【第3章】日本におけるGMO(遺伝子組換え作物)およびゲノム編集食品の役割と受容

Posted on 2025年 5月 21日 春の空に咲き誇る桜の木。日本の自然美と季節の移ろいを象徴する静かな風景。

この記事の概要

日本はGMO作物を大量に輸入しながらも、国民の多くはその実態を知らずに口にしています。さらに、ゲノム編集技術の登場により、私たちの「食」のあり方は静かに変わりつつあります。本記事では、最新の調査データと制度背景をもとに、GMOとゲノム編集食品の現状と課題をわかりやすく解説します。 本記事は、全4回にわたるシリーズコラム「遺伝子組み換え食品」の第3回です。

遺伝子技術をめぐる日本のパラドックス

🔬 遺伝子組換え作物シリーズ(全4章)

黄色い花の中央に静かにとまるマルハナバチ。自然環境と昆虫の繊細な関係性を象徴する印象的な瞬間。

世界が急速にバイオテクノロジーを食料生産に取り入れていく中、日本はこの流れにおいて独特な立場をとっています。日本は、遺伝子組換え作物(Genetically Modified Organisms: GMO)や、それを使用した加工食品の輸入大国でありながら、国内でのGMO作物の栽培は一切行われておらず、消費者の受容も限定的で、しばしば否定的です。

この状況は、単なる規制や貿易の問題にとどまらず、日本人の食に対する価値観、自然との共生意識、技術に対する慎重さなど、文化的背景が深く関わっています。

例えば、日本では大豆やトウモロコシ、ナタネなど、GMO作物を原料とした食品がスーパーに並んでいますが、その多くは「遺伝子組換えであるかどうかの表示」が免除されており、消費者がその存在に気づかないまま口にしているケースも少なくありません。消費者の間では、「不自然」「よく分からない」という感覚的な拒否反応が強く、食品表示や科学的説明が不十分なまま、議論は置き去りにされがちです。

しかし近年、CRISPR(クリスパー)などの最新技術によって生まれたゲノム編集食品(Gene-Edited Foods)に対しては、従来よりも柔軟な受け止め方が見られるようになってきました。特に、味の向上や健康促進など、消費者に明確なメリットがある製品は、より前向きに受け入れられる傾向が出てきています。

日本のGMO輸入:貿易と食料安全保障の現実

輸入依存の現状とその背景

日本は自給率が低く、多くの農産物を海外から輸入しています。GMOに関しても例外ではなく、実際には世界的にも有数のGMO作物の輸入国となっています。2024年9月時点の米国農務省外国農業局(United States Department of Agriculture Foreign Agricultural Service: USDA FAS)の報告によると、日本は334品目の遺伝子組換え食品を食品用途として承認しており、輸入の自由化に対応しています。

2022〜2023年度のマーケティング年(※農業貿易の年度区分)における輸入実績は以下の通りです:

  • トウモロコシ(corn):約1,500万トン(主に飼料用)
  • 大豆(soybeans):約330万トン(主に食品・油脂用)
  • ナタネ(canola):約200万トン(主に食用油に加工)
  • GMO原料を含む加工食品:数十億ドル規模の価値

これらの数字は、日本の食料安全保障と加工食品産業、畜産飼料業界において、GMO輸入がどれほど重要な位置を占めているかを物語っています。

特に大豆は、豆腐・納豆・味噌・醤油といった日本の伝統食品の基幹原料であり、GMO大豆の輸入なしには安定供給が成り立たない状況です。言い換えれば、日本人が日々口にする伝統的な食品の多くが、実は輸入されたGMO作物に支えられているのです。

国内栽培:承認されながらも実現しない背景

一方、日本国内ではどうでしょうか? 実は、日本政府はこれまでに205件の環境安全性審査を通じて、157品目のGMO作物の国内栽培を承認しています。これらの審査は、科学的根拠に基づいて行われたもので、環境や人体への影響がないとされた作物ばかりです。

しかし、実際にこれらのGMO作物を栽培している日本の農家はゼロです。つまり、承認はされていても実際には誰も栽培していないという状態が続いています。

その要因は、消費者からの強い拒否感、農家の風評リスクへの懸念、行政手続きの煩雑さなどが複合的に絡んでいます。これは、科学的合理性と社会的受容の間に横たわる大きなギャップの象徴ともいえるでしょう。

規制制度:革新と慎重さの間の絶妙なバランス

複数省庁による連携と国際基準との整合

日本では、バイオテクノロジー食品の安全性は、以下の3省庁によって監督されています:

