9q31.1-q31.3 microdeletion syndrome

Posted on 2026年 1月 21日

別名・関連疾患名

  • 9q31.1-q31.3微細欠失症候群
  • 9q31.1-q31.3欠失症候群(9q31.1-q31.3 deletion syndrome)
  • 9q31欠失症候群(9q31 deletion syndrome)
  • 9q31モノソミー(Monosomy 9q31)
  • 9q中間部欠失症候群(Interstitial deletion of 9q)
    • ※9番染色体の長腕には、他にも有名な「9q22.3欠失(ゴーリン症候群)」や「9q34欠失(クリーフストラ症候群)」がありますが、本疾患はその「間」に位置する独立した疾患単位です。

対象染色体領域

9番染色体 長腕(q)31.1から31.3領域

本疾患は、ヒトの9番染色体の長腕(qアーム)の中間付近にある「31.1」から「31.3」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。

【ゲノム上の詳細とクリティカルリージョン】

この領域の欠失は、染色体の末端(テロメア)を含まない「中間欠失(Interstitial deletion)」です。

欠失のサイズは患者さんによって異なり、数メガベース(Mb)から10Mb以上に及ぶこともあります。

近年の研究により、この領域には体の成長や染色体の構造維持に関わる重要な遺伝子が含まれていることが判明しています。特に以下の遺伝子が、本症候群の特徴的な症状(特に成長障害)を引き起こす「責任遺伝子」として注目されています。

【含まれる重要な遺伝子(責任遺伝子)】

  • SMC2 (Structural Maintenance of Chromosomes 2): 9q31.1に位置。
    • 最重要の責任遺伝子と考えられています。
    • 役割: 「コンデンシン(Condensin)」というタンパク質複合体の一部を作ります。これは細胞分裂の際に、染色体をギュッと凝縮させて正しく分配するために不可欠な役割を果たします。
    • 欠失の影響: この遺伝子が半分(ハプロ不全)になると、細胞分裂や増殖がスムーズにいかなくなります。これが、本症候群で見られる**「重度の出生後成長障害(身長が伸びない)」「小頭症」**の主要な原因であると推測されています。
  • ABCA1 (ATP Binding Cassette Subfamily A Member 1): 9q31.1に位置。
    • 役割: コレステロールや脂質の代謝に関わる遺伝子です。
    • 欠失の影響: 両方の遺伝子が欠損すると「タンジール病(Tangier disease)」になりますが、片方の欠失(本疾患)では、善玉コレステロール(HDL)が低くなることがありますが、通常重篤な症状は出にくいとされています。
  • TLE1 / TLE4:
    • 神経発生や脳の発達に関与しており、知的障害に関連する可能性があります。

発生頻度

極めて稀(Ultra-rare)

正確な発生頻度は確立されていません。

9番染色体の欠失自体が比較的稀ですが、その中でも「9q31領域」に限局した欠失の報告数は非常に少なく、世界的な医学文献における詳細な症例報告数は数十例程度にとどまります。

しかし、これは疾患が存在しないのではなく、以下の理由による**「過少診断(Underdiagnosis)」**である可能性が高いです。

  1. 特徴の重複: 「低身長」や「知的障害」は他の多くの症候群でも見られるため、特徴的な外見(三角頭蓋など)がない限り、染色体検査に至らないことがあります。
  2. 検査技術: 一般的なGバンド染色体検査では見逃される微細な欠失であり、マイクロアレイ染色体検査(CMA)を行わないと診断できません。

性別による発生頻度の差はなく、男児にも女児にも発生します。

臨床的特徴(症状)

9q31.1-q31.3 microdeletion syndromeの症状は、**「著しい成長障害(低身長)」「小頭症」「発達遅滞」「特徴的な顔貌」**が4大特徴です。

特に、生まれた後の身長の伸びが悪く、体重が増えにくいことが早期の気づきにつながることが多いです。

1. 成長障害・体格(Growth failure)

本症候群において最も医学的管理を要する、顕著な特徴です。

  • 出生後成長障害(Postnatal growth retardation):
    • 出生時の身長・体重は正常範囲内かやや小さめ程度ですが、生後数ヶ月から成長率が急激に低下します。
    • 多くの患者さんで、身長・体重ともに成長曲線の範囲を大きく下回る(-2SD〜-3SD以下)重度の低身長となります。
    • 成長ホルモンの分泌は正常であることが多く、ホルモン治療への反応が限定的である(SMC2遺伝子の細胞レベルの問題である)可能性があります。
  • 小頭症(Microcephaly):
    • 頭囲が小さく、年齢とともにその傾向が強くなります。
  • 痩身(Slender habitus):
    • 皮下脂肪が少なく、全体的に細身の体型になることが多いです。

