別名・関連疾患名
- 18p欠失症候群
- 18番染色体短腕欠失症候群(Deletion 18p syndrome)
- 18pモノソミー(Monosomy 18p)
- 部分的18番染色体モノソミー(Partial monosomy 18p)
- ド・グルーシー症候群 1型(de Grouchy syndrome type 1)
※歴史的な名称です。18q欠失症候群を2型と呼びます。
対象染色体領域
18番染色体 短腕(p)全域または部分領域
本疾患は、ヒトの18番染色体の「短腕(pアーム)」と呼ばれる部分の遺伝物質が欠失することによって生じます。
【染色体異常の詳細】
- 全短腕欠失: 短腕の全て(p11.32からセントロメア付近まで)が失われているケースが最も一般的です。
- 部分欠失: 短腕の一部だけが欠失しているケースもあります。
- 切断点(Breakpoint): 欠失が始まる場所(切断点)は患者さんによって異なりますが、多くの症例ではセントロメア(染色体のくびれ部分)の非常に近くで切断が起きています(centromeric deletion)。
この領域には、脳の形成や成長、神経伝達に関わる重要な遺伝子が含まれており、それらが「ハプロ不全(2つあるはずの遺伝子が1つになり、機能が足りなくなること)」の状態になることで、多彩な症状が引き起こされます。
発生頻度
約50,000人に1人
- 疫学: 新生児の約50,000人に1人の割合で発生すると推定されています。希少疾患(Rare Disease)に分類されますが、染色体欠失症候群の中では比較的よく知られている疾患の一つです。
- 性差: 女性の患者さんが男性よりもわずかに多い傾向があります(女性:男性 = 約3:2)。この理由は現時点では完全には解明されていません。
臨床的特徴(症状)
18p deletion syndromeの症状は、患者さんによって非常に個人差(可変表現性)が大きいことが最大の特徴です。
重度の脳奇形を伴うケースもあれば、軽度の学習障害と低身長のみで社会生活を送っているケースもあり、一概に「こうなる」と言い切れない多様性があります。
以下に、主要な特徴を系統別に解説します。
1. 身体的特徴・顔貌(Craniofacial features)
多くの患者さんに共通する、愛らしい特徴的なお顔立ちが見られますが、成長とともに目立たなくなることもあります。
- 顔の形状: 丸い顔(Round face)。
- 目: 眼瞼下垂(Ptosis:まぶたが下がっている)、眼間開離(目が離れている)、内眼角贅皮(目頭の皮膚の被さり)、斜視。
- 鼻: 低く平坦な鼻根、短い鼻。
- 口・顎: 大きな口(Macrostomia)、口角が下がっている、小顎症(あごが小さい)。
- 耳: 耳が大きい、位置が低い、耳介の変形が顕著(Protruding ears)。
- 歯: 虫歯になりやすい、歯並びが悪い、歯質の形成不全。単一中切歯(前歯が真ん中に1本しかない)が見られる場合は、後述する全前脳胞症の微細な徴候である可能性があります。
2. 成長・内分泌(Growth & Endocrinology)
- 低身長(Short stature):
- 本症候群の最も一般的な特徴の一つです。出生時は正常範囲内であることが多いですが、成長とともに身長の伸びが緩やかになり、最終的に低身長(-2SD以下)となることが多いです。
- 成長ホルモン欠乏症: 一部の患者さんでは、成長ホルモン(GH)の分泌不足が確認されていますが、GH分泌が正常でも低身長になることがあります。
- 甲状腺機能異常:
- 甲状腺機能低下症や、自己免疫性甲状腺炎のリスクがあります。
- 性成熟:
- 多くの場合、思春期の発来や性発達は正常ですが、無月経や性腺機能低下が見られる場合もあります。女性患者での出産例も報告されています。
3. 神経発達・認知機能
- 知的障害(ID):
- 軽度から中等度の知的障害を伴うことが一般的です。
- 平均的なIQは45〜50程度と報告されていますが、幅が広く、正常知能(Normal IQ)の方から重度の障害を持つ方まで様々です。
- 言語発達の遅れ:
- 全般的な発達遅滞の中でも、特に「言葉の遅れ(Speech delay)」が顕著です。
- 構音障害(発音がはっきりしない)や、表現性言語(話すこと)の困難さが目立ちますが、理解力(受容言語)は比較的保たれていることが多いです。
- 非言語的なコミュニケーション(ジェスチャーなど)が得意な傾向があります。
4. 神経学的所見(Neurology)
- 筋緊張低下(Hypotonia):
- 乳幼児期に体が柔らかく、首すわりや歩行開始が遅れる原因となります。
- ジストニア(Dystonia):
- 近年、特に注目されている症状です。
