別名・関連疾患名
- 11q末端欠失症候群(11q terminal deletion disorder)
- 11q-症候群
- パリ・ルソー症候群(Paris-Trousseau syndrome; PTS)
- ※ヤコブセン症候群の患者の多く(約90%以上)に見られる、特徴的な血小板異常(出血傾向)を指す病名です。
- JBS
対象染色体領域
11番染色体 長腕(q)23.3領域から末端(telomere)にかけての欠失
ヤコブセン症候群は、11番染色体の一方の末端部分が失われる「部分モノソミー」によって引き起こされます。
【ゲノム上の詳細と欠失範囲】
- 欠失の起点: 多くの場合、11q23.3領域に存在する「FRA11B」という脆弱部位(壊れやすい場所)から末端に向かって欠失が生じます。
- 失われる遺伝子数: 欠失のサイズは症例によって異なり、通常は約7Mbから20Mb(メガベース)に及びます。この領域には約170個から340個の遺伝子が含まれており、これらが一度に失われることで、多系統にわたる複雑な症状(隣接遺伝子欠失症候群)が現れます。
- 責任遺伝子の例:
- FLI1遺伝子: 血小板の形成(パリ・ルソー症候群)に関与。
- BSX, NRGN, ETS1遺伝子: 脳の発達や認知機能に関与。
- BARX2遺伝子: 顔面の形成に関与。
- JAM3遺伝子: 心臓の形成に関与。
発生頻度
約100,000人に1人
- 希少疾患: 世界全体で数百例の報告がありますが、軽症例や診断未確定例を含めると、実際にはこれより多い可能性が指摘されています。
- 性差: 女性の方が男性よりも多く発症すると報告されています(女性:男性 = 約2:1)。
- 生存率: かつては乳幼児期の予後が厳しいとされていましたが、現代の心臓外科手術や周産期管理の向上により、多くの方が成人期を迎えています。
臨床的特徴(症状)
JBSの症状は多岐にわたり、身体的特徴、認知機能、そして生命に関わる内臓合併症が含まれます。
1. 特徴的な顔貌・身体的所見
診断の重要な手がかりとなる共通の特徴があります。
- 頭部: 三角頭蓋(前頭部が突出した形)が見られることがあります。これは前頭縫合の早期閉鎖によるものです。
- 目: 眼間開離(両目が離れている)、内眼角贅皮、眼瞼下垂。
- 耳・鼻: 耳の位置が低い(低位付着耳)、鼻根部が平坦、鼻先が上を向いている。
- 口: 鯉のような形の口(下向きの口角)、小顎症。
2. パリ・ルソー症候群(血液学的異常)
JBSの最も特徴的な合併症であり、患者の90%以上に認められます。
- 血小板減少症: 生まれた時から血小板の数が少なく、出血しやすい状態です。
- 血小板機能異常: 数だけでなく、血小板の中にある「α顆粒」が巨大化・減少しており、止血機能が十分に働きません。
- 症状: 鼻血が出やすい、青あざができやすい、手術時や怪我の際の止血困難など。
3. 先天性心疾患
約56%の患者に心臓の構造異常が見られます。
- 左心低形成症候群(HLHS): 最も重篤な合併症の一つです。
- 心室中隔欠損症(VSD)、心房中隔欠損症(ASD)
- 大動脈縮窄症、ファロー四徴症
これらは出生直後の生命予後に直結するため、早期の診断と治療が不可欠です。
4. 知的発達・行動の特徴
- 発達遅滞: ほとんどの患者に軽度から重度の精神運動発達遅滞が見られます。
- 知的障害: 知能指数(IQ)は個人差が大きいですが、多くは中等度の知的障害の範囲に留まります。
- 行動特性: 注意欠陥多動症(ADHD)のような多動性や、自閉スペクトラム症(ASD)に似た対人コミュニケーションの困難さ、こだわりが見られることがあります。
5. その他の合併症
- 成長障害: 身長・体重ともに成長がゆっくりです。
- 泌尿生殖器異常: 腎欠損、停留精巣(男児)など。
- 眼科的異常: 斜視、遠視、視神経低形成。
- 免疫不全: 抗体産生能が低く、中耳炎や副鼻腔炎などの感染症を繰り返しやすい傾向があります。
- 内分泌異常: 成長ホルモン分泌不全など。
原因
11番染色体末端領域の欠失(常染色体顕性遺伝形式だが、多くは新生変異)
- 新生突然変異(約85%):
両親の染色体は正常であり、受精卵が形成される過程、あるいは胚発生の初期段階で偶然に11番染色体が折れて欠失が生じるケースです。この場合、次子への再発リスクは極めて低いです。 - 均衡型転座保因者からの継承(約15%):
親のどちらかが「11番染色体を含む均衡型転座(遺伝子の総量は変わらないが場所が入れ替わっている状態)」を持っている場合です。この親から不均衡な配偶子が受け継がれるとJBSを発症します。この場合、次子への再発リスクが高まるため、遺伝カウンセリングが重要です。
診断方法
臨床症状から疑い、細胞遺伝学的・分子遺伝学的検査によって確定します。
- 染色体核型分析(Gバンド分染法):
通常の顕微鏡検査で11番染色体の末端が短くなっていることを確認します。 - FISH法(蛍光インサイチュハイブリダイゼーション):
11番染色体末端に特異的なプローブ(光るラベル)を用い、欠失の有無を迅速に判定します。 - マイクロアレイ染色体検査(CMA):
現在の**ゴールデンスタンダード(標準検査)**です。欠失の正確な位置とサイズ、失われている遺伝子の種類を詳細に特定できます。これにより、個々の患者の将来的なリスク予測(心筋症のなりやすさなど)が可能になりつつあります。 - 超音波検査(心エコー、腹部エコー):
