別名・関連疾患名
- 18q欠失症候群
- 18q-症候群(18q minus syndrome)
- 18番染色体長腕欠失症候群(Deletion 18q syndrome)
- ド・グルーシー症候群 2型(de Grouchy syndrome type 2)
※1964年にGrouchyらによって報告されたため、歴史的にこう呼ばれます(18p欠失は1型)。 - 18qモノソミー(Monosomy 18q)
- 部分的18番染色体モノソミー(Partial monosomy 18q)
- 遠位18q欠失症候群(Distal 18q deletion syndrome)
対象染色体領域
18番染色体 長腕(q)末端領域(18q21-qter)
本疾患は、ヒトの18番染色体の「長腕(qアーム)」と呼ばれる部分の遺伝物質が欠失することによって生じます。
18q欠失には大きく分けて「遠位欠失(Distal deletion)」と「近位欠失(Proximal deletion)」の2つのタイプがありますが、一般的に「18q deletion syndrome」や「18q-症候群」と言う場合、最も頻度の高い**「遠位欠失(18q21から末端までの欠失)」**を指すことがほとんどです。本記事でも主にこの遠位欠失について解説します。
【ゲノム上の詳細とサブタイプ】
- 遠位欠失(Classic type):
- 18q21、18q22、または18q23などのバンドから染色体の末端(テロメア)までの領域が欠失しています。
- この領域には、脳の神経伝達(ミエリン形成)に関わるMBP遺伝子や、成長ホルモンに関連する遺伝子などが含まれており、本症候群の特徴的な症状(低身長、知的障害、白質形成不全)の原因となります。
- 近位欠失(Interstitial type):
- 18q11.2〜18q21.1周辺の中間部分が欠失し、末端は残っているタイプです。
- 症状は遠位欠失と一部重複しますが、特徴が異なるため、近年では別の疾患単位(Proximal 18q deletion syndrome)として区別されることがあります。
発生頻度
約40,000人に1人
- 疫学: 新生児の約40,000人〜55,000人に1人の割合で発生すると推定されています。これは染色体欠失症候群の中では比較的頻度が高い部類に入ります(18p欠失症候群よりもわずかに多いとされています)。
- 性差: 男女比に大きな差はなく、ほぼ同等の頻度で発生します。
人種差: 特定の人種や地域による偏りは報告されておらず、世界中で見られます。
臨床的特徴(症状)
18q deletion syndromeの症状は多岐にわたりますが、欠失している遺伝子の範囲や種類によって個人差(可変表現性)があります。
しかし、**「低身長」「聴覚障害」「特徴的な顔貌」「知的発達の遅れ」**の4つは、多くの患者さんに共通してみられる中核的な特徴です。
1. 成長・内分泌(Growth)
多くの患者さんにおいて、身体的な成長の遅れが見られます。
- 低身長(Short stature):
- 患者さんの約80%以上に低身長(-2SD以下)が認められます。
- これは、成長ホルモン(GH)の分泌不全による場合と、ホルモンは正常だが骨の反応が悪い場合の両方があります。
- 18q領域には成長ホルモンの働きを助ける遺伝子(GALR1など)が含まれており、これらの欠失が関与していると考えられています。
2. 神経発達・認知機能
- 知的障害(ID):
- 軽度から中等度の知的障害を伴うことが一般的ですが、幅が広いです。
- 重度の障害を持つ方もいれば、境界域知能や正常範囲のIQを持ち、大学へ進学し自立した生活を送っている方もいます。
- ミエリン形成不全(Dysmyelination):最重要の特徴
- 本症候群のほぼ100%の患者さんに、脳MRI検査で**「白質の信号異常(T2高信号)」**が見られます。
- これは、神経細胞の軸索を覆う絶縁体である「ミエリン(髄鞘)」の形成が不十分なためです。
- 原因は、18q23領域にある**MBP遺伝子(Myelin Basic Protein)**の欠失です。
- 驚くべきことに、画像上は顕著な異常(脳の配線が真っ白に見えるなど)があっても、実際の神経症状(麻痺など)は軽微であることが多く、画像所見と臨床症状の解離(Mismatch)が本疾患の特徴といえます。しかし、神経伝達速度の低下により、反応の遅さや協調運動のぎこちなさにつながっています。
- 言語発達:
- 運動発達に比べて、言葉の遅れが目立つ傾向があります。
- 筋緊張低下(Hypotonia):
- 乳幼児期に体が柔らかく、運動発達のマイルストーン(首すわり、歩行など)が遅れる原因となります。
3. 耳・聴覚(Ears & Hearing)
診断の決め手となる非常に特徴的な所見です。
- 外耳道狭窄・閉鎖(Aural atresia/stenosis):
