別名・関連疾患名
- 脊索腫(日本における正式な診断名)
- 家族性脊索腫(Familial Chordoma)
- ※家族内で複数名が発症する、遺伝性のケースを指します。
- 良性脊索細胞腫(Benign Notochordal Cell Tumor; BNCT)
- ※脊索腫の前段階(前駆病変)と考えられている良性の病変です。脊索腫との鑑別が重要です。
- Notochordal sarcoma(脊索肉腫)
- ※稀な呼称ですが、悪性腫瘍であることを強調する場合に使われることがあります。
対象染色体領域
6番染色体 長腕(q)27領域
本疾患の発生には、ヒトの6番染色体の長腕(qアーム)の末端に近い「27」と呼ばれるバンド領域(6q27)に位置する、**TBXT遺伝子(旧名:T遺伝子)**が決定的な役割を果たしています。
【ゲノム上の詳細と「Brachyury(ブラキウリ)」】
この疾患を理解する上で最も重要なキーワードが、**「TBXT遺伝子」と、そこから作られるタンパク質「Brachyury(ブラキウリ)」**です。
- Brachyuryの役割:
- Brachyuryは、胎児が発生する極めて初期の段階で、「脊索(せきさく)」という組織を作るために必須の転写因子(司令塔)です。
- 通常、脊索は背骨(脊椎)が形成されると退化して消失し、椎間板の中心部(髄核)にわずかに残るだけとなります。
- そのため、出生後の人間の組織では、このBrachyuryは**「発現していない(スイッチがオフになっている)」**のが正常です。
- 脊索腫における異常:
- 脊索腫の細胞では、なぜかこのBrachyuryが**過剰に発現(スイッチがオン)**し続けています。
- 家族性脊索腫: 6q27領域のTBXT遺伝子が**「重複(コピー数が増える)」**していることが原因であることが特定されています。
- 孤発性(散発性)脊索腫: 多くの患者さんは遺伝性ではありませんが、特定の遺伝子多型(SNP rs2305089)を持っていると、発症リスクが高まることが分かっています。
発生頻度
極めて稀(Ultra-rare)
- 頻度: 人口100万人あたり年間約0.8〜1人(100万人に1人)という希少がん(肉腫)です。
- 年齢: あらゆる年齢で発症しますが、50代〜60代にピークがあります。小児や若年者での発症も稀にあり、その場合は頭蓋底(頭の骨)に発生する傾向があります。
- 性差: 男性の方が女性よりやや多く発症します(男:女 = 約 2:1)。
臨床的特徴(症状)
Chordomaの最大の特徴は、**「体の中心線(正中線)上の骨」**に発生することです。
これは、発生母地である「脊索」が体の中心軸にある組織だからです。
腫瘍はゆっくりと増大するため、症状が出る頃にはかなり大きくなっていることが多いです。発生する場所によって症状が大きく異なります。
1. 頭蓋底脊索腫(Skull Base Chordoma):約30〜35%
脳を支える頭の骨の底、「斜台(しゃだい)」という部分によくできます。脳神経や脳幹を圧迫します。
- 複視(Double vision):
- 最も多い初期症状の一つです。眼を動かす神経(特に第6脳神経:外転神経)が圧迫され、眼球が外側に動かなくなり、物が二重に見えます。
- 頭痛:
- 深い部分の鈍痛や、首の後ろの痛みを訴えることがあります。
- 嚥下障害・構音障害:
- 飲み込みや発声に関わる神経が圧迫されると、飲み込みにくい、声がれするなどの症状が出ます。
- 顔面のしびれ・痛み:
- 三叉神経が圧迫されると、顔の感覚が鈍くなったり、痛みが出たりします。
2. 仙骨脊索腫(Sacral Chordoma):約50%
背骨の一番下、お尻の真ん中にある三角形の骨「仙骨」にできます。
- 慢性的な腰痛・臀部痛:
- 「長引く腰痛」「座ると尾てい骨が痛い」といった症状が出ますが、坐骨神経痛や痔と間違われやすく、発見が遅れる原因となります。
- 排便・排尿障害:
- 腫瘍が大きくなり、仙骨の中を通る神経(馬尾神経)を圧迫すると、便秘、便失禁、尿が出にくい、尿漏れなどの症状が現れます。
- 性機能障害(勃起不全など)が出ることもあります。
- 下肢のしびれ・脱力:
- 足の裏や太ももの裏側にしびれが出ることがあります。
3. 可動脊椎脊索腫(Mobile Spine Chordoma):約15〜20%
首(頚椎)、背中(胸椎)、腰(腰椎)の骨にできます。
- 局所の痛み: 背中や首の痛み。
- 神経根症状: 腕や足への放散痛(ビリビリする痛み)。
- 脊髄圧迫症状: 進行すると脊髄が圧迫され、手足の麻痺が起こることがあります。
4. 病理学的特徴(Physaliphorous cells)
