悪性黒色腫(メラノーマ)は、進行すると極めて治療が困難な皮膚がんですが、近年では免疫チェックポイント阻害薬、がんワクチン、標的放射線療法など、さまざまな画期的治療法が開発されています。本記事では、術前免疫療法から最先端の標的α線療法、ウイルスベクター療法まで、国内外の最新の臨床試験や研究成果を多数取り上げ、専門性を担保しつつ読みやすくまとめました。
1. 術前免疫療法による再発リスクの大幅低減
オランダの NKI‑AVL が実施した第 III 相臨床試験「NADINA 試験」によると、切除可能なステージ III 悪性黒色腫に対して、術前にニボルマブ(Opdivo)+イピリムマブ(Yervoy)を2コース行った上でリンパ節郭清を行う群は、術後にオプジーボ単剤を行う群に比べて12ヶ月無イベント生存率が 83.7% と、57.2% に比べて著しく改善。イベント発生リスクも 26.5%減少した(ハザード比 0.3)という結果が発表されました。
これにより、術前に免疫系を活性化させて腫瘍を弱体化させる“ネオアジュバント免疫療法”の価値が裏付けられ、新たな標準治療へ向けた期待が高まっています。
2. 免疫チェックポイント阻害薬の拡大適応と進展
(1)ステージ II B/C 患者への術後補助療法としてオプジーボ承認
米国 FDA は、ステージ II B/C の根治切除後患者に対する術後補助療法として、オプジーボの使用を承認しました。CheckMate‑76K 試験では、再発または死亡のリスクが 58%低減(HR 0.42)し、1 年時点の無再発生存率もオプジーボ群で 89%(プラセボ群は 79%)に改善されたことが示されました。
この承認により、手術後の再発リスク軽減を目的とした免疫療法が、より早期の段階から利用可能になりました。
(2)免疫無応答例への新たな選択肢:PAI‑1阻害薬 TM5614
東北大学では、抗PD‑1 抗体(オプジーボ)が無効な進行期悪性黒色腫に対し、PAI‑1 阻害薬 TM5614 とオプジーボの併用治療を第 II 相で検証。奏効率は 25.9%、重大な有害事象も少なく、安全性・有効性ともに期待される結果でした。
免疫無応答症例にも有効な新たなターゲットとして注目されています。
3. 標的α線治療:アスタチン‑211 薬剤の飛躍的進化
千葉大学ほかの共同研究チームが、アスタチン‑211(^211At)を標識したペプチド薬剤([211At]NpG‑GGN4c)を開発。α線を放出するこの核種は高エネルギーで短距離照射が可能であり、治療抵抗性の高い悪性黒色腫に対して高い治療効果が期待され、副作用も少ないとのことです。
European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging 誌に掲載されたこの成果は、標的アルファ線治療の将来性を強く示唆しています。
4. キイトルーダ+アバスチン併用療法で脳転移にも対応
脳転移のある未治療メラノーマに対して、ペムブロリズマブ(キイトルーダ)+ベバシズマブ(アバスチン)の併用療法を第 II 相試験で検証。頭蓋内奏効率は 54.1%、頭蓋外奏効も 56.3%、PFS中央値は 2.2 年、OS中央値は 4.3 年、4 年 OS は 51.6% という優れた成績が示されました。
脳転移を有する患者への治療選択肢として、有望な結果です。
5. ワクチン療法:NHS の DNA ワクチン試験(iSCIB1+)が始動
英国 NHS は、革新的な DNA ワクチン iSCIB1+ による悪性黒色腫治療の臨床試験(SCOPE trial)を推進しており、2025年10月まで患者募集予定です。この針を用いない注入法により、腫瘍バイオマーカーを免疫系に“見せる”ことで、免疫のがん認識と攻撃力を向上させる狙いがあります。
CVLP(Cancer Vaccine Launch Pad)と連携し、2030年までに1万人の患者にこの試験を提供する構想も進行中です。

6. ウイルスベクター療法:HSV‑1 ベースの新戦略