- 患者さんの約60〜80%に、耳の穴(外耳道)が非常に狭い、あるいは塞がっているという特徴が見られます。これは18q22.3領域にあるTSHZ1遺伝子の欠失が関与しています。
- 伝音性難聴:
- 外耳道が狭いため、音が鼓膜に届きにくく、難聴になりやすいです。また、中耳炎を繰り返しやすい傾向もあります。
- 耳介の変形:
- 対耳輪(耳の軟骨の隆起)が目立つ、耳の位置が低いなどの特徴があります。
4. 特徴的な顔貌(Craniofacial features)
成長とともに変化しますが、共通した特徴(Midface hypoplasia)が見られます。
- 中顔面低形成(顔の中央部が平坦、窪んでいる)
- 鯉のような口(Carp-shaped mouth):口角が下がり、上唇が富士山型をしている。
- 眼間開離(目が離れている)、内眼角贅皮。
- 深い眼窩(目が奥まっている)。
5. 骨格・四肢
- 先細りの指(Tapered fingers): 指先に向かって細くなる、独特の指の形をしています。
- 足の変形:
- 内反足(Clubfoot)や、足指の変形(重なり指)が見られることがあります。
- “Rocker-bottom feet”(揺り椅子状底足)と呼ばれる足の裏の形が見られることもあります。
- 関節: 関節リウマチなどの自己免疫疾患のリスクがやや高いという報告もあります。
6. 行動・精神面
- 自閉スペクトラム症(ASD):
- 社会的コミュニケーションの苦手さやこだわりなど、ASDの特性を持つ頻度が高いです。
- 気分障害:
- 思春期以降、不安障害やうつ症状などのメンタルヘルスの問題が生じることがあり、注意深いサポートが必要です。
7. その他の合併症
- 免疫系: IgA欠乏症などにより、感染症にかかりやすい場合があります。
- 腎臓: 腎奇形(馬蹄腎など)が稀に見られます。
自己免疫疾患: 甲状腺機能低下症やセリアック病などのリスクが報告されています。
原因
18番染色体長腕(18q)の欠失による、遺伝子のハプロ不全が原因です。
1. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 患者さんの約80%以上は、両親からの遺伝ではなく、精子や卵子の形成過程、あるいは受精後の初期段階で偶然発生した突然変異です。この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低いです。
- 家族性(親の転座など):
- 残りの数%〜20%弱は、親が「均衡型転座」や「逆位」などの染色体構造異常を持っていることに由来します。この場合は、次子にも遺伝するリスク(再発率)が高くなります。
2. 重要な責任遺伝子(Genotype-Phenotype Correlation)
18q領域の研究は進んでおり、どの遺伝子がなくなるとどの症状が出るかが比較的わかっています。
- MBP (18q23): ミエリン形成不全(脳の白質異常)。
- TSHZ1 (18q22.3): 外耳道閉鎖・狭窄、伝音性難聴。
- TCF4 (18q21.2):
- この遺伝子は「ピット・ホプキンス症候群(Pitt-Hopkins syndrome)」の原因遺伝子として知られています。
- 欠失範囲が広く、このTCF4遺伝子まで含まれている場合、重度の知的障害、過呼吸発作、特徴的な顔貌など、ピット・ホプキンス症候群に類似した重篤な症状が現れる傾向があります。
GALR1 (18q23): 成長ホルモンの作用に関与し、低身長の一因と考えられています。
診断方法
臨床症状(外耳道狭窄、低身長、発達遅滞)に加え、脳MRIでの特徴的な白質所見があれば強く疑われます。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 現在のゴールドスタンダードです。欠失の正確なサイズ(どこからどこまで欠けているか)と、含まれる遺伝子を詳細に特定できます。
- これにより、TCF4が含まれているかどうかの確認ができ、予後予測に役立ちます。
- 染色体検査(Gバンド法):
- 大きな欠失であれば検出可能ですが、微細な欠失は見逃されることがあります。
- 脳MRI検査:
- **T2強調画像でのびまん性高信号(白質異常)**を確認します。これは18q欠失症候群に非常に特異的(pathognomonic)な所見であり、診断の強力な裏付けとなります。
治療方法
欠失した染色体を修復する根本的な治療法はありません。
治療は、患者さん一人ひとりの症状に合わせた対症療法と、生活の質(QOL)を高めるための包括的な支援となります。
本疾患は、染色体異常症の中では珍しく、一部の症状に対して「原因療法に近い治療(成長ホルモン)」が検討されることがあります。
1. 成長・内分泌学的治療
- 成長ホルモン(GH)療法:
- 低身長があり、成長ホルモン分泌刺激試験で分泌不全が証明された場合、GH投与の適応となります。