診断確定後、速やかに心奇形や腎奇形の有無を検索します。
治療方法・管理
JBSそのものを治す根本的な治療法はありませんが、それぞれの症状に対する多職種連携による包括的な管理が、予後とQOL(生活の質)を大きく改善します。
1. 血液学的管理(最重要)
- 出血予防: パリ・ルソー症候群による出血傾向を常に念頭に置く必要があります。
- 手術時の対応: 心臓手術や歯科治療の前には、必要に応じて血小板輸血やデスモプレシン投与、止血剤の準備を行います。
- 日常生活: 激しいコンタクトスポーツを避ける、血小板機能を阻害する薬剤(アスピリンや一部のNSAIDs)の使用を控えるなどの指導が行われます。
2. 外科的治療
- 心臓手術: 先天性心疾患に対し、段階的な外科治療(シャント術、フォンタン手術など)が行われます。
- 頭蓋骨形成術: 三角頭蓋により脳の圧迫が懸念される場合、脳神経外科による形成手術が行われます。
3. 発達支援・ハビリテーション
- 早期介入: 乳幼児期からの理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語療法(ST)が推奨されます。
- 特別な教育: 認知特性に合わせた支援学級や特別支援学校の活用。
- 行動療法: 多動やパニックなどの行動課題に対し、専門家による行動療法や環境調整が行われます。
4. 継続的なスクリーニング
- 聴力・視力: 定期的な検査による補完(眼鏡や補聴器の使用)。
- 甲状腺機能・免疫機能: 血液検査による定期チェック。
- 歯科管理: 出血傾向に配慮しつつ、虫歯予防を徹底します。
予後
- 生存期間: かつては重篤な心疾患による早期死亡が見られましたが、現代では成人まで存命することが一般的です。世界中には多くの成人患者がおり、仕事や趣味を楽しんでいる例も報告されています。
- 生活の質: 血小板の管理と教育的サポートが充実していれば、良好なQOLを維持することが可能です。
まとめ
Jacobsen syndrome(ヤコブセン症候群)は、11番染色体の一部の欠失によって、心臓や血液、発達など全身に影響が及ぶ疾患です。
特に「パリ・ルソー症候群」という出血しやすい特性を持っているため、日々の生活や医療処置において「出血への配慮」が鍵となります。
告知を受けたご家族は、心疾患や発達の遅れといった言葉に不安を覚えるかもしれません。しかし、現在の医療はこの病気の特徴を深く理解しており、一つひとつの合併症に対して適切な対策を立てることができます。
お子様は、ゆっくりですが確実に自分自身のペースで成長していきます。小児科、血液内科、心臓血管外科、そして教育・福祉の専門家たちがチームとなり、お子様とご家族を支えていきます。
同じ疾患を持つ家族会(米国等には大規模なネットワークがあります)との繋がりを持つことも、大きな助けとなるでしょう。染色体の欠失は、その子の「図面」の一部に過ぎません。その子自身の個性と笑顔を大切に、一歩ずつ進んでいきましょう。
参考文献元
- Jacobsen, P., et al. (1973). 11q23 deletion: a new human delection syndrome. Journal of Medical Genetics.
- (ペトラ・ヤコブセン博士らによる最初の症例報告。本症候群の定義となった論文です。)
- Mattina, T., et al. (2009). Jacobsen syndrome: An update on clinical and genetic aspects. American Journal of Medical Genetics.
- (臨床像と遺伝学に関する包括的なレビュー。診断と管理の要点がまとめられています。)
- Grossfeld, P. D., et al. (2004). The 11q terminal deletion disorder: a prospective study of 110 cases. American Journal of Medical Genetics.
- (110例の大規模な前方視的研究。心奇形や発達遅滞の頻度を統計的に示しています。)
- Favier, R., et al. (2003). Paris-Trousseau syndrome: clinical, hematological, and genetic aspects.
- (パリ・ルソー症候群(血小板異常)のメカニズムと管理に関する専門的な文献。)
- GeneReviews® [Internet]: Jacobsen Syndrome. (NCBI).
- (最新の分子遺伝学、診断、管理ガイドラインを網羅した世界的データベース。)
- Unique (The Rare Chromosome Disorder Support Group): Jacobsen Syndrome (11q deletion): A guide for families.
- (希少染色体異常の支援団体による、ご家族向けのわかりやすいガイドブック。)
- 11q Research & Resource Group: Clinical Management Guidelines.
- (ヤコブセン症候群に特化した研究グループによる診療ガイドライン。)
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


