別名・関連疾患名
- 8q22.1重複症候群
- 8q22.1微細重複症候群(8q22.1 microduplication syndrome)
- 8q22.1トリソミー(Trisomy 8q22.1)
- GDF6重複症候群(GDF6 duplication syndrome)
- ※本症候群の主要な症状(骨格異常)は、この領域に含まれるGDF6遺伝子の重複によって引き起こされるため、原因遺伝子に基づいてこう呼ばれることがあります。
- 関連:クリッペル・ファイル症候群(Klippel-Feil syndrome; KFS)
- ※首の骨(頚椎)がくっついてしまう疾患群です。8q22.1重複は、このKFSの原因の一つとして知られています。
- 関連:多指症(Polydactyly)
- ※特に親指側が増える「軸前性多指症」などが見られます。
- 関連:8q22.1欠失症候群(Nablus mask-like facial syndrome)
- ※同じ領域が「欠失」する疾患です。仮面のような特徴的顔貌(ナブルス・マスク様顔貌)を呈しますが、本疾患(重複)とは症状が異なります。
対象染色体領域
8番染色体 長腕(q)22.1領域
本疾患は、ヒトの8番染色体の長腕(qアーム)の中間付近にある「22.1」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が重複(コピー数が通常の2本から3本に増加)することによって生じます。
【ゲノム上の詳細とクリティカルリージョン】
8q22.1領域の重複サイズは患者さんによって異なり、数百キロベース(kb)から数メガベース(Mb)まで様々です。
この領域には複数の遺伝子が含まれていますが、本症候群の病態、特に骨格の形成異常を理解する上で最も重要なのが、GDF6遺伝子です。
【最重要遺伝子:GDF6】
- GDF6 (Growth Differentiation Factor 6):
- 役割: 骨形成因子(BMP)ファミリーに属するタンパク質を作ります。胎児期の手足の関節、背骨(椎骨)、頭蓋骨、そして眼の形成において、細胞の分化や増殖を制御する重要なシグナル分子です。
- 遺伝子量効果(Gene Dosage Effect):
- 遺伝子は「あればあるほど良い」わけではありません。
- 過剰(重複・本疾患): GDF6が増えすぎると、骨と骨の間の「関節(隙間)」を作るプロセスが阻害され、骨同士がくっついてしまう(癒合する)現象が起きます。これがクリッペル・ファイル症候群(頚椎癒合)や手根骨癒合の原因となります。また、指を作るシグナルが過剰になり、多指症を引き起こすこともあります。
【その他の関連遺伝子】
- CTHRC1: 骨形成やホルモン制御に関わる可能性があり、重複範囲に含まれる場合、症状を修飾する可能性があります。
発生頻度
稀(Rare)
正確な発生頻度は確立されていません。
マイクロアレイ染色体検査(CMA)の普及により発見されるようになった比較的新しい疾患概念であり、世界的な医学文献における詳細な症例報告数は数十例程度にとどまります。
ただし、「原因不明のクリッペル・ファイル症候群」や「家族性の多指症」として診断されている患者さんの中に、この8q22.1重複が隠れている可能性があり、実際の頻度は報告数よりも多い(過少診断)と推測されています。
性別による発生頻度の差はなく、男児にも女児にも発生します。
臨床的特徴(症状)
8q22.1 duplication syndromeの症状は、**「骨格の異常(首・手足)」**が最大の特徴です。
重複の範囲が狭く、GDF6周辺に限局している場合は、知的な遅れを伴わないこともありますが、範囲が広い場合は発達遅滞を合併することがあります。
1. 骨格の異常(Skeletal anomalies):中核症状
GDF6遺伝子の過剰発現による影響が顕著に現れます。
- クリッペル・ファイル症候群様症状(Klippel-Feil anomaly):
- 頚椎癒合: 首の骨(頚椎)のいくつかが生まれつきくっついている状態です。
- 症状: 首が短く見える(短頚)、首の生え際が低い(後髪低位)、首の可動域が制限される(振り向きにくい)という3徴候が見られることがあります。
- 多指症(Polydactyly):
- 手や足の指が多い状態です。特に親指側が増える「軸前性多指症」が報告されています。
- 指・関節の異常:
- 合指症(指がくっついている)。
- 短指症(指が短い)。
- 手根骨癒合(手首の細かい骨がくっつく)、足根骨癒合。
- 屈指症(指が曲がって伸びない)。
2. 神経発達・認知機能
個人差が非常に大きい領域です。