- 顕微鏡で見ると、**「泡沫状細胞(Physaliphorous cells)」**と呼ばれる、細胞質に空泡(泡のようなもの)をたくさん持った大型の細胞が見られます。これが脊索腫の診断の決め手となる特徴的な顔つきです。
原因
脊索(Notochord)の遺残組織の異常増殖が原因です。
1. 発生機序
- ヒトの胎児期、背骨ができる前に、体の中心を貫く「脊索」という棒状の組織が作られます。これが背骨の設計図となります。
- 通常、脊索は役割を終えると退化して消えます(椎間板の髄核として一部残るのみ)。
- しかし、何らかの原因で、骨の中や頭蓋底に**「脊索の燃えかす(遺残組織)」**が取り残されてしまうことがあります。
- この遺残組織において、本来は止まっているはずの**TBXT遺伝子(Brachyury)**が再び暴走(過剰発現)し、細胞分裂のスイッチが入ることで腫瘍化すると考えられています。
2. 遺伝的要因(家族性と孤発性)
- 孤発性(Sporadic):
- ほとんどの患者さん(99%以上)はこれに該当します。遺伝しません。
- 6q27領域の遺伝子多型(SNP)が発症しやすさに関わっていますが、基本的には偶発的な病気です。
- 家族性(Familial):
- 極めて稀ですが、世界で数家系〜数十家系が報告されています。
- この場合、**常染色体顕性遺伝(優性遺伝)**の形式をとり、TBXT遺伝子の重複(Duplication)が原因であることが多いです。
診断方法
画像診断と、確定診断のための生検(組織検査)が必要です。
- 画像検査(MRI / CT):
- MRI: 最も重要な検査です。腫瘍の広がり、神経との関係、BNCT(良性病変)との鑑別に必須です。T2強調画像という撮影法で「高信号(白く光る)」となるのが特徴です。
- CT: 骨がどのように破壊されているかを確認します。
- 生検(Biopsy):
- 腫瘍の一部を針などで採取し、顕微鏡で調べます。
- 重要: 脊索腫の手術は非常に難しいため、生検の針を刺すルート(経路)は、後の手術で一緒に切除できる場所を選ぶ必要があります。専門施設での実施が強く推奨されます。
- 免疫染色(Immunohistochemistry):
- 採取した細胞で、**「Brachyury(ブラキウリ)」**というタンパク質が陽性(染まる)かどうかを調べます。
- Brachyuryが陽性であれば、ほぼ間違いなく脊索腫と診断されます(これが開発されるまでは、軟骨肉腫との区別が困難でした)。
治療方法
脊索腫は、一般的な抗がん剤が効きにくく、放射線治療も通常のX線では効果が低い**「難治性腫瘍」です。
そのため、「手術」と「粒子線治療」**が治療の二本柱となります。
1. 外科的手術(Surgery)
根治を目指すための第一選択です。
- 一塊切除(En bloc resection):
- 腫瘍をカプセルごと、周りの正常な組織で包み込んで、ひとかたまりで取り除く方法が理想です。
- 腫瘍の中で切ったり、掻き出したりすると、そこから再発するリスクが極めて高くなります。
- 難易度:
- 頭蓋底や仙骨は、重要な神経や血管が密集しているため、完全切除が非常に難しい場所です。合併症(神経麻痺など)のリスクと、根治性のバランスを熟慮する必要があります。
2. 放射線治療(特に重粒子線・陽子線)
脊索腫治療の要(かなめ)です。
- 通常の放射線(X線):
- 脊索腫は放射線抵抗性(効きにくい)であり、効かせるためには大量の線量が必要ですが、近くにある脳や神経が耐えられません。
- 粒子線治療(陽子線・重粒子線):
- 現在、標準治療として推奨されています。
- 水素や炭素のイオンを加速してぶつける治療法です。
- 狙った場所(腫瘍)でエネルギーを爆発させることができるため、周りの神経を守りながら、腫瘍にだけ強力なダメージを与えることができます。
- 手術で取りきれなかった場合や、手術ができない場所にある場合、あるいは術後の再発予防として行われます。
3. 薬物療法(Drug Therapy)
- 脊索腫には、確立された標準的な化学療法(抗がん剤)はありません。
- 分子標的薬:
- 再発や転移があり、手術や放射線ができない場合、イマチニブ(Imatinib)、エルロチニブ、アファチニブなどの「分子標的薬」が使用されることがあります(保険適応外使用や治験となることが多いです)。
- これらは、腫瘍の増殖に関わるシグナル(PDGFRやEGFRなど)をブロックします。
- 免疫チェックポイント阻害薬:
- ニボルマブなどの効果を検証する臨床試験が行われています。
4. 遺伝カウンセリング
- 情報の整理:
- 「希少がん」であり、専門的な情報が少ないため、正しい情報の提供と心理的サポートを行います。
