別名・関連疾患名
- 1q21.1近位欠失症候群
- 1q21.1近位微細欠失(Proximal 1q21.1 microdeletion)
- 1q21.1欠失(TAR領域)(1q21.1 deletion, TAR region)
- 1q21.1コピー数変異(近位欠失)(1q21.1 copy number variant, proximal deletion)
- 関連:TAR症候群(Thrombocytopenia-Absent Radius syndrome)
- ※本欠失は、TAR症候群の主要な遺伝的要因ですが、TAR症候群そのものではありません(後述の「原因」で詳述)。
- 関連:1q21.1欠失症候群(遠位型)(1q21.1 deletion (distal) syndrome)
- ※通常「1q21.1欠失症候群」と言うと、少し離れた場所(遠位)の欠失を指すことが多いため、区別が必要です。
対象染色体領域
1番染色体 長腕(q)21.1領域(近位領域:BP2-BP3)
本疾患は、ヒトの1番染色体の長腕(qアーム)にある「21.1」と呼ばれるバンド領域のうち、**「近位(Proximal)」**と呼ばれる特定の区間(ブレイクポイント2からブレイクポイント3の間)において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細と「TAR領域」】
1番染色体のこの領域は、DNAの構造が複雑で、欠失や重複が起こりやすい場所です。
- 欠失サイズ: 約200キロベース(kb)から500kb程度の比較的小さな欠失であることが一般的です。
- 位置: ゲノム上の座標(hg19)では、およそ 145.4Mb 〜 145.9Mb 付近に位置します。
- 遠位型との違い:
- 近位型(本疾患): BP2とBP3の間の欠失。RBM8A遺伝子を含みます。TAR症候群に関連します。
- 遠位型: BP3とBP4の間の欠失。GJA5遺伝子などを含み、小頭症や心疾患に関連します。
【含まれる重要な遺伝子】
この狭い領域には、いくつかの重要な遺伝子が含まれています。
- RBM8A (RNA Binding Motif Protein 8A):
- 最重要の責任遺伝子です。
- Y14というタンパク質を作り、細胞内のmRNA(遺伝情報のコピー)の品質管理や輸送に関わる「エクソンジャンクション複合体(EJC)」の形成に不可欠な役割を果たします。
- この遺伝子が完全に機能を失うと生存できませんが、量が減る(ハプロ不全)ことで、血液(血小板)や骨(橈骨)の形成に影響が出やすくなります。
- PEX11B (Peroxisomal Biogenesis Factor 11 Beta):
- ペルオキシソームという細胞内小器官の形成に関わります。
- ITGA10 (Integrin Subunit Alpha 10):
- 軟骨細胞の結合などに関わる遺伝子です。
発生頻度
稀(Rare)だが、保因者は一定数存在
正確な発生頻度は確立されていません。
しかし、一般集団における1q21.1近位欠失の保因率は、研究によってばらつきがありますが、数千人に1人程度(約1/2,000〜1/10,000)と推測されています。
TAR症候群の患者さんの親(保因者)として見つかるケースや、発達遅滞の検査で偶然見つかるケースが多く、症状がないまま生活している「潜在的な保因者」を含めると、極めて稀というわけではありません。
臨床的特徴(症状)
1q21.1 deletion (proximal) syndromeの最大の特徴は、**「症状の幅が極めて広い(可変表現性)」ことと、「持っていても症状が出ない(不完全浸透)」**ことが多いという点です。
この欠失を持つ人の臨床像は、大きく2つのパターンに分けられます。
1. TAR症候群としての発症(複合遺伝)
これは、本欠失が**「特定の遺伝子変異」と組み合わさった場合**に起こる重篤な病態です。
もし、この欠失を持っている人が、もう片方の1番染色体にあるRBM8A遺伝子に「機能が弱いタイプ(低形成アレル:SNP)」を持っていると、TAR症候群を発症します。
- 両腕の橈骨欠損: 肘から手首までの親指側の骨(橈骨)が生まれつきありません。手首が内側に曲がった状態になりますが、親指自体は存在するのが特徴です。
- 血小板減少: 出生直後から血小板が少なく、出血しやすくなります(頭蓋内出血などのリスク)。
- その他の合併症: 牛乳アレルギー、心疾患、腎疾患など。
※本記事では、TAR症候群そのものではなく、主に**「欠失単独」**の場合の症状について解説を続けます。
2. 欠失単独(ヘテロ接合体)の症状
TAR症候群を発症していない(もう片方の遺伝子が正常である)場合、多くの人は無症状(Healthy Carrier)です。