- 知的障害(ID) / 発達遅滞(DD):
- 重複範囲が広い場合、軽度から中等度の発達遅滞や学習障害を伴うことがあります。
- 言葉の遅れ(Speech delay)が見られることがあります。
- 一方で、骨格異常のみを持ち、知能は完全に正常であるケースも多数報告されています。これは、重複がGDF6遺伝子の調節領域のみに限局している場合などに見られる傾向です。
3. 眼の異常(Ocular anomalies)
GDF6は眼の発生にも関わるため、眼症状が見られることがあります。
- 小眼球症(Microphthalmia): 片方または両方の眼球が小さい。
- コロボーマ: 虹彩や網膜の一部が欠損している。
- 斜視、屈折異常。
4. 特徴的な顔貌
「特異的顔貌」はそれほど顕著ではありませんが、いくつかの特徴が報告されています。
- 高い額、アーチ状の眉。
- 眼間開離(目が離れている)。
- 鼻根部が広い。
- 薄い上唇。
- クリッペル・ファイル症候群に伴い、首が短く、肩が上がって見えることがあります。
5. その他の合併症
- 難聴:
- 頚椎癒合に伴い、聴覚障害(伝音性または感音性)を合併することがあります。
- 腎奇形:
- 腎臓の形成異常が見られることがあります。
- 心疾患:
- 稀ですが、先天性心疾患の合併例も報告されています。
原因
8番染色体長腕(8q22.1)における微細重複が原因です。
1. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 多くのケースは、受精の過程で偶然生じた突然変異です。
- 家族性(Inherited):重要
- 親からの遺伝であるケースが、本疾患では比較的多く報告されています。
- 常染色体顕性(優性)遺伝の形式をとります。
- 親自身も「首が回りにくい」「親指の手術痕がある」といった軽微な症状を持っている場合があります。
- 親が重複を持っている場合、子に遺伝する確率は50%です。
- 表現型の差異(Variable Expressivity): 同じ重複を持つ親子でも、親は「軽い多指症のみ」で、子は「頚椎癒合と発達遅滞」であるなど、症状の出方に差があることがあります。
2. エンハンサーの重複
- GDF6遺伝子そのものではなく、その近くにある「調節スイッチ(エンハンサー)」が重複することでも発症します。
- 遺伝子の本体は正常でも、スイッチが増えることで、GDF6タンパク質が過剰に作られたり、本来出るべきではない場所(関節になるはずの場所)で分泌されたりして、骨の癒合を引き起こします。
診断方法
「首の骨の異常」「多指症」「発達の遅れ」などがあり、一般的な検査で原因が分からない場合に疑われます。
- レントゲン・CT検査:
- 骨格異常の評価に必須です。
- 頚椎の癒合、手足の指の骨の状態、手根骨・足根骨の癒合などを詳細に確認します。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
- 8q22.1領域の微細な重複を検出し、その正確なサイズ(bp単位)と、GDF6遺伝子が含まれているかを特定できます。
- これにより、他の骨系統疾患との鑑別が可能になります。
- 両親の解析:
- 診断確定後、家族性かどうかを確認するために両親の検査が推奨されます。
- 親に自覚症状がなくても、レントゲンを撮ると隠れた頚椎癒合が見つかることもあります。
治療方法
重複した染色体を元に戻す治療法はありません。
治療は、骨格異常に対する整形外科的治療と、発達の状態に応じた支援が中心となります。
1. 整形外科的治療(最優先)
- 頚椎癒合(Klippel-Feil)の管理:
- 定期的な経過観察: 癒合していない部分の頚椎に負担がかかりやすいため、不安定性がないか定期的にレントゲンでチェックします。
- 生活指導: コンタクトスポーツ(ラグビーや柔道など)やマット運動など、首に強い負担がかかる運動は避けるよう指導されることがあります。
- 手術: 神経症状(手足のしびれや麻痺)が出た場合や、不安定性が強い場合は、固定術などの手術が必要になることがあります。
- 多指症・合指症の手術:
- 手の機能と見た目を改善するために、余分な指の切除や分離手術を行います。
- 通常、1歳前後に行われることが多いです。
- 側弯症の管理:
- 背骨の曲がりがある場合、装具療法や手術を検討します。
2. 発達・療育的支援
- 発達評価:
- 診断時に発達検査を行い、遅れがある場合は早期から介入します。
- 療育:
- 理学療法(PT):体のバランスや運動機能の向上を目指します。
- 作業療法(OT):手の術後のリハビリや、手先の巧緻性向上を目指します。