2. 神経発達・認知機能

ほぼ全例で、中等度から重度の発達への影響が認められます。

  • 知的障害(ID) / 発達遅滞(DD):
    • 多くの場合、中等度〜重度の知的障害を伴います。
    • 言葉の獲得が非常に遅く、発語がない(Non-verbal)場合や、数語にとどまる場合もあります。
    • 理解力(受容言語)は、話す能力(表出言語)よりも良好な傾向があります。
  • 運動発達遅滞:
    • 首すわり、お座り、歩行開始などのマイルストーンが遅れます。
    • 筋緊張低下(Hypotonia): 乳幼児期に体が柔らかく、運動発達の遅れの一因となります。
  • てんかん:
    • 一部の患者さんでけいれん発作を合併することがあります。

3. 特徴的な顔貌(Craniofacial features)

成長とともに特徴がはっきりしてくる傾向があります。

  • 顔の輪郭: 面長(Long face)、または逆三角形の顔立ち。
  • 目:
    • アーチ状の眉毛(Arched eyebrows)。
    • 長い睫毛。
    • 眼瞼裂斜下(タレ目)、または水平。
    • 眼間開離(目が離れている)。
  • 鼻:
    • 長い鼻(Long nose)、鼻根部が高い。
    • 鼻柱が垂れ下がっている。
  • 口:
    • 薄い上唇(Thin upper lip)
    • 人中(鼻の下)が短い。
    • 口角が下がっている。
    • 小顎症(あごが小さい)。

4. 骨格・筋骨格系の異常

  • 指の異常:
    • 長い指(Arachnodactyly)、または短い指。
    • 第5指(小指)の湾曲(Clinodactyly)。
  • 脊柱側弯症(Scoliosis):
    • 筋緊張低下に伴い、学童期以降に背骨が曲がってくることがあります。
  • その他:
    • 関節の緩さ(過伸展)や、逆に関節拘縮が見られることがあります。

5. その他の合併症

  • 摂食障害:
    • 乳幼児期の哺乳困難、嚥下障害、胃食道逆流症(GERD)が見られることがあり、経管栄養が必要になるケースもあります。
  • 心疾患:
    • 心房中隔欠損症(ASD)や心室中隔欠損症(VSD)などの軽微な先天性心疾患が報告されていますが、重篤なものは稀です。
  • 眼科:
    • 斜視、屈折異常(近視・遠視)。

原因

9番染色体長腕(9q31.1-q31.3)における微細欠失が原因です。

1. 発生機序

  • De novo(新生突然変異):
    • 9q31.1-q31.3欠失症候群の大多数は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異(染色体切断)です。
    • 親の年齢や妊娠中の環境が原因で起こるものではありません。
    • この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(1%未満)とされています。
  • 家族性(稀):
    • 非常に稀ですが、親が「均衡型転座(染色体の場所が入れ替わっている)」や「逆位」などの構造異常を持っている場合があります。
    • この場合、親は健康ですが、子に不均衡な欠失が生じます。

2. ハプロ不全(Haploinsufficiency)

  • 本質的な原因は、SMC2などの遺伝子が片方欠けることで、細胞分裂や成長に必要なタンパク質の量が半分になってしまうことです。
  • 特にSMC2(コンデンシン)の不足は、全身の細胞増殖効率を低下させるため、全体的な体の小ささ(低身長)や脳の小ささ(小頭症)につながると考えられています。

診断方法

「著しい低身長」「小頭症」「発達遅滞」「特徴的な顔貌」の組み合わせから疑われますが、確定診断には遺伝学的検査が必要です。

  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    • 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
    • 9q31.1-q31.3領域の欠失を検出し、その正確なサイズ(bp単位)と、SMC2遺伝子などが含まれているかを特定できます。
    • 従来のGバンド検査(顕微鏡検査)では、欠失が5Mb以下など小さい場合に見逃されることがあるため、CMAが必須です。
  • 両親の染色体検査:
    • 診断確定後、家族性(親の転座など)かどうかを確認するために両親の検査が推奨されます。これは次子再発リスクの正確な評価に必要です。
  • 画像検査・内分泌検査:
    • 低身長の原因精査として、成長ホルモン分泌刺激試験や骨年齢の測定(手のレントゲン)、頭部MRIなどが行われますが、本症候群ではホルモン異常が見つからないことが診断のヒントになることもあります(ホルモンは出ているのに背が伸びない)。

治療方法

欠失した染色体を修復する根本的な治療法はありません。

治療は、それぞれの症状に対する対症療法と、発達を最大限に促す**療育(ハビリテーション)**が中心となります。

1. 成長・栄養管理(重要)