しかし、一部の人には以下のような症状が現れることがあり、これを「1q21.1近位欠失症候群」としての症状と捉えます。症状は一般的に軽度であり、遠位欠失症候群(Distal)に比べると身体的な奇形は少ない傾向があります。
- 神経発達・精神医学的特徴:
- 軽度の発達遅滞: 言葉の遅れや、運動発達のゆっくりさが見られることがあります。
- 学習障害: 知的障害はないか、あっても軽度(境界域)であることが多いですが、読み書きや計算などに苦手さを持つことがあります。
- 行動特性: 自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)、不安障害などの行動特徴を持つ頻度が、一般集団よりやや高いとされています。統合失調症などの精神疾患との関連も示唆されていますが、遠位型ほど強い関連ではありません。
- 身体的特徴:
- 特異的な顔貌(Dysmorphism)はほとんどありませんが、詳細な観察では、広い額、深い眼窩などが報告されることがあります。
- 低身長や小頭症が見られることもありますが、必須の症状ではありません。
- その他の合併症(頻度は低い):
- 先天性心疾患(心室中隔欠損症など)
- 骨格異常(関節の柔軟性、脊柱側弯など)
- 白内障
要約すると、この欠失単独では**「見た目では分からないことが多く、学習や行動面で少し気になることがあるかもしれない」**という程度の症状にとどまることが大半です。
原因
1番染色体長腕近位(1q21.1 BP2-BP3)における微細欠失が原因です。
1. 発生機序:NAHR(非アリル間同源組換え)
1q21.1領域には、DNAの配列がそっくりな「反復配列(LCR)」が、BP2とBP3という場所に配置されています。
精子や卵子が作られる減数分裂の際、このそっくりな配列同士が誤ってペアを組み、染色体の組換えエラーを起こすことで、この区間がすっぽりと抜け落ちてしまいます。
2. なぜ「症状が出る人」と「出ない人」がいるのか?
これは遺伝学の大きなテーマです。
- RBM8A遺伝子の量:
通常、遺伝子は2つ(父由来・母由来)ありますが、欠失により1つになります。1つでも最低限の機能(Y14タンパク質の量)が維持できれば、体は正常に作られます(無症状)。 - 感受性因子(Susceptibility Factor)としての役割:
この欠失は、それだけで病気を決定づけるというよりは、**「病気になりやすい体質(リスク)」**を作る因子として働きます。
ここに、他の遺伝子の小さな違いや、環境要因、あるいは偶然の要素が加わることで、発達の遅れや行動の問題といった症状が「閾値(しきい値)」を超えて現れるのではないかと考えられています(多因子遺伝的な考え方)。
3. 遺伝形式
- 常染色体顕性(優性)遺伝の形式をとりますが、不完全浸透です。
- 親が欠失を持っている場合、子に遺伝する確率は50%です。
- De novo(新生突然変異):
- 患者さんの約25〜50%程度は、突然変異で発生します。
- 家族性(遺伝):
- 親からの遺伝であるケースが非常に多いです。親は無症状で、子が発達の遅れなどで検査を受けた際に、初めて親の欠失も見つかる(親も保因者だった)というパターンがよくあります。
診断方法
臨床症状だけでは特徴が乏しいため診断は不可能です。TAR症候群の家族歴がある場合や、原因不明の発達遅滞の検査で見つかります。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 1q21.1近位領域(BP2-BP3)の欠失を検出するためのゴールドスタンダードです。
- 欠失が見つかった場合、それが「近位型」なのか「遠位型」なのかを区別することが重要です(予後が異なるため)。
- 両親の検査と遺伝カウンセリング:
- お子さんにこの欠失が見つかった場合、両親のどちらかが同じ欠失を持っている可能性が高いです。
- 親の検査を行うことは、次子のリスク評価だけでなく、「TAR症候群のリスク」を評価する上でも極めて重要です。
治療方法
欠失した染色体を修復する治療法はありません。
治療は、現れている症状に対する対症療法と、将来のリスク管理が中心となります。
1. 症状がある場合の対応
- 発達・教育的支援:
- 言葉の遅れや学習の苦手さがある場合、療育(ST/OT)や、学校での個別支援(通級など)を活用します。
- 本人の得意・不得意(認知特性)を理解し、自己肯定感を育む関わりが大切です。
- 精神面・行動面のケア:
- かんしゃくや不安、こだわりなどが強い場合は、心理的なサポートや環境調整を行います。
- 身体的合併症:
- 心疾患などがある場合は、専門医による定期的なフォローアップを行います。
2. TAR症候群に関連するリスク管理(最重要)