- また、分泌が正常であっても、18q欠失症候群の患者さんに対してGH投与を行うと、身長の伸びが改善するという研究データがあり、米国などでは積極的に検討されています(日本では適応基準に従います)。
2. 耳鼻科・聴覚管理
- 聴力確保:
- 外耳道狭窄による難聴がある場合、補聴器(骨導補聴器や軟骨伝導補聴器など)を使用し、早期から聴覚入力を確保します。これは言語発達において極めて重要です。
- 外耳道形成術などの手術は、顔面神経の走行異常などのリスクがあるため、慎重に検討されます。
3. 神経・発達支援
- 療育(ハビリテーション):
- 筋緊張低下や発達遅滞に対し、理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を早期から行います。
- ミエリン形成不全により情報処理速度がゆっくりな場合があるため、時間をかけて待つ、繰り返し伝えるなどの配慮が有効です。
- 教育:
- 聴覚障害や知的発達の程度に合わせ、特別支援学級、通級指導教室、聾学校など、最適な学習環境を選択します。
4. その他・合併症管理
- 整形外科: 内反足や側弯症に対して、装具療法や手術を行います。
- 免疫・アレルギー: 甲状腺機能の定期チェックや、感染症への対応を行います。
- 精神科: 思春期以降のメンタルヘルス不調に対し、カウンセリングや薬物療法を行います。
5. 遺伝カウンセリング
- 本疾患は、親の転座に由来する場合があるため、次子の計画がある場合などは両親の染色体検査を行うことが推奨されます。
- 家族会(Chromosome 18 Registry & Research Societyなど)からの情報は、長期的な見通しを持つ上で非常に有益です。
まとめ
18q deletion syndromeは、18番染色体の長腕の一部が欠けることで生じる疾患です。
「耳の穴が狭い」「身長が低い」「言葉がゆっくり」といった特徴がよく見られますが、最大の特徴は脳MRIで見られる「白質の変化」です。
画像を見ると驚かれるかもしれませんが、実際の症状は画像ほど重くないことが多く、多くのお子さんが時間をかけて着実に成長していきます。
この病気で大切なのは、「聞こえ」と「成長」のサポートです。
耳の穴が狭くて聞こえにくい場合は、補聴器を使って言葉の学習を助けます。また、身長の伸びが気になる場合は、ホルモン治療で改善できる可能性があります。
症状には個人差がありますが、早期からの療育と定期的な健康チェックを行うことで、その子らしい豊かな人生を送ることができます。ご家族だけで抱え込まず、医療・教育・福祉の専門家チームと一緒に歩んでいきましょう。
参考文献
- Cody, J.D., et al. (2014). Update on the natural history of 18q deletion syndrome. American Journal of Medical Genetics Part A.
- (※世界的な患者団体「Chromosome 18 Registry & Research Society」の研究グループによる、長年の追跡調査に基づいた最も包括的な臨床データのアップデート。)
- GeneReviews® [Internet]: 18q Deletion Syndrome. Initial Posting: June 6, 2011; Last Update: November 30, 2023. Authors: Cody JD, et al.
- (※本疾患の診断、臨床的特徴、管理、遺伝カウンセリングに関する最新かつ信頼性の高いガイドライン。)
- Lovering, A., et al. (2021). Genotype-phenotype correlations in 18q deletion syndrome.
- (※遺伝子型(欠失範囲)と表現型(症状)の関連性、特にMBPやTSHZ1などの重要遺伝子についての詳細な解析。)
- Cody, J.D., et al. (2005). Growth hormone benefit in children with 18q deletions.
- (※18q欠失症候群の低身長患者に対する成長ホルモン療法の効果を示した重要な臨床研究。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 18q deletions – distal (2019).
- (※患者家族向けに平易な言葉で書かれたガイドブック。生活上の具体的なアドバイスが豊富。)
- Kato, Z., et al. (2010). Thyroid dysfunction in patients with 18q deletion syndrome.
- (※本疾患における自己免疫性甲状腺疾患のリスクに関する研究。)
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