別名・関連疾患名
- 5q12欠失症候群
- 5q12微細欠失症候群(5q12 microdeletion syndrome)
- 5q12モノソミー(Monosomy 5q12)
- HAPLN1関連症候群
- ※本疾患の主要な眼症状(コロボーマ)が、この領域に含まれるHAPLN1遺伝子の欠失によって引き起こされるため、原因遺伝子との関連で語られることがあります。
- 関連:コロボーマ(Coloboma)を伴う染色体異常
- ※眼のコロボーマは、チャージ(CHARGE)症候群やキャットアイ症候群など他の染色体疾患でも見られますが、5q12欠失もその鑑別疾患の一つです。
対象染色体領域
5番染色体 長腕(q)12領域
本疾患は、ヒトの5番染色体の長腕(qアーム)の付け根に近い「12」と呼ばれるバンド領域(5q12.1〜5q12.3)において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細とクリティカルリージョン】
5q12領域の欠失サイズは患者さんによって異なり、数百キロベース(kb)から数メガベース(Mb)まで様々です。
近年の研究により、この領域には眼球の形成や脳の発達に関わる重要な遺伝子が含まれていることが判明しています。特に以下の遺伝子が、本症候群の特徴的な症状を引き起こす「責任遺伝子」として注目されています。
【含まれる重要な遺伝子】
- HAPLN1 (Hyaluronan And Proteoglycan Link Protein 1):
- 眼症状の最重要責任遺伝子です。
- 細胞と細胞の間を埋める「細胞外マトリックス」の形成に関わるタンパク質を作ります。
- 役割: 胎児期における眼球の形成、心臓の弁の形成、軟骨の発達において重要な役割を果たしています。
- 欠失の影響: この遺伝子が不足すると、眼球が閉じるプロセス(眼胚裂の閉鎖)がうまくいかず、**「コロボーマ(眼の組織の欠損)」**が生じます。
- SEMA5A (Semaphorin 5A):
- 脳の神経回路の形成(軸索ガイダンス)に関わる遺伝子です。
- 欠失の影響: 神経細胞が正しい場所に伸びていくための道しるべがなくなるため、脳の配線ミスが起こり、**「知的障害」や「自閉スペクトラム症(ASD)」**の原因となると考えられています。
- PDE4D (Phosphodiesterase 4D):
- 脳内のシグナル伝達(cAMP経路)に関わる酵素です。学習や記憶、精神機能に関与しており、この遺伝子の欠失も知的障害や精神症状に関連する可能性があります。
発生頻度
極めて稀(Ultra-rare)
正確な発生頻度は確立されていません。
世界的な医学文献における詳細な症例報告数は、現時点で数十例程度にとどまります。
しかし、眼のコロボーマや発達遅滞を持つ患者さんに対し、マイクロアレイ染色体検査(CMA)が行われるようになったことで、新たに発見されるケースが増えています。
性別による発生頻度の差はなく、男児にも女児にも発生します。
臨床的特徴(症状)
5q12 deletion syndromeの症状は、**「眼球の形成異常(コロボーマ)」「特徴的な顔貌」「精神発達遅滞」**が3大特徴です。
特に、眼の症状は診断の重要な手がかりとなります。
1. 眼球・視覚の異常(Ocular anomalies)
本症候群の最も特徴的、かつ生活への影響が大きい症状です。患者さんの多くに見られます。
- 虹彩コロボーマ(Iris coloboma):
- 黒目(虹彩)の一部が欠けており、瞳孔が丸ではなく、**「鍵穴」や「涙のしずく」**のような形に見えます。
- 下側に欠損があることが一般的です。
- 網膜脈絡膜コロボーマ(Chorioretinal coloboma):
- 眼の奥(網膜や脈絡膜)にも欠損がある場合があります。
- 欠損している部分の視野が欠けたり(視野欠損)、視力が低下したりする原因となります。
- 小眼球症(Microphthalmia):
- 眼球自体が生まれつき小さい状態です。
- 斜視・眼振:
- 視力の発達不良に伴い、目の位置がずれたり(斜視)、目が揺れたり(眼振)することがあります。
- 羞明(しゅうめい):
- 虹彩コロボーマがある場合、瞳孔の大きさの調整(縮瞳)がうまくいかず、光をまぶしく感じやすくなります。
2. 神経発達・認知機能
ほぼ全例で、中等度から重度の発達への影響が認められます。
- 知的障害(ID):
- 中等度〜重度の知的障害を伴うことが多いです。
- 言葉の獲得や、抽象的な概念の理解に時間を要します。
- 言語発達遅滞:
