別名・関連疾患名
- クリーフストラ症候群
- 9q34.3微小欠失症候群(9q34.3 microdeletion syndrome)
- EHMT1関連疾患(EHMT1-related disorder)
- 9q-症候群
かつては染色体領域から「9q34.3微小欠失症候群」と呼ばれていましたが、この疾患の臨床像と原因遺伝子を特定したオランダの遺伝学者Tjitske Kleefstra博士の名を冠し、現在は「クリーフストラ症候群」と呼称されるのが一般的です。
対象染色体領域
9番染色体 長腕(q)34.3領域
KLEFS1は、9番染色体の長腕の末端近く(q34.3)に位置する EHMT1遺伝子 の機能不全によって引き起こされます。
【ゲノム上の詳細とEHMT1遺伝子の役割】
- 責任遺伝子: EHMT1 (Euchromatic Histone Methyltransferase 1)
- 役割: EHMT1遺伝子は、エピジェネティクス(遺伝子の働きを調節する仕組み)において極めて重要な「ヒストンメチル基転移酵素」というタンパク質をコードしています。この酵素は、DNAが巻き付いている「ヒストン」というタンパク質にメチル基を付加することで、特定の遺伝子のスイッチを「オフ」にする役割を担っています。
- 病態メカニズム: 脳の発達過程では、適切なタイミングで特定の遺伝子をオフにする必要があります。KLEFS1では、この遺伝子の片方に欠失や変異が生じ、酵素の量が半分に減ってしまう「ハプロ不全」が起こります。その結果、本来オフになるべき遺伝子が働き続けてしまい、神経細胞のネットワーク形成やシナプスの機能に異常が生じ、知的障害や発達遅滞が引き起こされると考えられています。
発生頻度
正確な頻度は不明(希少疾患)
- 推定頻度: 以前は極めて稀と考えられてきましたが、マイクロアレイ検査や次世代シーケンサー(NGS)の普及により、診断数が増加しています。一部の研究では、原因不明の知的障害を持つ人々の約0.1%〜0.5%が本症候群である可能性が示唆されています。
- 分布: 人種や地域、性別による発生頻度の差は認められていません。
臨床的特徴(症状)
KLEFS1の症状は、身体的な特徴から精神・行動面まで多岐にわたります。
1. 特徴的な顔貌(Facial Dysmorphism)
診断の重要な手がかりとなる共通の特徴があります。
- 頭部: 短頭(頭の前後径が短い)、あるいは小頭症。
- 眉: 眉毛が濃く、左右がつながっている(連眉)傾向。
- 目: 眼間開離(目が離れている)、つり上がった目(眼瞼裂斜上)。
- 中顔面: 顔の真ん中部分が平坦。
- 鼻: 鼻根部が低く、鼻先が上を向いている(獅子鼻様)。
- 口: 弓状の眉、厚い下唇、突き出た舌。口角が下がっていることが多い。
2. 神経発達と知能
- 重度の知的障害: ほとんどの症例で中等度から重度の知的障害が見られます。
- 著しい言語発達の遅滞: 多くの患者で言葉の発達が非常に遅く、発語が全くないか、あっても数単語に留まることがあります。一方で、身振りや絵カードなどの非言語的な理解力は比較的保たれる傾向があります。
- 筋緊張低下(Hypotonia): 乳児期に体が非常に柔らかく、首すわりやお座り、歩行などの運動発達が大幅に遅れます。
3. 行動・精神的特徴
成長とともに、特有の行動パターンが目立つようになります。
- 自閉スペクトラム症(ASD)的特性: 対人相互交渉の困難さや、強いこだわり、常同行動が見られます。
- 睡眠障害: 寝付きが悪い、夜中に何度も目が覚めるなど、睡眠リズムの乱れが多く報告されています。
- 精神症状(青年期以降): 10代後半から成人期にかけて、急激な意欲低下、無反応(緊張病/カタトニア様症状)、あるいは精神病様症状を呈することがあり、本症候群の管理において重要な課題となっています。
- 痛みに対する反応の鈍さ: 痛みを感じにくい、あるいは反応が薄いことがあり、怪我や病気の発見が遅れるリスクがあります。
4. その他の身体的合併症
- 先天性心疾患(約25%〜30%): 心房中隔欠損症、心室中隔欠損症など。
- 泌尿生殖器異常: 男児における停留精巣や尿道下裂、腎臓の形成異常。
- てんかん: 幼児期から学童期にかけてけいれん発作を発症することがあります。
- 肥満: 食べ過ぎや代謝の影響により、学童期以降に肥満になりやすい傾向があります。
- 易感染性: 中耳炎や呼吸器感染症を繰り返しやすい。
原因
EHMT1遺伝子の欠失または変異(常染色体顕性遺伝形式)
KLEFS1を引き起こす遺伝的異常には大きく分けて2つのパターンがあります。
- 9q34.3微小欠失(約75%):
9番染色体末端のEHMT1遺伝子を含む領域がごっそりと欠けている状態です。欠失範囲が広い場合、周辺の他の遺伝子も失われるため、症状がより重篤になることがあります。 - EHMT1遺伝子内変異(約25%):
染色体の構造には異常ありませんが、EHMT1遺伝子の配列の中に小さな書き換え(点変異など)があり、遺伝子が正しく機能しない状態です。
【遺伝形式】
- 常染色体顕性(優性)遺伝: 遺伝子のペアのうち片方に異常があるだけで発症します。
- 新生突然変異: ほとんどの症例(95%以上)において、両親の染色体や遺伝子は正常であり、受精の過程で偶然に生じたものです。この場合、次子(きょうだい)への再発リスクは極めて低いです。
- 例外: 稀に、親が症状の出にくい「モザイク」状態である場合や、均衡型転座の保因者である場合には、再発リスクを考慮する必要があります。
診断方法
臨床症状から本症候群を疑い、遺伝学的検査で確定診断を行います。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
