別名・関連疾患名
- FAP(最も一般的な略称)
- 家族性大腸ポリポーシス
- Gardner症候群(ガードナー症候群)
- ※大腸ポリポーシスに、軟部組織腫瘍(デスモイド腫瘍)、骨腫、嚢胞などの腺腫外症状を伴う場合の呼称です。現在ではFAPの一つの表現型とみなされています。
- Turcot症候群(ターコット症候群)
- ※大腸ポリポーシスに中枢神経系腫瘍(髄芽腫など)を合併する場合の呼称です。
- 減衰型家族性大腸腺腫症(Attenuated FAP; AFAP)
- ※大腸ポリープの数が100個未満と少なく、発症年齢も遅い軽症型です。
- MAP(MUTYH関連ポリポーシス)
- ※臨床症状は似ていますが、MUTYH遺伝子の異常による常染色体潜性(劣性)遺伝形式の疾患で、FAPの重要な鑑別疾患です。
対象染色体領域
5番染色体 長腕(q)22.2領域
本疾患は、5番染色体長腕の「22.2」という位置に存在するAPC遺伝子(Adenomatous Polyposis Coli遺伝子)の変異によって引き起こされます。
【ゲノム上の詳細とAPC遺伝子の役割】
APC遺伝子は、強力な**「がん抑制遺伝子」**です。細胞の増殖を制御する「Wntシグナル伝達経路」において重要なブレーキ役を果たしています。
- 正常な働き: 細胞内のβ-カテニンというタンパク質を分解し、細胞が必要以上に増殖するのを防ぎます。
- FAPの状態: 遺伝子変異によりブレーキが壊れると、β-カテニンが蓄積し、大腸粘膜細胞が異常に増殖して「腺腫(ポリープ)」が多発します。
- 多段階発がん: FAPの患者様は、生まれつき片方のAPC遺伝子に傷があるため、もう片方の遺伝子に傷がつくと(Second hit)、瞬く間にポリープががん化へと突き進みます。これを「Knudsonの2ヒット理論」と呼びます。
発生頻度
約8,000人 〜 17,000人に1人
- 性差: 男女差はなく、人種を問わず発症します。
- 大腸がん全体における割合: 全大腸がん患者の約1%未満を占めます。
- 遺伝の割合: 約75%〜80%は親からの遺伝ですが、残りの約20%〜25%は家族に病歴がない**「新生突然変異」**です。
臨床的特徴(症状)
FAPの最大の特徴は、大腸に「絨毯(じゅうたん)」を敷き詰めたように発生する大量のポリープです。また、大腸以外にも全身にさまざまな病変が現れます。
1. 大腸病変
- 腺腫(ポリープ)の多発:
- 思春期(10代前半)頃から大腸内にポリープが発生し始めます。
- 典型例: 100個以上、多くは数千個に及ぶポリープが認められます。
- 自覚症状: 初期は無症状です。ポリープが増大・がん化すると、血便、下痢、腹痛などの症状が出ます。
- 大腸がんへの進行:
- 治療(大腸全摘術)を行わない場合、40歳までに約50%、60歳までにほぼ100%の確率で大腸がんを発症します。
2. 消化管の腺腫外病変
- 胃底腺ポリポーシス: 胃に多数の良性ポリープ(胃底腺ポリープ)ができますが、がん化のリスクは比較的低いです。
- 十二指腸腺腫・十二指腸がん:
- 患者様の約50%〜90%に見られます。大腸摘出後の患者様において、主要な死因の一つとなるため、定期的な胃カメラ検査が必須です。
- 特に十二指腸乳頭部(胆汁の出口)付近にできやすく、がん化の注意が必要です。
3. 特徴的な腺腫外症状(Gardner症候群の要素)
- デスモイド腫瘍:
- 腹壁や腹腔内(腸間膜)にできる線維性の腫瘍です。良性ですが浸潤性が強く、腸閉塞や血管圧迫の原因となります。大腸切除手術後に発生しやすく、FAP患者の治療において最も困難な合併症の一つです。
- 骨腫: 下顎骨(あごの骨)によく見られ、歯科のレントゲンで偶然発見されることもあります。
- 軟部組織腫瘍: 粉瘤(アテローマ)、線維腫、脂肪腫などが皮膚に多発します。
- CHRPE(先天性網膜色素上皮肥大):
- 網膜に黒い斑点が見られるもので、視力には影響しませんが、FAPの早期診断に役立つサインです。
原因
APC遺伝子の変異(常染色体顕性遺伝形式)
- 遺伝形式:常染色体顕性(優性)遺伝です。
- 親がFAPの場合、男女問わず子供には50%の確率で遺伝します。
- 変異を受け継いだ場合、ほぼ確実に(浸透率ほぼ100%)ポリポーシスを発症します。
- 遺伝子型-表現型相関:
- APC遺伝子の「どの部分」に変異があるかによって、症状の重さやデスモイド腫瘍のなりやすさがある程度予測できることが分かっています。
- 例えば、遺伝子の末端側の変異は「減衰型(AFAP)」になりやすいといった特徴があります。
診断方法
臨床所見(内視鏡)と家系内での発症状況、そして遺伝子検査によって行われます。
- 大腸内視鏡検査(コロノスコピー):
- 最も確実な検査です。大腸内に100個以上のポリープを確認します。
- 若年層(10代)からの定期的なスクリーニングが推奨されます。
- 家系調査:
- 血縁者に大腸がんや多発ポリープの患者様がいないかを確認します。
- 遺伝子検査:
- 血液からDNAを抽出し、APC遺伝子の変異を調べます。
- 本人の診断確定だけでなく、血縁者が変異を受け継いでいるか(未発症保因者の診断)を確認するために極めて重要です。
