別名・関連疾患名
- SOX2関連無眼球症候群(SOX2-related anophthalmia syndrome)
- ※現在、医学的にはこの名称で呼ばれることが最も一般的です。原因遺伝子に基づいた分類です。
- SOX2無眼球症候群(SOX2 anophthalmia syndrome)
- 小眼球症-食道閉鎖症候群(Microphthalmia-esophageal atresia syndrome)
- ※食道閉鎖を合併する場合の記述的名称です。
- AEG症候群(Anophthalmia-Esophageal-Genital syndrome)
- ※無眼球、食道閉鎖、性器異常の3徴候を呈する場合の名称です。
- 関連:中隔視神経形成不全症(Septo-optic dysplasia; SOD)
- ※症状が一部重複しますが、別の疾患群です。
対象染色体領域
3番染色体 長腕(q)26.33領域
本疾患は、ヒトの3番染色体の長腕(qアーム)の「26.33」と呼ばれるバンド領域に位置する、SOX2遺伝子の変異または欠失によって引き起こされます。
【ゲノム上の詳細とSOX2遺伝子の役割】
SOX2(SRY-box transcription factor 2)遺伝子は、単なる一つの部品を作る遺伝子ではありません。胎児が発生する極めて初期の段階で、「ここは眼になれ」「ここは脳の前の方(前脳)になれ」「ここは食道になれ」といった指令を出す、非常に強力な**転写因子(マスターレギュレーター)**です。
この遺伝子は、ES細胞やiPS細胞の樹立にも使われるほど、細胞の運命決定や万能性の維持に不可欠なものです。
したがって、この領域に異常が生じると、眼や脳といった特定の器官だけでなく、発生学的に関連する複数の器官に同時に形成不全が起こるのです。
発生頻度
稀(Rare)
正確な発生頻度は確立されていませんが、非常に希少な疾患です。
- 無眼球・小眼球症全体: 出生10,000人に1〜2人程度と言われています。
- その内訳: 両眼性の重度無眼球・小眼球症の患者さんのうち、約10〜15%がSOX2遺伝子の異常(本症候群)であると報告されています。
- 推定頻度: 出生250,000人に1人程度の頻度と推定されています。
性別による発生頻度の差は明確にはありませんが、性腺機能不全(特に男児の性器発育不全)を伴うため、発見の契機や症状の出方に男女差があるように見えることがあります。
臨床的特徴(症状)
Anophthalmia-hypothalamo pituitary insufficiency syndromeの症状は、疾患名の通り**「眼」と「内分泌(ホルモン)」が二大特徴ですが、それ以外にも「脳神経系」「消化器」「性器」**など多岐にわたります。
症状の重症度は、全く同じ遺伝子変異を持っていても個人差が大きい(表現型の多様性がある)ことが特徴です。
1. 眼の症状(Ocular features)
本症候群の最も中核的な症状です。
- 無眼球症(Anophthalmia):
- 眼球の組織が全く存在しない、あるいは痕跡程度しか確認できない状態です。
- 小眼球症(Microphthalmia):
- 眼球は存在するものの、サイズが正常よりも小さい状態です。
- 両眼性 vs 片眼性:
- 多くの症例で両眼性(両方の眼に影響が出る)ですが、左右で程度が異なる(片方は無眼球、もう片方は小眼球など)ことや、稀に片眼のみの場合もあります。
- 視力:
- 重度の無眼球・小眼球の場合、視力は失われているか、光を感じる程度(光覚弁)のことが多いです。
- 軽度の小眼球や、コロボーマ(眼の組織の一部欠損)のみの場合は、ある程度の視力が保たれることもあります。
2. 視床下部・下垂体機能不全(Endocrine features)
眼の異常に次いで高頻度に見られる、生命予後に関わる重要な合併症です。脳の奥にあるホルモンの司令塔(下垂体・視床下部)が正しく形成されないことで起こります。
- 成長ホルモン(GH)分泌不全:
- 低身長の原因となります。治療を行わないと著しい低身長となります。
- 性腺刺激ホルモン(LH/FSH)分泌不全:
- 低ゴナドトロピン性性腺機能低下症を引き起こします。
- 男児: 小陰茎(マイクロペニス)、停留精巣(タマが降りてこない)。
- 思春期: 第二次性徴(声変わり、乳房発育、月経など)が来ない、あるいは遅れることがあります。
- 甲状腺刺激ホルモン(TSH)分泌不全:
- 中枢性甲状腺機能低下症となります。元気がない、寒がり、便秘、発達の遅れなどの原因になります。
- 副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)分泌不全:
- 副腎不全となります。ストレス時に必要なコルチゾールが出せないため、発熱時などにショック状態(副腎クリーゼ)になるリスクがあり、生命に関わります。
3. 神経学的特徴・発達(Neurological features)