- 自分の意思とは無関係に筋肉が収縮し、体がねじれたり、異常な姿勢をとったりする不随意運動です。
- 思春期から若年成人期にかけて発症することがあり、18p領域にあるGNAL遺伝子の欠失が関与していると考えられています。
- てんかん:
- 約10〜15%の患者さんにけいれん発作が見られますが、多くの場合は薬物療法でコントロール可能です。
5. 頭蓋内病変:全前脳胞症(Holoprosencephaly; HPE)
本症候群において最も注意すべき重篤な合併症です。
- 病態: 胎児期に脳が左右(右脳と左脳)に分離するプロセスが不完全になる先天異常です。
- 頻度: 18p欠失症候群の患者さんの約10〜15%に見られます。
- 重症度:
- 脳が全く分離しない最重度(Alobar HPE)から、部分的な分離不全(Semilobar/Lobar HPE)、あるいは脳梁欠損のみ、さらにはMRIでやっとわかる程度の微細なもの(Microform HPE)まで、スペクトラム(幅)があります。
- 顔面正中部の形成不全(単一中切歯など)は、HPEの存在を示唆する重要なサインです。
- 原因: 18p領域にあるTGIF1遺伝子の欠失が主なリスク因子とされています。
6. 免疫系・その他
- 免疫異常:
- IgA欠乏症: 免疫グロブリンAが低値となり、風邪を引きやすい、中耳炎を繰り返すなどの易感染性が見られることがあります。
- 自己免疫疾患: 関節リウマチ、円形脱毛症、白斑などの自己免疫疾患を発症するリスクが一般集団より高いとされています(PTPN2遺伝子などの関与が示唆されています)。
- 整形外科:
- 側弯症、漏斗胸、脊椎の異常、手足の変形(外反肘、短い指など)。
原因
18番染色体短腕の欠失による、遺伝子のハプロ不全が原因です。
1. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 患者さんの約3分の2は、両親からの遺伝ではなく、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精後の初期段階で偶然発生した突然変異です。この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは低いです。
- 家族性転座などの構造異常:
- 残りの約3分の1は、以下のような複雑な染色体異常に関連しています。
- 不均衡転座: 親が「均衡型転座」を持っており、子供に欠失部分が遺伝した場合。
- 派生染色体: 重複と欠失が同時に起きている場合。
- リング染色体18(Ring 18): 染色体の両端が切れて輪っか状になり、短腕と長腕の両方が一部欠失しているタイプ(この場合、18q-症候群の症状も混ざります)。
- 残りの約3分の1は、以下のような複雑な染色体異常に関連しています。
2. 責任遺伝子と表現型相関
18p領域のどの遺伝子がどの症状に関わっているか、研究が進んでいます。
- TGIF1: 全前脳胞症(HPE)の原因遺伝子の一つ。脳の正中線形成に関与。
- GNAL: ジストニア(不随意運動)の原因遺伝子。線条体での神経伝達に関与。
- TWSG1: 頭蓋顔面の形成異常(小顎症や耳の異常)に関与する可能性。
PTPN2: 自己免疫疾患のリスクに関与。
診断方法
臨床症状(低身長、発達遅滞、特徴的顔貌)から本疾患を疑い、遺伝学的検査で確定します。
- 染色体検査(Gバンド法):
- 従来から行われている検査です。大きな欠失であればこれで診断可能ですが、微細な欠失は見逃されることがあります。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 現在のゴールドスタンダードです。欠失の正確なサイズ、切断点、含まれる遺伝子を詳細に特定できます。
- 画像検査:
- 頭部MRI:全前脳胞症(HPE)や脳梁欠損の有無を確認するために必須です。
- 脳下垂体MRI:成長ホルモン分泌不全が疑われる場合に行います。
治療方法・医学的管理
欠失した染色体を修復する根本的な治療法はありません。
治療は、患者さん一人ひとりの症状に合わせた対症療法、合併症の早期発見・管理、そして療育による発達支援が中心となります。一生涯にわたる包括的なケア(トータルケア)が重要です。
1. 成長・内分泌管理
- 低身長:
- 定期的な身体計測を行い、成長曲線をモニタリングします。
- 成長ホルモン分泌刺激試験を行い、分泌不全が確認された場合は成長ホルモン療法の適応となります。分泌不全がない場合でも、SGA性低身長(胎内発育不全)などの基準を満たせば治療可能な場合があります。
- 甲状腺:
- 少なくとも年に1回は甲状腺機能(TSH, Free T4)と甲状腺自己抗体をチェックし、機能低下があればホルモン補充療法を行います。
2. 神経・発達支援