- 上部消化管内視鏡(胃カメラ):
- 胃や十二指腸の病変を確認するために、定期的に行われます。
治療方法
FAPの治療の基本は、**「大腸がんになる前の予防的大腸切除術」**です。
1. 外科的手術(大腸全摘術)
大腸がんを完全に予防するため、ポリープがコントロールできなくなる時期(通常10代後半〜20代)に手術を検討します。
- 大腸全摘・回腸嚢肛門(管)吻合術(IPAA / IAAA):
- 大腸(結腸と直腸)をすべて取り除き、小腸(回腸)で便を溜める袋(回腸嚢)を作って肛門につなぐ方法です。人工肛門にならずに、自然な排便機能を残せるため、現在の標準的な術式です。
- 結腸全摘・回腸直腸吻合術(IRA):
- 直腸のポリープが少ない場合に、直腸を残して小腸をつなぐ方法です。手術は比較的容易ですが、残った直腸からがんができるリスクがあるため、術後の厳重な内視鏡チェックが必要です。
2. 内視鏡的治療
- 十二指腸のポリープに対しては、大きくなったものや癌化が疑われるものを内視鏡で切除(EMR/ESD)し、経過を観察します。
3. 薬物療法(化学予防)
- NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬): スリンダクやセレコキシブなどが、ポリープの数を一時的に減らす効果があることが報告されていますが、がんの予防効果は完全ではなく、あくまで手術までの待機期間の補助的なものと考えられています。
- デスモイド腫瘍の治療: 抗エストロゲン薬、NSAIDs、分子標的薬、あるいは低用量抗がん剤が検討されます。
4. サーベイランス(術後の定期検査)
手術をして終わりではありません。
- 残存直腸・回腸嚢の検査: 年1〜2回、内視鏡でチェックします。
- 上部消化管検査: 1〜3年ごとに胃・十二指腸のチェックを行います。
遺伝カウンセリング
FAPは「家族の病気」です。
- 未発症の血縁者への支援:
- お子様が変異を受け継いでいるかどうかを知ることで、適切な時期から定期検査を始め、がんになるのを防ぐことができます。
- 心理的サポート:
- 遺伝への不安、手術への葛藤、若年での発症に対する精神的ケアが不可欠です。
- 出生前診断・着床前診断:
- 希望される場合には、専門のカウンセラーとの相談が必要です。
まとめ
Familial adenomatous polyposis (FAP) は、遺伝子の影響で大腸に大量のポリープができ、放置すると将来的に必ず大腸がんになってしまう病気です。
「がんになる確率が100%」と聞くと、非常に恐ろしく感じられるかもしれません。しかし、視点を変えれば、**「適切に検査を受け、適切な時期に手術をすれば、確実にがんを防げる病気」**でもあります。
現代の医学では、10代から定期的にカメラ検査を行い、がんができる前に予防的手術を行うことで、多くの患者様が普通の方と変わらない寿命を全うし、社会で活躍されています。
ご自身やご家族がFAPと診断されたら、一人で抱え込まず、遺伝医療の専門チームや外科医と手を取り合いましょう。正しい知識を持ち、定期的なメンテナンスを続けていくことが、健やかな未来を守る鍵となります。
参考文献
- Bussey, H. J. (1975). Familial polyposis coli. Family studies, histopathology, differential diagnosis, and skeletal anomalies. Johns Hopkins University Press.
- (FAPの臨床像と遺伝学的特徴を体系化した記念碑的著作)
- Groden, J., et al. (1991). Identification and characterization of the familial adenomatous polyposis coli gene. Cell.
- (原因遺伝子APCの特定に関する原著論文)
- Kinzler, K. W., et al. (1991). Identification of a gene located at chromosome 5q21 that is mutated in colorectal adenomas and carcinomas. Science.
- (同時期にAPC遺伝子の重要性を報告した重要文献)
- Jasperson, K. W., et al. (2017). APC-Associated Adenomatous Polyposis. GeneReviews® [Internet].
- (最新の管理指針、遺伝カウンセリング、診断基準を網羅した世界的データベース)
- 日本遺伝性腫瘍学会: 遺伝性大腸がん診療ガイドライン 2024.
- (日本国内における最新の標準的診療指針)
- Lynch, H. T., et al. (2003). Hereditary colorectal cancer. New England Journal of Medicine.
- (遺伝性大腸がん全体のオーバービューとFAPの位置づけ)
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