9q34.3領域の微小な欠失を検出するための第一選択の検査です。 - 次世代シーケンサー(NGS)による全エクソーム解析:
マイクロアレイで欠失が見つからない場合、EHMT1遺伝子内の微小な変異を探すために行われます。 - 臨床評価:
特徴的な顔貌、筋緊張低下、言語遅滞の三徴候を確認します。 - 合併症の検索:
心エコー、腹部エコー、聴力検査、視力検査を診断確定後に行います。
治療方法
現代の医学において、EHMT1遺伝子の機能を正常に戻す根本的な治療法はありません。治療は、各症状に対する**「多職種連携による包括的なサポート(対症療法)」**が中心となります。
1. 発達支援・療育(早期介入)
- 言語療法(ST): 発話が困難な場合が多いため、サイン言語、絵カード(PECS)、音声出力装置(AAC)などを用いた代替コミュニケーション手段の獲得を目指します。
- 理学療法(PT)および作業療法(OT): 筋緊張低下に対するリハビリテーションを行い、運動機能や日常生活動作を支援します。
- 早期教育: 個別の教育支援計画に基づき、小集団での社会性訓練を行います。
2. 内科・外科的治療
- 心疾患・泌尿器疾患: 合併症の程度に応じ、外科的手術や経過観察を行います。
- てんかん: 抗てんかん薬による適切な発作管理。
- 感染症管理: 難聴の原因となる中耳炎の早期治療。
3. 行動・精神面への介入
- 行動療法: ASD的特性やパニックに対し、応用行動分析(ABA)などを用いた環境調整を行います。
- 精神科的ケア: 青年期以降に見られる無反応(カタトニア)や情緒不安定に対し、適切な薬物療法(ベンゾジアゼピン系や非定型抗精神病薬など)を専門医の指導のもと検討します。
- 睡眠管理: 規則正しい生活習慣の確立に加え、必要に応じてメラトニン受容体作動薬などの処方を検討します。
4. 遺伝カウンセリング
- 家族に対し、疾患の原因や次子の再発リスク、将来の見通しについて正確な情報提供と心理的サポートを行います。
予後
- 生存期間: 重篤な心疾患などの合併症が適切に管理されれば、寿命そのものは一般の方と変わらないと考えられています。
- 自立性: ほとんどの患者において、生涯を通じて日常生活全般にわたる一定のサポート(介助)が必要となります。
- 生活の質(QOL): 言語に代わるコミュニケーション手段を獲得すること、および青年期以降の精神的安定を維持することが、本人と家族のQOLを保つ上で極めて重要です。
まとめ
Kleefstra syndrome 1 (KLEFS1) は、脳の発達のスイッチを調節する「EHMT1」という遺伝子がうまく働かないことで起こる、生まれつきの体質です。
「言葉がなかなか出ない」「体が柔らかく運動がゆっくり」「独特のチャーミングな顔立ち」といった特徴がありますが、これらはすべてEHMT1の働きが半分になっていることに由来します。
診断を受けたご家族にとって、将来への不安は計り知れないものがあるかと思います。しかし、KLEFS1のお子様たちは、言葉はなくても豊かな感情を持ち、周囲とのつながりを求めています。
大切なのは、早期から言語療法やリハビリを取り入れ、お子様が「伝えたい」という気持ちを実現できるツールを見つけてあげることです。また、青年期に見られる精神的な変化についても、あらかじめ知識を持って専門医とつながっておくことで、落ち着いて対応できるようになります。
同じ疾患を持つご家族のネットワークも、世界的に広がりつつあります。専門医チームと共に、お子様の歩幅に合わせた成長を長く支えていきましょう。
参考文献元
- Kleefstra, T., et al. (2006). Disruption of the gene EHMT1, encoding a histone methyltransferase, causes autosomal dominant mental retardation with distinct dysmorphic features. American Journal of Human Genetics.
- (クリーフストラ症候群の定義とEHMT1遺伝子の特定に関する最重要論文。)
- Kleefstra, T., et al. (2009). Further clinical and molecular delineation of the 9q subtelomeric deletion syndrome.
- (9q34.3欠失の範囲と臨床症状の相関に関する詳細な報告。)
- Vermeulen, C., et al. (2017). Kleefstra syndrome. GeneReviews® [Internet].
- (診断基準、管理指針、遺伝カウンセリングに関する最新の標準的データベース。)
- Willemsen, M. H., et al. (2012). The 9q34.3 microdeletion syndrome: A recognizable phenotype.
- (顔貌的特徴や発達段階の評価に関する包括的な研究。)
- Unique (The Rare Chromosome Disorder Support Group): Kleefstra Syndrome: A guide for parents and professionals.
- (希少染色体異常の支援団体による、ご家族向けの実践的ガイド。)
- Ieraci, A., et al. (2020). Psychiatric symptoms and behavioral problems in Kleefstra syndrome.
- (青年期以降の精神症状とカタトニアに関する最新の研究知見。)
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