- 脳の構造異常:
- MRI検査を行うと、下垂体の低形成以外にも異常が見つかることがあります。
- 脳梁欠損・低形成(右脳と左脳をつなぐ橋がない)。
- 海馬の異常(記憶に関わる部分)。
- 発達遅滞・知的障害:
- 軽度から重度まで幅があります。
- 視覚障害による運動発達の遅れ(首すわりや歩行の遅れ)に加えて、学習障害や知的障害を伴うことが多いです。
- ただし、正常な知能を持ち、大学へ進学し自立した生活を送る患者さんも報告されています。
- てんかん:
- 一部の患者さんでけいれん発作を合併することがあります。
4. 消化器の症状
- 食道閉鎖症(Esophageal atresia):
- 生まれつき食道が途切れている状態です。気管食道瘻(気管と食道がつながっている)を伴うこともあります。
- ミルクが飲めないため、出生直後に手術が必要となります。
- SOX2変異を持つ患者さんの約半数に見られる特徴的な合併症であり、眼の異常と食道閉鎖が合併している場合は、本症候群が強く疑われます。
5. その他の合併症
- 外性器異常: 男児の小陰茎や停留精巣は、ホルモン不足だけでなく、性器形成そのものの障害としても現れます。
- 難聴: 感音性難聴。
- 骨格: 側弯症など。
原因
3番染色体(3q26.33)にあるSOX2遺伝子の異常が原因です。
1. ハプロ不全(Haploinsufficiency)
- ヒトは通常、遺伝子を2セット(父方・母方)持っています。
- 本症候群は、2つのSOX2遺伝子のうち、片方が欠失したり、変異によって機能しなくなったりすることで発症します。
- 残った1つの正常な遺伝子だけでは、SOX2タンパク質の量が足りず(ハプロ不全)、眼や脳といった複雑な器官を正しく作り上げることができなくなります。
2. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- ほとんどの症例は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
- 親の年齢や妊娠中の環境が原因で起こるものではありません。
- 性腺モザイク:
- 極めて稀ですが、健康な親の精子や卵子の一部にのみ変異が存在し、きょうだいで発症する(家族内発症)例も報告されています。
3. なぜ「眼」と「下垂体」と「食道」なのか?
- 胎児のごく初期(神経板や前腸が作られる時期)において、SOX2はこれら全ての器官の「原器」となる領域で発現し、細胞の分化を指令しています。
- 特に、眼と視床下部・下垂体は、発生学的に「前脳」という同じ領域から分かれてできるため、セットで障害されやすいのです。
診断方法
「無眼球・小眼球」に加え、「全身の合併症」を評価し、遺伝学的検査で確定します。
- 眼科的検査:
- 細隙灯顕微鏡検査、眼底検査などで眼球の状態を確認します。眼球がない場合、眼窩(眼が入る骨の窪み)の状態も確認します。
- 画像検査(MRI / CT):
- 頭部MRI: 必須の検査です。眼球の有無だけでなく、視神経の低形成、下垂体の欠損や低形成、脳梁欠損などの脳構造異常を詳細に評価します。
- 内分泌学的検査:
- 血液検査で各種ホルモン(GH, TSH, Free T4, ACTH, コルチゾール, LH, FSH, 性ホルモンなど)の値を測定します。
- 負荷試験を行い、ホルモンの予備能力を調べることもあります。
- 遺伝学的検査:
- シークエンス解析: SOX2遺伝子の塩基配列を読み取り、変異がないか調べます。
- マイクロアレイ染色体検査 / FISH法: SOX2遺伝子を含む領域の微小欠失がないか調べます。
- これらにより、SOX2異常が確認されれば確定診断となります。
治療方法
根本的な遺伝子治療法はまだありません。
治療は、それぞれの症状に対する対症療法と、生活の質(QOL)を向上させるための多職種によるサポートが中心となります。
1. 眼科・形成外科的治療
見た目の形成と顔面骨の発育のために重要です。
- 義眼(Prosthetics)の装着:
- 無眼球や極度の小眼球の場合、眼窩(眼のくぼみ)が成長せず、顔面の骨格変形を招く恐れがあります。
- 乳児期早期から、段階的にサイズの大きな「コンフォーマー(義眼台)」や義眼を装着し、物理的に眼窩を広げていく治療(ソケット・エクスパンション)を行います。
- これにより、将来的に自然な顔貌を獲得することを目指します。
2. 内分泌学的治療(ホルモン補充療法)
生命維持と成長のために不可欠です。
- 成長ホルモン療法:
- 成長ホルモン分泌不全性低身長症に対して、注射による補充を行います。
- 甲状腺ホルモン補充:
- チラーヂンなどの内服を行います。
- 副腎皮質ホルモン(ステロイド)補充:
- コートリルなどを内服します。特に発熱時や手術時などのストレス時には増量が必要(シックデイ・ルール)であり、ご家族への指導が重要です。