- 言葉の遅れ(Speech delay)が顕著です。
- 視覚障害や難聴を合併している場合、情報の入力が制限されるため、さらに言葉の獲得が難しくなる要因となります。
- 運動発達遅滞:
- 首すわり、お座り、歩行開始が遅れます。
- 行動特性:
- 自閉スペクトラム症(ASD): 社会的な関わりの苦手さ、こだわり、常同行動などが見られることがあります。
- 多動(ADHD)や、不安の強さが見られることもあります。
3. 特徴的な顔貌(Craniofacial features)
「特異的」というほど目立つものではありませんが、いくつかの共通した特徴が報告されています。
- 顔の形:
- 広い額、高い前頭部。
- 平坦な顔立ち。
- 目:
- 眼間開離(目が離れている)。
- 眉毛の異常(外側が薄いなど)。
- 鼻・口:
- 幅広い鼻根部。
- 薄い上唇。
- 小顎症(あごが小さい)、口蓋裂(稀)。
- 耳:
- 低位付着耳、耳介の変形、副耳(耳の前のイボ)など。
4. その他の合併症
- 聴覚障害:
- 難聴(感音性または伝音性)を合併することがあります。眼と耳の両方に障害がある場合(盲ろう)、発達支援には専門的なアプローチが必要になります。
- 手足の異常:
- 手足が小さい、指が短い(短指症)、第5指の湾曲など。
- 性器(男児):
- 停留精巣(タマが降りてこない)、小陰茎、尿道下裂など。
- 骨格:
- 側弯症など。
- 心疾患:
- 頻度は高くありませんが、心房中隔欠損症などの合併例も報告されています。
原因
5番染色体長腕(5q12)における微細欠失が原因です。
1. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 5q12欠失症候群の大多数は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
- 親の年齢や妊娠中の環境が原因で起こるものではありません。
- この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(一般集団と同程度)です。
- 家族性(稀):
- 親が均衡型転座(染色体の場所が入れ替わっている)保因者である場合、不均衡な欠失として遺伝することがあります。
2. ハプロ不全と責任遺伝子
- HAPLN1遺伝子:
- この遺伝子が片方欠ける(ハプロ不全)と、胎児期に眼球が作られる際、本来閉じるべき「眼杯裂」という割れ目が閉じきらずに残ってしまいます。これがコロボーマの原因です。
- SEMA5A / PDE4D遺伝子:
- 脳の発達に必要なタンパク質が不足することで、神経回路の構築に支障が出ます。
診断方法
「眼のコロボーマ」と「発達遅滞」の組み合わせから疑われますが、確定診断には遺伝学的検査が必要です。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
- 5q12領域の微細な欠失を検出し、その正確なサイズ(bp単位)と、HAPLN1などの重要遺伝子が含まれているかを特定できます。
- 従来のGバンド検査(顕微鏡検査)では、欠失が小さすぎる場合に見逃されることがあるため、CMAが必須です。
- 眼科的精査:
- スリットランプ検査や眼底検査を行い、コロボーマの有無と範囲(虹彩だけでなく網膜にもあるか)を確認します。これにより視力への影響を予測します。
- 聴力検査・画像検査:
- 難聴や他の合併症がないかを確認します。
治療方法
欠失した染色体を修復する根本的な治療法はありません。
治療は、症状に応じた対症療法(特に視覚ケア)と、発達を促す療育が中心となります。
1. 眼科的治療・視覚支援(最重要)
- 視機能評価:
- 乳幼児期から視力検査や視野検査を行い、見え方の特性(どのくらい見えているか、どこが見えにくいか)を把握します。
- 遮光眼鏡(サングラス)の使用:
- 虹彩コロボーマがある場合、光の量を調節できないため、屋外や明るい場所では非常にまぶしく感じます(羞明)。
- まぶしさを軽減し、コントラストをはっきりさせるために、遮光レンズの眼鏡を使用することが推奨されます。
- 弱視治療:
- 屈折異常(遠視・乱視)がある場合は眼鏡を装用し、視覚の発達を促します。
- ロービジョンケア:
- 視覚障害がある場合、盲学校や視覚支援センターと連携し、拡大読書器の使用や、聴覚・触覚を活用した学習方法の指導を受けます。
2. 聴覚・コミュニケーション支援
- 聴力管理:
- 難聴がある場合、補聴器の使用や、手話・サインなどの視覚的コミュニケーション手段の導入を検討します。