  • 栄養サポート:
    • 乳幼児期の哺乳困難や体重増加不良に対し、高カロリーミルクの使用や、必要に応じて経管栄養(鼻からチューブ)や胃瘻(お腹から直接栄養を入れる)を検討し、適切な栄養状態を維持します。
  • 成長のモニタリング:
    • 定期的に身長・体重・頭囲を測定し、独自の成長曲線を描くことを理解します。
    • 成長ホルモン療法については、分泌不全がない場合の効果は確立されていませんが、SGA性低身長(お腹の中で小さく生まれたことによる低身長)の基準を満たす場合などに、試験的に導入されることがあります。効果には個人差があります。

2. 発達・療育的支援

  • 早期療育:
    • 診断後、早期から理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
  • コミュニケーション支援:
    • 言語発達の遅れが顕著な場合、サイン、絵カード(PECS)、タブレット端末などの**AAC(補助代替コミュニケーション)**を積極的に導入し、意思伝達の手段を確保します。
    • 理解力は比較的良いため、コミュニケーション手段があることで、かんしゃくなどの行動問題を減らすことができます。
  • 理学療法(PT):
    • 筋緊張低下に対し、体幹を鍛え、歩行の安定を目指します。

3. 整形外科的治療

  • 側弯症の管理:
    • 学童期以降、脊柱側弯症が進行しないか定期的にチェックし、必要に応じて装具療法などを行います。

4. 合併症の管理

  • てんかん: 抗てんかん薬による治療を行います。
  • 眼科・耳鼻科: 定期的な視力・聴力検査を行います。

5. 遺伝カウンセリング

  • 情報の整理:
    • 非常に稀な疾患であり、ネット上にも日本語の情報はほとんどありません。「9q31欠失」という診断名だけでなく、それが具体的にどのような遺伝子の不足によるものか(SMC2など)を説明し、理解を助けます。
  • 家族への支援:
    • 「背が伸びないのは育て方のせいではない」ことを明確に伝え、遺伝的な要因であることを共有します。将来の見通し(就学や生活自立など)について、長期的な視点で相談に乗ります。

まとめ

9q31.1-q31.3 microdeletion syndromeは、9番染色体の中間部分が欠失することで起こる、非常に希少な疾患です。

この疾患の最大の特徴は、お子さんの体がとても小柄で、ゆっくりと成長していくことです。

生まれた時は標準的な大きさでも、その後身長や体重の増えが緩やかになるため、ご家族は「ミルクが足りないのかな?」「育て方が悪いのかな?」と深く悩まれてきたかもしれません。

しかし、これは栄養不足や愛情不足のせいではなく、体の細胞を増やして大きくするための遺伝子(SMC2など)が生まれつき1つ少ないために起こる、体質的な特徴です。

知的な発達についても、言葉が出るまでに時間がかかるなど、ゆっくりとしたペースですが、療育を通じて着実に成長していきます。

言葉で話すのが苦手でも、こちらの言っていることはよく分かっていることが多く、絵カードやジェスチャーを使えば、豊かなコミュニケーションが取れるようになります。

また、特徴的なお顔立ちも、成長とともにその子らしい愛嬌のある表情へと変わっていきます。

重篤な心臓病などを合併することは比較的少なく、生命予後は安定していることが多いです。

低身長や側弯症など、長期的なフォローアップが必要な面はありますが、小児科医、内分泌科医、整形外科医、療育スタッフ、そして遺伝カウンセラーとチームを組み、お子さんの個性と成長を、長く、温かく支えていきましょう。

参考文献

  • Bramswig, N.C., et al. (2013). Identification of new 9q31.1-q31.3 microdeletions: genotype-phenotype characterization and delineation of a critical region for a recognizable syndrome. European Journal of Human Genetics.
    • (※9q31.1-q31.3領域の欠失を持つ新たな患者群を報告し、重度の出生後成長障害、小頭症、特徴的な顔貌を呈する識別可能な症候群であることを定義した、本疾患における最も重要な原著論文。)
  • Vlckova, M., et al. (2016). SMC2 encoding a core subunit of condensin I and II is a candidate gene for microcephaly and growth retardation in 9q31.1-q31.3 deletion.
    • (※9q31.1-q31.3欠失患者の解析から、SMC2遺伝子のハプロ不全が小頭症および成長障害の主要な原因(責任遺伝子)であることを強く示唆した研究。)
  • Komoike, Y., et al. (2010). A novel 9q31.1-q31.3 deletion in a patient with distinct clinical features.
    • (※本症候群の症例報告。特徴的な顔貌(長い鼻、薄い上唇など)や発達遅滞の詳細な臨床像を記述。)
  • Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 9q deletions (2019).
    • (※患者家族向けに、9q中間部欠失の特徴、成長(低身長)への対応、摂食障害、療育のアドバイスなどを平易にまとめたガイドブック。)
  • Decipher Database: 9q31.1 deletion.
    • (※染色体微細欠失・重複に関する国際的なデータベース。9q31領域の欠失を持つ患者の臨床症状(ID, 小頭症, 低身長など)の統計データ。)

詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。