- 性ホルモン補充:
- 思春期の時期に合わせて、性ホルモンを補充し、二次性徴を誘導します。
3. 外科的治療
- 食道閉鎖の手術:
- 合併がある場合、出生直後に緊急手術を行い、食道をつなぎます。
- 停留精巣の手術:
- 精巣固定術を行います。
4. 発達・療育的支援
- 視覚障害児教育:
- 視力が低い、あるいは全く見えない場合、早期から「盲学校(視覚支援学校)」の乳幼児相談などを利用し、触覚や聴覚を使った認知発達を促します。
- 「見えない世界」での空間把握や移動(白杖歩行など)、点字の習得などをサポートします。
- 療育(PT/OT/ST):
- 全体的な発達の遅れに対し、リハビリテーションを行います。
5. 遺伝カウンセリング
- 情報の整理:
- 非常に稀な疾患であり、ご家族の不安は大きいです。予後には個人差があること、適切な管理で元気に生活できることを伝えます。
- 家族への支援:
- 次子再発リスク(通常は低いがゼロではない)について正確な情報を提供します。
まとめ
Anophthalmia-hypothalamo pituitary insufficiency syndrome(無眼球-視床下部-下垂体機能不全症候群)は、眼の形成とホルモンの調整役である脳の一部が、生まれつきうまく作られない疾患です。
原因は、体の設計図の司令塔である「SOX2遺伝子」の変化にあります。
この病気の赤ちゃんは、生まれた時に目が開かなかったり、眼球が小さかったりすることで気づかれます。また、ミルクを飲んでも吐いてしまう(食道閉鎖)ことや、おちんちんが小さい(外性器異常)ことで見つかることもあります。
「目が見えないかもしれない」「ホルモンが出ない」と聞くと、ご家族は将来に対して大きな不安を感じられることと思います。
しかし、医療の進歩により、適切なサポートを受けることで、子どもたちはその子らしく成長していくことができます。
眼に関しては、早期から義眼などの治療を始めることで、きれいな顔立ちに整えていくことができます。視覚に障害があっても、聴覚や触覚を研ぎ澄ませ、豊かな感性を育んでいるお子さんがたくさんいます。
ホルモンに関しては、足りない分をお薬や注射で補うことで、背を伸ばし、元気に活動し、大人への体の変化を迎えることができます。
食道の問題も、手術で治すことができます。
知的な発達には個人差がありますが、大学に進学し、社会で活躍されている患者さんもいらっしゃいます。
眼科医、内分泌科医、小児外科医、視覚支援の専門家、そして遺伝カウンセラーとチームを組み、お子さんの「心の目」と「体の成長」を、長く、温かく支えていきましょう。
参考文献
- Fantes, J., et al. (2003). Mutations in SOX2 cause anophthalmia. Nature Genetics.
- (※SOX2遺伝子変異が無眼球症の原因であることを突き止めた、歴史的かつ最も重要な原著論文。)
- Kelberman, D., et al. (2006). SOX2 plays a critical role in the development of the hypothalamo-pituitary axis.
- (※SOX2遺伝子が眼だけでなく、視床下部・下垂体・海馬などの脳構造の発達に決定的役割を果たしていることを明らかにした研究。)
- Raca, G., et al. (2005). Expansion of the spectrum of clinical phenotypes associated with SOX2 mutations.
- (※食道閉鎖や成長障害など、眼以外の全身症状(表現型)のスペクトラムを詳細に報告した文献。)
- Hagstrom, S.A., et al. (2005). SOX2 mutations cause anophthalmia, hearing loss, and brain anomalies.
- (※SOX2変異に伴う難聴や脳奇形について言及し、診断における重要性を示唆した論文。)
- GeneReviews® [Internet]: SOX2-Related Eye Disorders. Initial Posting: 2006; Last Update: 2021.
- (※診断基準、最新の管理指針、遺伝カウンセリング情報を網羅した、臨床現場で最も信頼されるデータベース。)
- Williamson, K.A., et al. (2014). The genetic architecture of microphthalmia, anophthalmia and coloboma.
- (※MAC(小眼球・無眼球・コロボーマ)スペクトラム全体の遺伝学的背景をレビューし、SOX2の位置づけを解説した文献。)
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