  • 農林水産省(MAFF)
  • 厚生労働省(MHLW)
  • 環境省(MOE)

これらの省庁は、食品安全委員会(Food Safety Commission: FSC)を通じて連携し、食品や環境への影響について審査を行っています。

また、2003年に施行されたカルタヘナ法(Cartagena Act)は、遺伝子組換え生物による生物多様性への影響を防ぐことを目的とし、国際的なバイオセーフティ(biosafety)規定に準拠した日本独自の法律です。

ゲノム編集技術に対する転換点:2019年の決定

2019年、環境省は重要な方針転換を発表しました。従来のGMOと異なり、外来遺伝子を組み込まずにDNAを編集するゲノム編集技術(特にSDN-1:Site-Directed Nuclease type 1)については、カルタヘナ法の規制対象外とする決定を下したのです。

この技術は、CRISPR-Cas9のようなツールを使って、生物の遺伝情報を「精密に、かつ自然変異に近い形」で編集できるという特徴があります。

さらに、消費者庁(Consumer Affairs Agency)は、ゲノム編集食品について表示義務を課さないと決定しました。これは、編集された結果が「自然変異」と見分けがつかず、従来育種(conventional breeding)と区別できないという理由によるものです。

しかし、この決定には消費者団体や一部の科学者からの批判もあり、「知らないうちに食べさせられることへの不安」や、「選択の自由を奪う行為ではないか」といった倫理的懸念が提起されています。

2024年10月時点で、7品目のゲノム編集食品が規制協議を完了し、そのうち4品目が既に市場に流通しています。

国民の意識:調査と文献から見えてきた本音

全国調査にみる受容の実態

2024年に山口・江崎・伊藤の研究グループが発表した全国的なオンライン調査(2022年実施、N=1,111名)は、日本人のゲノム編集食品に対する意識を多角的に明らかにしました。

13種類のゲノム編集食品に対する試食意欲スコア(0〜5)の平均は以下の通りです:

製品平均スコア(5点満点)
美味しい米(Good-tasting rice)2.8
高リコピン・トマト(High-lycopene tomatoes)2.7
認知症予防ジャガイモ(Dementia-preventive potatoes)2.6
高糖度メロン(High-sugar melons)2.6
高収量の米(High-yield rice)※生産者向け2.1
温厚な性格のマグロ(Docile tuna)※動物福祉2.0

この結果は、日本の消費者が「自分に直接メリットがあるかどうか」を重視していることを示唆しています。健康に良い、または美味しいといった恩恵が明確であれば、技術的な懸念を乗り越えやすいという傾向が見られました。

自由記述に表れた心理構造

調査の自由回答からは以下のような傾向が読み取れます:

  • 無関心・曖昧な感情(37.95%):「よく分からない」「なんとなく不安」といった回答が目立ちました。
  • 不自然さへの嫌悪(8.11%):「人工的で気持ち悪い」「自然のままが良い」という感覚が根強く存在。
  • 健康志向(7.0%)と味への関心(6.6%):プラス評価はこれらの要素に集約。
  • 新規技術への慎重さ:変化に対する保守的な姿勢が背景に。
  • 個人的な嗜好(4.46%):技術とは無関係な好みで判断する人も。
  • 動物倫理への関心(1.03%):特に動物を対象とした技術への懸念が目立つ。
  • 専門用語への困惑:特に「ゲノム編集」という用語自体が一般には理解しづらいと感じられている。

メディアと情報の影響力

情報が不足していると、不安が増幅されることがあります。2021年のバイオテクノロジー情報普及会議(Council for Biotechnology Information Japan)の調査によると、ゲノム編集技術の社会的・環境的メリットについて学んだ後、半数以上の人が見方を肯定的に変えたと回答しています。

テレビやSNSを通じたポジティブな報道は、消費者の受容を促す一方、リスクだけを強調するような報道はかえって不信感を強める可能性があります。

結論:日本が進むべき選択の道

日本のGMOおよびゲノム編集食品に対する対応は、経済、規制、文化が複雑に絡み合う中で慎重に進められています。今後、バイオテクノロジーが食品の主流になるにつれ、日本は次のような課題に直面しています:

  • 科学的知見をわかりやすく伝える教育と広報
  • 選択の自由を保障する透明性の高い表示制度の確立
  • 消費者が主体的に参加できる対話と議論の場の創出
  • 自然観や倫理観への配慮を欠かさない政策設計

世界の食がバイオテクノロジーによって再構築されつつある今、日本はその変革をどう受け入れるのか――それは、日本の未来の「食」だけでなく、「社会のあり方」をも問う選択なのです。

引用文献