米国南カリフォルニア大学の研究チームは、遺伝子改変した単純ヘルペスウイルス1型(HSV‑1)を用い、RP1 というウイルスベクターとオプジーボを併用する新療法を開発。140 名の進行メラノーマ患者に対し試験を実施した結果、約 3割が腫瘍サイズ30%以上縮小、さらに 約6分の1が完全消失したとの結果が報告されました。
この治療は、大型の第 III 相試験中で、FDA による優先審査も受けており、きわめて注目度の高いアプローチです。
ただし、同じ RP1 を開発していた Replimune 社は、FDA により「Ignyte」試験結果をもとにした承認申請を拒否され、株価が大きく下落するなど課題も浮き彫りになっています。
7. 海外の注目治療:TIL や患者の取り組み
オーストラリア・ブリスベン在住の Maddy Pepper さんは、従来の治療が奏功せず、イスラエルのシェバ医療センターで行われる TIL(腫瘍浸潤リンパ球)免疫療法を受けるため渡航。TIL は自家の免疫細胞を活用するがん治療であり、有効性が期待される一方、費用も非常に高額です(米国では150万ドル、イスラエルでは25万ドル程度)。
このような患者による実践例は、治療アクセスの格差や倫理的課題も含め、医療界にとって重要な示唆になります。
8. 日本国内で進む臨床研究と治療体制の整備
悪性黒色腫に対する新たな治療法の多くは海外からの導入が中心ですが、近年は日本国内でも先進的な臨床研究が進んでいます。たとえば、国立がん研究センター中央病院では、免疫チェックポイント阻害薬に対するバイオマーカーの探索研究が進行しており、「どの患者に、どの免疫療法が効くのか」を事前に予測する個別化医療への取り組みが始まっています。
さらに、慶應義塾大学病院などでは、メラノーマのゲノム解析を通じて、日本人に特有な遺伝的変異と薬剤反応性の関係が明らかになりつつあります。これは、欧米人と比較して有効性に違いがある一部の薬剤(たとえば BRAF 阻害薬など)の適応判断をより精密にするうえで、重要な知見となります。
また、全国がんプロフェッショナル養成プランなどの政策支援を背景に、地方中核病院におけるがんゲノム医療の提供体制も整備されつつあり、患者が専門的な治療へアクセスできる環境が広がっています。
9. 今後の展望と課題:治療の多様化とアクセス格差への対応
悪性黒色腫の治療は、免疫療法、標的治療、放射線療法、手術療法が複雑に組み合わさる「多モダリティ治療」へと進化しています。患者一人ひとりに最適な治療法を選択するには、高度な診断能力と治療連携体制が不可欠です。
一方で、多くの新規治療は高額であり、保険適用の可否や公的支援の有無によっては、治療を受けられるかどうかが大きく左右されます。特に、TIL療法やCAR-T療法、ウイルス療法といった先端医療は、現段階では臨床試験または自由診療の枠にとどまっており、一般患者への普及にはまだ時間がかかります。
さらに、地方在住患者の都市部医療機関への移動負担や、情報格差によって治療選択に影響が出るケースも見受けられます。国や自治体、医療機関による情報発信の強化、セカンドオピニオン制度の普及、遠隔医療の活用など、患者支援の仕組みも今後ますます重要になります。
おわりに:希望ある未来に向けて
悪性黒色腫という難治性がんに対して、医学界は「治せない病」から「制御可能な病」への転換を目指して、めざましい進歩を遂げています。特に近年の研究では、治療の個別化と免疫療法の多様化が一段と進んでおり、患者のQOL(生活の質)向上も視野に入れたケアが実現しつつあります。
患者自身も、信頼できる医療チームと共に、最新情報を理解しながら治療の意思決定に関わっていくことが重要です。そして医療提供側も、単に「治す」ことだけでなく、患者の人生に寄り添う医療を志す必要があります。
悪性黒色腫との闘いは決して容易ではありませんが、確実に治療の選択肢は増えています。本記事が、患者・家族・医療従事者それぞれの意思決定や理解の一助となれば幸いです。














