄養が摂取できるものを選んでください。
  • 小分けに食べさせると良いです。1回の食事量を少なくし、回数を増やすことで、子どもが食べやすくなります。
  • ビタミンCや亜鉛が豊富な食材(果物や野菜)を摂取することも免疫力向上に役立ちます。特に柑橘類緑黄色野菜はオススメです。

6. 体温管理

  • 体温が高くなりすぎると、体力が消耗し、症状が悪化する可能性があるため、体温をしっかり管理しましょう。
  • 38℃以上の発熱が続く場合は、解熱剤を使うことが一般的です。ただし、解熱剤を使用する際は、必ず小児科の指導を受けることが大切です。使用する薬剤や服用のタイミングを医師に確認しましょう。
  • 冷却シートやぬるま湯での温度管理を行い、体温を安定させることも重要です。

7. 清潔な環境を保つ

  • 手洗い・うがいを徹底させることが感染拡大防止には最も効果的です。特に、外から帰ってきた後や食事の前後にしっかりと手を洗わせましょう。
  • 寝具やタオルの交換をこまめに行い、家族内での二次感染を防ぎます。また、子どもが触れる場所や物(おもちゃやドアノブなど)も定期的に消毒しましょう。

8. 他の家族メンバーへの配慮

  • 家庭内での感染拡大を防ぐために、可能であれば子どもを別の部屋で休ませ、食事や使用する物(タオル、食器など)を分けて使用することをお勧めします。
  • 兄弟姉妹がいる場合は、早期の受診と隔離が重要です。症状が出ていない場合でも、他の家族に感染しないように配慮が必要です。

7. 登園・登校の目安

学校保健安全法ではマイコプラズマ感染症は登校禁止疾患には指定されていません。ただし、小児科医は「咳や発熱が落ち着き、全身状態が良い」と判断してから登園・登校を再開するよう指導します。

8. 予防のためにできること

  • 手洗い・うがいの徹底
  • 咳エチケット(マスク着用)
  • 規則正しい生活で免疫力を維持
  • 学校や園での流行時は早めの受診

9. 保護者がよく抱く疑問Q&A

Q1. マイコプラズマは自然に治ることもありますか?

A. はい、軽症の場合、マイコプラズマ感染症は自然に回復することもあります。しかし、咳が長引く場合や他の症状がひどくなる場合は、適切な治療が必要です。特に肺炎に進展するリスクがあるため、症状が長引いたり、悪化したりした場合は早期に受診をお勧めします。

Q2. インフルエンザとの違いは何ですか?

A. インフルエンザは急激に高熱が出るのが特徴ですが、マイコプラズマ感染症は発熱が比較的穏やかで、咳が長引くのが特徴です。また、インフルエンザは体全体に強いだるさや筋肉痛を伴いますが、マイコプラズマは咳や喉の痛みが中心になります。

Q3. マイコプラズマは家族にうつりますか?

A. はい、家族内感染はよくあります。特に兄弟姉妹や同居している家族が感染する可能性が高いです。咳やくしゃみで飛沫が広がり、同じ空間で過ごすことで感染が広がります。

Q4. 受診のタイミングはいつですか?

A. 咳が1週間以上続く、または熱が続く場合は受診をお勧めします。また、呼吸が苦しそう、食事が取れない、胸が痛いなどの症状が見られる場合はすぐに受診するべきです。

Q5. 予防方法はありますか?

A. 手洗いやうがいを徹底し、咳エチケットを守ることが基本的な予防法です。また、学校や園で流行が始まった場合は、早めの受診と休養を心がけましょう。

10. まとめ

マイコプラズマ感染症は、子どもにとって一般的な呼吸器感染症ですが、症状が長引いたり悪化したりすることがあるため、早期の診断と治療が重要です。咳が長引く、発熱が続くといった場合には、小児科の受診をお勧めします。適切な治療と自宅でのケアを通じて、子どもが早期に回復できるようサポートしていきましょう。