別名・関連疾患名
- モワット・ウィルソン症候群
- ZEB2関連疾患(ZEB2-associated disorder)
- 2q22.3微小欠失症候群(2q22.3 microdeletion syndrome)
- ヒルシュスプルング病・精神遅滞・顔貌異常症候群
- 歴史的背景: 1998年にオーストラリアの医師MowatとWilsonらによって報告された比較的新しい疾患概念です。かつては原因不明の知的障害として扱われていましたが、現在は原因遺伝子が特定され、独立した疾患として確立されています。
対象染色体領域
2番染色体 長腕(q)22.3領域
本症候群は、2番染色体長腕の「q22.3」という位置にある ZEB2遺伝子 の機能不全(微小欠失または変異)によって引き起こされます。
【ゲノム上の詳細とZEB2遺伝子の役割】
- 責任遺伝子: ZEB2 (Zinc Finger E-Box Binding Homeobox 2)
- 別名: ZFHX1B, SIP1
- 役割: ZEB2遺伝子は、胚発生(赤ちゃんがお腹の中で形作られる時期)において極めて重要な「転写因子」というタンパク質を作ります。このタンパク質は、特に「神経堤細胞(しんけいていさいぼう)」という、将来の脳、末梢神経、心臓の一部、顔の骨格などになる細胞の移動や分化をコントロールする司令塔の役割を果たしています。
- 病態メカニズム: ZEB2遺伝子が微小欠失や変異によって1つ分失われる(ハプロ不全)と、神経堤細胞が正しい場所へ移動できなくなります。例えば、腸の神経が末端まで届かないと「ヒルシュスプルング病」になり、脳の形成が不十分だと「知的障害や脳梁欠損」が生じます。
発生頻度
約50,000人 〜 70,000人に1人
- 希少疾患: 世界全体での正確な出生頻度は未確定ですが、推定では上記のような頻度とされています。現在までに数百例以上の報告があります。
- 診断の現状: 以前は診断が難しかったのですが、特徴的な顔貌(ハッピーな表情、耳介の変形など)の認知度が上がり、マイクロアレイ検査や次世代シーケンサーの普及により、診断される症例が急速に増えています。
- 性差: 男女差はなく、どちらの性別でも同等に発症します。
臨床的特徴(症状)
Mowat-Wilson症候群は、身体的特徴、内部奇形、神経発達の3つの側面において顕著な特徴を示します。
1. 特徴的な顔貌(Facial Dysmorphism)
診断の最大の決め手となる所見です。年齢とともに特徴がより明確になります。
- 眉: 眉の内側が太く、外側が細い、あるいは左右がつながっている(連眉)。
- 目: 眼間開離(目が離れている)、大きな目が特徴的です。
- 鼻: 鼻根部が広く、鼻先が丸い。
- 耳: 耳垂(耳たぶ)が吊り上がって、中央がくぼんでいる(挙上した耳たぶ)。これは本症候群に非常に特異的な所見です。
- 口: 常に口を開けていることが多く、下唇が厚く、突き出しています。
- あご: とがった顎(尖ったオトガイ)が特徴的です。
2. 神経発達と知能
- 重度の知的障害: ほとんどの症例で中等度から重度の知的障害を伴います。
- 言語発達の著しい遅れ: 言葉によるコミュニケーションは非常に困難な場合が多いですが、理解力は発話能力を上回ることがあり、身振りやサインでの交流が可能です。
- ハッピーな気質: 頻繁に笑顔を見せ、非常に社交的で明るい性格(Happy demeanor)を持つことが多いと報告されています。
- 筋緊張低下: 乳児期に体が柔らかく、運動発達(歩行など)が遅れます。
3. 先天性奇形(内部合併症)
- ヒルシュスプルング病(約40%〜60%): 腸の神経が欠損しているため、頑固な便秘や腸閉塞を引き起こします。出生直後に判明することが多いです。
- 先天性心疾患(約50%): 肺動脈狭窄症、心室中隔欠損症(VSD)、動脈管開存症(PDA)など。
- 泌尿生殖器異常: 男児における尿道下裂(約50%以上)や停留精巣、腎臓の形成不全。
- 小頭症: 脳の容積が小さく、頭囲が標準を下回ります。
- 脳の構造異常: 脳梁欠損(左右の脳をつなぐ部分の欠損)や脳室拡大が見られます。
4. その他の症状
- てんかん(約70%以上): 幼児期から学童期にかけて発症することが多く、薬物療法が必要になります。
- 低身長: 成長ホルモン分泌に関わらず、全体的に小柄な体格となる傾向があります。
原因
ZEB2遺伝子の微小欠失または変異(常染色体顕性遺伝形式)
- 遺伝形式:常染色体顕性(優性)遺伝 です。
- 遺伝子のペアのうち、片方の異常だけで発症します。
- 変異のパターン:
- 微小欠失: 2q22.3領域を含む染色体の一部が欠けているケース。
- 遺伝子内変異: ZEB2遺伝子の配列そのものに小さな書き換え(点変異や小さな欠失・挿入)があるケース。
- 新生突然変異(ほぼ100%):
ほとんどすべての症例において、両親の遺伝子は正常であり、受精の過程で偶然に生じたものです。したがって、次に生まれるお子様(きょうだい)への再発リスクは極めて低い(1%未満)とされています。
診断方法
臨床的な顔貌の特徴から本症候群を疑い、遺伝子検査によって確定診断を行います。
- 臨床評価:
- 特徴的な顔貌(特に耳たぶの形)。
- 知的障害と小頭症。
- ヒルシュスプルング病や尿道下裂の合併。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
