8p11.2 deletion syndrome

Posted on 2026年 1月 21日

別名・関連疾患名

  • 8p11.2欠失症候群
  • 8p11.2微細欠失症候群(8p11.2 microdeletion syndrome)
  • 8p11.2モノソミー(Monosomy 8p11.2)
  • 球状赤血球症-カルマン症候群(Spherocytosis-Kallmann syndrome)
    • ※本症候群の最も特徴的な合併症の組み合わせを示す名称です。
  • カルマン症候群 2型(Kallmann syndrome 2; KAL2)を含む隣接遺伝子症候群
  • 関連:遺伝性球状赤血球症(Hereditary Spherocytosis type 1; HS1)
  • 関連:8p11骨髄増殖性症候群(8p11 Myeloproliferative syndrome / EMS)
    • ※注意:これは主に「転座」によって生じる血液腫瘍性の疾患であり、本稿の「先天性欠失症候群」とは区別が必要ですが、検索時に混同しやすいため記載します。

対象染色体領域

8番染色体 短腕(p)11.2領域

本疾患は、ヒトの8番染色体の短腕(pアーム)の付け根に近い「11.2」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。

【ゲノム上の詳細と「隣接遺伝子症候群」】

8p11.2領域は、臨床的に非常に重要な遺伝子が密集しているホットスポットです。この領域の欠失は、単一の遺伝子疾患ではなく、隣り合う複数の遺伝子がまとめて失われることによる**「隣接遺伝子症候群(Contiguous gene syndrome)」**の代表例として知られています。

欠失範囲は患者さんによって異なりますが、主に以下の2つの遺伝子が含まれるかどうかが、症状を決定づけます。

【含まれる重要な遺伝子(責任遺伝子)】

  • FGFR1 (Fibroblast Growth Factor Receptor 1):
    • 役割: 細胞の成長、移動、分化を調節する受容体です。特に胎児期において、嗅神経(においを感じる神経)やGnRHニューロン(性ホルモンを出す指令塔)が脳の正しい場所に移動するために不可欠です。また、骨格や口蓋の形成にも関わります。
    • 欠失の影響: カルマン症候群(嗅覚脱失・性腺機能不全)、口唇口蓋裂、手の異常などを引き起こします。
  • ANK1 (Ankyrin 1):
    • 役割: 赤血球の膜を内側から支える「アンキリン」というタンパク質を作ります。赤血球が狭い血管を通るために必要な「柔軟性」と「楕円形の形状」を維持しています。
    • 欠失の影響: 赤血球の膜が弱くなり、丸い形(球状)になって壊れやすくなる**遺伝性球状赤血球症(溶血性貧血)**を引き起こします。
  • KAT6A (Lysine Acetyltransferase 6A): 8p11.21に位置。
    • 役割: 遺伝子の発現を調節するクロマチンリモデリング因子です。
    • 欠失の影響: この遺伝子まで欠失範囲が及ぶと、知的障害や特徴的な顔貌、心疾患などが合併する可能性が高くなります(Arboleda-Tham症候群との重複)。

発生頻度

極めて稀(Ultra-rare)

正確な発生頻度は確立されていません。

それぞれの単一疾患としての頻度は、遺伝性球状赤血球症が数千人に1人、カルマン症候群が数万人に1人とされていますが、これらが合併する「8p11.2欠失症候群」としての報告数は世界的に見ても数十例規模にとどまります。

しかし、以下のような理由による**「過少診断(Underdiagnosis)」**の可能性があります。

  1. 症状の発現時期のズレ: 球状赤血球症(貧血)は乳児期から分かりますが、カルマン症候群(思春期遅発)は中学生以降にならないと気づかれません。そのため、小児期には単なる「貧血の子」として扱われ、染色体検査に至っていない可能性があります。
  2. 検査技術: 一般的なGバンド染色体検査では見逃される微細な欠失であり、マイクロアレイ染色体検査(CMA)が必要です。

性別による発生頻度の差はなく、男児にも女児にも発生します。

臨床的特徴(症状)

8p11.2 deletion syndromeの症状は、**「カルマン症候群の症状(内分泌・感覚)」「球状赤血球症の症状(血液)」**の合併が最大の特徴です。これに加えて、骨格異常や発達の遅れが見られることがあります。

1. 内分泌・生殖器症状(FGFR1関連)

思春期以降に問題となることが多く、診断の契機となります。

  • 低ゴナドトロピン性性腺機能低下症(Hypogonadotropic Hypogonadism):
    • 脳の視床下部から性ホルモンを出す指令(GnRH)が出ないため、性ホルモン(テストステロンやエストロゲン)が作られません。
    • 第二次性徴の欠如:
      • 男性:声変わりしない、髭が生えない、精巣が小さいまま。
      • 女性:乳房が発達しない、初潮が来ない(原発性無月経)。
  • 外性器異常:
    • 男児では、停留精巣(タマが降りてこない)や小陰茎(マイクロペニス)が出生時に見られることがあります。

2. 感覚器症状(FGFR1関連)

