別名・関連疾患名
- 1p32-p31欠失症候群
- 1p31.3微細欠失症候群(1p31.3 microdeletion syndrome)
- NFIA関連障害(NFIA-related disorder)
- 脳梁異常・泌尿器奇形症候群(Brain malformations with or without urinary tract defects)
- 1p32-p31モノソミー(Monosomy 1p32-p31)
- 関連:1番染色体短腕欠失(Partial deletion of chromosome 1p)
※疾患名の解説:
ヒトの1番染色体の短腕(p)にある「32」から「31」と呼ばれる領域にまたがる欠失によって生じる疾患です。
この領域には複数の遺伝子が含まれますが、近年の研究により、特に1p31.3にあるNFIA遺伝子の欠失が、本症候群の特徴的な症状(脳の形成異常など)の主な原因であることが分かっています。そのため、医学的には「NFIA関連障害」や「1p31.3欠失症候群」として分類・言及されることも増えています。
対象染色体領域
1番染色体 短腕(p)32から31領域
本疾患は、ヒトの1番染色体の短腕(pアーム)にあるバンド領域「32」から「31」において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細と最重要遺伝子】
欠失のサイズは患者さんによって異なり、数メガベース(Mb)から、より広範囲に及ぶ場合まで様々です。しかし、本症候群の症状形成において決定的な役割を果たしている「責任遺伝子」は以下のもの特定されています。
- NFIA (Nuclear Factor I A):
- 1p31.3領域に位置する遺伝子です。
- この遺伝子は「転写因子」と呼ばれるタンパク質を作り、胎児期に脳(特に脳梁やグリア細胞)、脊髄、腎臓・尿路が作られる際の司令塔として働きます。
- NFIA遺伝子が欠失して機能が半分になると、左右の脳をつなぐ橋(脳梁)がうまく作られなかったり、尿路の形成に不具合が生じたりします。
- 欠失範囲が広く、他の遺伝子も巻き込まれている場合は、NFIA単独の変異よりも症状が多様化する可能性があります(隣接遺伝子症候群)。
発生頻度
非常に稀(Ultra-rare)
正確な発生頻度は確立されていません。
世界的な医学文献における詳細な症例報告数は数十例〜百例未満の規模にとどまります。
希少染色体異常(Rare Chromosome Disorder)の一つですが、MRI検査で「脳梁欠損」が見つかり、その原因検索としてマイクロアレイ染色体検査(CMA)を行った結果、この欠失が見つかるというパターンで診断されるケースが増えています。
実際には、軽症例を含めると報告数よりも多くの未診断患者さんが存在すると推測されます。
臨床的特徴(症状)
1p32-p31 deletion syndromeの症状は、**「中枢神経系の異常(脳梁欠損)」「発達遅滞」「特徴的な顔貌」「泌尿器系の異常」**の4つが大きな柱となります。
特に、「染色体欠失なのに頭が大きい(大頭症)」場合がある点は、小頭症になりやすい他の多くの染色体異常とは異なるユニークな特徴です。
1. 中枢神経系の形成異常(CNS Malformations)
本症候群において最も高頻度かつ特徴的な所見です。
- 脳梁の異常:
- 脳梁欠損症(Agenesis of the corpus callosum; ACC)や脳梁低形成が、患者さんの多くに見られます。
- 脳梁は右脳と左脳をつなぐ情報のパイプラインですが、NFIA遺伝子の不足により、このパイプラインを作るための足場(グリア細胞の正中線構造)がうまく形成されないことが原因と考えられています。
- 脳室拡大:
- 脳梁の形成不全に伴い、脳室(脳の中の水たまり)が大きく見えることがあります。
- キアリ奇形(1型):
- 小脳の一部が脊柱管へ落ち込む奇形が合併することがあります。
- 脊髄係留症候群(Tethered cord syndrome):
- 脊髄の下端が周囲の組織に癒着し、引っ張られてしまう状態が見られることがあります。
2. 神経発達・認知機能
ほぼ全例で、中等度から重度の発達への影響が認められます。
- 全般的な発達遅滞(GDD):
- 首すわり、お座り、歩行などの運動発達のマイルストーンが遅れます。
- 知的障害(ID):
- 軽度から重度まで個人差がありますが、中等度の知的障害を伴うことが多いです。
- 言語発達の遅れ:
- 言葉の理解や表出がゆっくりです。脳梁の異常により、情報の統合や処理に時間がかかることが影響している可能性があります。
- 筋緊張低下(Hypotonia):
- 乳幼児期に体が柔らかく、ぐにゃぐにゃしている状態(フロッピーインファント)が見られ、運動発達の遅れにつながります。