- 療育(早期介入):
- 診断後早期から、理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
- 特に言語訓練は重要です。手話や絵カード、タブレット端末(AAC)などの代替コミュニケーション手段も積極的に取り入れます。
- 教育:
- 知的発達の程度に合わせ、特別支援教育や通級指導など、個別に適した学習環境を整えます。
- ジストニア対策:
- 思春期以降に不随意運動が出現した場合は、神経内科医による評価を受け、内服薬やボトックス治療などを検討します。
3. 合併症のスクリーニングと管理
- 全前脳胞症(HPE):
- 軽度のHPEであっても、ナトリウムバランスの異常(尿崩症など)や内分泌異常を伴うことがあるため、注意深い管理が必要です。
- 聴覚・眼科:
- 定期的な聴力検査と視力検査を行います。眼瞼下垂が強く視野を妨げる場合は手術を検討します。
- 歯科:
- 虫歯リスクが高いため、定期的な歯科検診とフッ素塗布、早期治療を行います。
- 免疫:
- 感染症を繰り返す場合は免疫グロブリン値を測定します。また、関節痛などの症状があれば自己免疫疾患の検索を行います。
4. 家族支援と遺伝カウンセリング
- 次子の妊娠を考えている場合など、両親の染色体検査(転座の有無)を行うかどうかについて、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーと相談します。
- 親が均衡型転座保因者の場合、再発リスクは高くなりますが、De novo(突然変異)であればリスクは低いです。
- 患者会などを通じて、同じ悩みを持つ家族とつながることも大きな支えとなります(米国のChromosome 18 Registry & Research Societyなどが著名です)。
まとめ
18p deletion syndromeは、18番染色体の短腕が欠失することで生じる疾患です。
「言葉の遅れ」や「身長の伸び悩み」などがきっかけで発見されることが多いですが、その症状の現れ方は十人十色です。
重篤な脳の合併症を持つお子さんもいれば、ゆっくりながらも成長し、学校を卒業して就労している方もたくさんいます。
この疾患と付き合っていく上で大切なのは、**「定期的な健康チェック」**です。甲状腺や成長ホルモン、歯、耳などの全身管理を継続することで、健康上のトラブルを未然に防ぎ、QOL(生活の質)を高めることができます。
また、人懐っこく、非言語的なコミュニケーション能力に長けているお子さんが多いとも言われています。
医療チームと連携し、その子の個性を理解した適切なサポートを行うことで、豊かな人生を歩んでいくことが可能です。
参考文献
- GeneReviews® [Internet]: 18p Deletion Syndrome. Initial Posting: February 13, 2001; Last Update: November 19, 2020. Authors: Hasi-Zaleska M, et al.
- (※本疾患の臨床マネジメント、遺伝学、カウンセリングに関する最も信頼できる包括的なガイドライン。)
- Chromosome 18 Registry & Research Society: 18p- Syndrome Guidebook.
- (※世界最大の患者支援団体による詳細なガイドブック。生活上のアドバイスや最新の研究成果が網羅されています。)
- Turleau, C. (2008). Monosomy 18p. Orphanet Journal of Rare Diseases, 3:4.
- (※疾患の歴史、臨床的特徴、診断基準などをまとめたレビュー論文。)
- Cody, J.D., et al. (2009). Genotype-phenotype correlations for the 18p- syndrome. American Journal of Medical Genetics Part A.
- (※TGIF1などの遺伝子と臨床症状(全前脳胞症など)の関連性を詳細に解析した研究。)
- Graziadio, C., et al. (2009). Clinical features of patients with 18p deletion syndrome.
- (※実際の患者データに基づいた身体的特徴や合併症の頻度に関する報告。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 18p deletions (2021).
- (患者家族向けのわかりやすいガイドライン。)
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