- 言語聴覚療法(ST):
- 言葉の遅れに対し、個々の特性(視覚や聴覚の状態)に合わせた指導を行います。
3. 発達・療育的支援
- 早期療育:
- 理学療法(PT)、作業療法(OT)を行い、運動発達や手先の器用さを促します。
- 環境調整:
- 視覚障害がある場合、足元の段差をなくしたり、コントラストのはっきりした教材を使ったりするなど、生活環境や学習環境を整えます。
- 教育:
- 特別支援学校(視覚障害部門や知的障害部門)など、お子さんのニーズに合った教育環境を選択します。
4. 遺伝カウンセリング
- 希少疾患であり、情報の少なさからご家族は不安を感じやすいです。
- 診断の意味、将来の見通し、次子への影響(多くの場合は突然変異であること)について、専門家から正確な説明を受け、心の整理をサポートします。
まとめ
5q12 deletion syndromeは、5番染色体の一部が欠けることで起こる、非常に希少な疾患です。
この疾患のお子さんには、「目」に大きな特徴が見られることが多いです。黒目(瞳孔)が鍵穴のような形をしていたり(コロボーマ)、視力が弱かったりすることがあります。
また、光をとてもまぶしく感じることがあるため、外出時にはサングラスのような眼鏡が必要になるかもしれません。
ご家族にとって、目のことや発達の遅れは大きな心配事だと思います。
しかし、目は形が違っても、その子なりの見え方で世界を捉えています。まぶしさへの対策や、見えやすい環境を作ってあげることで、お子さんは安心して活動できるようになります。
発達に関しては、ゆっくりなペースではありますが、療育を通じて「できること」を着実に増やしていくことができます。
言葉での表現が難しくても、身振りや表情で気持ちを伝えることができます。
この病気は非常に稀ですが、眼科医、小児科医、視覚支援の専門家、そして遺伝カウンセラーとチームを組み、お子さんの「見え方」と「感じ方」を理解し、その成長を温かく支えていきましょう。
参考文献
- Mégarbané, A., et al. (2012). HAPLN1 mutations could be associated with short stature and coloboma.
- (※HAPLN1遺伝子の変異がコロボーマに関与することを示唆した研究。5q12欠失症候群の眼症状のメカニズムを理解する上で重要な文献。)
- Hanson, I.M., et al. (2014). De novo 5q12.1 microdeletion encompassing the HAPLN1 gene in a patient with iris coloboma, psychomotor retardation, and characteristic facial features.
- (※HAPLN1遺伝子を含む5q12.1微細欠失の症例報告。眼のコロボーマ、精神運動発達遅滞、特徴的顔貌という3主徴と遺伝子型の関連を詳細に記述。)
- Brown, S., et al. (2013). 5q12.1 deletion containing HAPLN1 and BMP2K genes associated with iris coloboma and developmental delay.
- (※複数の症例を比較し、HAPLN1が眼形成における責任遺伝子であること、および周辺遺伝子(SEMA5Aなど)が発達遅滞に関与していることを論じた重要論文。)
- Vergara, M.N., et al. (2015). The Extracellular Matrix Protein HAPLN1 Regulates Photoreceptor Cell Polarity and Retinal Lamination.
- (※HAPLN1タンパク質が網膜の層構造形成に不可欠であることを示した基礎研究。視覚障害の病態生理を裏付ける文献。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 5q deletions (proximal) (2019).
- (※患者家族向けに、5q近位欠失の特徴、視覚障害への対応、療育のアドバイスなどを平易にまとめたガイドブック。)
- ClinGen Dosage Sensitivity Curation: HAPLN1, SEMA5A.
- (※各遺伝子のハプロ不全(欠失)が疾患を引き起こすことの科学的根拠評価。)
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