3. 特徴的な顔貌(Craniofacial features)
成長とともに変化しますが、いくつかの共通した特徴(Dysmorphism)が報告されています。
- 大頭症(Macrocephaly):
- 頭囲が大きい、または身体に対して頭が相対的に大きい傾向があります。これはNFIAハプロ不全に特徴的な所見の一つです。
- 額の突出: おでこが前に出ている、広い。
- 眼間開離: 目と目が離れている。
- 鼻の特徴: 鼻根部が広い、鼻先が上を向いている。
- 耳: 耳の位置が低い、耳介の変形。
- 顎: 小さな顎(小顎症)、尖った顎。
4. 腎・泌尿器系の異常
NFIA遺伝子は腎臓の発達にも関与しているため、以下の合併症に注意が必要です。
- 膀胱尿管逆流症(VUR):
- 尿が膀胱から腎臓へ逆流してしまう病態です。腎盂腎炎(高熱が出る)を繰り返す原因となり、放置すると腎機能障害につながります。
- 水腎症: 腎臓が腫れる状態。
- 腎低形成: 腎臓が小さい、または片方しかない(単腎)。
5. その他の合併症
- てんかん: けいれん発作を起こすことがあります。
- 骨格異常: 側弯症、関節の過伸展(関節が柔らかすぎる)、多指症などが稀に見られます。
行動特性: 自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)様の行動が見られることがあります。
原因
1番染色体短腕(1p32-p31)における微細欠失が原因です。
1. NFIA遺伝子のハプロ不全
この疾患の症状の多くは、NFIA遺伝子が片方失われること(ハプロ不全)で説明がつきます。
- 脳への作用: NFIAタンパク質は、胎児期の脳において、神経幹細胞が「グリア細胞(アストロサイトなど)」に分化するスイッチを入れる役割をしています。脳梁が形成されるには、まずグリア細胞が橋渡しのガイド役をする必要がありますが、NFIAが不足するとこのガイドが作られず、神経線維が対岸(反対側の脳)へ渡れなくなってしまいます(これが脳梁欠損の原因)。
- 腎臓への作用: 尿管が膀胱に正しく接続されるプロセスにも関与しているため、不足すると逆流症などが起こります。
2. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 1p32-p31欠失症候群の大多数は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
- この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(一般集団と同程度)とされています。
- 家族性(親の転座など):
- 稀に、親が「均衡型転座(染色体の場所が入れ替わっているが量は正常)」の保因者である場合があります。その場合、減数分裂の際に不均衡が生じ、子供に欠失が遺伝することがあります。
診断方法
「脳梁欠損」「発達遅滞」「大頭症」「特徴的な顔貌」などの組み合わせから疑われます。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 1p32-p31領域の欠失を検出するための**第一選択(ゴールドスタンダード)**の検査です。
- 欠失の正確なサイズと、NFIA遺伝子が含まれているかどうかを特定できます。これにより確定診断となります。
- 頭部MRI検査:
- 脳梁の状態(欠損、低形成)、脳室の大きさ、キアリ奇形の有無などを詳細に評価するために必須です。
- 腹部超音波(エコー)検査:
- 腎臓の形態異常や水腎症がないかを確認します。
治療方法
欠失した染色体や遺伝子を修復する根本的な治療法は、現時点ではありません。
治療は、それぞれの症状に対する対症療法と、能力を最大限に引き出すための療育的支援が中心となります。
1. 神経学的・脳外科的治療
- てんかん:
- 発作がある場合、脳波検査に基づき適切な抗てんかん薬を使用します。
- キアリ奇形・脊髄係留症候群:
- 症状(痛み、麻痺、排尿障害など)がある場合、脳神経外科による手術が必要になることがあります。定期的なMRIフォローアップが重要です。
2. 泌尿器科的治療
- 膀胱尿管逆流症(VUR):
- 軽度であれば、予防的な抗生物質の内服を行いながら自然治癒を待ちます。
- 重度の場合や、尿路感染症を繰り返す場合は、逆流防止の手術が必要になります。腎機能を守るために非常に重要な管理ポイントです。
3. 発達・療育的支援
- 早期療育:
- 診断後早期から、理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
- 理学療法(PT):
- 筋緊張低下に対し、体幹を鍛え、座る・歩くといった粗大運動の発達を促します。