  • 嗅覚脱失・低下(Anosmia / Hyposmia):
    • カルマン症候群の中核症状です。
    • 生まれつき「におい」が分かりません。
    • 嗅神経(脳の嗅球)が形成されないためです。MRI検査で嗅球の欠損が確認できることがあります。
    • 本人は生まれつきのため自覚がないことが多く、「においが分からない」と訴えることは稀です。嗅覚テストで初めて判明します。

3. 血液症状(ANK1関連)

乳幼児期から症状が出ることがあります。

  • 遺伝性球状赤血球症(Hereditary Spherocytosis):
    • 溶血性貧血: 赤血球が壊れやすいため、貧血になります。顔色が悪い、疲れやすい、息切れなどの症状が出ます。
    • 黄疸: 赤血球が壊れた成分(ビリルビン)により、皮膚や白目が黄色くなります。新生児期に強い黄疸が出ることがあります。
    • 脾腫(Splenomegaly): 壊れた赤血球を処理するために脾臓が腫れて大きくなります。
    • 胆石: ビリルビンが増えるため、若年(小児〜青年期)で胆石ができやすくなります。

4. 頭蓋顔面・骨格の異常

FGFR1遺伝子は骨の形成にも関わるため、特徴的な身体所見が見られることがあります。

  • 口唇裂・口蓋裂: 唇や口の中の天井が割れていることがあります。
  • 歯の異常: 歯が足りない(欠損歯)。
  • 手の異常: 手指短縮症(指が短い)、合指症など。
  • 顔貌: 眼間開離(目が離れている)、耳の位置異常など。

5. 神経発達・認知機能

欠失範囲の大きさによって個人差があります。

  • 知的発達:
    • 欠失がFGFR1ANK1に限局している場合、知能は正常であることも多いです。
    • しかし、欠失が近位(KAT6Aなど)や遠位に広がっている場合、軽度〜中等度の知的障害や学習障害を伴うことがあります。
  • その他:
    • 難聴や、まれにけいれん発作が見られることがあります。

原因

8番染色体短腕(8p11.2)における微細欠失が原因です。

1. 発生機序

  • De novo(新生突然変異):
    • 多くのケースは、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時)で偶然生じた突然変異です。
  • 家族性(Inherited):
    • 親が「均衡型転座(染色体の場所が入れ替わっている)」を持っている場合、子に不均衡な欠失として遺伝することがあります。
    • また、親自身も微細欠失を持っているが症状が軽く(嗅覚低下のみなど)、診断されていないケースもあります。

2. ハプロ不全(Haploinsufficiency)

  • FGFR1ANK1といった遺伝子は、2本あるうちの1本が欠けて量が半分になるだけで、正常な機能を維持できなくなります。
  • FGFR1: 量が足りないと、胎児期に神経細胞が目的地まで移動できず、嗅覚や性腺機能の回路がつながりません。
  • ANK1: 量が足りないと、赤血球の膜を支える柱が不足し、赤血球が球形に変形してしまいます。

診断方法

「貧血(球状赤血球症)」と「性発達の遅れ/嗅覚脱失」の組み合わせから疑われますが、年齢によって診断の入り口が異なります。

  • 血液検査・赤血球形態検査:
    • 小児期には、まず貧血の精査が行われます。
    • 血液塗抹標本で「球状赤血球」が確認され、浸透圧脆弱性試験などで遺伝性球状赤血球症と診断されます。
    • 通常の球状赤血球症であればANK1などの点変異が原因ですが、**「これに加えて顔立ちの特徴や発達の遅れがある場合」**に、染色体欠失を疑う必要があります。
  • 内分泌学的検査:
    • 思春期になっても二次性徴が来ない場合に行われます。
    • 性ホルモン(テストステロン/エストロゲン)が低く、かつ脳下垂体ホルモン(LH/FSH)も低い(反応していない)低ゴナドトロピン性性腺機能低下症を確認します。
  • 嗅覚検査・MRI:
    • アリナミン静注テストや嗅覚同定検査を行い、無嗅覚を確認します。
    • 頭部MRIで嗅球・嗅策の低形成や欠損を確認します。
  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    • 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
    • 8p11.2領域の欠失を検出し、その範囲にFGFR1ANK1の両方が含まれていることを証明します。これで確定診断となります。

治療方法

欠失した染色体を修復する治療法はありません。

治療は、それぞれの症状(貧血、ホルモン不足)に対する対症療法が中心となります。各専門科(血液内科、内分泌内科、小児科)の連携が必要です。

1. 血液学的管理(球状赤血球症に対して)

  • 貧血の管理:
    • 軽度であれば経過観察のみですが、重度の貧血や黄疸がある場合は輸血を行うことがあります。
    • 葉酸の補充を行うこともあります(赤血球を作るために必要なため)。
  • 脾臓摘出術(摘脾):
    • 貧血が重度の場合や、胆石などの合併症がある場合、赤血球を破壊している脾臓を手術で摘出することを検討します。
    • 免疫機能が低下するため、通常は5〜6歳以降に行い、術後は肺炎球菌などのワクチン接種や感染予防が重要になります。