この欠失を持つご本人、あるいはご家族にとって最も医学的に重要なのは、**「次世代への影響」**に関する知識です。
- パートナーの検査:
- 将来、子どもを持つ際、パートナーがRBM8A遺伝子の特定のSNP(低形成アレル:一般人口の数%が持っています)を持っている場合、お子さんがTAR症候群を発症するリスクが生じます。
- このリスクは、一般的な染色体欠失の再発リスクとはメカニズムが異なるため、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーによる詳細なカウンセリングを受けることが強く推奨されます。
まとめ
1q21.1 deletion (proximal) syndromeは、1番染色体のごく一部が欠けることで生じる体質です。
この欠失を持っていても、多くの人は健康に生活しており、大人になるまで気づかないことも珍しくありません。
一方で、言葉がゆっくりだったり、勉強が少し苦手だったり、こだわりが強かったりと、発達や行動の面に「その人らしさ」として現れることもあります。
診断を受けた時、「遺伝子の欠失」と聞いて不安になるかもしれませんが、これは「必ず重い病気になる」という意味ではありません。むしろ、「お子さんの個性の背景にある体質」が分かったと捉えることができます。
症状がある場合は、療育や環境調整でその子らしい成長をサポートしていけば大丈夫です。
ただし、この体質は「TAR症候群」という別の病気と深い関わりがあります。将来、お子さんが大人になって家族を持つ時には、専門家に相談することで、より安心して人生設計を立てることができるでしょう。
遺伝の専門家を味方につけて、正しい知識とともに歩んでいくことが大切です。
参考文献
- Albers, C.A., et al. (2012). Compound inheritance of a low-frequency regulatory SNP and a rare null mutation in exon-junction complex subunit RBM8A causes TAR syndrome. Nature Genetics.
- (※1q21.1近位欠失(RBM8A欠失)と非コード領域のSNPが組み合わさることでTAR症候群が発症することを解明した、この領域の遺伝学的メカニズムを決定づけた最重要論文。)
- Mefford, H.C., et al. (2008). Recurrent rearrangements of chromosome 1q21.1 and variable pediatric phenotypes. New England Journal of Medicine.
- (※1q21.1領域の欠失・重複と臨床症状の関連を大規模に調査し、近位型と遠位型の違いや、表現型の多様性について報告した基本文献。)
- Gu, S., et al. (2008). The t(1;19)(q10;p10) mediates the recurrent 1q21.1 deletion/duplication syndrome. (References regarding mechanism).
- (※NAHRによる再発性欠失のメカニズムに関する研究。)
- Rosenfeld, J.A., et al. (2012). Proximal microdeletions and microduplications of 1q21.1 contribute to variable abnormal phenotypes. European Journal of Human Genetics.
- (※近位1q21.1欠失を持つ患者の臨床像を詳細に解析し、TAR症候群以外の表現型(発達遅滞や行動異常など)との関連、および不完全浸透について検証した重要文献。)
- GeneReviews® [Internet]: Thrombocytopenia-Absent Radius Syndrome. Initial Posting: December 8, 2009; Last Update: May 6, 2021. Authors: Toriello HV.
- (※TAR症候群のガイドラインだが、その原因となる1q21.1近位欠失の保因者(キャリア)の状態やリスク評価について詳細に記載されている。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 1q21.1 microdeletions (2019).
- (※患者家族向けに、近位型と遠位型の違いを含めて平易に解説したガイドブック。)
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