- 言語療法(ST):
- 言葉の遅れに対し、コミュニケーション能力を高める支援を行います。脳梁欠損のお子さんは、視覚的な情報処理が得意な場合があるため、絵カードなどの視覚支援が有効なことがあります。
- 教育:
- 知的障害の程度に合わせ、特別支援学級や特別支援学校など、個別に適した教育環境を選択します。
4. 健康管理(サーベイランス)
- 定期検診:
- 身長・体重・頭囲の計測を行い、成長を見守ります。
- 尿検査を行い、尿路感染症の兆候がないかチェックします。原因不明の発熱がある場合は、すぐに尿検査を行うよう指導されることがあります。
5. 遺伝カウンセリング
- この疾患は、脳の構造異常を伴うため、ご家族の不安は大きいものです。
- 診断の意味、予後の見通し(個人差が大きいこと)、次子の再発リスクについて、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーと相談し、正確な情報を得ることが大切です。
- 「脳梁がない」と聞くと驚かれるかもしれませんが、脳梁欠損があっても、他の神経回路が代償的に働き、社会生活を送れるまで成長するお子さんもいらっしゃいます。長期的な視点でのサポート計画を立てることが重要です。
まとめ
1p32-p31 deletion syndromeは、1番染色体の一部、特にNFIA遺伝子が欠失することで生じる疾患です。
「脳の左右をつなぐ橋(脳梁)がうまく作られない」「おしっこの通り道(尿路)のトラブル」「発達がゆっくり」といった特徴が組み合わさって現れます。
MRI検査で脳の形の違いを指摘されると、ご家族は大変ショックを受けられるかもしれません。しかし、脳梁がなくても、人間の脳は驚くべき適応能力(可塑性)を持っており、別のルートを使って情報のやり取りを行うようになります。
この疾患の管理で特に大切なのは、「尿路感染症の予防(腎臓を守ること)」と「早期からの療育(脳の発達を促すこと)」の2点です。
お子さんは、それぞれのペースで確実にできることを増やしていきます。
医師、セラピスト、教育者とチームを組み、お子さんのユニークな成長を温かく、そして力強くサポートしていきましょう。
参考文献
- Koehler, K., et al. (2010). Haploinsufficiency of the NFIA gene causes a recognizable malformation syndrome including corpus callosum abnormalities.
- (※1p31.3領域の欠失およびNFIA遺伝子の変異が、脳梁欠損や尿路奇形を含む特徴的な症候群の原因であることを明確に示した画期的な論文。)
- Labonne, J.D.J., et al. (2016). Comparative deletion mapping at 1p31.3p32.2 implies NFIA haploinsufficiency as the main cause of corpus callosum defects.
- (※1p32-p31領域の様々な欠失例を比較解析し、脳梁異常の主原因がNFIAのハプロ不全であることを裏付けた研究。)
- Lu, W., et al. (2007). Disruption of the Nfia gene inhibits the generation of support cells and causes defects in the development of the corpus callosum and anterior commissure.
- (※マウスモデルを用いて、NFIA遺伝子が脳梁やグリア細胞の発達に不可欠であることを証明した基礎研究。)
- Rao, A., et al. (2014). 1p31.3 deletion syndrome: A recognizable entity?
- (※1p31.3欠失を持つ患者の臨床的特徴(大頭症、顔貌、発達遅滞など)を詳細に報告し、症候群としての確立を提唱した文献。)
- ClinGen Dosage Sensitivity Curation: NFIA (Haploinsufficiency score: 3 – Sufficient evidence).
- (※NFIA遺伝子のハプロ不全(欠失)が疾患を引き起こすことの科学的根拠レベルを評価したデータベース。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 1p31 deletions / 1p32 deletions (2019).
- (患者家族向けのガイドライン。)
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