- 家族性への対応:
- ほとんどは遺伝しませんが、家族内に複数の脊索腫患者がいる場合は、遺伝学的検査(TBXT遺伝子の重複など)を検討する意義があります。
まとめ
Chordoma(脊索腫)は、私たちが生まれる前、お母さんのお腹の中にいた頃に背骨の元となった「脊索」という組織の細胞が、大人になっても消えずに残り、再び増え出してしまうという非常に珍しい病気です。
この病気は、頭の底や背骨、お尻の骨(仙骨)など、体の深い中心部にできるため、初期の頃は「なんとなく頭が痛い」「腰が痛い」といった症状で、なかなか診断がつかないことも少なくありません。
診断された時、多くの患者さんは「聞いたこともない病名」に戸惑い、手術の難しさや、一般的な抗がん剤が効きにくいという事実に不安を感じられると思います。
しかし、脊索腫の治療は近年、大きく進歩しています。
診断においては、「Brachyury(ブラキウリ)」というバイオマーカーの発見により、正確な診断が可能になりました。
治療においては、「重粒子線」や「陽子線」といった先進的な放射線治療が登場し、手術が難しい場所にある腫瘍に対しても、強力な治療効果が期待できるようになりました。
また、手術技術も向上し、脳神経外科や整形外科の専門医がチームを組んで、機能を守りながら腫瘍を取り除く挑戦が続けられています。
この病気は、再発しやすいため、治療後も10年、20年という単位での長いお付き合い(経過観察)が必要になります。
希少な疾患だからこそ、脊索腫の治療経験が豊富な専門施設(がんセンターや大学病院)を受診し、セカンドオピニオンなどを活用して、ご自身に最適な治療方針を見つけることが大切です。
主治医、専門医、そしてご家族と共に、根気強く病気と向き合っていく道のりを、医療チームが全力でサポートします。
参考文献
- Vujovic, S., et al. (2006). Brachyury, a crucial regulator of notochordal development, is a novel biomarker for chordomas. Journal of Pathology.
- (※Brachyuryが脊索腫の特異的な診断マーカーであることを発見し、診断精度を劇的に向上させた画期的な論文。)
- Yang, X.R., et al. (2009). T (brachyury) gene duplication confers major susceptibility to familial chordoma. Nature Genetics.
- (※家族性脊索腫の原因がTBXT遺伝子の重複であることを突き止めた、遺伝学的背景に関する最重要文献。)
- Stacchiotti, S., et al. (2015). Best practices for the management of local-regional recurrent chordoma: a position paper by the Chordoma Global Consensus Group. Annals of Oncology.
- (※世界中の専門家による、脊索腫の治療指針(手術、放射線、薬物療法)をまとめたガイドライン。)
- Pillay, N., et al. (2012). A common single-nucleotide variant in T is strongly associated with chordoma. Nature Genetics.
- (※孤発性脊索腫においても、TBXT遺伝子の特定のSNP(一塩基多型)が発症リスクに強く関与していることを明らかにした研究。)
- Chordoma Foundation: Understanding Chordoma.
- (※患者向けに、疾患の基礎知識、最新の治療法、臨床試験情報などを提供する、世界最大の患者支援団体の情報源。)
- GeneReviews® [Internet]: Chordoma. Initial Posting: 2017. Authors: Kelley MJ, et al.
- (※遺伝学的背景、分子メカニズム、家族性リスク評価などを網羅した専門家向けデータベース。)
- WHO Classification of Tumours of Soft Tissue and Bone. (Latest Edition).
- (※病理診断の基準となるWHO分類。脊索腫の定義や分類(従来型、脱分化型など)について記述。)
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