2q22.3領域の微小欠失を検出するための検査です。 - 次世代シーケンサーによる単一遺伝子解析(全エクソーム解析など):
染色体の欠失が見つからない場合、ZEB2遺伝子内の細かな変異を特定するために行われます。 - 画像診断:
- 頭部MRI:脳梁欠損や脳の構造確認。
- 心エコー:先天性心疾患の検索。
- 腹部超音波:腎奇形の検索。
治療方法
現代の医学において、ZEB2遺伝子の機能を正常に戻す根本的な治療法はありません。治療は、各症状に対する**「多職種連携による包括的なサポート(対症療法)」**が中心となります。
1. 外科的治療
- ヒルシュスプルング病の手術: 神経のない腸管を切除し、正常な腸をつなぐ手術が必要です。
- 泌尿器科的手術: 尿道下裂に対する形成手術(通常1〜2歳頃)。
- 心臓手術: 心疾患の重症度に応じた外科的治療。
2. てんかんの管理
- 抗てんかん薬による適切な発作コントロール。定期的な脳波検査が必要です。
3. 発達支援・療育(早期介入)
- 理学療法(PT)および作業療法(OT): 筋緊張低下や運動発達遅滞に対するリハビリテーション。
- 言語療法(ST): 発語が難しいため、早期から代替コミュニケーション手段(サイン言語、絵カード、視線入力装置など)の獲得を支援します。
- 特別支援教育: 知的レベルや個々の特性に合わせた個別の教育支援計画(IEP)。
4. 継続的なスクリーニング
- 眼科・耳鼻科: 斜視や難聴の定期的チェック。
- 内科・小児科: 頑固な便秘(ヒルシュスプルング病の手術後も続くことがある)の管理や、成長のモニタリング。
予後
- 生存期間: 重篤な心疾患や術後の合併症が適切に管理されれば、寿命そのものは一般の方と大きく変わらないと考えられており、多くの方が成人期を迎えています。
- 生活の質(QOL): 言語による意思疎通は困難ですが、ハッピーな気質を持ち、家族や周囲と良好な関係を築くことができます。生涯にわたる一定のサポートが必要ですが、適切な支援により穏やかな生活を送ることが可能です。
まとめ
Mowat-Wilson syndrome (MOWS) は、2番染色体にある「ZEB2」という、体の多くのパーツを作るための司令塔遺伝子がうまく働かないことで起こる病気です。
「大きな目と、少し持ち上がった独特な形の耳たぶ」「いつもニコニコとした明るい表情」「言葉はゆっくりだけど、人の気持ちをよく理解する力」などが、この病気のお子様たちの持つ素晴らしい個性です。
一方で、生まれつき腸の神経が足りなかったり(ヒルシュスプルング病)、心臓に穴が開いていたりすることもあり、小さいうちに手術を必要とすることも少なくありません。
診断名を知ることは、お子様が抱える困難の原因を理解し、将来起こりうるてんかんなどの合併症に備えるための「地図」を手に入れることです。
言葉でのやり取りが難しくても、彼らは笑顔や身振りで一生懸命に愛を伝えてくれます。専門医チームと手を取り合い、お子様がその「ハッピーな気質」のまま成長できるよう、長く温かく支えていきましょう。
参考文献元
- Mowat, D. R., Wilson, M. J., et al. (1998). Mowat-Wilson syndrome: a discrete clinical entity. Journal of Medical Genetics.
- (モワット博士とウィルソン博士による最初の症例報告と定義。)
- Cacheux, V., et al. (2001). Loss-of-function mutations in SIP1 encoding a zinc-finger-homeodomain protein cause Mowat-Wilson syndrome. American Journal of Human Genetics.
- (原因遺伝子ZEB2/SIP1の特定に関する画期的な論文。)
- Zweier, C., et al. (2002). Clinical and mutational spectrum of Mowat-Wilson syndrome. European Journal of Medical Genetics.
- (臨床症状と遺伝子変異の多様性をまとめた大規模な研究。)
- Cordelli, D. M., et al. (2013). Epilepsy in Mowat-Wilson syndrome: Clinical and electroencephalographic features.
- (MOWSにおけるてんかんの特徴と管理に関する専門的な研究。)
- GeneReviews® [Internet]: Mowat-Wilson Syndrome. (NCBI).
- (最新の医学的知見に基づく診断・管理・遺伝カウンセリングの標準的データベース。)
- Mowat-Wilson Syndrome Foundation: A Guide for Families and Professionals.
- (国際的な患者家族会による実践的ガイドブック。)
- Unique (The Rare Chromosome Disorder Support Group): Mowat-Wilson Syndrome: 2q22.3 deletions.
- (希少染色体異常支援団体によるご家族向けの解説資料。)
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