2. 内分泌学的管理(カルマン症候群に対して)

  • ホルモン補充療法(第二次性徴の誘導):
    • 思春期の年齢(中学生頃〜)になったら、性ホルモン(男性ホルモンまたは女性ホルモン)を少しずつ投与し、人工的に第二次性徴を起こします。
    • これにより、身体的な成熟だけでなく、骨粗鬆症の予防や心理的な自信の回復を図ります。
  • 妊孕性(妊娠能力)の獲得:
    • 将来、子どもを望む場合には、ゴナドトロピン療法(hCG/FSH注射)を行うことで、精子形成や排卵を誘導できる可能性があります。多くのカルマン症候群患者さんが挙児を得ています。

3. 外科的治療

  • 口唇口蓋裂: 形成外科による手術を行います。
  • 停留精巣: 泌尿器科による固定術を行います。

4. 発達・心理的支援

  • 発達支援:
    • 知的障害や学習障害がある場合、療育や特別支援教育を活用します。
  • 心理的ケア:
    • 「においが分からない(風味を楽しめない、ガス漏れに気づかない)」ことへの生活上の工夫や安全指導を行います。
    • 思春期の身体的変化の遅れは、自尊心に大きく影響します。ホルモン治療の見通しを伝え、心理的なサポートを行うことが重要です。

5. 遺伝カウンセリング

  • 情報の整理:
    • 「貧血」と「ホルモン」という別々の病気が、実は一つの原因で起きていることを理解できるよう説明します。
  • 家族への支援:
    • 次子再発リスク(親の転座の有無による)や、将来患者さん自身が子どもを持つ際のリスク(50%の確率で遺伝する)について相談に乗ります。

まとめ

8p11.2 deletion syndromeは、8番染色体の一部が欠けることで起こる、非常に希少な複合的な疾患です。

この病気の大きな特徴は、「血液の症状(貧血)」と「ホルモンの症状(思春期が来ない)」という、一見関係なさそうな2つの問題がセットで起こることです。

これは、染色体の上で、赤血球の形を守る遺伝子(ANK1)と、体の成長や思春期のスイッチを入れる遺伝子(FGFR1)が、お隣同士で並んでいるために起こります。

小さい頃は、貧血や黄疸の治療が中心になるかもしれません。脾臓の手術が必要になることもありますが、これによって貧血は劇的に改善します。

そして成長して中学生くらいになると、「周りの子より背の伸びや声変わりがゆっくりだな」と感じることがあるかもしれません。においが分かりにくいことに気づくのもこの頃です。

ご家族やご本人は不安に思われるかもしれませんが、現代の医療では、足りないホルモンを補充することで、大人としての体つきに成長させることができます。将来的に赤ちゃんを授かることも、治療によって十分に可能です。

知的な発達については個人差がありますが、正常範囲の方も多く、社会で活躍されている方もいらっしゃいます。

大切なのは、血液内科と内分泌内科という異なる専門家のサポートを継続的に受けることです。

「貧血」と「成長」、それぞれのライフステージに合わせたケアを受けることで、健康で充実した人生を送ることができます。

専門医、そして遺伝カウンセラーとチームを組み、お子さんの長い人生を、一つひとつ丁寧に支えていきましょう。

参考文献

  • Gallagher, P.G., et al. (2020). Hereditary Spherocytosis.
    • (※遺伝性球状赤血球症の総説。ANK1遺伝子変異だけでなく、8p11.2欠失による隣接遺伝子症候群としての病態についても言及あり。)
  • Dodé, C., et al. (2003). Kallmann syndrome: fibroblast growth factor signaling insufficiency?
    • (※FGFR1遺伝子の機能不全がカルマン症候群を引き起こすメカニズムを詳細に解説した重要論文。8p11欠失例についても触れられている。)
  • Del Castillo, I., et al. (1992). A microdeletion encompassing the FGFR1 and ANK1 genes in a patient with Kallmann syndrome and hereditary spherocytosis.
    • (※カルマン症候群と遺伝性球状赤血球症を合併した患者において、8p11.2領域の微細欠失(FGFR1とANK1の同時欠失)を初めて分子遺伝学的に証明した歴史的な症例報告。)
  • Matyakhina, L., et al. (2007). Genotype-phenotype correlation in a patient with a “balanced” translocation t(8;16) and Kallmann syndrome.
    • (※8p11領域の異常とカルマン症候群の関連、およびFGFR1周辺の遺伝子地図と臨床像の相関について解析した研究。)
  • Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 8p deletions (2019).
    • (※患者家族向けに、8p欠失(近位・遠位含む)の特徴、発達の目安、生活上のアドバイスなどを平易にまとめたガイドブック。)
  • GeneReviews® [Internet]: Kallmann Syndrome and Idiopathic Hypogonadotropic Hypogonadism / Hereditary Spherocytosis.
    • (※本症候群を構成する2大疾患の診断基準、最新の管理指針、遺伝カウンセリング情報を網羅した、臨床現場で最も信頼されるデータベース。)

詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。