- 言語聴覚療法(ST):言葉の遅れがある場合に行います。
3. 健康管理
- 聴覚・視覚:
- 難聴や視力障害のリスクがあるため、定期的な検査を行い、必要に応じて補聴器や眼鏡を使用します。
- 腎臓:
- 診断時に腹部エコーを行い、腎奇形がないか確認します。
4. 遺伝カウンセリング
- 情報の整理:
- 「8q22.1重複」という診断名は非常に稀ですが、症状の実態は「クリッペル・ファイル症候群」や「多指症」に近いものであることを説明し、整形外科的な予後を中心に見通しを立てます。
- 家族への支援:
- 親が同じ体質を持っていた場合、「遺伝」について悩みすぎないよう、遺伝カウンセラーがサポートします。親自身が健康に過ごせている事実は、お子さんの将来にとっても希望となります。
まとめ
8q22.1 duplication syndromeは、8番染色体の一部、特に骨や関節を作る「GDF6遺伝子」が増えることで起こる疾患です。
この疾患のお子さんは、首の骨の一部がくっついていたり(クリッペル・ファイル症候群)、手足の指が多かったりするという特徴を持って生まれてくることがあります。
「骨の異常」と聞くと驚かれるかもしれませんが、これはお母さんのお腹の中で、骨と骨の間の「関節」を作る指令が少しうまく伝わらなかったために起こったものです。
ご家族が一番心配される「脳への影響」についてですが、重複の範囲によっては、知的な発達は全く正常であることも多いです。
その場合、手足の手術や、首の骨の定期的なチェックを行えば、通常の学校に通い、スポーツや趣味を楽しみ、社会で活躍することができます。
もし発達の遅れがある場合でも、療育を受けることで、その子なりのペースで成長していきます。
また、この体質は親御さんから受け継がれていることも珍しくありません。「実はお父さんも首が回りにくい」「お母さんも小さい頃に指の手術をした」といった場合、それはこの遺伝子の特徴が家族の中で受け継がれている証拠かもしれません。
整形外科的なケアが中心となりますが、手術やリハビリによって機能は大きく改善します。
染色体異常という名前に過度に不安を感じず、整形外科医、小児科医、そして遺伝カウンセラーと相談しながら、お子さんの健やかな成長を守っていきましょう。
参考文献
- Tassabehji, M., et al. (2008). GDF6 are associated with Klippel-Feil syndrome.
- (※GDF6遺伝子の変異がクリッペル・ファイル症候群の原因であることを発見した重要論文。遺伝子量効果(重複や変異)が骨格形成に与える影響について詳述。)
- Clough, M.V., et al. (2010). Analysis of GDF6 gene in patients with Klippel-Feil syndrome.
- (※クリッペル・ファイル症候群の患者におけるGDF6遺伝子の解析を行い、重複(CNV)を含む遺伝子異常の頻度や臨床像を報告した文献。)
- Subech, M., et al. (2020). 8q22.1 microduplication including GDF6 gene in a patient with Klippel-Feil syndrome and intellectual disability.
- (※GDF6を含む8q22.1重複を持つ患者の症例報告。骨格異常に加えて知的障害を伴うケースの臨床像と、重複範囲による症状の違いについて考察。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 8q duplications (2019).
- (※患者家族向けに、8q重複全般の特徴、整形外科的な問題(脊椎・手足)への対応、発達のバリエーションなどを平易にまとめたガイドブック。)
- Dathe, K., et al. (2009). Duplications involving the GDF6 gene are a rare cause of Klippel-Feil syndrome.
- (※GDF6重複がKFSの原因として稀ながら重要であることを示し、遺伝子量効果(トリプロセンシティ)のメカニズムを議論した研究。)
- GeneReviews® [Internet]: Klippel-Feil Syndrome.
- (※本症候群の主要な表現型であるKFSの診断基準、合併症(難聴、腎奇形など)、長期的な管理指針を網羅したデータベース。)
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


